転生したらまさかのシンデレラボーイ?!

羊緋紫
羊緋紫

目指せ、健康!

公開日時: 2021年2月13日(土) 10:15
更新日時: 2021年2月14日(日) 19:59
文字数:5,426

 空はすっきりと晴れ、おだやかな風が良く手入れされた芝生しばふの上を吹き抜けていく。

 大きな樫木かしのきやアーモンドなどの高木こうぼく、白い花をつける低木ていぼくなどがバランス良く配置はいちされ、白い木造もくぞう東屋あずまやがある小さな薔薇園ばらえんにはふくらみかけたつぼみたちが風にれる。

 豪華ごうかさはないが落ち着いた雰囲気ふんいき庭園ていえんは、何より空と緑とのバランスが良い。

 私は無意識むいしきに深く息を吸い込むと、自然豊しぜんゆたかな大地のにおいが気持ち良くはいたしていった。

 

 体のけが少ない肌触はださわりの良い外着そとぎ着替きがえ、私はにわ散歩さんぽしていた。私の後ろには心配しんぱいそうにこちらの様子ようすうかがいながら歩くジーナ。

 まぁ、今までを知ってるジーナにしてみたらハラハラドキドキにちがいない。げんに、こうやって外に出る為に説得せっとく納得なっとくしてもらうのに30分かったのだから。

 しかし、ベッドでてばかりいては体力たいりょくちるばかりで全然ぜんぜん良くならない。まずは短い時間でもゆっくり散歩して体をらしていかないと! 


日差ひざしがあたたかくて気持ち良いね、ジーナ」

「そうですね。……お坊ちゃま、あまりムリはなさらないでくださいませ」

「うん、わかっているよ」


 わかってると言いながら苦笑くしょうしてしまうが、まぁ、私がジーナの立場たちばだったら同じ事を言っているかもしれない。それくらい、この体のぬしーフェリックス・グリーウォルフはつよそうな容姿ようしはんして生まれた時から病弱びょうじゃくでベッドの上で過ごす事が大半たいはんだったのだ。

 ゆっくりと、本当ほんとうに前世での歩くスピードの半分はんぶんにもならないかめのごときゆっくりとした歩調ほちょうあるきながら、じっくりと庭園を観察かんさつしていく。

 前世で見たことのある植物しょくぶつからている植物、見慣みなれない植物まで様々さまざま。わずかばかりの知識ちしきでは、何となく植物たちの見分けはつくものの、ハッキリとは分からない。


(今度こんど庭師にわしのサシャのところへ行ってみよう)


 そう考えながら、私はジーナをかえった。


「そろそろお屋敷やしきに戻ろうか」

「はい」


 わずかにホッとした様子を見せたジーナは私と屋敷の間に立つかたちになっていたおのれの体を一歩いっぽよこ移動いどうさせ、みちをあける。判断はんだんし、行動こうどうするまで一秒いちびょうらず。侍女じじょってスゴイな、としみじみ思う。


 私がもし職業侍女しょくぎょうじじょだったとしてアレが出来できるだろうか? いや、無理むり飲食いんしょくサービスぎょう経験けいけんしていたらまだしも、前世は事務員じむいんだ。おまけに、優雅ゆうがさとか品良ひんよくとかとは無縁むえんのがさつな、毎日まいにち戦場せんじょうのような生活せいかつだった私。

 しかも、四人兄弟よにんきょうだい一番いちばん上で、下三人が男。父親からは、お前が男だったら良かったのにな、と残念ざんねんそうに言われていたくらいなのだから。色々いろいろ

確実かくじつにやっぱり無理。


(……ある意味いみ、お父さんの希望通きぼうどおりに今は男になったわけだよね。こんなの想定外そうていがいだけど、何だかしみじみしちゃうなぁ)


 この体と環境かんきょうにはまだ慣れないがとにかく、今の最優先課題さいゆうせんかだい体力回復たいりょくかいふく! 健康促進けんこうそくしん! である。

 そんな目標もくひょうを自分の中にかか真っ先まっさきに思いついた事。一番簡単かんたんに出来て、そしてもっとも健康に影響えいきょうあたえるものの一つ。それはしょく! 食はすべての基本! 食事しょくじ改善かいぜん必須ひっすだった。


