転生したらまさかのシンデレラボーイ?!

羊緋紫
羊緋紫

見覚えのある横顔

公開日時: 2021年2月17日(水) 19:46
文字数:3,376


 前世の記憶きおくを持ちながらもフェリックスとしての新しい生活にはじめ、新しい晩餐ばんさんメニューに変わってからお腹の調子ちょうしも体の調子も良く私は少しずつ体力も体調も顔色も良くなっていった。

 そして、今日は午後からセバスチャンとサロンで礼儀作法れいぎさほうのお勉強。


 貴族きぞくのお仕事のひとつ、社交。

 社交には様々なものがあり、それぞれに礼儀れいぎ作法さほうがある。

 父のヴィクトーは夜会やかいりなどの参加さんかは本当に必要最低限ひつようさいていげんしかしない。参加しても会話は一言、二言の無口無愛想むくちぶあいそうっぷりで有名らしく、お陰で今はさそいの招待状しょうたいじょうなど無いにひとしい。そんな父の息子たちなので、これから参加する社交も必要最低限になるとしても、それでも男爵家の子としてちゃんとした礼儀作法は身につけておかねばならいのだ。


 社交界しゃこうかいデビューは早ければ6歳。遅くても12歳までには社交界に顔見かおみせをするのが一般的いっぱんてきで、18歳になると成人せいじんとなり、一人の立派りっぱ大人おとなとして貴族として社交の場に立つ事になる。


 私は7歳の時にテール王国おうこく第一王子だいいちおうじ生誕祭せいたんさいで社交界デビューをしたが、それ以降いこうは体調のいで一度も社交の場には出ていない。

 セバスチャンは今度行われるテール王国第二王子だいにおうじの生誕祭で社交界デビューの予定だ。もちろん、私にも招待状が届いているので二人そろって参加の予定。つまり、今日のお勉強はその為の挨拶あいさつのお勉強なのだ。


 先生は執事しつじのアシル。50代の渋いおじ様執事の所作しょさはそれはもう優雅ゆうがながれるような動きですきがなく、半端はんぱない安定感あんていかん安心感あんしんかん。そしてあふ色気いろけ! どんなに練習してもムリと思ってしまうほど完璧かんぺきだ。

 まぁ、私にはムリです、と言ったところで免除めんじょされる訳もないのだけど。

 アシル先生の指導しどうもと、始めはぎこちなく優雅さの欠片かけらもない私とセバスチャンだったが、次第しだいにそれとなく見られるものになってきた。


「良くなってきましたね、フェリックス様。セバスチャン様」

「ほんとう?」


 にこっと微笑ほほえみながら言ったアシルに私はちょっと前のめり気味ぎみに言葉を発してしまった。何故なら、ティータイムまでで終わるのかと思っていたらティータイムをはさんでなお、みっちりお稽古中けいこちゅうなのだ。

 ………私もセバスチャンもだいぶつかれているんですよ。


 そんな私たちの様子はひゃく承知しょうちでニッコリとアシルは笑んだ。


「えぇ。それでは、今日のところは綺麗きれい自己紹介じこしょうかいの挨拶が出来た方から終わりにしましょうか」

「はーい! はいはい! 僕やるー」


 終わりと聞いて、セバスチャンがいきおい良く手を上げる。さっきまで少し不機嫌気味ふきげんぎみにやる気無さそうにしていたのに、急に元気だ。

 苦笑しつつも、アシルはセバスチャンを促した。


 小さな足のかかとを揃えて爪先つまさきを少し開いて立ち、すっと背筋せすじを伸ばしたセバスチャンはそのまだあいくるしい顔に小花こばなのような笑みを浮かべ


「セバスチャン・グリーウォルフと申します。お会いでき光栄こうえいです。どうぞ、以後いご見知みしりおきください」


 と、流れるように右手を胸の前に持ち上げながら頭を下げた。その動作どうさはもう一端いっぱし紳士しんしのようでさえある。

 ゆっくり頭を上げたセバスチャンは、ドヤ顔で私とアシルを見た。


「?」


(…………なんだろう? 今のセバスチャンの顔、どこかで見たような………)


 何か、私の中で引っ掛かった。その引っ掛かりにアシルがセバスチャンをめているやり取りも遠いところで話しているように聞こえる。

 

(なんだろう。とても大事なことを思い出しそうな…………)


「では、次はフェリックス様」


 アシルに名前を呼ばれ、私はわれにかえり一つ小さく深呼吸しんこきゅうをして背筋を伸ばした。


「初めまして。フェリックス・グリーウォルフと申します。どうぞ、宜しくお願い致します」


 無難ぶなんに挨拶の礼をした私は、セバスチャンの顔を見ていた。


「それでは、今日はここまでにしましょう。今日のレッスンを忘れないようになさってください。また明後日あさって、レッスン致しますので」

「えぇーまだやるの!?」


 口を尖らせてアシルに言うセバスチャンの横顔よこがお突然とつぜん私は思い出した。

 見覚えのある横顔。

 それは、今の7歳のセバスチャンのものではなく、私が知っている15歳のセバスチャン――しかもモニターしの彼の面影おもかげが幼い少年の横顔にかさなりかる眩暈めまいおぼえた。


