「よ。おかえりー」
「あ、お、おかえりなさい……」
ギルドに戻るとパニとアムがいた。
「じゃ、おつかれー」
「お、お、お疲れさまでした……」
そしてパニとアムは俺達の横を通り過ぎてギルドを出ていこうとする。
「待てい」
俺は手を伸ばし、ピンク色の後ろ頭をワシっと掴んだ。
すると、パニの懐から鈍い金属音がする。
やっぱりな。
や~~~~っぱりな~~~~。
「おっと、気づかれちゃ仕方がねぇ。アム!」
「う、うん、パニちゃん……!」
「あばよ!」
「え」
パニがアムを突き飛ばし、俺にぶつけてきた。
おっま、アムを犠牲にして自分だけ逃げる気かコラァァァァァァァ!
ぽよん。
あ、顔にアムの特大やわらか胸部装甲が当たって……。
ぽよよんぽよよん。
あ。あ。あ。あ。あ。あ。
ぽよよんよん。
「…………あふぅ」
「目を閉じて満喫するな」
いってぇ!!?
ランに頭をはたかれた。
オイ、俺の頭がゴヅッっていったぞ、ゴヅッて!
「何しますのん!」
「おまえが何してるんだよ。パニさんちゃんと捕まえてろよ!」
そんな正論は聞きとうない!
男には全てを投げ出してでも浸りたいやわらかアメイジングがあるんです!
「う……、グ、グレイさん、えっちですよぅ~……」
などと思っていると、アムが自分の胸を手で隠して身をひねった。
ほんのり頬を赤くして恥じらう眼鏡のおにゃのこ。
くぁ~~~……、ナイス! 実にナイス! 心の中で俺、サムズアップ!
「で、パニさんは?」
「ちゃんと捕まえてあるよ」
見ると、ランに首根っこを掴まれたパニが、猫みたいにぶら下がっていた。
すさまじい仏頂面だ。が、暴れないところを見ると観念したらしい。
「さて、俺達より先に街に戻ってギルドから自分の分の報酬を受け取って意気揚々とカジノに繰り出そうとしていたパニさん。何か言うことは?」
「ぶにゃ~」
パニが鳴いた。頭に猫耳カチューシャをつけて。
「おまえいつそれつけた!!?」
「バカな……。見えなかった。僕の目をもってしても……」
「にゃ?」
猫マネをしてパニは首をかしげる。
可愛い。可愛いが、こいつがパーティー最年長である。
「ラン、さっさと回収しちゃって」
「はいよー」
「あ、こらやめろえっち! アタシの報酬だぞー! あ、ぃや、ン……ッ」
懐をまさぐられてパニが抗議してくるが、何で最後に喘ぐのさ。
で、ランが金の入った皮袋を取り出すワケだけど――
「あれ、これだけ?」
ランの手が掴んだのは中身が詰まった革袋だが、ちょい待て何これ。
どう見ても一人分もねーじゃん。
「えっ! 一人分ってもっと多いのかよ!?」
何でそこでパニが驚くの?
「パ、パニちゃんの分まで、が、頑張ってくるからね……!」
そこで聞こえたのがアムの声だ。
彼女が歩くとヂャリリンヂャリリンと明らかに多量の金の音がする。
しまった!
あっちが本命だったのか!
「あ、逃げた! もぉ、グレイ、何してるんだよ!」
「うるせーな! ごめんなさいですよ!」
クソッ! やわらかアメイジングに騙された!
アムめ、最初からそのつもりで!
「コラ、アム――! またアタシを囮に使いやがったなァァァァァァァ!」
って、前にもあったんかい。
こいつらの力関係どっちが上かわっかんねーな、これ!
「ごめん、ごめんねパニちゃん、でも私、競馬で今度こそ勝ちたいの……!」
動機が最低だ。
前々から思ってたけどこの凸バスと凹バス、ダメ人間として純度高すぎね?
