ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

産声の愛娘

公開日時: 2022年10月27日(木) 16:15
文字数:4,766


(?)

 

 再び、目を覚ます時、アーシャは凄まじい息苦しさの中にいた。

 匂いは解らない。

 しかし、彼女は自分が、生温い泥の様な物の中に居るのを感じた。

 

 アーシャはもがき、上昇しようとした。

 はなから、どちらが上かも解らない。

 しかし、苦しさに任せて、あちら此方《こちら》を蹴とばすようにして、必死で息を吸おうとした。

 

 アーシャは、何とか黒紫色の泥の様な地面から、湧くように這いあがる事が出来た。


 目に入った泥を拭って、辺りを見渡した。

 世界は黒かった。

 しかし、不思議と暗くはない。

 

 そこは、アーシャにとって、見覚えが無いのに、懐かしい世界であった。

 


------ここにいる。

 

 アーシャには解った。

 此処に来るこれまでを、散々見せつけて来た存在。

 それが、自分を呼んでいる。

 

 アーシャは怒りに任せ、自らの感覚に誘われる様に歩き出した。

 

 なぜ、あのような物を見せる!

 なぜ、現実を捻じ曲げる!

 なぜ、こんなにも苦しめる!

 

 アーシャの胸の中に木霊する、熱い不満は、すぐにでも破裂しそうであった。

 


(アーシャ……ごめんなさい。)



 ふと、頭の中で自分以外の声を聴いた。


 そして、目の前に、少女の姿を捕えた。

 この黒い世界においても、不思議と埋没せず、溶け込むことの無い、黒いコートを着込んだ少女。

 腕には何やら、紫の本を抱えていた。

 

 彼女はアーシャを見て、悲しそうにした。

 

「お前は……?」

 アーシャは眉を顰めた。

 

(私は『産声を聞くもの』。)


 再び、頭の中に声が響いた。


 ミコ・サルウェにも念話の魔術を使う物がいる。

 しかし、それとは、どこか違って感じられた。

 

「何故だ!? 何故、うちにあんなものを見せた。」

 アーシャは、発端を確信した。

 

 激昂して、アーシャは少女に詰め寄った。

 しかし、『産声を聞くもの』は姿を消す。

 掴みかかろうとしたアーシャは、一瞬踏鞴を踏んだ。


 

(貴女だけだったから……。)

 俯《うつむ》く姿の『産声を聞くもの』が、また、アーシャの前に姿を現した。

 

「何?」

 アーシャは再び、訝し気に眉を顰した。

 

(私は全ての産声を聞く者。苦しいとか、悲しいとかは居るの。でも、貴女だけだった。……貴女だけが、産まれた次に「死にたい」と強く願った。)

 

 そう言って、『産声を聞くもの』はアーシャを切なげに見つめた。

 

「!?」

 アーシャは自らの胸を押さえる。

 『産声を聞くもの』はアーシャ自身も知らない、もっと奥までを見つめている気がした。


(アーシャ……ごめんなさい。貴方が苦しむのも、悲しむのも知っていた。でも、私の存在が、貴女を許してあげられなかった。)


 アーシャは何故か、ここから逃げ出したくなった。

 怖いとは違う。

 不気味でもない。

 ただ、どうしようもない程の不安を感じて、アーシャは虚勢を張った。


「何言ってやがる!? ウチは戦場に居た筈だ! 用が無いなら、ウチを早く戻せ!!」

 

 アーシャが、がなり立てるのに対して、急に真顔になる『産声を聞くもの』。

 

(今のままではダメ。)


 静かで、無機質な表情。

『産声を聞くもの』に対して、アーシャは無表情もまた、表情の一つであることを感じた。


「はあ? ふざけんなよガキ!」


 産声は、その静かな表情のまま言った。

 

(アーシャ、どうして? どうして戦場に戻りたいの?)

 

 パッと景色がコルノ平原へと変わる。

 しかし、位相が違うのか、駆けて行っても戦いには参加できない事が、なんとなく理解できた。


 事情を知らないアーシャ。

 ボロボロになっているグラドロモニカや、ズタズタになった士気で、苦しい戦いをしている仲間たちに驚いた。

 

 アーシャはキッと強い視線で『産声を聞くもの』を睨んだ。

「仲間が戦ってんだろ!? ウチが前に出なくて、如何すんだよ!?」

 アーシャとして、それが当たり前の在り様。

 



(でも、アーシャ? 貴女、このまま此処に居れば、死ねるわよ?)



