夜のミコ・サルウェ陣営。
日中、多くの者が殺し合い、今も多くの者がいるのも関わらず、異様なほどに静かな夜であった。
闇燦師団を構成する種族は、悪魔やアンデット、人狼など、全員ではないにしろ、夜目が効くものが多くいる。
そして、流石のスカリオン軍にしても、それは言われずとも、見ればわかると理解していた。
故にミコ・サルウェ側からすれば、夜襲は、気を抜かず警戒だけしておけば、スカリオン側からは、まずありえないと考えていた。
わざわざ、相手に有利な土俵で戦う必要はないのだから。
逆にスカリオン側は当然に意識しているようで、放っておいても眠れない夜を過ごしてくれそうだと、ミコ・サルウェ軍からは控え、交代で、極力休む指示が出されていた。
ここは、アーシャの為の天幕。
アーシャは、ひとり、一糸まとわぬ姿で、己の身体を見分していた。
「…………。」
幾多の戦を経験してきた身体でありながら、そうとは思えないほどに、傷一つない身体。
それもそうだ。
兜の上からでも、敵の頭を吹き飛ばす様な弾丸を、至近距離から額に受けて、痛いで済んでしまうような体である。
おいそれと、傷つきはしない。
------ギギギ……。
真偽など解らない。
しかし、これはアーシャにとっての呪い。
死にたくても、死ねない、愛しい者から掛けられた、愛と言う名の呪いであるとアーシャは思っていた。
アーシャも人間である。
刃を突き付ければ、身体は傷つくはず。
しかし、試しに剣を叩きつけても、刃は研がれる前の鉄棒の様に切れなくなった。
ただ、痛覚はある。
しかし、骨折もしなければ、内出血すら見て取れない。
------ギギギ……。
本当のアーシャは、村が襲撃されたあの日、あの床下の隙間で息を引き取っていたのではないか?
こうして幽鬼の様に生きる自らは、なんなのだ……そんな事を思った事もあった。
(そうであったなら、どれほど……良いか。)
死霊や幽鬼であったなら、生命のある者とこそ、違いは在れど、死ぬ事、滅せられる事は出来るのだ。
しかし、それらとは違い、アーシャの魂が救済を受ける術はなかった。
------ギギギ……ギリ……ギリ……ギリ……。
(まただ!?……また、聞こえる!!)
アーシャはしゃがみ込んだ。
------ギギギ……ギリ……ギリ……ギリ……ギギギ……。
今宵は風もなく、天幕の中に音を立てる物は”何もない”。
------ギギギ……ギ……ギリギリ……ギギギ……ギリギギ……。
アーシャが、必死に耳を塞いでも聞こえてくる。
何かがきしむような音。
(うちが何をしたって言うんだ!?)
戦場で一人になると、いつも聞こえてくるのだ。
(もし、生き残ったことが罪だというのなら、早くウチを罰してくれ!!)
------ギギギ……ギリ……ギリ……ギギギギギギギギギ……。
激しい軋み音。
この音を聞くと、胸が締め付けられて涙が止まらなくなる。
何とか意識から追い出そうとしても、そうすればする程に、音は大きく、強くなり、アーシャを攻め立てた。
(息が出来ない……悲しくて、苦しくて……つらい……嗚呼、狂ってしまいそうだ!?)
脂汗を全身から噴き出して、耳を塞ぐアーシャ。
本人の気付かぬうちに、アーシャは少女の様に声を上げて、何時までも泣き続けていた。
「団長!……団長!……起きてください!」
突然、身体を揺すられて、アーシャは、はっと目を覚ました。
アーシャは、遠征用の簡易ベッドに包まって眠っていた。
(何時の間に?)
頭がぼやけている。
薄手ではあるが、ちゃんと服も来ていた。
辺りを見渡すと、色白の男が眉間に皴を寄せて、睨むまではいかない。
しかし、険しい事に変わりない表情で、こちらを見ていた。
(ウチを起こしたのはオニツカか……。)
一応は、女性の天幕という事になる。
”普通”は、許可なく男が立ち入るという事はあり得ない。
しかし、アーシャを相手に女だの、男だの、気にする者は相当に稀。
アーシャ本人も、そんな事に遠慮して、連絡が滞るならば、その方が大いに問題であるという考えの持ち主だ。
「団長、ここは戦場です。」
オニツカが説教した。
「お酒を飲むなとは言いません。しかし、起きれない程、深酒するのは止めていただきたい!!」
「ま、まて! ウチは飲んでないぞ!!」
寝坊を謝る様な神経を持ち合わせた女ではないにせよ。
アーシャにとっては心外な話であった。
「そんなに真っ赤な顔と身体で嘘をつか……。もういいです。早く着替えて本陣まで来てください。敵は待ってくれません。」
話している途中、呆れかえったのか、オニツカは突然押し黙ると、小さく首を振り、話を打ち切って、天幕から出て行ってしまう。
「あ、おい!」
アーシャとしては、事実、昨夜は酒など、一滴も飲んでいない筈であった。
ただ、身体を確認すると確かに赤い。
(いや、これは酒のせいで赤いわけじゃない。)
でなければ、昨夜の発作は、酒を飲んだ故の悪夢という事になる。
(そんなはずは……。)
アーシャは不快感に顔を顰めるが、今は戦時。
本人も時と場所くらいは弁えているつもりであった。
切り替えると、急ぎ鎧を身に着けて、天幕より駆けだしていった。
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