ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

生命は燎原の炎の様に

公開日時: 2022年10月28日(金) 16:15
文字数:2,823

 夕闇の戦場、聞こえてくる怒号や悲鳴はミコ・サルウェ軍から、奇声、嬌声の類はスカリオン軍から放たれていた。

 体の損壊を気にも留めない、引くことなく、安全装置の外された攻撃を繰り出し続ける狂者の行進。

 彼等は、生きながら、生者に対する凄まじいまでの憎悪を振りまいていた。 

 

 

 死、その物の恐怖を目の当たりにして、委縮した心身。

 ミコ・サルウェ軍にしても、これほどまでの敵意と狂気を向けられたことは無かった。

 その場に残された彼等は、苦しい戦いを強いられていた。

 

 そんな中、もとより細い目を薄っすらと開けて、アーシャは目を覚ました。

 はじめ、アーシャが目にしたのは、此方を覗き込むリーフェの顔であった。


「アーシャさん。気付かれましたか。」

 リーフェの声は、いつも通り。

 しかし、流石に焦りの様なものが混ざっているのをアーシャは感じた。



------ドゥン!

 銃声。


 戦いがまだ続いている事を認識する。

 アーシャは、口の中に溜まっていた血の塊を不快気に吐き出した。


 リーフェに向かって。


「最低《さいってい》です……。」

 

 顔の正面から、血痰を被ったリーフェは、それを拭いながら、冷たい視線をアーシャに浴びせかけた。


「……ん!」

 

 身体に力を入れると、一息で立ち上がる。

 身体のどこにも、おかしなところや、違和感も感じない。


 横を見ると、オニツカが眉間を寄せて此方を見ていた。

 

「(心配は)無用だ。」

 そういうと、アーシャは大きく息を吸う。

 そして、

「軍旗兵!!」

 

 その声だけで、戦場で倒れかけていた、闇燦の軍旗が、再び一糸乱れず直立し、はためき直す。

 これが彼女の帰還。

 

 戦場に響き渡る、不死鳥の喊声《かんせい》。


 ただ、それだけの事が、全体に漂う死臭に塗れた空気を、綺麗に入れ替えてしまった。



 今だけの事、アーシャは、誰の仕業か、光の筋が見えた。

 

 その光の筋は、アーシャと他の仲間を繋ぎ、またアーシャ以外の仲間同士も繋がっていた。

 

 そのうちのいくつかが、遠く、西の空へと延びている。

 この光が、何を表すのか、アーシャはすぐに理解した。

 

 

「聞けい! 我が輩(ともがら)たち!」

 誰よりも戦場を求め、心軋むほどに、誰よりも戦場を嫌う女は朗々と吼えた。

 

「我が輩よ、同胞《はらから》たちよ! 此処より西に、我らと生を同じくした兄弟が、虜囚となっているのを、我は見た! 我は兄弟を取り返すため、この戦に赴こうと思う! 死が我らを呼んでいる! さあ、何と答える!?」

 

 戦場にあって、しかし、静寂が一瞬、辺りを包みこんだ。

 スカリオンの狂声など、誰の耳にも入らない。

 

 そして、もはや、かつての死を求めたアーシャはここにはいなかった。

 

「我の答えは「否」である!! 必ず、生きて家族を取り返し、全ての悲劇を打倒す盾となろう!! お前たちはどうだ!?」

 

 アーシャは団員達に呼びかけた。

 

 彼らは、互いを見渡した。

 すると、すぐ近くにある死を恐れ、強張った情けない顔がその瞳に映った。

 

 それは鏡像でもあった。


------嗚呼、彼も恐れているのか。


 彼等は自らの胸の中から、パチン! パチッ! っと何かが弾け、焚き上がって来るのを感じた。

 

------ならば、守ってやらなくては……。


 それは、制御できない、途方もない意志の力となって、空を、大地を、戦場を、彼等の血流となって駆け巡った。


------我らが守ってやらなくては!

 


「否!! わが身は生きて護国の鬼となろう!」

------ドゥン!

