ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

英傑アーシャ

公開日時: 2022年10月26日(水) 16:15
文字数:4,064

 アーシャは穏やかな木漏れ日の中で目を覚ました。

 ピチル、パチルと鳥の鳴き合いが近く、そして、遠くに聞こえた。

 

(今の今まで、ウチは、戦場に居た筈……。)


 ここは何処だと、アーシャは立ち上がろうとして、自らが目の粗い、麻のワンピースを着ている事に気が付いた。

 

 ワンピーススカート何ぞ履くのは何年振りであろうか。

 そう思いながらも、なぜこんな格好なのか、と不思議に思った。

 

------懐かしい。

 ここは、アーシャの故郷、サナトリアの森によく似ていた。

 

 危険も少ない、明るく浅い森で、幼き日のアーシャは母に変わり弟を背負っていた。

 

 あの植物は~でね? このきのこは食べちゃダメなんだよ?

 一生懸命に、可愛いまだ赤子の弟に話しかけ、あやし、歩き回っていたものだ。

 

 アーシャが辺りを見渡すと、切り株がいくつかあるのを見つけた。

 

 倒木では、無論、こう綺麗な折れ口にはならない。

 そして、人も意味なく木を切り倒すはずもなかった。

 

 土地を開くか、薪を得るのか、何らかの理由が必ずあったはずだ。


(この辺りに人が住んでいるのか?)


 そう思うも、考察は無用と、首を振り、アーシャはひとまず森から出ようと考える。

 しかし、どうせなら人の居る方へと向かいたいと、結局は思案し、切り株を覗き込む様に頭を下げた。

 

「?」

 

 何か違和感を感じたアーシャが、頭を上げた時、不思議な事が起こった。

 

 ほんの数秒前までは、出口の解らぬ森の中に居た。


 だというのに、今、アーシャの目の前、ほんの5mほど先には、森の出口があり、その先は草原の丘が見えたのだった。

 アーシャは辺りをキョロキョロと見て、困惑しながらも森を出た。

 そして、登る、というには、少々なだらかに過ぎる丘を歩いていく。

 

 彼女は、丘を地表のでっぱりまで歩き切った。

 そして、遠く、景色の中に、一つの村があるのを見つけた。

 

「……嗚呼……あああ……。」

 

 アーシャの瞳から涙がこぼれた。

 それ以上の声は、喉につかえて、出なくなる。


(ここは……サナトリア。)

 

 それは彼女が、ずっと取り戻したかったものだ。

 アーシャは走り出した。

 

 見覚えのある村。

 幼き日、悪戯で入って怒られた風車。

 黄金色に輝く小麦畑。

 その横、ネズミ避けに少し高さを盛って作られた穀物庫。

 

 そのどれもが、懐かしく、愛おしいかった。

 

 村のはずれには、牛が何頭かいるのが見えた。

 

 そして、木造の家がある。

 

 そこがアーシャの生家だ。

 

「はあ……はあ……はあ……!!……!?」

 近づこうと、息を荒げ、必死になって走るアーシャは気が付いた。

  

 姿勢を低くし、武装した集団が、背高《せいたか》な草原を隠れ蓑に、村へと向かって、近づいていく。

 「そんな!? 待って!!」

 

 アーシャは自らの変化には、気付いていない。


 普段の乱暴粗野な物言いは消え失せて、見た目も10代の小さな少女へと、何時の間にやら変わっていた。


------危険を知らせなきゃ!!

