アドミラルは、大混乱に陥る軍を必死で纏めようとした。
彼も戦人として長く、様々な危機と呼べる様な状況を経験していた。
しかし、今以上の危機と呼べるものは、流石に無かった。
突然教皇が天使を模倣した、おかしな姿をとる。
そして、その教皇がゼバルと思われる大悪魔と戦い始めたかと思えば、あの腕が現れ、教皇を何処かへ連れ去ってしまった。
もっとも、あの状況では、アドミラルから見て、教皇が腕に連れ去られなかったとして、彼が生きているとも思えなかった。
現状、スカリオン軍は此処まででも、充分に地獄を見る思いであった。
そして、この後も、あの残された悪魔達と戦わねばならない。
宗教戦士にとっては、悪魔を相手に停戦も降伏も無いのだから。
この身が朽ちるまで、戦う以外、選択肢はない。
そう、思っていた。
しかし、戦況はアドミラルが考えているほど、ぬるくも、優しくも無かった。
スカリオンという国、流石に聖者、聖女と呼ばれる者は、早々居ないにしても、国民は全員が聖職者と言ってしまえる様な宗教国であった。
それが、あれ程濃密な陽の気に宛てられ続ければどうなるか。
メッサーノーツ家が引き連れた兵士。
それ以外の全てのスカリオン軍兵士、その全員が発狂した。
彼らは意味の解らぬ言葉を羅列しながら、ミコ・サルウェ軍に、そして、時に友軍同士で殺し合いを始めたのだ。
(何が起きている?……何をされた? 何故、我々だけが正気を保っている?)
アドミラルの脳裏に考えても答えの出ぬ事ばかりが頭に浮かんだ。
いっそ、自らも狂ってしまえば、どれほどに楽であろうか。
彼は、そんなことを考え始めた。
「おじい様……。」
呼ばれ、束の間、はっとする。
隣を見れば、まだ、年若い孫の姿が目に映った。
アドミラルの息子は、身体が弱く、軍属には向かなかった。
しかし、そのまた息子は強く生まれる。
そして、直向《ひた》きに育ったその孫は、アドミラルに憧れを抱き、軍へと仕官した。
アドミラルは、今回が彼の初陣であったのを思い出した。
自らの傍に置き、戦いの何たるかを教える。
そんな、つもりであったのだ。
「……ふう……。」
アドミラルは一度斜め下見て、首を数度振りながら、ため息を吐いた。
それは見たくない物から目を背けようとして、それでは遺憾と自らを諭している様であった。
アドミラルは自らの老害を悟ったのだ。
思えば散々な戦であった。
アドミラルは自らの頬をぴしゃりと叩く。
恐怖に負けて、糞尿にまみれる者、自傷の快楽にはしる者、破れかぶれに走り出し、友軍であったものに殺される者。
様々ある中で、初陣ながら、歯を食いしばって必死に恐怖と戦っている戦士がアドミラルの目の前に居た。
実に見上げた者である。
(ここで、この若葉を摘むわけにはいかぬ。”アレは”もうここにはいないぞ! しっかりせよ。アドミラル・メッサーノーツ!!)
いつ、元味方の狂刃が自らに向かってくるか解らぬのだ。
アドミラルは、まだ正気を保っている味方へと大声で語りかけた。
危険は承知の上である。
「我等、メッサーノーツ家は、これ以上の戦闘行動は不可能と判断した!! これを聞いている、まだ正気の者達よ! 無駄に命を散らすな! 我! アドミラル・メッサーノーツに続き……生き延びよ!!! 全軍、たいきゃあああく!!」
喉が張り裂けそうな程の大声。
当然、声に引かれたかつての友軍に、アドミラル達は襲われる事になった。
しかし、アドミラル達は、大きな三日月の描かれたメッサーノーツの旗印を振りながら、速やかに自国の方へと退却していった。
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