朝。
窓から射し込む爽やかな陽光が、ゆるやかな熱を伝えてくる。
夜は終わって、一日の始まり。
今日という日の訪れを告げる心地の良い時間。
――だからもうちょっと寝るのよー。すぴょぴょー。
「って、もう昼じゃボケェェェェェェェェェェェ!」
「みゃあああああああああああああああ!!?」
ドバァン! とかいきなり音が、音が!!?
誰! クゥの部屋のドアを蹴破ったのは誰なのよー!
って、グレイにーちゃん?
「オラ、駄メイド! いつまで寝てやがる!」
「寝られる限りはいつまでもなのよー!」
「駄メイドから駄々メイドに昇格おめでとーございまーす!」
「わーいやったーなのよー!」
「いいからさっさと起きて働かんかァァァァァァァァァ!」
「みゃあああああああああああああああ!!?」
何よ、何よ、何なのよ!
クゥはAランク冒険者なのよ。それが何でメイドなんてしなきゃなのよ!
「おまえがメイドするからここに置いてくれ言ったんじゃろがィ!」
「あんなの方便なのよ! 置いてもらえればこっちの勝ちなのよー!」
「よーし出てけ。そこで開き直るような子はもう知りません!」
「さぁ、今日もメイドのクゥの一日が始まったのよー! しゃきーん!」
「弱いなー、おまえ」
うるさいのよ!
家なき子になるのに比べればメイドくらいどってことないのよー!
「って、まだクゥ、着替えてもいないのよ! にーちゃんのえっちー!」
「はぁぁぁぁ!? ざっけンなおまえ! いつまでも寝てっから――」
「黙れ黙れ黙れー! なのよー! 出てけ出てけ出てけー! なのよー!」
「うお、枕投げるな! 分かった! 分ァかったって!」
そして、やっとグレイにーちゃんはクゥの部屋から出ていったのよ。
フ、クゥの戦略的勝利なのよ。
――二度寝しよ。
「させるかボケェェェェェェェェェ!」
ドバァン!
「みゃあああああああああああああああ!!?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
もぉ、結局二度寝できなくてクゥは寝不足で死にそうなのよ。
多分八時間ちょっとしか寝られてないのよ? それなのに働けって!
とんだブラック環境なのよー!
でも家なき子はやんやんだから、仕方がないから働くのよ。
まずはメイドらしくちゃんとメイド服を着こなすの。
鏡の前に立って、今日も可愛いメイドなクゥをきちんと確認するのよー!
ンッフッフー。
白黒のメイド服に赤みがかったクゥの茶髪が映えるのよ!
何てったってこのメイド服は特注品なのよ!
普通のメイド服なんてスカート長くてカッコ悪いもんねー!
スカートは膝の上、ちょっとふわっとしてる感じがお花みたい。
フリルもバッチリで、着こなすクゥったら純情可憐で可愛さ絶大なのよ!
くるりん。はい可愛い!
くるりんくるりん。ほら可愛い!
ちょっとこの角度で片膝を曲げて、顔は少し傾けて――
はぁ~、クゥったら相変わらず最高に輝き乙女なのよ。キラキラね!
「とゆーわけで、グレイにーちゃん、はいなのよ!」
今日も可愛さ満点のメイドのクゥが、リビングでくつろいでたグレイにーちゃんにありがたくもこのメイド姿を見せてあげることにしたのよ。
ふふ~ん、さぁ、誉めるのよ。クゥを誉めて甘やかすのよ!
「……何が?」
「何がて」
あら~? あらら~?
そういう反応しちゃうのよ~?
「にーちゃん、どーてーとかそーろーとか以前に男として大丈夫なのよ?」
「何かのんびりしてたらいきなり妹分に凄まじい罵倒を浴びせられた件」
「だってだってー! クゥなのよ? こんなに可愛いクゥなのよー?」
「だから何が?」
「…………にーちゃんの血はにーちゃんの代で途絶える運命なのよ」
「俺を末代にすんなや!!?」
むぅ――――!
こ~~んな可愛いクゥにそんな反応なんて、絶対男としておかしいのよ!
「もぉ! 何なのよ! ワケ分からんなのよー!」
「それ全部俺のセリフである説がかなり濃厚なんだけどさ」
「とにかく今日のクゥのお仕事は終わりなのよ! お部屋帰るー!」
「待たんか」
「ぷぇ?」
「おまえの仕事とは?」
「グレイにーちゃんに可愛い妹分のメイド服姿を拝ませてやることなのよー!」
「はい、やり直し」
「なーんでーなのよー!?」
えー? えー? 何でなのよー、どうしてなのよー?
クゥ、メイド服着つけるの大変だったのにー!
