突如、現れた謎の敵《エネミー》に、アニムは眉根を寄せ、クニシラセを睨みつけた。
(なんだあれは!?)
クニシラセにも、幾つか弱点があった。
それは、自国の物に関しては、詳細な情報が確認できるが、自国外の物に関しては、かなり制限された事しか解らないという事であった。
一応、名前くらいは表示される。
(偽《デミ》・エンジェル=ハイエン)
しかし、アニムには、ハイエンが誰なのか、スカリオンにおける教皇の立場だとか、どのような力を持っているだとか、そう言った諸々一切の情報が入ってきていなかった。
アーシャの素の防御力5に大盾の分を足して10。
予測するに、一瞬でアーシャが瀕死になっている所を見ると、8ないし、9相当の攻撃力はあると、見るべきだろう。
防御力は推測のしようも無かった。
「……っち。」
アニムは苛立ち、それを隠すこともなく舌打ちを繰り出した。
他に解る事は無いか、頭を巡らせる。
しかし、精々が、アーシャの大盾が破壊されているため、武器破壊《ウェポンブレイク》系統の能力でも持ちあわせているの事しか解らなかった。
盾の事など、どうなろうと構いはしないが、アーシャやグラドロモニカを失うのは困る。
恐らくはグラドロモニカの、-1/-1カウンターの形でダメージを与える能力が上手く働いているのだろう。
この能力は、敵の攻撃力にもダメージを与える事が出来た。
そうでなければ、アーシャよりも防御力の低い、グラドロモニカが抑え込んでいる理由が解らなかった。
ただし、いつまでもダメージとして、-1/-1カウンターが蓄積して行っている様には見えなかった。
(そう、長くはもたないぞ……。何かないか!?)
アニムは自らの手札を確認した。
ユニットを回復させる呪文や、4点のダメージを与えるカード等、これらは使えるカード達である。
しかし、今の状況の解決に至るか、といえば大きく心もとなかった。
(他に使えそうなリソースは無いか?)
最低でも、グラドロモニカが相打ちを取らければ、戦線は崩壊する。
しかし、相打ちすらも難しく思えた。
アニムは焦りながら、なんとか自らを落ち着けて、戦場、そして、国内の全て、目を皿の様にして確認した。
(!?)
すると可能性は直ぐに見つかった。
それは城の中庭。
※輪廻の揺り籠 設置呪文 ①光闇
味方ユニットが場から離れた時、あなたはライフを5点得る。
光闇①:墓地のユニットカードを1枚デッキに戻し、デッキをシャッフルする。
カードを一枚引く
そして、今手札には、汚泥の花、というカードがあった。
※UC汚泥の花 呪文 闇土水
この呪文を唱えるに際して、貴方は好きな数のライフを支払う。
失ったライフと同じ数の、好きな色マナの組み合わせを生み出す。
死んだユニットや、使用済みの呪文は、”墓地”と呼ばれるEOE由来の領域に置かれた。
先日と昨日、今日と、沢山のユニットが死んだ。
普段であれば、そう沢山のユニットが死ぬ事も無い。
故に、何らかの理由で、ユニットが死んだ場合、余ったマナを使って、アニムは輪廻の揺り籠の二つ目の能力で山札へと還していた。
しかし、現状はあまりに数が多く、とても返しきれては居なかった。
未だ、墓地には沢山のユニットが溢れている。
一瞬、躊躇した。
ただし、すぐに頭を切り替えた
UIには山札《デッキ》作成と言う物はなく、アニムが手に入れたカードは全て山札へと送られる。
それ、専用に組まれたデッキではない為、こういう事は珍しい。
一つ、揺り籠の一つ目の能力で、アニムのライフは現在膨大な量になっている。
二つ、ゆえに、汚泥の花の追加コストであるライフには困らない。
そして、三つ、汚泥の花で生み出された大量の光と闇のマナで、揺り籠の二つ目の能力を起動するという、カードゲーム的には、シナジーやコンボと言われる条件がそろっていた。
アニムとしては、まだ戦争は続き、死者は出ると思っていた。
故に戦後に、纏めて行う予定であったのだ。
躊躇したのは、今、行うと、以降に死んだ者は、それに漏れてしまうからだ。
ただ、今はそれどころではない。
時間は掛かるだろう。
しかし、以降もずっと返せなくなるわけではないし、ハイエンを放っておけば、余計に被害は甚大となるのだ。
アニムは、すぐさま汚泥の花を使用し、輪廻の揺り籠を起動した。
あっと言う間に、墓地からユニットが消え去り、凄まじい枚数のカードが手札に加わった。
加わったカードをアニムは急いで確認した。