 

 アーシャは尚も、そして、更に必死になって走る。

 

 しかし、不思議と村との距離は縮まらない。

 

 そうして、武装した者たちは、村に襲い掛かり、村人を殺していくのが遠くに見えた。


「やめて! もう、ウチから奪わないで!!」

 

 アーシャは懇願した。

 しかし村は、過去起きた事と同じく、また、悲劇を繰り返した。

 


 世界は驚くほど、静かであった。

 アーシャは既に走るのを止めている。

 悲劇は再び、アーシャの幼心を貫いた。

 彼女は茫然と立ち尽くし、動かない。

 

 まるで、彼女の時間だけ止まってしまったように、ピタリと。

 

 ただ、あの日、泣けなかった分を補うように、流れる涙だけが、時の頸木を逃れていた。

 

 日が沈み、”夜が明けた”。


「え!?」

 再び、時が動き出す。

 

------そんなはずはない。

 

 本当であれば、夜、床下より這いだしたアーシャによって、村は焼かれ、穏やかな思い出と共に、侵略者は炎の中に沈むのだ。

 

 しかし、すでに日は高く上がっている。

 

 そして、未だ村に火の手は上がらない。

 

 暫くすると、村から兵士たちが出て行き、サナトリアの更に奥へと、静かに進軍していった。

 

(まって、何でよ!?)

 

 村に上がる火の手を確認した事で、領主が兵士を派遣するのだ。

 まだ、侵略者には、誰も気が付いていない。

 

 このままでは、他の村でも、同じような悲劇が起きてしまう。

 

 アーシャは考え、その理由に思い達った。

 

(もしかして、ウチが居ないから? ウチが居ないからなの?)


 やっと乾き始めたアーシャの目じりが、滲み、前が見えなくなった。

 蹲りそうになるも、このままではいけない。

 危機を知らせなければ。

 

(今、このことを知っているのはウチしかいない!! ウチにしか救えないんだ!!) 



 彼女は強き娘だ。

 走り出そうとして、涙を拭う。

 



 

「!?」

 景色は一転、草原から、石畳のある街へと変わっていた。

 アーシャの姿も、ワンピースを来た少女から、立派なプレートアーマーを着込み、本来よりは若い、年頃の娘へと変わっていた。

 

 辺りに人の気配はなかった。

 

 アーシャはキョロキョロと辺りを見渡した。

 

 すると、景色の中に、遠く城が見える。

 

 アーシャは思い出した。

 ここは、サナトリアの王都、そして、あれがその王城である。

 

 アーシャは嫌な予感がして、王城の方へと走り出した。

 王城が近づくにつれて、状況が理解できて来た。

 

 サナトリア王が崩御の折り、アーシャは王城に勤めていたのだ。

 王は自らの息子を次の王に指名。

 しかし、崩御すると共に王弟、次期王からすれば、叔父にあたる者がクーデターを起こすのだ。

 サナトリアは、そう悪い国では無かった。

 しかし、権力闘争は何処の国でもある物。

 このクーデターはたた、王叔父の権力欲から起きた事であった。

 

 当時のアーシャは、何とか援軍の便りを出すと、援軍が来るまでの間、城門を固く閉じ、少ない兵で城を守り続けた。

 

 最後には城門を破られた。

 しかし、予め城門の上には、アーシャの指示の元、剥がされた石畳や瓦礫、家財が積まれており、開門と同時に彼女はそれを門ごと崩す。


 雪崩れ込もうとする反乱軍諸共、押しつぶして道を塞いだのだ。

 



 王城が近づくにつれて、反乱軍の姿が増えていく。

 これ以上は普通には近づけないと、アーシャは考えた。

 

 ただ、彼女の思っていたよりは、はるかに少ない反乱軍を不審に思った。

 そして、すぐに理解する事になった。

 

 城門はすでに開いていた。

 城門に傷はなく、恐らく打って出たのであろう、形跡が確認できた。


「馬鹿な!?」


 暫くすると、王息と、その姫が城から引き出されてきた。

「ひい様……。」

 

 この時、アーシャの本来の役職は、この姫様の護衛騎士であった。

 遠方の地、カラシタンから嫁入りしてきたサンリーナ姫。

 

 牧歌的なサナトリアより、南国情緒ありながらも、カラシタンは随分と都会な国であった。

 