「メイドだったら家のことをしろっての!」
「えー!」
「えー、ちゃうわ! おまえからメイドになるっつったんだろーが!」
「むむむ」
「何がむむむだ」
ああ、何てことなのよ。
こうして、かわいそうなクゥは超絶ブラック職場思考のグレイにーちゃんの極悪非道な命令によって泣く泣く家事をすることになってしまったのよ。
どうして、何でこんなことになってしまったのよー。よよよ。
「あ、おやつはパニさんがクッキー焼くってよ」
「わーい、クッキー大好きなのよー!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――お掃除。
フ。
クゥほどのAランクメイドとなればお掃除なんて朝飯前なのよ。
ほーら、今いる廊下だってもうこんな感じにピッカピカなのよー!
壁も、窓も、床も、ツルッツルのピッカピカ!
窓枠を指でツツツーってしてもホコリなんて一つもつかないのよ!
逆にツツツーじゃなくてキュキュキューってなるレベル!
完璧ね!
最強ね!
究極ね!
さすがはAランクメイドのクゥなのよ!
お掃除したのはアムねーちゃんだけど。
だってだってー!
クゥが何かする前にもうお掃除終わっちゃってるのよー!
これ、別にクゥがサボってるとかじゃないのよー! クゥ悪くないのよー!
「…………」
そして今、廊下のど真ん中に立ってるアムねーちゃんが目の前にいるのよ。
ねーちゃんは壁に飾られた絵を見ているみたい。
クゥから見るとねーちゃん横向きなんだけど、なぁに、あのお胸?
バイーン。ドドーン。ズドーン。どたぷーん。
「…………チラリ」
クゥは自分のお胸を見るのよ。
ぺたーん。つるーん。たいらー。はてしなくたいらー。
…………。
「クゥの身体には未来が詰まっているのよォォォォォォォォォォ!」
「うひゃあ!?」
「あ、ごめんなさいなのよー」
ついつい未来への展望を叫んでしまったのよ。
おかげでアムねーちゃんが配管工みたいなヤッフージャンプしちゃったのよ。
「び、び、びっくりしたよぅ……」
廊下にペタンって座り込んだアムねーちゃんが半泣き早速死にそうね!
っていうかこんなところで何してるのよ、この人は。
「アムねーちゃん何してたのよー?」
ねーちゃんに手を貸して立たせてあげるクゥは優しいのねー。
それにしても、アムねーちゃんはでっかいのねー。
見上げると、バイーンなお胸でねーちゃんの顔見えないのよ。どんだけー。
「え、えっと、あの……」
何でしどろもどろなのよ?
「うう……、こ、この絵……」
そして何で泣きそーになってるのよ。
首をかしげるクゥに、ねーちゃんは自分が見てた絵を指さしたわ。
この絵、ヴァイスが前に買ってきた絵よー。
『一流の冒険者ならば、無駄を楽しむ余裕も持つべきさ。そうだろう?』
とか、クゥの知らない言語で言ってたヤツなのよー。
あのときのヴァイスは何語で話してたのかしら。分からないのよー。
「この絵がどうしたのよー?」
「あ、あの、額縁。えっと……」
「はいねーちゃん、深呼吸。深呼吸なのよー。すー、はー、すー、はー」
「すー……、すー……、すー……」
「いつまで吸ってるのよ?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~…………」
「そして吐くときの一回が長ェのよー!」
「ぴぃ! ご、ごめんなさい……」
「体内に太陽のエネルギーでも発生させてそうな呼吸だったのよ……」
おっかしいのよー。
パニねーちゃんがいるときは普通に話せてたのにー。
「話戻すけど、額縁がどうしたのよー?」
「うう……、額縁、か、か、傾いてて……」
「傾きー?」
クゥは絵を見直すけど、えー、傾いてるのよー?
全然気にならないのよー。本当に傾いてるのよー?
「…………もっと、こ、こっち」
アムねーちゃんが額縁を直そうとしてるの。
でも、クゥから見ると全然前と変わってないようにしか見えないのよー。
え? 動かしたの? 直したの? え?
「……ち、違うなぁ。も、もう少し、こ、こっちかなぁ」
また額縁触ってる。でもやっぱり変わってないのよー。
「ねーちゃん、本当に動かしてるのよ?」
「う、うん。動かしてるよぅ……。あ、動かして、ます……」
何でそこで敬語になるのよー。アムねーちゃんびくびくしすぎー。
これじゃあクゥがいじめてるみたいよー。
「うう、違う……。こ、こっち、ううん、これも、違う。もっと……」
ブツブツ言いながら、アムねーちゃんがずっと額縁にガンつけてるのよ。
クゥ、飽きたのよー!
「クゥ、お仕事戻るのよー!」
「あ、は、はい。が、頑張ってください……」
敬語はやめてー!
