ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

不吉の天体

公開日時: 2022年10月23日(日) 16:15
文字数:3,523

 突如、現れた謎の敵《エネミー》に、アニムは眉根を寄せ、クニシラセを睨みつけた。

(なんだあれは!?)


 クニシラセにも、幾つか弱点があった。

 それは、自国の物に関しては、詳細な情報が確認できるが、自国外の物に関しては、かなり制限された事しか解らないという事であった。

 

 一応、名前くらいは表示される。


(偽《デミ》・エンジェル=ハイエン)

 

 しかし、アニムには、ハイエンが誰なのか、スカリオンにおける教皇の立場だとか、どのような力を持っているだとか、そう言った諸々一切の情報が入ってきていなかった。


 アーシャの素の防御力5に大盾の分を足して10。

 予測するに、一瞬でアーシャが瀕死になっている所を見ると、8ないし、9相当の攻撃力はあると、見るべきだろう。

 

 防御力は推測のしようも無かった。

 

「……っち。」

 アニムは苛立ち、それを隠すこともなく舌打ちを繰り出した。

 

 他に解る事は無いか、頭を巡らせる。

 しかし、精々が、アーシャの大盾が破壊されているため、武器破壊《ウェポンブレイク》系統の能力でも持ちあわせているの事しか解らなかった。

 

 盾の事など、どうなろうと構いはしないが、アーシャやグラドロモニカを失うのは困る。


 恐らくはグラドロモニカの、-1/-1カウンターの形でダメージを与える能力が上手く働いているのだろう。

 この能力は、敵の攻撃力にもダメージを与える事が出来た。

 そうでなければ、アーシャよりも防御力の低い、グラドロモニカが抑え込んでいる理由が解らなかった。


 ただし、いつまでもダメージとして、-1/-1カウンターが蓄積して行っている様には見えなかった。

 

(そう、長くはもたないぞ……。何かないか!?)


 アニムは自らの手札を確認した。

 ユニットを回復させる呪文や、4点のダメージを与えるカード等、これらは使えるカード達である。

 しかし、今の状況の解決に至るか、といえば大きく心もとなかった。

 

(他に使えそうなリソースは無いか?)


 最低でも、グラドロモニカが相打ちを取らければ、戦線は崩壊する。

 

 しかし、相打ちすらも難しく思えた。


 アニムは焦りながら、なんとか自らを落ち着けて、戦場、そして、国内の全て、目を皿の様にして確認した。

 

 (!?)


 すると可能性は直ぐに見つかった。

 それは城の中庭。

 

 ※輪廻の揺り籠 設置呪文 ①光闇


  味方ユニットが場から離れた時、あなたはライフを5点得る。


  光闇①:墓地のユニットカードを1枚デッキに戻し、デッキをシャッフルする。

      カードを一枚引く


 そして、今手札には、汚泥の花、というカードがあった。


 ※UC汚泥の花 呪文 闇土水

  この呪文を唱えるに際して、貴方は好きな数のライフを支払う。

  失ったライフと同じ数の、好きな色マナの組み合わせを生み出す。

 

 死んだユニットや、使用済みの呪文は、”墓地”と呼ばれるEOE由来の領域に置かれた。


 

 先日と昨日、今日と、沢山のユニットが死んだ。

 

 普段であれば、そう沢山のユニットが死ぬ事も無い。

 故に、何らかの理由で、ユニットが死んだ場合、余ったマナを使って、アニムは輪廻の揺り籠の二つ目の能力で山札へと還していた。

 

 しかし、現状はあまりに数が多く、とても返しきれては居なかった。

 未だ、墓地には沢山のユニットが溢れている。

 

 一瞬、躊躇した。 

 ただし、すぐに頭を切り替えた

 

 UIには山札《デッキ》作成と言う物はなく、アニムが手に入れたカードは全て山札へと送られる。

 それ、専用に組まれたデッキではない為、こういう事は珍しい。

 一つ、揺り籠の一つ目の能力で、アニムのライフは現在膨大な量になっている。


 二つ、ゆえに、汚泥の花の追加コストであるライフには困らない。


 そして、三つ、汚泥の花で生み出された大量の光と闇のマナで、揺り籠の二つ目の能力を起動するという、カードゲーム的には、シナジーやコンボと言われる条件がそろっていた。

 

 アニムとしては、まだ戦争は続き、死者は出ると思っていた。

 故に戦後に、纏めて行う予定であったのだ。

 躊躇したのは、今、行うと、以降に死んだ者は、それに漏れてしまうからだ。

 

 ただ、今はそれどころではない。

 時間は掛かるだろう。

 しかし、以降もずっと返せなくなるわけではないし、ハイエンを放っておけば、余計に被害は甚大となるのだ。

 

 アニムは、すぐさま汚泥の花を使用し、輪廻の揺り籠を起動した。

 あっと言う間に、墓地からユニットが消え去り、凄まじい枚数のカードが手札に加わった。

 