医食同源いしょくどうげん。まさにこれ! 改善するにはあらためててきを知る必要ひつようがあるわね)


 そう考えた私は久しぶりに晩餐室ばんさんしつ夕食ゆうしょくを取ることにした。家族かぞくみんな晩餐室ばんさんしつそろうのは久しぶりで、母上のシャルロットも弟のセバスチャンもうれしそう。父上のヴィクトーは相変あいかわらずいかつい表情ひょうじょうくずさないが、口元くちもと時折ときおりモゴモゴとへんかたちゆがむのを見逃みのがさない。顔がゆるむのを必死ひっしこらえてるのだろう。


 私は前世を思い出してから、ヴィクトーの機微きび細々こまごま目敏めざとくなりギャップえにキュンキュンしまくりでこまる。

 おまけにセバスチャンの可愛さにも毎日キュンキュンだし、母上の眼福がんぷくものの容姿ようしあまやかしてくるのなんか、もう目がつぶれてしまいそうな

ほどキラキラして死んでしまいそうである。

 そんな私のハートのストライクゾーンにたまみまくる家族と一緒に食事ができるのは私も嬉しい。今までのフェリックスとしての食事は一人ベッドの上でさびしかったから。


「今日はね、フェリックスのきなものを用意よういさせたのよ」


 にこにこと笑顔で嬉しそうに言う母上の言葉ことばを待っていたかのように料理りょうりはこび込まれてくる。


「わぁ、嬉しいです母上」


 うん。それは本当。本当なのだが…………

 目の前にならべられていく料理の数々。

 グリーウォルフ男爵家だんしゃくけ貴族きぞくの中でも末席まっせきに近い。貧乏びんぼうという訳では無いが大金持ちという訳でもない。もと豪商ごうしょうらしく、とあるご先祖せんぞの時に男爵のたまわったらしい。

 どんな経緯けいいで男爵になったかまでは聞いていないが、グリーウォルフ家のピークはその初代しょだいであり、あとはゆるやかな右肩下みぎかたさがり。

 それでも祖父そふの頃から領地経営りょうちけいえいはなんとかよこばいをキープしているそうだ。


 そんなグリーウォルフ男爵家なので家訓かくん質実剛健しつじつごうけん無駄むだ見栄みえきらい、堅実けんじつ安定あんている。まぁ、言ってしまえば地味じみよくと見栄の渦巻うずま豪華絢爛ごうかけんらん一般的貴族社会いっぱんてききぞくしゃかいからは完全かんぜんに一歩も二歩も引いていた。

 しかし、それでもくさっても男爵家。他の貴族の家よりは大分だいぶ質素しっそな食事だとは思うのだが、用意されたのは完全にフルコースのそれである。体力のパラメーターが低い私にとって、目の前のお皿の上に乗ったあぶらでキラキラかが分厚ぶあついお肉は見ているだけでも結構けっこうしんどいものがある。

 他の皿も肉料理がメインで野菜が少ない。


(…………見てるだけで胃の辺りが重い………けど)


「……………いただきます」


 しばし固まっていたが、けっしてまずはスープを口にした。温かいスープでまずは胃を慣らしてから、と思ったのだが…………


「んぶっ!?」


 小さく吹き出し、ゴホゴホとせてしまった私にあわてて執事しつじと侍女がってくる。母上も立ち上がってるし、父上もセバスチャンも心配そうにこちらを見ていて恥ずかしい。


「だ、大丈夫です。ちょっと、むせてしまって……すみません」


 ごほん、と大きく咳払せきばらいをし、落ち着いた私は手の中のスープに目を落とした。胡椒こしょうたっぷりの胡椒スープですか? と問いたくなるようなスパイシーな味の濃いスープ。

 いつもはまだ刺激しげきの少ないスープのはずだが、今日はフェリックスも同席どうせきということで料理長りょうりちょうりきったようだ。


 そう。お貴族様のお料理はお肉過多かた野菜不足ぶそく香辛料こうしんりょうまみれのスパイシーがこの世界せかいでは一般常識いっぱんじょうしき。付けくわえると、ビュッフェ並みの量の皿がテーブル一杯に並べられ、お貴族様はそれらから好きなものを少し食べて残した物は破棄はきという、超贅沢ちょうぜいたく! そんな勿体無もったいないことするやつのろわれてしまえっ!!

