ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

戦場の宵

公開日時: 2022年10月17日(月) 16:15
文字数:2,073

 夜のミコ・サルウェ陣営。

 日中、多くの者が殺し合い、今も多くの者がいるのも関わらず、異様なほどに静かな夜であった。

 

 闇燦師団を構成する種族は、悪魔やアンデット、人狼など、全員ではないにしろ、夜目が効くものが多くいる。

 そして、流石のスカリオン軍にしても、それは言われずとも、見ればわかると理解していた。

 故にミコ・サルウェ側からすれば、夜襲は、気を抜かず警戒だけしておけば、スカリオン側からは、まずありえないと考えていた。

 わざわざ、相手に有利な土俵で戦う必要はないのだから。


 逆にスカリオン側は当然に意識しているようで、放っておいても眠れない夜を過ごしてくれそうだと、ミコ・サルウェ軍からは控え、交代で、極力休む指示が出されていた。 


 ここは、アーシャの為の天幕。

 アーシャは、ひとり、一糸まとわぬ姿で、己の身体を見分していた。


「…………。」

 

 幾多の戦を経験してきた身体でありながら、そうとは思えないほどに、傷一つない身体。

 それもそうだ。

 兜の上からでも、敵の頭を吹き飛ばす様な弾丸を、至近距離から額に受けて、痛いで済んでしまうような体である。

 おいそれと、傷つきはしない。



------ギギギ……。

 真偽など解らない。

 しかし、これはアーシャにとっての呪い。

 死にたくても、死ねない、愛しい者から掛けられた、愛と言う名の呪いであるとアーシャは思っていた。

 

 アーシャも人間である。

 刃を突き付ければ、身体は傷つくはず。

 しかし、試しに剣を叩きつけても、刃は研がれる前の鉄棒の様に切れなくなった。

 ただ、痛覚はある。

 しかし、骨折もしなければ、内出血すら見て取れない。



------ギギギ……。

 本当のアーシャは、村が襲撃されたあの日、あの床下の隙間で息を引き取っていたのではないか?

 こうして幽鬼の様に生きる自らは、なんなのだ……そんな事を思った事もあった。


(そうであったなら、どれほど……良いか。)


 死霊や幽鬼であったなら、生命のある者とこそ、違いは在れど、死ぬ事、滅せられる事は出来るのだ。

 しかし、それらとは違い、アーシャの魂が救済を受ける術はなかった。

 


------ギギギ……ギリ……ギリ……ギリ……。

 

(まただ!?……また、聞こえる!!)

 

 アーシャはしゃがみ込んだ。


------ギギギ……ギリ……ギリ……ギリ……ギギギ……。

 今宵は風もなく、天幕の中に音を立てる物は”何もない”。


------ギギギ……ギ……ギリギリ……ギギギ……ギリギギ……。


 アーシャが、必死に耳を塞いでも聞こえてくる。

 何かがきしむような音。

 

(うちが何をしたって言うんだ!?)

 戦場で一人になると、いつも聞こえてくるのだ。

 

(もし、生き残ったことが罪だというのなら、早くウチを罰してくれ!!)

 

------ギギギ……ギリ……ギリ……ギギギギギギギギギ……。


 激しい軋み音。

 この音を聞くと、胸が締め付けられて涙が止まらなくなる。

 何とか意識から追い出そうとしても、そうすればする程に、音は大きく、強くなり、アーシャを攻め立てた。

 

(息が出来ない……悲しくて、苦しくて……つらい……嗚呼、狂ってしまいそうだ!?)


 脂汗を全身から噴き出して、耳を塞ぐアーシャ。

 本人の気付かぬうちに、アーシャは少女の様に声を上げて、何時までも泣き続けていた。

 

 

 




「団長!……団長!……起きてください!」

 突然、身体を揺すられて、アーシャは、はっと目を覚ました。


 アーシャは、遠征用の簡易ベッドに包まって眠っていた。


(何時の間に?)


 頭がぼやけている。


 薄手ではあるが、ちゃんと服も来ていた。

 辺りを見渡すと、色白の男が眉間に皴を寄せて、睨むまではいかない。

 しかし、険しい事に変わりない表情で、こちらを見ていた。

 

(ウチを起こしたのはオニツカか……。)


 一応は、女性の天幕という事になる。

 ”普通”は、許可なく男が立ち入るという事はあり得ない。 


 しかし、アーシャを相手に女だの、男だの、気にする者は相当に稀。

 アーシャ本人も、そんな事に遠慮して、連絡が滞るならば、その方が大いに問題であるという考えの持ち主だ。

 

「団長、ここは戦場です。」

 オニツカが説教した。

「お酒を飲むなとは言いません。しかし、起きれない程、深酒するのは止めていただきたい!!」

 

「ま、まて! ウチは飲んでないぞ!!」

 寝坊を謝る様な神経を持ち合わせた女ではないにせよ。

 アーシャにとっては心外な話であった。

 

「そんなに真っ赤な顔と身体で嘘をつか……。もういいです。早く着替えて本陣まで来てください。敵は待ってくれません。」

 話している途中、呆れかえったのか、オニツカは突然押し黙ると、小さく首を振り、話を打ち切って、天幕から出て行ってしまう。

 

「あ、おい!」

 

 アーシャとしては、事実、昨夜は酒など、一滴も飲んでいない筈であった。

 ただ、身体を確認すると確かに赤い。


(いや、これは酒のせいで赤いわけじゃない。)

 

 でなければ、昨夜の発作は、酒を飲んだ故の悪夢という事になる。

(そんなはずは……。)



 アーシャは不快感に顔を顰めるが、今は戦時。

 本人も時と場所くらいは弁えているつもりであった。

 

 切り替えると、急ぎ鎧を身に着けて、天幕より駆けだしていった。



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