「え」


 ヒトの在り様とは、容易く、一辺倒に在る物ではない。

 『産声を聞くもの』の言葉は、もう一方のアーシャを刺激した。

 

(アーシャ。貴女は立派だったわ。貴女が割って入らなかったら、あの一撃で4人もの貴女の仲間が死ぬところだったの。すぐにあの古い魔王が割って入ったから、犠牲者は最小限よ? おめでとう。これで、貴女は、心を軋ませてまで、耐えて来た、大嫌いな戦争からも解放されるわ。英傑アーシャ。)


 『産声を聞くもの』は、それまでとは違う、どこか薄ら白々しい、作られた慈愛を感じる笑みでアーシャに語り掛けた。


 何を言われているのか。

 アーシャの目が落ち着かず、キョロキョロとする。


 死。

 確かにそれは、アーシャが望んでいた筈のものだ。

 

------死を怖がっているのか?

 違う。それは確かにアーシャが望んだものだ。

 

------ウチが戦争を嫌っている?


(そんな事は……むしろ、ウチの居るべき所だ……ろ?)


 アーシャは自問自答を繰り返す。

 そして、繰り返した先、その答えは何故か空虚に感じられ、自信を失っていった。

 

 

 ぽっかりと、胸に穴が開いて、ぼんやりとした頭。

 それまで、自らで張り付けていた武装が、ボロボロと剥がされていく様であった。

 

「?」

 茫洋としているアーシャに、『産声を聞くもの』がふわりと、浮遊する様に近づく。

 そのまま、トンっと飛び上がると、アーシャの頭に優しく抱き着いた。


(ねえ、アーシャ。……正直でいいのよ。今、貴女はどんな気持ちでいるの? 私に教えて?)


 アーシャは茫洋としたまま、自らを整理できずに、”そのまま”を答えた。

「嬉しいでもない。悲しいも違う。強いて言うなら、ああ、終わっちゃった、そんな感じがする。」


 幼子の様な表情で、たどたどしい言葉。

 

(アーシャ。何が終わってしまったの? 人生?)


 アーシャの瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 しかし、同時に今、安らぎに包まれていた。

 

「ううん。違う。……なんだろう。挑戦?…わかんない。」

 

 幼き日、嘘をついてしまい、母に叱られた時の事を思い出した。

 あの時、母はアーシャを抱きしめて、悲しそうに見つめていた。 


------アーシャ、どうして嘘を吐いたの? 貴女が本当にしたかった事は何?


 『産声を聞くもの』は腕の中に居るアーシャに対して、作り物の無い、真《しん》に慈愛に満ちた笑みで話しかけた。

 

(思い出して……アーシャ。それはとっても大切な事。それが本当の貴女。)



 アーシャは、自らの中を静かな気持ちで見つめ、答えを探し続けた。

 

 深い、深い、彼女の中の、そのまた中。

 

 すると、確かにあった。

 巧妙に沈み、隠されていた”彼女”。

 


 それは、広大な海の上を揺蕩う、小さな木箱の様なものだ。

 

 手を延ばせば届きそうに見えて、掴もうとすると、僅かに届かず、指先をぶつけては、また沈めてしまいそうになる。

 

 何度か試みて、やっとの思いで手繰り寄せて、中のモノを引っ張りだした。

 


 そして、アーシャは思い出した。

 

 

 村に火を放ち、全てを殺したのは、けして失意からではない。

 

 それは、止め処なく溢れる、怒りと、悲しみによる”決意”だ。


 もう悲劇はいらないと、世界から悲劇を無くす為、悲劇を終わらせる為、13の少女は世界と戦う決意をしたのだ。

 

 しかし、小さな少女の大きな誓いは、辛く孤独な闘い。

 

 何時まで経っても、終わらぬ戦乱の日々に、何時しか思いは変質し、歪んだ。

 この戦いを、早く終わらせるために、死と戦場を自らで求め始めた。

 

 それが、英傑騎士アーシャという真実。


 茫洋としたアーシャの目の焦点が、ぴしゃりと定まった。

 寂しさという渇きのあまりに、長く蜃気楼を見つめていた。

 見るべきものを見ずに、見えざるものを得ようとしていた。


 妙な気恥ずかしさをアーシャは感じた。


 

------でも、もう思い出したのだ。

 生きなくてはならない。生きて、戦わなくてはならない。



 それでも、そう思う自分に”待った”が掛かる。


------そう思うのは、村や姫の惨劇を見せられたからじゃないのか?