 …………おおっと、失礼。

 まぁ、グリーウォルフ家の場合は食べ物を粗末そまつにするなど言語道断ごんごどうだんなので、食べられる量しか出てこないのだが、味付けは………


 再び意を決した私は小さく切ったお肉を口に入れ、良く噛む。これでもか、と言うほど噛む。ひたすら噛んで、お肉の形が無くなってようやく飲み込む。そして、またお肉を一口。お肉の次は付け合わせの野菜。そして、またお肉。


 モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ………ゴクン。

 モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ………ゴクン。


 家族に比べて明らかに食べる速度そくどが遅いが、気にしない。出来るだけですりつぶし、唾液だえき消化しょうか手助てだすけをしないと胃痛いつうなやまされそうなのだから!

 え? 残せば良いじゃないかって?

 そんな事は私の信条しんじょうから外れるのでノーである! そんな訳でひたすらんで噛んで噛みまくって、完食かんしょくを目指して噛むのである。


 皆よりかなり遅く、周りが心配そうに見守る中なんとか完食すると何故なぜ拍手はくしゅいた。そんな拍手を受け、重たい体を引きずりながら部屋へ戻ってくると私は深くソファへ沈み込んだ。

 満身創痍まんしんそうい。そんな私にジーナが紅茶こうちゃれてくれる。


「はぁ。おいしい~」

「ふふっ、ありがとうございます。嬉しいですわ」


 やさしく胃の中があたたまっていく感覚に、ほぅっと出た素直すなおな感想にジーナは微笑ほほえみ、そして次に少し首をかしげながら言った。


「お坊ちゃま、体調たいちょうが戻られてからなんだか少しお変わりになりましたね」

「えっ! そ、そうかな?」


 ジーナの言葉に内心あせりつつも、できるだけ平静へいせいよそおいつつ笑顔を向ける。


(まさか、気付かれた?! 中身が26歳の地味な、しがない事務員だということに! …………いやいや、そんな事はないはず。昔の記憶はあるけど、フェリックスとして9年間生きてきた記憶きおくもちゃんとあるし)


 性格せいかくやら思考しこうやらは生きてきた年数ねんすうの長い前世がだいぶ大きな割合わりあいめてしまっているとは思うのだが、それでもフェリックスの記憶と経験けいけんを元に今までのフェリックス君の生活を乱さないよう気を付けて行動しているつもりだった。


「えと、たとえば……ど、どこら辺が?」


 おそる恐る私はジーナに尋ねてみると、ジーナは困ったように片手を頬に当て、少し眉を寄せる。


「どこ、とおっしゃられると困ってしまうのですが………何となく、でしょうか」

「なんとなく…………」


 女のかん、というやつだろうか?

 たしか、ジーナはフェリックスが産まれたときからこの屋敷で働いていて、フェリックス付きの侍女としてもう7年になるはず。6歳から部屋を与えられると、病弱な私に朝夕問わず、それこそ付きっきりで側にいてくれた。

 確実に、母上であるシャルロットよりも一番長く一緒にいるのはジーナだ。


(ふむ。私としては『今まで通り』のつもりだったのだけど、もう少し言動に気を付けた方が良いのかも)


 そう私が思案していると、パッとジーナは表情を笑みに変えた。


「でも、あまりお気になさらないでくださいませ。私の勘違かんちがいだと思いますし。それに、お坊ちゃまは今、1日1日お体もお心もどんどん成長なさっている時期でらっしゃいますから。まずはゆっくりお休みになられて、お体を大切になさってください」


