荒い息を整えようとしては、幾度も失敗し、せき込む。
ただ、サルタンにとって優先すべきは、そんな所ではなかった。
転がり込む様に、中に入った。
すると見覚えのない男が居た。
勿論、国軍の兵士自体の数も多ければ、仕事の同僚でもない。
故に覚えていない人間の方が多いのではあるが。
「ん?……どうした?」
いい年をした大人の男が、涙濡れに大慌てでやってくれば、当然に男も訝しむ。
男は眉を顰めて、サルタンの方へ歩いてきた。
男は、武器の類は持っていない様に見えるし、兵士としては、ひょろりと細身の体をしていた。
サルタンは片隅に、兵士と言うよりは、兵舎付きの事務役人か、と考えた。
「た、助けてくれ。」
しかし、今は人と会えたことだけでも、大いに救いであった。
サルタンは、縋らんばかりに、男へと駆け寄っていく。
その反応に、男の方が狼狽する。
「お、おい、落ち着けよ? ここは兵舎だぞ? 人も沢山いるし、大抵の事には対応できるさ。」
男は宥める様に言う。
男が言う割には、兵舎の中はシンと静まり返り、他に人の気配は感じられなかった。
しかし、サルタンは男の言葉を鵜呑みにし、その事には気付かなかった。
「な? 落ち着いて……何があった?」
サルタンは、男に今まで在った事を話した。
荒唐無稽な話だ。
しかし、男は時折、訝し気な反応を示しながらも、真面目にサルタンの話を聞いていた。
サルタンは全てを話し終えた。
すると、
「はあ……そうか。」
男は意味深に、額を手で覆いため息を吐いた。
「嘘じゃない! 信じてくれ! 明日になれば、誰もが解る事だ!」
サルタンは狂人の妄言、その様に思われたかと、必死になって食い下がった。
男はそれを、両手を突き出して制した。
「ああ、大丈夫だ……別にお前さんを疑っている訳じゃない。ただ、もう一度聞きたいんだが……、その女っていうのは、笑っていたのか?」
男は、一度、サルタンの後ろへ、チラリと視線を向ける。
そして、じっと、真剣な表情でサルタンの目を見つめた。
なぜ、そこをもう一度聞くのか、サルタンの後ろには、サルタンの入ってきた扉がある。
------そこに何かあるのか。
確認したいが、男が余りに真剣に目を合わせてくるものだから、サルタンは男の瞳から目を逸らすことが出来なかった。
息をのみ、サルタンは頷いた。
そうすると、男は身体から力を抜き、だらけた様にため息を吐いた。
視線も外される。
「そうか……じゃあ、ダメだな。」
男は何故か突き放す様に告げた。
「え?」
男のあまりに想定外の反応に、サルタンは困惑した。
「あのな? ”あいつら”って言うのはだ。」
再び、男はサルタンの目を見つめる。
そして、言い聞かせるように言った。
(何がダメなんだ? あいつらってなんだ?)
