ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

星降りの聖日3

公開日時: 2022年11月2日(水) 16:15
文字数:3,911


 馬車の中から”彼女”が下りてきた。

 

 インペルが跪き、アーシャが全霊をもって護衛する事からも解る。

 例え、普段がどんな態度、関係性であっても、勅使の間は、建前以上に彼女は王:アニムとして扱われるのだ。

 そして、すなわち、彼女の言葉はアニムの言葉となる。

 信頼のおける者で無くては、決して任せることは出来ない任。



 深《しん》と静まり返った世界。



 彼女は、翼の大天使、ネルフィリア。


 ユニット名としては、そう。


 しかし、EOEの物語で、彼女がそう呼ばれることは極めて稀だ。

 


------第三天使、慈悲深き極光のネルフィリア。


 ”極光”とは彼女を指す言葉。

 

 彼女の活躍を描いた、そういう名前のカードもあった。


 ※極光 光③ 瞬間呪文

  場にあるカードを一つ、ゲームから取り除く。

 

 FT--------彼女の放つ善性のオーラは、ただ彼女がそこに居るだけで、悪しきを焼く。

 

 

 流石に、FTに書かれている事は、大げさではある。 

 

 しかし、ネルフィリアが普段閉じられた大きな6翼を広げると、その美しさは、人の身に想像できるようなものでは無かった。



 どよめきが広がる。

 

 スカリオンの民衆にとって、天使とは、神の使いである。


 誰もが、嗚呼、これこそがと確信した。

 皆、息をするのも忘れ、目を奪われた。


 元老達も同様だ。

 泣き出し、その場に跪く者もいる。



 ただ、その中で、一人走り寄る者がいた。

 

「ネルフィリア様!!」

 

 アモルである。

 アモルが、彼女を止めようとするゼイリアを伴って走り寄って来た。

 しかし、今はボロで全身を覆われた身。

 すぐさまアーシャが間に入って、剣をアモルへと突き付けた。

 

「キャ!? 違います! アモルです!」


 ゼイリアも、アモルを守ろうと、身体を張って剣の間に身体を入れる。

 

 アーシャは一瞬、驚き、顔を顰めた。

 そして、何かに気付いたような素振りを見せて、剣を下ろした。

 戦の際に見えていた光の筋は、すでに見えなくなっていた。


「誘拐されていたというのは、お前か?」


 アモルは必死になり過ぎた。

 自らの証明の為、焦ってボロを脱ごうとし、おかしく絡まって脱げないでいた。

 アモルは絡まったボロをゼイリアに解いてもらいながら、情けない顔をして叫んだ。


「はい!地下の牢屋に捕まっていました。」


 その様子を見ていたネルフィリアは、眉を上げた。

「アモル」

 

 アモルが召喚された時、彼女もネルフィリアと場所同じく、城内の中庭であった。

 その為、二人は知古ではある。

 

 もっとも、その時すでに、ネルフィリアは近侍司を担う存在であった。

 身分に非常にゆるいミコ・サルウェと言えど、王の側近であるネルフィリアに対する遠慮は致し方ない。 

 

 天使としての格も違う。

 親しいと言える関係ではなく、アモルが一方的に憧れ、時折、ネルフィリアが話しかけてやる程度の間柄であった。

 

 ただ、それでも、この場において、アモルが唯一縋る事の出来る存在である。

 

「ネルフィリア様! オムナスの作庭でお世話になったアモルです。」

 

 ネルフィリアが一度、瞳を閉じる。

 ネルフィリアもアモルを覚えていたし、すぐにでも彼女の元へ行きたい。

 

 しかし、彼女は今、アニムの代行者である。

 勝手は出来ず、その気持ちを抑え込んだ。

 

 暫くして、お前のしたい様にしなさいと、許しの言葉が返って来た。


 そして、丁度その瞬間に、ボロからアモルが解放された。


 薄汚い様子から、もう一人、天使が現れ、再び周囲はどよめいた。

 今度のどよめきは長く続いた。 


 ネルフィリアがアモルに歩み寄った。

 アーシャも止めることは無い。


 必死なアモルは、尚も泣きそうな声を出す。

「見てください!」

 

 そう言ってアモルは、ゼイリアの切り落とされた左肩の跡に触れた。

 

「ゼイリアは無実の罪で、囚われて、拷問を受けていました。!私も、もしかしたら、”そう”なっていたかも知れません! でも、彼女のおかげで逃げ出すことが出来ました!」


 

 部分的には間違いではない。

 しかし、これは、夜の間記憶の無いアモルが、勘違いしているだけであった。

 ゼイリアのおかげで逃げ出せたのならば、何故、彼女が捕まったまま拷問を受けていたのか、矛盾が発生する。

 

 

 ただし、インデジネス派の元老が声を上げた事で、それは、うやむやに流れた。

「お前、クハーナの娘か!?」


 クハーナはゼイリアの母の名だ。

 ゼイリアの実家は、インデジネス派、カテドラル派、その両派閥と関係が深く、本人も聖女と呼ばれるほどである。

 

 特に、同派の元老であれば、彼女の存在は知っていたし、母の面影残る彼女の顔を見て、推測出来る者もいれば、実際に顔を見た者もいた。

 

「何故だ!? どのような罪があって、彼女を捕えた!?」

 憤るインデジネス派の議員。


 対して、血の気を失うカテドラル派の議員たち。

 彼らは、教皇が行わせていた実験の数々を知っていた。


 