 出世著しい田舎娘《アーシャ》に手柄を立てさせず、かつ、都会育ちのお嬢様に預けておけば、勝手に嫌忌に触れて失脚するだろう。

 そんな考えもあったのだろう。

 

 しかし、彼等の当ては外される。

 サンリーナ姫は、姫であるくせに、世話を焼かれるよりも、世話を焼く方が好きと言う、とても暖かい、変わり者であった。

 

「子の親真似みたいなものよ。姫様の世話を焼く私達の真似をしているんです。ふふふ、何も、お出来にならない貴女に、姫様は夢中みたいね。」

 そう、笑いながら、侍女の一人が話していた。

 

 戦う事と、動物の世話ぐらいしかできることの無いアーシャ。

 紅茶の美味しい入れ方、ダンス稽古のお相手、テーブルーマナーと様々。

 

 煩わしくも、可愛らしい姫様に命じられ、この時期。

 アーシャは随分と多芸になった。

 

 思えば、アーシャの人生において、幼少を除けば、もっとも楽しかった頃の記憶である。


 語学が苦手で、最後まで、アーシャと呼べず、アーサと呼んでいた姫。

 短い期間で任を解かれ、アーシャと別れる時、もう年頃で、結婚までしているというのに、泣いて皆を困らせた姫。

 

 彼女は今、首に縄をつけて、断頭台へと引き摺られていった。


(彼女が何をしたというのだ!?)


 なぜこのような事が起きているのか。

 実際の事とは異なる。

 

 アーシャの胸に、冷たい刃がジワリと突き刺さった気がした。

(またか!? また、ウチがそこに居ないからか!?)


 それは、けしてアーシャの自惚れにはあらず。

 

 ついに、引き立てられ、断頭の刃が振り下ろされた。


「やめろおおおおお!!」

 

 アーシャは叫ぶ。

 喉が裂けんばかりに。

 

 しかし、走りながらも、姫の首に刃が当たるその瞬間。

 アーシャは思わず、目を瞑り、視線を背けてしまった。




 再び、目を見開いた時、周りの景色は先程とも、全く違う、草原地帯であった。

 

 考えるまでもない。

 この場所は、すぐに分かった。

(ミコ・サルウェ……アエテルヌムのステップ……。)


 今までとは違う。

 唯一、初めからアーシャが関われなかった悲劇だ。

 麦畑、野菜畑、牧草地、まだ、未開の草原地。

 

 それほど、仲が良いでもない獣人種の同僚が、執政官を務めるこの地。


 彼女は簡単だ。

 適当にこの地をほめておけば、鼻の穴を膨らませて、機嫌が良くなる。

 例えサボりを見咎められても、それで、どうとでもなった。


 しかし、彼女自慢のこの地に、火が放たれていた。

 スカリオンの紋章をつけた者達が、住民たちに襲い掛かっていく。

 

 ここより流れ、ヒエメスに溜まり、アニス河と混ざり、そのまま海にまで、流れゆくフェルム河。

 炎から逃れようと飛び込んだのか、それとも殺されて投げ捨てられたのか、沢山の死体が岸辺に引っ掛かり、浮いていた。


 

「!?……ミルザ。」


 アルテラの港町において、とあるグループを率いていた、水守族《みなもりぞく》出身の蛇人戦士だ。

 気風《きっぷ》の良い、中々に話の分かる奴で、道理も充分、弁えていた。

 

 そもそも、ミルザのグループは、あまり問題を起こすことの無い穏健派。

 たまに、引っ込みが付かなくなるのか、闇燦師団が出張っていくと、申し訳なさそうに、鉾を収め、ばつが悪そうに謝罪してくる。

 

 そういう奴だった。


(最近、姿を見ないと思えば、こんなところに居たのか……。)


 やがて、アーシャが歯を食いしばる中、ミルザが打ち取られた。

 

 その瞬間まで、見せつけられると、世界は暗転した。


 アーシャは意識を失った。




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