「クッソォォォォォォォ! アム! テメー覚えてろよ、こらー!」
「わっ、オイ、こら! パニさん暴れないでよ!」
パニが手足をジタバタさせて暴れる。
おかげで、俺とランの意識はそっちに割かれてしまった。
「うう、い、今だよぉ~。ご、ごめん、ごめんねパニちゃぁ~ん……」
アムがギルド入り口付近まで逃げた。
あかん、急いで追いかけないと逃げ切られてしまう。
つか君、申し訳なさそうにしつつ行動に躊躇ないのどーなの? 鬼なの?
「おっと、さすがに見過ごせんのぉ」
だが、突然の聞き慣れた声。
「はうっ」
そしてアムが走ろうとするポーズのままピシっと固まった。
俺は追いついて、その腕を掴んでみる。うわ硬ェ。完全に固まってる。
「……助かったぜ、ウル」
「クッヒッヒ、少々のお痛は目をつむるが、さすがにこれはのう」
いつも通りにフワフワ浮いて、ウルが俺の隣にやってくる。
しかし、アムはまるで彫像のようになっていた。何すればこうなるんだ?
「ちょいと、アムを構成している素粒子の活動を停止させただけじゃよ」
「つまり?」
「疑似的な時間停止じゃな。外部から干渉することはできるがのう」
「へー、そっかー」
「おんしにまともな説明をしたわしが愚かだったわい」
結論出すの早すぎない?
いや、確かに難しいことよく分からんけどさ!
「ともあれ、無事に戻ってきたようで何よりじゃ。……部屋の方に行こうかの」
ウルが受付カウンターの方を見る。
その視線に気づいたメルが、軽く頭を下げて奥の方へと入っていった。
「んでは、上で待っとるぞぇ」
言うと、ウルの姿が固まっているアムと共にフッと消えた。
はぇ~……。
やっぱあのチビロリ、大賢者なんだなー……。
「何呆けてるんだ、グレイ。行こうよ」
「あ、ああ。行くか」
「ぶみゃ~」
ぶら下げられたまま、またパニが鳴いた。猫しっぽをゆらゆらさせて。
「おまえいつそれつけた!!?」
「バカな……。見えなかった。僕の目をもってしても……」
「にゃ?」
天丼だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
部屋には、俺達四人とウルがいた。
今回、メルとロクさんの姿はなくて、冒険者と依頼人だけだ。
なお、パニとアムは水の入ったバケツを持って立たされている。
ざまぁ!!!!!!!
「まずは、ありがとうよ」
言って、ウルがこっちに頭を下げてきた。
世にも珍しい、千年を生きるという大賢者のお辞儀である。
「そんな、ウル様。頭をあげてください!」
「そうだぜー、チビロリ。誠意は行動じゃなく現物でおごぼっ!?」
俺が追加報酬を要求しようとしたところ、わき腹にランの肘が刺さった。
おかしい! どうして回避できないの!?
“はぐれの恵み”さんは完全無欠じゃないんですか――!!?
「あ、“はぐれの恵み”はその辺かなりふわっとしとるらしいぞぇ」
「クッソォォォォ! また心読むんじゃねーよぉぉぉぉぉ!」
しかも判断基準が『ふわっと』って何じゃい!
そんなんじゃ俺、隣にいる最終鬼畜暴力装置ゴリラドラゴン女先生の最強暴力から永遠に逃げられないじゃないですか――――!?
「おまえ今絶対、僕に対して失礼なこと考えてるだろ? なぁ?」
「そんなことないっすよー」
「じゃあ何で目をそらすんだ? オイ? なぁ? ねぇ?」
うおお、ランから凄い圧力を感じるぜ。これが視線の暴力ってヤツか!
「いや、あの……」
俺は口ごもる。
「何だ、言ってみろよ。ほら、なぁ?」
「ラ、ランさんがその、可愛すぎるんでぇ~……」
テキトーに言い逃れブッこくことにした。すると、
「へ……?」
え? 何こいつ目ん玉丸くしてんの?