クゥ、別にいじめてないんだからー!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――お洗濯。
「あれー、洗濯物どこなのよー?」
洗濯カゴに何にも入ってないのよー。あれー?
ふと窓を見ると、なんか裏庭の干し場にもうお洋服が干してあったの。
あれれー? 何でー?
でもお洗濯終わってないのよねー。
お洗濯用の魔法洗浄機も使われた形跡なしなのよー、でも干してあるのー。
つまりどういうことなのよー!
事件の謎を解明するべく、メイド探偵なクゥが現場に急行なのよー!
「ん。クゥナじゃないか」
するとそこには二人目のどたぷんお胸がいらっしゃったのよ。
「クゥの身体には未来が詰まっているのよォォォォォォォォォォ!」
「何だ、どうしたんだ。いきなり……?」
クゥの決まりきった未来への咆哮に、ランねーちゃんが驚いたのよ。
フフフ、さすがはAランクメイドなクゥの気迫といったところね!
「で、ねーちゃんここで何してるのよ?」
「洗濯物を干してたんだけど」
「でもそれお洗濯してないのよー?」
お洗濯してないのに干すってどういうことなのよ。謎が深まったのよ!
「ん、大丈夫大丈夫」
「一体何が大丈夫なのか、クゥには一切全く永遠の謎なのよ」
「こうするから」
「え?」
「破ッ!」
クゥが見てる前で、ランねーちゃんが腰溜めの構えで「破ッ!」したのよ。
「よし、洗濯終わり!」
おまえは何を言ってるんだ。なのよ。
ちょっとこの謎はメイド探偵をしても解けそうにないのよ。
「ま、いいから洗濯物を見てみなよ」
「えー……」
何かランねーちゃんが意味わかんねー要求をしてきたのよ。
でもこの謎を解くべく、メイド探偵クゥは果敢にも洗濯物に挑むのよ!
「こ、これは――ッ!?」
何ということでしょう!
洗濯をしていないはずのお洗濯ものから、おひさまの匂いが!
しかも、洗いたて、乾きたてのようなフワフワ手触りだったのよー!
これは一体どういうことなのよ、謎が謎を呼ぶ展開だわ!
「ちょっと気合いで汚れを消し飛ばしてみた」
おまえは何を言ってるんだ。なのよ。パート2!
気合で汚れ消せるなら世の錬金術師は洗剤の調合に苦労してないのよ!
もー!
こんなのただの超展開よー! やり直しを要求するのよー!
「クゥナ、そんなに手触りいいのかい?」
「……はっ!?」
気が付いたらすっかりきれいになってるお洗濯ものに頬ずりしてたわ。
クゥったら、こんなところで可愛いアピールしちゃってたなんて。
「あ、ねーちゃん、この服破れてるのよ。あ、こっちも」
「う、しまった。力加減を間違ったか……」
別にそこ悔しがる必要ないと思うの。
だって発想自体が異次元なんだから。なのよ。
「もしかしたらできるかなと思ってやってみたけど、これからは控えるよ」
そもそも、何でやろうと思ったのか。
ここに来て最大の謎が立ちはだかってきたわね!
でもメイド探偵なクゥはすでに答えを得ているわ!
そう、謎は全てメルティックなのよ! つまり――
ランねーちゃんはお脳に行くべき栄養がお胸に行きすぎちゃったのね!
「クゥナ、今何か失礼なこと考えてるだろ」
メイド探偵クゥナ、戦線空域を全速力で離脱しますなのよー!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――お料理。
「パニねーちゃーん、今日のご飯なーにーなのよー」
「あ? テキトー」
またその答えかー、なのよー。
しかもそのクセ、作る料理がクッソうめーのがクセモノなのよ!
正直『エインフェル』時代より全然美味しいモノ食べれてるのよ……。
クゥは誇り高きAランク冒険者だけど、そこだけは感謝してやるのよ!
「あ、野菜使うから地下から持ってきてくれや」
「えー、クゥが持ってくるのー」
「ブツクサ言ってんじゃねぇよ、メイドだろうが。働け働け!」
「やーなのよー。クゥはもう今日はバリバリ働いたのよー」
「一日しっかり動き通してから寝ると体が成長しやすくなるって話が――」
「フッ、野菜の運搬はこのAランクメイドにお任せなのよ!」
「おー、任せたぜー」
後からパニねーちゃんのギャハハ笑いがした気がするけどきっと幻聴ね!
まずは地下の食糧庫にー、お野菜ー、取りにきたのよー。
「……むにゃ?」
野菜保存用の冷蔵箱を開けてみたら、えーと、あれ?