 余計よけいな不安や考え事を与えてらん気苦労きぐろうを掛けてはいけない、と思ったジーナは少し早口で言葉をつなぎ、さぁさぁ、と私をベッドへと優しく立たせる。

 そんなジーナに着替きがえを手伝ってもらい、ベッドへもぐり込んだ私はおやすみの挨拶あいさつをし彼女が部屋を出ていくのを見届みとどけ、目をつむった。


 前世での私の家族の事や仕事先の皆の事、親友のめんちゃんの事が気にならない訳ではないけど、今はフェリックスとしてフェリックスの生活に慣れる事に気持ちが向いていた。


 空が白々しらじらと明るくなり始め、次第ににぎやかになる鳥のさえずりを聞きながら私は目を開ける。

 前世と現世の記憶が突然ごちゃ混ぜになった時は、今見ている天井てんじょう随分ずいぶん違和感いわかんを感じて落ち着かないものだったが、今では随分と慣れた。


 ジーナが起こしに来るにはまだ大分だいぶ早いが、私はベッドを出ると部屋のすみにある姿鏡すがたかがみの前に立つ。そこにうつるのは9歳の少年。栗色の髪は少し癖毛くせげのようで大きく緩やかに波打ち、日本人の黒目とは真逆まぎゃくの明るいヘーゼルの瞳はいまだにちょっと慣れない。

 私はかがみの中のその明るい色の自分の目を覗きこむ。


「私の名前はフェリックス・グリーウォルフ。グリーウォルフ男爵家の長男。現在、9歳。私はフェリックス。将来、立派りっぱ尊敬そんけいできる貴族になる。私は貴族。私は貴族」


 鏡の中のフェリックスを見つめブツブツと呟く私。

 頭がオカシクなった訳じゃあございませんことよ? 自己暗示じこあんじと言っていただきたい。

 性格や思考回路しこうかいろが前世の26歳を引きずっているのなら、自己暗示でもやくりきるでも何でもいいからとりあえず自分自身じぶんじしんが意識していなくてもフェリックス・グリーウォルフとしてえるようにり込めば良いんじゃないかと思ったのだ。


 ……まぁ、このやり方が効果こうかがあるのかは分からないが。


 

兎に角とにかく、朝に自己暗示作戦じこあんじさくせんためしてみることにしたのだが、まぁ、こんなとこ見られたら病気で脳ミソやられたかと心配されるのがオチなので、こうやって朝も早くから起き出してこっそりブツブツ呟いているのである。

 一通ひととおつぶき、窓の外をながめながら体を伸ばしたり腕振うでふりしたりしていると、扉がノックされジーナが入ってきた。


「おはようございます、お坊ちゃま! 今日はお早いですね」


 驚きの表情で言ったジーナに私はニコニコ笑いながらうなずいた。


「うん。鳥の声で目が覚めたんだ。今日も晴れて気持ち良さそうだね」

「そうでございますね」


 最初のうちはおどろいていたジーナだったが、私の調子が良さそうなのを見てか嬉しそうに私の身支度みじたくととのえていく。

 グリーウォルフ家の朝食は夜に比べればとてもシンプルで、パンにスープ、サラダにハムかベーコン、ゆで卵に果物くだものだ。朝食を家族でいただきながら、やはり当面とうめん問題もんだいは夜ご飯だなと私は考えていた。

 あの、胃への爆弾ばくだんのような晩餐ばんさんをどう回避かいひするべきか?

 朝食後に私はペンとインクびん、紙を持って図書室としょしつへと向かった。昔から病弱なフェリックス君の調子が良い時の過ごし方は図書室で本を読む事だったので、ジーナは私を図書室の中へと見送みおくると自分の仕事へと去って行った。


 質素倹約地味しっそけんやくじみ男爵家のグリーウォルフ家だが、唯一ゆいいつ自慢じまんとも言えるのが図書室だ。どうもグリーウォルフ家の当主とうしゅ代々だいだいほんが好きなようで、長年ながねん代々の当主たちが集めた本が広い室内しつない整然せいぜんと、だが所狭ところせましとそなえ付けられた立派りっぱ本棚ほんだなにぎっしりと並ぶさま壮観そうかんの一言。

 フェリックスだけでなく、私も長年ながねん図書館のお世話せわになってきた身としてこの環境かんきょう歓喜かんきでしかない。


 何度見てもきない景色けしきにほぅ、とため息を吐きしばらく紙とインクの独特どくとくな匂いを楽しんでいたが今日の目的もくてきを思い出し、私はまどの横に置かれた簡素かんそながらもしっかりとしたつくりのダークブラウンの机に座り、真っ白な紙を広げペンをにぎった。

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