 その中で、アモル、そして、何故かゼイリアまでをネルフィリアは抱きしめた。

「よく頑張りましたね。」

 アモルは安心感から、涙を流した。

 ゼイリアは敬愛する天使にその様にされ、目をしろくろさせていた。

 

 この景色と対照的なのはアーシャとインペルであった。


 もう終わりだ。

 アーシャは最早、話す事などない、降伏の勧告でも、滅びの宣告でも、くれてやれば良い。

 そう思って、ネルフィリアをここに呼び出したのだ。


 だというのに、それでは終わらなかった。


 国民を誘拐の上に拷問などと、国防の担い手としては、神経に針さす行為である。

 アーシャの瞳は元老を睨み、1000回は殺してやる、と語っていた。

 

 本来は同じく、怒りを訴えるインデジネス派の元老。

 しかし、アーシャにとっては同じ穴のムジナ。

 区別なく、その視線を浴び、凍り付いていた。

 

 そして、もう一人、インペルは布で覆われている為、何の反応も見えないし、何の反応も示さなかった。

 自らの役割を理解し、一歩引いたところで冷静に静観していた。

 勿論、内心ではどう思っているかは、不明であるが。


 

 しばらく二人を抱きしめていたネルフィリアに、インペルは声を掛けた。

「勅使殿、お役目を……。」

 

 ネルフィリアはそれを無表情で、一瞥する。


 そして、二人を離すと、目を瞑った。


 再び6枚の羽が大きく広がる。

 ゆらり、ゆらり、それが優しくはためくと、ネルフィリアの身体は中空へと浮かんでいった。

 


 広場を分厚く囲う民衆、その後ろの人間まで、ネルフィリアの姿を目視した。 

 民衆の中には、直視しても良いものか、不敬となるのではないかと、迷う気持ちが心に生まれる程に美しい存在。

 

 ネルフィリアは瞳を開き、何かするように”見せかけて”、両の手をゼイリアに向けて掲げる。

 

 すると、キラキラと光の雫がゼイリアの前に落ちてきた。

 それは、ゆっくりと。

 

 二雫……三雫……四雫……様々なところに。

 

 何故か、それを見て、ネルフィリアはギョッと目を大きく見開き、慌てて取り繕うように……目の前の現実から目を背ける様に目を瞑った。


 光の雫は、最終的に、雪の様に都市全体へと降り注ぐ事となる。





 光の雫は暫く降ると、それぞれ、人に集まった。

 

 ただし、良く集まる人間と、そうでない人間がいる。

 

 良く集まるのは主に怪我人。

 グラプトとの戦争による負傷兵や、単純に体調を崩しているもの、左肩の無いゼイリアにもまた、良く集まってきた。

 

 沢山の光は熱を持ち、ゼイリアは左腕が燃えている様に感じた。


(……え?)


 ゼイリアは一瞬、茫然とする。


 左腕はとうに無い筈。

 

------信じられない。

 惚けたゼイリアの瞳から、涙の雫が零れ落ちた。


 時折感じる幻痛のみで、あるはずの無い、ゼイリアの左肩より先。

 もう久しく感じていなかった感触。


 風がゼイリアの左手を優しくなでた。

 

 ゼイリアだけでなく、足を無くした者には足が、手の無い者には手が、病に侵されたものはその全てが快癒した。


 ※星精の慈雨 光 瞬間呪文

  全てのユニットを5点回復させる。

 


 もはや、騒めきすら起きない。

 大衆も、アモルやゼイリア、元老衆も、皆が皆、膝をつき、ネルフィリアに平伏した。


 それに対して、ネルフィリアは何故《なぜ》か不満げに言葉を放った。


「”蒙昧”な隣人に告ぐ、我らは其方らの”降伏”を受け入れる準備がある。速やかに返答するべし。」


 インペルの肩がピクリと動いた。

 

 確か、当初は”賢明”な”和平”であったはず。


 究極の所、ネルフィリアは、アニムから、自分の判断で文言を書き換える事を許されていた。

 だからこその勅使。

 であれば、アニムの気が変わったのでなければ、これはネルフィリアの意思という事になる。

 

------どちらも腑に落ちない。


 ”ネルフィリアが奇跡を起こす”直前、アニムと彼女が何かやり取りをしていた事は、インペルも察していた。


(……。……何故、そうなったのか……。)


 とはいえ、すでに言葉は下されていた。

 そして、スカリオンの降伏は確定で、間違いない。

 

 この国が宗教国家である事は、すでに解っていた。

 その上で、あれだけ派手な奇跡を起こされたのだ。

 奇跡とは、神がこの世界に介入する力を言う。

 ネルフィリアはこの場において、間違いなく神となった。

 神の言葉に逆らう事は、彼等には不可能である。

 

 インペルは、覆いの内側で、眉を顰めながら、今後の展開を頭の中で整理し始めた。




 ミコ・サルウェ歴51年 5月

 闇燦師団、師団長アーシャ・クライスピアー、近侍司ネルフィリア・オムナス、外務司インペル・ヒエメスを主とした活躍により、ミコ・サルウェは西国スカリオンを降伏させる。

 その後、旧スカリオン国民が、天使種の国民を崇めようとしたり、獣人種、他、魔物種に対して陵虐《りょうぎゃく》を行う事件等、国民の意識問題が頻発する。

 国王アニムは、異文化統治の難しさを認識するも、数年に渡る意識改革の末に、その事件は数を減らしていくこととなった。



              ユリン・シェヘラザード「ミコ・サルウェ正史」より


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