「基本的に笑わないし、泣かないし、怒らない。いっつも無表情だ。……でも、お前が”そう”見えたって言うのなら……。」
言って、一拍、言葉を切った。
「お前。祟られてるぞ?」
------ドン
サルタンは胸に冷たい衝撃を受けた。
視線を下げると、自らの胸に、開かれた状態の女の物らしい、綺麗な右手が生えていた。
外傷が在るようでも無い。
しかし、サルタンの背中の方から、しっかりと貫通している様に見える。
手が引き抜かれようとする。
信じられない者を見るような顔で、サルタンは男を見る。
男は、憐れむ様に、そして、呆れた様にもう一度、ため息を吐いた。
「なん……?」
それが、サルタンの最期の言葉となった。
崩れ落ちるサルタンの身体。
それを見下ろす様にして、男は不愉快そうに眉を顰めた。
「悪趣味だな。」
男はサルタンの死体を肩に担ぐ。
「恐怖は最高の調味料。生者には解らない事ですわ。……でも、ご協力ありがとうございます。この男、逃げ足だけは早くて……クスクス。」
先程の女だ。
嘘と理解しつつも、それを口に出す意味はない。
男は顰めた眉の皴を、深めるにとどめた。
女の右手、小指と薬指の間には、先ほど、サルタンから抜き取った、白く薄ぼんやりとした光が引っかかっている。
光は、そのまま、上へ向かって登っていこうとした。
しかし、女に捕まえられ、思うようには行かない。
女はそれを口元へもっていき、一息に飲み下した。
「ん~んふふ。美味しい。」
彼女は、終始、ひたすらに無表情のまま言い放った。
※R貪り食らうエクスタビ 闇闇闇③ ホラー・ゴースト
飛行
ユニットが破壊されるたび、ターン終了時まで、貪り食らうエクスタビは+2/+2の修正を受ける
99(4+95)/99(4+95)
※99がカンストです。
男は、奥へと続く扉を開けると、サルタンの死体を放り投げた。
奥の部屋には、沢山の兵士たちの死体が山となって転がっていた。
そして、その死体の山の頂上には、赤い頭巾を被った少女たちが、無表情で座り込んでいた。
※R赤ズキン 火闇③ ホラー・スピリット
隠形 行動終了:ユニット一体に2点のダメージを与える。そのユニットが破壊された場合、行動可能状態に戻す。
2/2
男が再び、口を開いた。
「報復も、破壊工作も、もう十分……というか、どう考えてもやり過ぎだ……。本題を始めるぞ。何かわかったか?」
それに対して、エクスタビが首を傾げた。
「……あら? マカさん? 本題って何です? 私《わたくし》は沢山、食べれば陛下が喜ぶと聞いたから参加したんですわよ? ふふふ……わたくし以上に食べられる者は、ミコ・サルウェには、いませんからね? んふふふふふ。」
次いで、少女たちが声を揃えた。
「「「隊長ー! 遊びに来ただけー。」」」
(そうだった……。)
R致命の暗殺者マカ 闇闇①
先制 行動終了:行動終了状態のユニット一体を破壊する。
3/3
マカは目を瞑り、どう説明するか、頭を巡らせた。
いや、事前に説明していない訳ではないのだ。
彼女たちが興味を示さず、聴いていなかっただけで。
彼等はマカを隊長とする、表にはアニムの近衛”的”な部隊である。
そして、実質的にはミコ・サルウェの暗部、月影《げつえい》だ。
隊なのは、規模が極めて小さいからである。
彼等は、人知れず、表では出来ない事をする存在。
では、もともと無かった。
所で、突然話は変わるが、アニムの側近として、ネルフィリアが良く知られていた。
きっかけは、初期デッキに封入されていたためであり、アニムが初めて手に入れたレアカードである事が大きかった。
しかし、勘違いしてはいけない。
初期デッキ『Angel&demon』にはレアカードは3枚、封入されている。
現在、ミコ・サルウェで近侍司として、式、催事の一切を取り仕切るネルフィリア。
城の中庭に堂々と鎮座する、設置呪文:輪廻の揺り籠。
そして、無職、致命の暗殺者、マカである。
これでは、あんまりにも哀れ。
アニムも何か、役職をつけてやりたいと考えた。
しかし、彼は暗殺者であった。
軍団長と言う”なり”ではないし、そもそも、暗殺者にやってもらうような仕事は早々ないし……と、あれこれ考えたのだ。
そして、結果、アニムは自らの近衛部隊を作り、そこの長にマカを据えようとした。
しかし、これが良くなかった。
近侍司はまだいい。
式催の一切といっても、身も蓋もない言い方をすれば、雑用係である。
ゆえに、ネルフィリアに対して不満が上がることは無かった。
しかし、常に陛下の傍で御身を守る近衛となると、他の各師団は面白くないのだ。
口には出さず。
------その様な物造らずとも、我々が代わりにやりますけど?
------専門性と言うのならば、専門の部隊を作りましょうか?