 セバスチャン・グリーウォルフ。

 フィースプリトー学園がくえん1年生。15歳。

 主人公の同級生どうきゅうせいで、つややかな黒髪くろかみ黒曜石こくようせきのようなひとみを持つ美少年びしょうねん何事なにごとしゃかまえてひねくれているツンデレ系。

 セバスチャンには病弱の為、家で療養中りょうようちゅうの兄がおり、両親は兄にばかりかまいセバスチャンはないがしろにされていると感じていた為ひねくれた性格になってしまったのだが、主人公と出会い交流こうりゅうすることにより、次第に本来ほんらいやさしさを取り戻し家族に愛されている事に気付く。

 


 …………それが、セバスチャンの設定せってい

 前世で友人のめんちゃんからりた彼女の大のお気に入りの乙女おとめゲーム『精霊学園せいれいがくえん~キミとつなぐきずな~』でセバスチャンはその乙女ゲームに出てくる主人公しゅじんこう攻略対象こうりゃくたいしょうキャラクターの1人なのだ!


 なんでそんな大事だいじなこと今の今まで忘れていたかって? それは、借りてたゲームの時のセバスチャンの年齢ねんれいが15歳だから! さらに付け加えると、取り立ててゲーム好きな訳でもない私は、押し付けられるように借りたゲームを律儀りちぎにプレイはしたが、本当にただただやりました程度ていどのもの。 

 まずゲームに付いている説明書せつめいしょ最初さいしょみ、その中に書いてある何人かの攻略対象キャラクターで気に入った設定のキャラクターを決める。あとはそのキャラクター攻略へ向けて一回プレイして終わり。攻略に成功せいこうしようが失敗しっぱいしようが、ハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうが関係無く、一回のプレイでめんちゃんに返していた。


 いつもめんちゃんからは、乙女ゲームの醍醐味だいごみは何人もの攻略対象キャラクターとのすったもんだのこいきなのよ! それを全部プレイしないなんて信じられない! とかなんとか言われてた。


 『精霊学園~キミとつなぐ絆~』もれいれず、一回のプレイだけで返したのだが、その時はめずらしく食い下がられた。

 なんでも、このゲームの最大さいだいの売りであり人気はその選択肢せんたくしはばひろさだと言う。

 ゲームの期間きかんは主人公がフィースプリトー学園に入学にゅうがく卒業そつぎょうするまでの3年間。その間、攻略対象者との親密度しんみつどや主人公のかくパラメーターの数値すうちや様々なイベントの成否せいひによって多岐たきに渡るエンディングが用意されている、らしいのだ。


 めんちゃんのりだが、攻略対象者とのハッピーエンディングは勿論もちろんだとして、面白おもしろいのは恋愛以外れんあいいがいのエンディングだ。学園生活中に精霊技術ぎじゅつのパラメーター集中しゅうちゅうして上げると高位精霊士こういせいれいしとして王城おうじょう就職しゅうしょくする。とか、剣術けんじゅつ体術たいじゅつ特化とっかすると女性騎士じょせいきしとして活躍かつやくする。とか、精霊と冒険ぼうけんたびに出るエンディングなんかもあったりする。まさにやり込みがた乙女ゲーム。


 そんな大好きなやり込み型にはままってしい一心いっしんで食い下がってきた友人は、まず私に少しでも興味きょうみを持ってもらうべく、ゲームから派生はせいしたマンガや小説、アニメまで貸してきた。

 私がこの世界が乙女ゲームの世界だと気付くきっかけになったセバスチャンの表情ひょうじょうは、アニメで見たものだった。


 ちなみに、ゲーム以外では主人公の同級生であるテール王国第二王子が主人公のお相手としてストーリーが進む。

 テール王国第二王子は乙女ゲームでも一番メインのキャラクターである。


「まさか乙女ゲームの世界だなんて…………」


 ポツリと呟いた私はふと思い浮かんだ事にまゆを寄せる。


(……………そもそも、ゲームで私ことフェリックスって出てきたっけ? フェリックスの名前って、片手かたてで足りるくらいしか出てきてないような………)


 おまけに、姿すがたなんてシルエットで一回出たかどうか。そこも記憶が曖昧あいまいだ。病弱引きこもり設定だから、もしかしたら学園には通えていない設定なのかもしれない。それなら、主人公や他のキャラクターとの接点せっていは一切無く、フェリックスの存在そんざいはセバスチャンの口から間接的かんせつてきに名前が出てくる程度だろう。


(あれ? 待てよ。そんな病弱引きこもり設定の私が少しずつ健康に向かいつつあるけど大丈夫なの?? おまけに、兄弟仲はすこぶる良いけど……どうしよ。本当はダメだったりするのかな?)


「う、う〜ん?!」


 きゅう漠然ばくぜんとした不安ふあんと取り返しのつかない失敗をしてしまったのでは無いかというなぞ強迫観念きょうはくかんねんのようなものでドキドキしてきた胸に私は手を当てうなり声を上げた。

 


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