ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

ep1 グラドロモニカ

公開日時: 2022年11月3日(木) 16:15
文字数:3,734

 フレーメンの地下墓地、ヒエメス。

 この地は、月の都と同じく、常に日の刺さぬ常闇の領域であった。

 

 土地:墓地と地底湖畔のカードを組み合わせた結果生まれた土地である。

 

 地上部は、おどろおどろしい墓地があり、そこから防空壕の様に彼方此方に、ぽっかりと地下へと続く道がある。

 

 それは、アリの巣の様に複雑で、絡み合い最深部にある地底湖畔へと続いていた。


 今までは、そこで終わり。

 しかし、最近になって、さらに新しい階層が作られていた。

 

 地底湖に深く、水没したその先、湖に潜らねばたどり着けない城郭都市。

 

 孤立した城郭都市。

 名を後付けでピリオニクシア、執政官はスカリオンとの戦争で功の在ったグラドロモニカであった。

 

 地上との行き来は多少あるにしても、流石に不便すぎる立地故、地上階層と何らかの方法で移動を取り持つ方向で、中央政府は動いている。

 しかし、それが成らない今は、住民募集が出ているのみで”一部を除き”居住はしばらく先になる予定であった。

 

 城郭都市というだけあり、流石にその立地故、広大なオムナス宮に比べれば、随分とこじんまりしてるが、都市には城があった。

 

 その城内にある玉座の間。

 誰も座らぬ玉座に向かい立つグラドロモニカ。

 彼は黙って玉座を見つめていた。

 

 この城は、ピリオニクシアの政庁であると同時に、グラドロモニカの住まいであった。

 故に、この玉座も”わざわざ”のドラゴンサイズである。

 

 それを見つめる竜相は、平時となんら変わらぬように見えた。

 彼がどんな事に思いを巡らせているのかは、誰にも解らない。 


「あら? デカブツ? こんなところで何をしているの? ふふふ……。ただでさえ醜いのだから、見えないところに隠れていればいいのよ。」

 

 彼の住まいにまで現れて、そのような事を言う声は女のモノだ。

 今までで在れば、煩わしく、また、彼の胸中は激しくかき乱されたであろう声。

 

「ロイエンターレか。」

 かつて、ピリオニクシアを滅ぼした、狐頭人身の女神。

 

 長い金髪を八束に垂らした、若い光浄の女神は、ミコ・サルウェに生まれてからも、折りに折りにと、グラドロモニカの前に姿を現した。

 

 今回も執政官になった事を聞きつけた彼女は、その気も無いのに、”友人への祝い事”と、城に数日間、滞在していた。


 ”惨めな男が調子にのるな”と、わざわざ、釘を刺しに来たのだろう。

 

 ただし生憎と、今のグラドロモニカにそれは、響かなかった。


 むしろ彼は、彼女が哀れにさえ思えた。

 ロイエンターレは八つ当たりをしに来ているのだ。

 彼女の持っている不遇を、より惨めな男にぶつけて、憂さ晴らしをしている。

 

 別にミコ・サルウェが彼女に対して、冷遇をしているとか、そういう事では無い。

 

 しかし、EOEの世界より飛び出してしまった彼女は、グラドロモニカを絶望にまで苦しめた、強大な加護の力を失ってしまっていたのだ。

 より、正確に言えば、”カードの能力は記載事項に限られない”の逆の現象が起きてしまっていた。

 



 ※Rロイエンターレ 光光①  神・狐

   光光③:ユニット一体に加護カウンターを一つ載せる

   加護カウンターを乗せられたユニットは+3/+3の修正を受ける

                        1/1





 記載されていない事に関しては、融通良く行くことは多く見られた。

 しかし、記載されてしまえば、逆に”それ”には縛られてしまうのだ。

 

 つまり、彼女の場合、物語の中で自在に使えていた力は、現在マナ|(を使用する)能力となっており、その肝心のマナは、アニムが支配していた。

 よって、彼女の能力は、そこにアニムの意思が働かなければ、決して使用されることは無いのだ。

 

 素の能力は低く、祝福を与える事でしか、自らの価値を示せない女神。

 今の彼女は、ただの人間の女と、さほど変わらなかった。

 

 信仰を失った神の末路は、民を失った魔王よりも、余程悲しい。

 いづれ、忘れ去られ、消えて無くなる。


 


 ふと、グラドロモニカは、彼女に対して、復讐する事は愚か、むしろ、何かしてやれることは無いか。

 そんな事を考えている自分に気が付いた。


(どういう心境の変化なのだろうな……。)

 自分の事であるが故に、余計に解らない。

 しかし、それは決して不快ではない変化であった。

 

(そして、それよりも……不思議な物だな……。)

 

 余りに絶大な力を持っていたグラドロモニカにとって、”他者”とは、取るに足らない程度か、いないに等しい物であった。 


 国とは、ヒトの集まり、そんな事は考えてもいなかったし、魔王として、国とは、ドラゴンがその巣穴に財宝をため込み、守る様な物。

 全てが守るべき対象、弱きが故に導かねばならない対象であり、そこにそれらの意思の有無はなかった。

 路傍の石も、国民も、妻も全てが等しかった。


 しかし、この実に孤独で偏狭《へんきょう》な男は、炎となったあの日、ついに初めて他者を知覚する事になったのだ。

 