「そ、そんな可愛いとか、おまえ、そんな、何言って……」
お? お? 何やこの反応。
何かいきなり小声になったぞ。そして言葉が尻すぼみで聞き取りにくいぞ。
「――――はっ!」
そのとき、俺の脳みそに電流走る!
そうかそうか、このゴリラドラゴン女、誉められ慣れてないな?
見ろ、あの頬をかすかに赤くしてあわあわしている様子。
恥じらっている乙女そのものじゃないか。フフ、フフフフフ……。
…………可愛いよな。
イヤ、イヤ違う。
そうじゃない! 見惚れるな俺! そうじゃないから!
ここはあのゴリラドラゴン女を徹底的にヨイショしてこの窮地を脱して、
「あ、ランや。そこのヘタレ、おんしをおだてて逃げようとしておるぞ」
「チビロリィィィィィィィィィィィィィィ!!?」
裏切ったなチビロリ!
別に結託してないけど、それはそれとして裏切ったなァ!
「ほっといたらいつまでも脱線するじゃろ、おんしら」
「一周回るまで待てばいいじゃない! 一周回れば元通りじゃない!」
「それ、わしはいつまで待てばええのん?」
「い、一日以内……?」
「ギルドは二十四時間営業しておらんわ!」
くっ! こいつ、言わせておけば正論ばっかり!
返す言葉がねーじゃねーか! 一体どうしてくれるんだよ!
「グレイ」
冷たいランの声がした。
「……はひ」
俺がギギギと首を動かしてそっちを見る。
ひぃ!
ゴリラドラゴン女の目つきがゴリラドラゴンデーモンになっとる!
「後でゆっくり話そうな。な?」
「…………はひ」
「クッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ、あ~、ぽんぽん痛い!」
何笑ってんスか? 何笑ってんスか!
空中で笑い転げるとか器用なマネしくさりやがって!
おまえのせいで心臓一回止まったからな! キュッ。って感じで!
「いや~、坊、よかったのう」
「何がじゃ!」
「――通じ合える仲間と巡り会えて、本当によかったわい」
あ……、
「思えば出会ったとき、おんしは心の中で泣いておったな」
「…………」
「だが今は笑っておる。心から。そんなおんしを見れて、わしは嬉しいよ」
「……だから、人の心を読むんじゃねぇよ」
「これについちゃ、読むまでもないわい」
「チッ!」
俺は大きく舌を打つ。
クソ、ウルもランもニヤニヤしやがって。って、パニ達もかよ!?
あ、あ~、あ~……、頬熱い。クッソ、クッソ!
別に照れてねーし、俺照れてねーモン! グレイさんはCOOLッスから!
「そういえばのう、ランよ」
「何ですか、ウル様」
「坊のスゲェところは見れたかの?」
げ。
「あ、あ、あの、ウルさん? チビロリさん……?」
「それがおんしがこの依頼を受けた理由じゃろ? だったら確認せんとな」
あああああああああ、ムカつく。
その勝ち誇った笑みがメガギガテラペタにムカつく!
「のう、ランに、パニに、アムよ。坊はどうじゃった?」
「や、あの、やめ、やめ……」
俺は何とか制止しようとするが、あかん、声が震えてまともにしゃべれん。
「そうですね――」
ランはしばし考えこむように首をひねり、一度うなずくと、
「情けなかったです」
オイ。
「あー、そーな。情けなかったな! 泣きながら逃げてたしよ!」
「う、うん。あ、あれはちょっと、情けなかったよね……」
バケツ持って立たされてるパニとアムもそれに同調してくる。
おまえら、おまえら……。
「でも――」
だがそこでランが言葉を続けた。
「カッコ悪くは、なかったですよ?」
へ?
「ギャッハッハッハッハ! 何だよランのお嬢もアタシと一緒かぁ?」
え?