お野菜、これしかないのよ? あれれー? もっとあったと思ったのに。
これくらいならかごに全部入れて、と――
お台所に戻ってテーブルにかごをドーン! なのよー。
「パニねーちゃん、お野菜持ってきたのよー」
「あ? これだけか? これじゃちょっと足りねぇんだけどな」
「むー、野菜用の箱に入ってたのはこれで全部なのよー」
「あー、そうなると……。オイ、ちっこいの。ちょっとおつかい行ってきな」
「えー!」
ちっこいのにちっこいのって言われたのよ!
このひどすぎる誹謗中傷に対してクゥは断固抗議するものなのよー!
「ねーちゃんの方がちっこいのよー!」
「おう、それで? アタシみてぇなのを好くヤツだっているんだぜ?」
「く、強いのよ……」
「無駄話すればするだけメシ遅くなるぜ」
「むー……、おつかい行きたくないのよー……」
もう、クゥは今日本当に頑張ってるのにー!
「やれやれ、仕方がねぇな。ほれ」
「むにゃにゃ?」
パニねーちゃんが何かを指ではじいたのよ。
クゥの手に落ちてきたそれは、およよ、大銀貨みたいなのよ。
「駄賃だ。何か好きなモンでも買いな」
「……パニねーちゃん」
ニカっと明るく笑っているねーちゃんに、クゥはそのとき言ったわ。
「昨日、競馬勝ったのよ?」
「ギャーッハッハッハッハッハ! 勝ちも勝ち、大勝ちさ!」
うん、だよねー。
じゃないとお駄賃なんて絶対くれないもんねー、なのよ。
「ギャッハハハハ! やっぱアタシはもってるよなー!」
あ、これ明日くらいに大負けするパターンなのよ。
じゃあ、いただけるモノはいただけるうちにいただいておくのよ!
「お買い物いってきまーす! なのよー!」
――そんなワケで、クゥは市場に繰り出したワケで。
「お、クゥちゃん。いらっしゃい」
「はーい、ルゥちゃん、やっほーなのよー」
市場の野菜屋さんで、顔なじみの男の子にまずは挨拶ね!
帽子を深くかぶったその子は、ルゥザ・ガーデン。
少し前にウルラシオンにやってきた冒険者志望の子なのよ。
今は野菜屋さんで働きながら“洗礼”の日を待ってるの!
ルゥちゃんとは同い年だけど、クゥは先輩として色々教えてあげたのよ。
「今日は、これとこれとこれ、くーださいな! なのよー」
パニねーちゃんにもらったメモを見つつ、ルゥちゃんにそう告げるの。
そうするとルゥちゃんは笑って「はいよ」と品を見繕ってくれるのよー。
「今日は大きめのが入ってね。おまけしておくね」
「わーい、ルゥちゃん大好きなのよー!」
「はいはい、でもそういう媚び方するなら気を付けなよ?」
「何がなのよー?」
「おいらだって男だし、勘違いしちゃうかもしれないだろ」
白い歯を輝かせて、ルゥちゃんがイケメンスマイルで言ってくるの。
うーん、グレイにーちゃんにはこういうのが足りないのよねー。
「はい、これ代金なのよー!」
「毎度あり。また来てくれよなー」
「もっちろん、なのよー!」
手を振って、クゥはおうちに戻るのよ。
野菜の入ったかごを抱えて、時刻はもうすぐ夕暮れどき。
クゥはゆるい坂道を歩きながら、途中で止まって後ろを振り返るの。
夕焼けに染まったウルラシオンの街並みが、そこからきれいに見えたのよ。
「ふぁ~……。きれいなのよー」
お駄賃で買った飴みたいな、茶色っぽい橙色に染まった景色だったのよ。
それはクゥの髪の色と同じで、すっごく目に鮮やかだったの。
「――変なの」
ちょっと、思ったの。
『エインフェル』にいたときは、街がきれいなんて思ったことはなかったのよ。
ずっとずっと、レベルとか依頼のことばっかり考えてて、でも、
「ホントに、変なのよ」
今のクゥは、街がきれいって思えているのね。
何でかしらって考えて、うん、ちょっと分からないのよ。
「ん、飴、おいしいのよー」
口の中に広がる甘みがとっても優しくて、クゥはにっこりしちゃったわ。
あ、でもご飯の前になめちゃったの。ちょっと失敗したかもなの。
フ、Aランクメイドのクゥでも失敗することはあるのね。
さーて、それじゃあ帰るのよー。
今日は全力で働いたから、きっとよく寝れてよく育つのよ!
育てば育つほど、クゥはあの二大巨乳に迫るのよ。だって――
「クゥの身体には未来が詰まってるんだからー!」
夕日に向かって、クゥは決まった未来を咆哮したのよ。
じゃ、かーえろ! なのよー!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!