 加わったカードをアニムは急いで確認した。

 使えるカードばかりではない。

 

 しかし、賭けには勝ったと、アニムは確信した。

 それはもっとも単純で、確実な方法。

 

 ※死の抱擁  闇②

  ユニット一枚を破壊する。


 カードゲームでは、非常にポピュラーな”除去”に分類されるカードだ。

 

 アニムはすぐに使用し、対象にハイエンを選択した。






------プツン。

 

「え?」

 カードはしっかり使えた。

 その感覚は間違いなくあった。

 しかし、今、目の前のクニシラセは消え、呼び出そうとも反応はなかった。

 

 状況がわからない。

 普段は、助けになりながらも、何処か物足りない情報に、アレが不便だ、これが不便だと、アニムは心の中では文句ばかり言っていた。

 

 だというのに、アニムは今、息をするのも忘れるほど、狼狽し、終いには眩暈すらも感じていた。

 

(……まったく情報の無い状態がこれほど不安であるとは……。)

 

 クニシラセが無ければ、戦場における支援も不可能。

 それどころか、ユニットの召喚も、国内外の情報収集もクニシラセを介して行っている為、ミコ・サルウェにとって、それは恒久的な障害となる。


 そして、アニム本人が思っている以上に、むしろ、不自然なほど、アニムの状態は良くなかった。

 本当にクニシラセが使えない事による影響なのだろうか。

 アニムの顔は青ざめ、唇も紫に染まっている。

 

 アニムは何とか、落ち着こうと目を瞑り、深呼吸を行った。

(………。)


 一拍……二拍……三拍……。

 

 それでも、ほとほとに足りず、10拍以上の時間を掛けてやっと、落ち着きを取り戻し始めた。

 

 だというのに、落ち着いたせいか、先程までは感じられなかったもの。

 胸の中に何か冷たい物が産れ、凄まじい勢いで、体積を増やしていくのを明確に感じた。

 

------寒い……。心細い……。

 

 アニムは耐えられなくなって、立ち上がり、目を開けた。


 そして、気付いた。

 

 先程までに比べて、妙に視界が明るい。

 クニシラセを見つめすぎて、時間を忘れたか、とも考える。

 

 しかし、それはすぐに打ち消した。

 あり得ない。


 時刻は夕刻であったはず、夜になり、一度は暗闇を越えなければならない。

 

 いまだ、アニムの中に生まれた冷たい感覚は、収まることなく、広がっていた。

 アニムはそのまま、外の様子を見ようと、歩き出した。

 

「!? 皆既日蝕……なのか?」

 

 (いや、待て、おかしい!! 何なんだ、これは!?)

 

 アニムは自らが、おかしくなってしまったのかと、両の手で顔を覆った。

 

 空には太陽がある。

 

 地球であれば、皆既日蝕とは、太陽に月が重なる事で、太陽が欠け、空に白いリングが浮かぶ事である。

 しかし、これは様々が逆だ。

 

 黒いリングの中に、白い太陽がある。

 

 クニシラセは地上限定であり、宇宙の様子をアニムが確認したことは無かった。

 

 しかし、これを天文学的に説明するのなら、”月”という恒星があり、その周りをアニム達がいる大地、星が回る。

 その大地の衛星として、”太陽”が回っている。 


 月と太陽に位置が逆であった。


 そうでなければ、こうはならない筈だ。

(いや、なったとしても、何の前触れもなく、この様な短時間で起きる事じゃないだろ!?)

 

 なお、月蝕は、太陽と月の間に、地球が入る事であり、まったく別の現象である。


「何が起きているんだ……。」

 

 アニムは顔を覆っていた手をどけると、窓を開けて、空を見つめた。


 5月にしては、少し寒々しい空気が室内に入り込んできて、アニムは見狡いみぶるいした。

 

「陛下!? ご無事ですか!?」

 扉を跳ね開けて、ネルフィリアが慌てた様子で入ってきた。


「たった今、突然空が!?」

 ネルフィリアにしては珍しく、彼女もひどく狼狽していた。

 アニムは、ネルフィリアの声を聴いて自らの立場を思い出し、少し、平静を取り戻した。


「……私は大事無い。」

 言ってから、アニムは再び、窓の外を見つめた。

 せめて、何か、安心させる言葉を彼女にかけてやりたい。

 しかし、明らかに異常。

 そして、クニシラセ使えない無力なアニムには、気安くかけてやれる言葉を見つけられなかった。

 

「……。」

 

 地球には、日蝕や、月蝕を不吉の前兆と捉える伝承はいくつもあった。

 基本的な天体の知識くらいならば、アニムも持っている。

 ただの自然現象だ。

 

 しかし、どうしても不吉な予感がぬぐえない。


 何も出来ぬアニムは、ただ、せめて、戦場で戦う者たちの安否を祈る事しかできなった。






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