「うぅ……、パニちゃぁん、わ、私も。私も一緒だからぁ……」
あれ?
「クッヒッヒッヒ、と、いうことらしいがの。坊よ」
「いや、あの……」
え、この状況でチビロリは俺に振ってくるの?
おまえ、俺に一体何を言えっての? え、何、土下座でもするべきなの?
俺が呆けていると、ウルがふわりと浮いて俺の隣にまた来た。
そして、その短い手で俺の頭を優しく撫でてくる。
「おんし達は、ウルラシオンを救った英雄じゃ」
――――英雄? 俺が、俺達が、か?
「今回の件は、悪いが表沙汰にできぬ。Xランクモンスターについてはまだ未解明の部分が多いのでな、そう判断した。そこは申し訳ない。けどな――」
ウルは笑った。
これまで見たことがないような、優しい、そして暖かい、母のような顔で。
「わしは、そしてメルやロックラドは確かに知っておる。この街を救ってくれた、四人のXランクのことを。おんしら、ウルラシオンの英雄のことをな」
「……ウルラシオン、の」
「そうとも、坊。おんしは確かに、最速無敵の天才重戦士じゃよ」
「…………」
………………………………あ、やべ。
「くっ!」
「おっと、どうしたんじゃ」
俺はみんなに背を向けた。あかん。あかんあかん、ヤバイ。もうヤバイ。
「オイ、何だよグレイ。急に。そんなに肩を震わして……」
「来んな!」
近寄ってこようとするランに手を突き出し、俺は待ったをかけた。
待って、マジ待って。あと一分くらい待って。イヤホントマジで。マジで!
「坊、おんし、泣いとるのか?」
「ち、ちっげーし! 泣いてね……、あぅ、泣いて……」
あ、ダメだ。言葉がのどでつっかえる。しゃべれない。
声出そうとすると、すぐ嗚咽になっちゃう。あかんて、もうホントにさ。
こらえ切れない。でも我慢。
さすがにここは我慢しなきゃだ。だから我慢、我慢、我慢!
「……いいよ」
グッと全身を強張らせて耐えていると、ポンと背中に触れる手があった。
気が付けば、俺に傍らにランが立っていた。
「いいじゃないか。泣けば。やっと報われたんだから」
「で、でも、でもよぉ……」
俺、俺は、この中でたった一人の男で、しっかりしないと、だから……。
「ケッ! なっさけねぇな!」
それでも我慢して震えていると、今度はパニに尻を蹴られた。
クッソ、何するんだよぉ、この凹バス……。
「泣きたきゃ泣けっての! 別に今さらそれでカッコ悪ィたぁ思わねぇよ!」
「う、うん。そうだよ……」
今度はアムかよォ!
手を伸ばして俺の頬に触れてくる。待て、今は触らないでほしくて……、
「が、我慢って、しなきゃいけないときだけするものだよぉ?」
「だったら、今はそれ……」
「バカ。違うに決まってるだろ」
ランにピシャリと切り捨てられた。
そしてランは、俺の真ん前に来て言ったのだ。
「今は、これまでおまえがしてきた我慢を、終わらせていいときなんだよ」
――――トドメだった。
そんな言い方は、ズルい。
俺の目から堰を切ったように涙があふれる。
泣いた。俺は泣いた。震える唇から声を漏らして、俺はわんわん泣いた。
嬉しかった。
俺のしてきたことは間違いじゃなかったんだと、やっと確信できた。
俺のことを英雄だと、そう言ってもらえたことが何よりも嬉しかった。
泣いても泣いても涙は止まらない。
自分の中の水分が全部出ていくんじゃないかと思えるくらい、俺は泣いた。
そんな俺を、ランと、パニと、アムが支えてくれた。
耐えられるかよ。我慢しきれるかよ。そんなワケねぇだろうが!
クソ、クソ、クソ、クソ!
おまえらのおかげだよ、コンチクショ――――ッッッッ!
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