 

 まず、オニツカが大きく咆哮すると、銃口を高く太陽に突き付けて、空砲を放った。


「否! 私は生きます。新たに生まれ、貴女様の元に旅立つ子等。私は、その全ての守護母となりましょう。」

 魔女は、我が子を模した木彫り人形を、太陽に掲げ宣誓する。

 

 

「否!」「否!」「否!」「否!」「否!」「否!」「否!」

 

「「「「「「「「「「否」」」」」」」」」」 


 闇燦師団全体で「否」という言葉が大きく飛び交う。

 そのたびに、どんどんと、スカリオンの狂軍を押し返していった。


 アーシャは腰の鞘から、剣を抜き放った。

 

 剣に住まう炎精霊が呼応し、激しく、自らの存在をその持ち主に誇示しようと荒れ狂った。

 

 アーシャの背中にはギラギラと燃え盛る、焔の翼が現れた。




------熱い。

 

  


 アーシャは胸の奥がカッと熱くなるのを感じた。

 

 深呼吸すると、その熱は、アーシャの身体を赤き血流にのって廻り、アーシャの身体を焼き尽くしていた。

 そして、鼻腔から外へ抜けて全身を包み込んでいった。

 

 余りの熱さに、全身が溶けてしまいそうな感覚。

 

 この感覚は、アーシャ一人の物ではない。

 オニツカも、リーフェも、グラドロモニカも……。

 

------いや、溶けているのだ。


 皆が皆、炎となって混ざり合い、一つの大きな炎となるのだ。

  

 それは、生命の炎。

 

------もっと、燃え上がりたい。

 

 当然の事だ。

 それこそが、炎の本能と言う物。

 

------怖い……死が怖い!

 

 そして、この炎は死の恐怖を知っていた。


 スカリオンの狂兵が襲い掛かってくる。

 いや、彼らは既にスカリオンの兵ではない。

 

 死と戦う事は、死を恐れる者にしか出来ない。

 死を恐れない者は、目を背けているだけ。

 目を閉ざしては、たちまち死に取り込まれ、同化してしまう。

 

 だから、炎は勇気を持って、強大な”死《てき》の尖兵”に立ち向かうのだ。

 

 

------もっと、もっと、大きく! 熱く!

 

 迫りくる死に負けぬように、炎は大きく躍動する。

 

  

 死の尖兵が魔術を放った。

 

 その身に1000の魔術を身に着けた炎が、たちまちそれを防ぎ、火勢を上げた。


 死の先兵が、身も竦む様な殺気を、嬌声と共に放ち、槍で突撃してきた。

 

 すると、継ぎ接《は》いだ100の口を持った炎が、その声をかき消す。

 そして、槍が炎に届く前に、黒竜の姿をした炎が、その尾で横薙ぎに吹き飛ばし、更に火勢を上げた。

 

 もはや、止まらない。

 

 生命は燎原の炎のように。

 

 

 炎が一度大きくうねる。

 

 すると、炎の中から輝かしい、一匹の不死鳥が飛び出した。


 その不死鳥は、天高く舞い上がると、右手に持った剣を死に向かって振り下ろす。

 炎の光輪が、不死鳥の前方に出現した。

 

 途端、焼尽の風が巻き起こり、次々と尖兵どもの身体を灰燼へと帰していった。

 

 

 その日、炎は全てを焼き尽くし、浄化するまで、その火勢を緩めることは無かった。


 

 ミコ・サルウェ歴51年、5月8日。

 コルノ平原の合戦。

 途中、神話的なる干渉を受け、闇燦師団は強烈な打撃を被《こうむ》った。

 しかし、スカリオン軍に至っては、アドミラル・メッサーノーツ率いる50人に満たない寡兵を除き、発狂の末に文字通り全滅。

 そのアドミラル隊にしても、後には別働行軍中の群緑師団によって捕縛される事となった。

 これによって、コルノ平原の合戦は僅か、2日という速さで終結を見る事となった。

 闇燦師団のアーシャ・クライスピアーは、このままの勢いでの進軍を上奏するも、想定以上の損耗、そして、赤武師団もすでに付近に集結を終えていた事により、ミコ・サルウェ中央政府はこれを棄却する。

     

              ユリン・シェヘラザード「ミコ・サルウェ正史」より

 

 


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