内心では思っていた。
まさかアニムに対して嫌がらせなど、出来るはずもない。
しかし、それを束ねるマカへは別だ
であらば、実力は折り紙付きの者を出しますので”是非に”と。
集められたのだ。
本当に実力は折り紙付きである……実力は。
しかし、軍に入隊したは良いが、いう事を聞かない、話もろくすっぽ聞かない。
好き勝手な事ばかりする、そんな問題児達は何処にでもいる者であった。
そんな者達も、名誉ある近衛としての職務には乗り気であった。
ただ、護衛のさなか、フラフラと何処かに行ったり、”おかしな物”を常日頃携帯していたり、夜寝ていればアニムの枕元に立ったり……。
別に謀意もなければ、アニムには好かれたいと思っている。
素行に目を瞑れば、健気ですらあるのだ。
しかし、終いには、マカ以外は、アニム自身からも遠ざけられていた。
勘弁してくれと。
兵舎の窓から、するりと液状の何かが入って来た。
※Rアルテラの浸透者 キュベレ 水水⑤
隠形 ブロックされない。
5/5
「隊長、困ったことになりました。」
その液状の何かは、ズブズブと盛り上がり、中から美しいラミアが姿を現した。
「被保護者は自力で脱出を試みたようでして……。現在、行方不明です。」
「……それはまた、勇ましい事で……。」
死体の山から、ズズズズと影が動いて人型を作り、その陰の中から、一人の優男が姿を現した。
優男は涙を流しながら、神経質そうに眼をパチパチと閉じ開けし、どこか落ちつかない様子である。
呼吸も妙に粗かった。
「ハッハッ……ハーハー……こちらの情報とは少しズレる。ふうー……脱獄した犯罪者が天使を攫って潜伏中だから、全力で探し出せって命令だ。ハーー」
影人のハロは、死体の影と一体化する事によって、その死体の持つ記憶を読み取る事が出来た。
ただ、様々な記憶を読み取り過ぎて、それを行った後は、暫くは精神が不安定な状態が続いてしまう。
「はあ……そうか。……まあ、どっちでもやる事は一緒だ。……お前ら、もう、解ったと思うが、今回の一番の任務は捕まってた捕虜の奪還なんだよ。」
「めんどくさいですね……。」
無表情のまま、エクスタビが答えた。
「陛下の一番の懸念事項だ。そう言うな。じゃあ、事前に渡した資料は……どうせ、持ってきてねーんだろ?」
「捨てたー。」
「そんな物在りましたっけ?」
マカは懐から小さく折りたたまれた紙を、複数取り出し、全員に渡した。
「覚書《おぼえがき》だ。撤収まで3時間。時間が無い。行ってくれ。」
そして、三々五々、彼等は捜索の為に散っていった。
のだが……。
何故か、キュベレは何時までも、その場に留まり、死体からナイフで何かを剥ぎ取っていた。
見かねて、マカが声を掛ける。
「お前……何をやってるんだ?」
「睾丸です。」
「……は?」
キュベレは真顔で応えた。
マカは一瞬何を言われたのか、解らなかった。
「睾丸です。……金〇まの方が解り易いですか?」
「いや、解った……好きにしてくれ。」
「今回の侵略で、出奔していた私の愚弟が死んだんです。」
「……そうか。」
兵士たちの金た〇を、剥ぎ取りながら急に何の話か。
内心では、早く捜索に行けよと思いながら、マカは、自らの股下を手でスッと隠し、相槌をうった。
「姫《ルー》も心を痛めていると聞いています。弟の墓前と、姫の枕元に備えようかと思いまして……。少しは慰めになると良いのですけれど。」
「そう、ん? くっ……。」
「?」
「いや、なんでもない。」
マカは適当に相槌を打とうと考えていた所に、とんでもない事を言われ、一瞬、詰まった。
なお、アリアナ《姫》に睾丸を集めて、心慰める趣味は無い。
結局、その日、保護するべき人物を見つける事は出来なかった。
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