使えるカードばかりではない。
しかし、賭けには勝ったと、アニムは確信した。
それはもっとも単純で、確実な方法。
※死の抱擁 闇②
ユニット一枚を破壊する。
カードゲームでは、非常にポピュラーな”除去”に分類されるカードだ。
アニムはすぐに使用し、対象にハイエンを選択した。
------プツン。
「え?」
カードはしっかり使えた。
その感覚は間違いなくあった。
しかし、今、目の前のクニシラセは消え、呼び出そうとも反応はなかった。
状況がわからない。
普段は、助けになりながらも、何処か物足りない情報に、アレが不便だ、これが不便だと、アニムは心の中では文句ばかり言っていた。
だというのに、アニムは今、息をするのも忘れるほど、狼狽し、終いには眩暈すらも感じていた。
(……まったく情報の無い状態がこれほど不安であるとは……。)
クニシラセが無ければ、戦場における支援も不可能。
それどころか、ユニットの召喚も、国内外の情報収集もクニシラセを介して行っている為、ミコ・サルウェにとって、それは恒久的な障害となる。
そして、アニム本人が思っている以上に、むしろ、不自然なほど、アニムの状態は良くなかった。
本当にクニシラセが使えない事による影響なのだろうか。
アニムの顔は青ざめ、唇も紫に染まっている。
アニムは何とか、落ち着こうと目を瞑り、深呼吸を行った。
(………。)
一拍……二拍……三拍……。
それでも、ほとほとに足りず、10拍以上の時間を掛けてやっと、落ち着きを取り戻し始めた。
だというのに、落ち着いたせいか、先程までは感じられなかったもの。
胸の中に何か冷たい物が産れ、凄まじい勢いで、体積を増やしていくのを明確に感じた。
------寒い……。心細い……。
アニムは耐えられなくなって、立ち上がり、目を開けた。
そして、気付いた。
先程までに比べて、妙に視界が明るい。
クニシラセを見つめすぎて、時間を忘れたか、とも考える。
しかし、それはすぐに打ち消した。
あり得ない。
時刻は夕刻であったはず、夜になり、一度は暗闇を越えなければならない。
いまだ、アニムの中に生まれた冷たい感覚は、収まることなく、広がっていた。
アニムはそのまま、外の様子を見ようと、歩き出した。
「!? 皆既日蝕……なのか?」
(いや、待て、おかしい!! 何なんだ、これは!?)
アニムは自らが、おかしくなってしまったのかと、両の手で顔を覆った。
空には太陽がある。
地球であれば、皆既日蝕とは、太陽に月が重なる事で、太陽が欠け、空に白いリングが浮かぶ事である。
しかし、これは様々が逆だ。
黒いリングの中に、白い太陽がある。
クニシラセは地上限定であり、宇宙の様子をアニムが確認したことは無かった。
しかし、これを天文学的に説明するのなら、”月”という恒星があり、その周りをアニム達がいる大地、星が回る。
その大地の衛星として、”太陽”が回っている。
月と太陽に位置が逆であった。
そうでなければ、こうはならない筈だ。
(いや、なったとしても、何の前触れもなく、この様な短時間で起きる事じゃないだろ!?)
なお、月蝕は、太陽と月の間に、地球が入る事であり、まったく別の現象である。
「何が起きているんだ……。」
アニムは顔を覆っていた手をどけると、窓を開けて、空を見つめた。
5月にしては、少し寒々しい空気が室内に入り込んできて、アニムは見狡いした。
「陛下!? ご無事ですか!?」
扉を跳ね開けて、ネルフィリアが慌てた様子で入ってきた。
「たった今、突然空が!?」
ネルフィリアにしては珍しく、彼女もひどく狼狽していた。
アニムは、ネルフィリアの声を聴いて自らの立場を思い出し、少し、平静を取り戻した。
「……私は大事無い。」
言ってから、アニムは再び、窓の外を見つめた。
せめて、何か、安心させる言葉を彼女にかけてやりたい。
しかし、明らかに異常。
そして、クニシラセ使えない無力なアニムには、気安くかけてやれる言葉を見つけられなかった。
「……。」
地球には、日蝕や、月蝕を不吉の前兆と捉える伝承はいくつもあった。
基本的な天体の知識くらいならば、アニムも持っている。
ただの自然現象だ。
しかし、どうしても不吉な予感がぬぐえない。
何も出来ぬアニムは、ただ、せめて、戦場で戦う者たちの安否を祈る事しかできなった。
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