 どんな皮肉だろうか、他者が他者でなくなって、自らと一つになった時、初めて他者の存在を知ったのだ。

 

 他者の強大な力を。

 

 グラドロモニカ一人では、決してたどり着けなかった領域を見せつけられた。


------これが、ミコ・サルウェか……。

 

 ”他者の居ない国に居た”グラドロモニカにとって、それは決して大げさでは無かった。

 

 国とは自らと、他者と他者によって成される。

 

------この事にもっと早く気付いていれば。

 

 あれ程までに求めていた、グラドロモニカが失ったと思っていた誇りが、急に酷く的外れな物に思えた。

 

 そして、グラドロモニカは勢いそのまま、全てを捨てる事を決意した。

  

 魔王で居ようとする事を止めた。

 自らの思う誇りを守ろうとする事を止めた。

 自らを捨て、炎に身を任せ、他者と交わろうとした。


 

 その結末。


 モノと言う物は、時にそれを捨て、諦めた後で手に入る事がある。


 そして、そのだいたいは、既に手遅れで、切ないものだった。

 



 だが、案外、そればかりでは無いらしい。

 

 

 ロイエンターレが狐顔を顰めた。

 グラドロモニカも思考を中断する。

 少し奥まった玉座の間に居るから解らなかった。

 孤立した城郭でありながら、以外にも、城内は随分と騒がしいのだ。


 ロイエンターレの他にも、来客は尽きない。

 

(このような場所でありながら、よく来るものだな……。)

 

 

------ズシン

 

 天井から、突然、狒狒顔の獅子が下りてきた。

「大将。中央政府から文書官と、後、就任祝いなんか色々、届いてるぜ。」

 

 彼はかつて、ピリオニクシアで、アルナクス谷と言う場所に住まう魔物であった。

 今は、このミコ・サルウェにおける、ピリオニクシア城で働いている。

 

「文書官が来てくれたか!? ああ、それは助かるな。流石に我も、あの書類の山には嫌気がさしていた所だ……。」

「ヒヒヒ……でっかい指で、ちんまいペンを摘まんでる大将は、なかなか面白かったぜ?」


 狒狒の顔が嫌らしく歪んだ。

 

「貴様は役立たずだからな。」

「ヒャハハ。その通りだ。」

 狒狒は、片手を上げ、自らの横並びの3本指を、グラドロモニカに向けた。

 それを閉じたり開いたりした。

 グラドロモニカの手も、人型用に造られたペンを握るのに適した形という訳ではない。

 しかし、一応なりとも形は人の指の様に動く手を持っており、爪楊枝を握る様にして、文字を書いていた。

 そんなやり取りだ。

 

 

「あなた! 見てください! これを!」

 

 今度は、一人の雌のドラゴンが、その手に何やら淡く発光する物を持って現れた。

 

「サーペンリーナ、どうした。」 

 大層嬉しそうに持っているそれは、菌糸の鉢の様だ。

 

「ユリン様からの贈り物ですって。こんな風に綺麗に光っていますでしょう? でもそのまま、殆どの種族にとって食用になるそうです! これを、領内で沢山増やしたら、とても素敵だと思いません?」

 

 とても楽しそうに話す彼女に、グラドロモニカは一瞬思案する。

 しかし、応えは出さずに

「その辺りは、アギレダに任せている。彼女に相談してみると良い。」

 と、そう答えた。

 

 サーペンリーナは、きょとんとした顔で、グラドロモニカを見つめた。


 そんな”妻”に対して

「我はもう魔王ではない。すべてを率いる傲慢は、もう不要なのだ。」

 そう答えた。


「そうなの?」


 解ったのか、そうでないのか、不思議そうな顔で、サーペンリーナはグラドロモニカの赤い瞳を見つめる。


「ああ……。」

 そうして、一つ、何かを噛みしめる様に一拍、時間を置いた。


 彼は先程したばかりの決意を告げた。

 

「我は、この地を富ませると決めた。……ロイエンターレ!」


 グラドロモニカは、それまで、忌々しそうに彼等を見ていたロイエンターレの名前を呼んだ。

 なお、サーペンリーナも、狒狒も、EOEにおいては、ロイエンターレの祝福者によって命を落としている。

 

 当然に仲が悪い。

 こうしている今も、お互いを完全にいない物としていた。

 

 しかし、それでもグラドロモニカは宣言する。


「我はこの地をミコ・サルウェで一番の都市とするのだ! 故に、ロイエンターレ。 光浄の女神よ! お前の力も貸してくれ!」

 

 その言葉に、3人はギョッとして、無視していたお互いを、思わず見つめてしまった。

 そして、今、何といったのかと、グラドロモニカに対して視線を向けた


「ハッハッハッハッハ!!」


 その様子がおかしかったのか。

 グラドロモニカはこの時、産まれて始めて、声を上げて笑った。

 

 

 その”声”が、はるか地上まで届くのは、そう遠くはない未来の事であった。




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