 

 

 英傑騎士アーシャ、最期の抵抗だ。

 

 


「……ククク……。」

 アーシャは嗤った。

 


(アーシャ?)


 アーシャは、彼女が答えを見つけるまで、変わらずに、大切に抱きしめていてくれた『産声を聞くもの』から、優しく身体を引き離した。

 

「だとしたら、ウチも存外、馬鹿馬鹿しい……。小娘。ウチを早く戦場に戻せ。」

 

 アーシャは清々しい表情、はっきりした口調で告げる。


(……。)

 『産声を聞くもの』は、その様子をじっと見つめる。



(……アーシャ。教えて? 貴女はまだ、死にたい? )


 彼女の問いに、ふんっと鼻を鳴らす。


「いいや……生きてやるさ! 今度こそ、全ての悲劇を叩き潰す剣であり、盾になってやるよ。」


 アーシャは心の中で礼を言い、しかし、いっそ、ふてぶてしい表情で答えた。


(……そう。)

 『産声を聞くもの』は、満足そうに微笑んだ。

 

 

 『産声を聞くもの』は、全ての生命の始まりを聞くもの。

 明日を生きたいと願う、数多の希望の祝福者である。



 彼女は祝福を授ける代償に、その声を失った。

 

 

(じゃあ、私から最後に二つ。贈り物をあげる。)


 そういうと、『産声を聞くもの』は、懐からペンを取り出すと、左手に持った分厚い本に何事か書き込んだ。

 

 そして、顔を上げると、ペンをしまう代わりに、また何か、小さいものを取り出した。


(誕生日、おめでとう。アーシャ=クライスピアー。)


 元来、農民の娘であるアーシャには、もともとの姓は無かった。

 そして、今まで、ミコ・サルウェにおいても。


 アーシャ=悲しみを穿つ者クライスピアー


 これが、一つ目の贈り物。

 彼女の新しい名前《しゅくふく》。


 そして、二つ目は、


「……チクリの人形。」



 それは、産まれたばかりの子に、母が贈るサナトリアの風習。

 

 アーシャは自らの懐から、あの時ひろったチクリの人形を取り出した。

 それは、何時からだろうか、首の部分が半ば以上に千切れて、取れかかっていた。

 

 それまで、忘れていた事を、アーシャは思い出した。

 この人形を拾った時も、この少女が居たのだ。

 

 アーシャが『産声を聞くもの』を見つめる。

 『産声を聞くもの』はクスリと笑った。

 

(新しく産まれた貴女には、新しい人形が必要……そうでしょ?)

 『産声を聞くもの』は、可愛らしく笑顔のまま首を傾げると、アーシャに近づいた。

 

 そして、壊れた人形を取り上げると、代わりに新しい人形をアーシャに握らせた。

 

 その時から、アーシャの意識は急速に遠のいていく。


(貴女の生が、良い物になりますように、どうか幸せにね。) 




 アーシャの出生には、アニムも知らないEOEの作者だけが知っている裏話があった。

 

 彼女の父は、とある理由で強大な悪魔から恨みを買っていた。

 その結果、彼の妻は悪魔によって、お腹の中に呪いを宿され、その第一子《アーシャ》は悪魔の呪いを授けられて生まれた。

 

 その呪いは、身体が頑健になるという物。

 本来それは、自らの眷属に与えられる悪魔の祝福。


 しかし、力に善も悪も無い。

 良き方に祈れば祝福、悪しき方に祈れば呪いと言われる。

 

 EOEの物語終盤には、老婆となったアーシャが登場した。

 

 彼女は一見、脈絡なく、神の力を借りて、デーモンへと変じ、人の災厄となるのだ。

 そして、最期、新たな別の英雄によって討ち滅ぼされた。



 ※R悲哀の化身 アーシャ 闇闇火火③  デーモン

  飛行

  アーシャが場に出た時、行動終了状態のユニットを全て破壊する。

                      4/8

 FT--------彼女は託したのだ。新たな英雄に。

         自らを化身とし、うち滅ぼされる事で、世界を救おうとしたのだ。

 

 突然の展開に、誰も意味が解らなかったフレーバーテキスト。

 アーシャは自らの中にあった呪いの力を自らに取り込み、一体化することで、”思い出した”。

 そして、その力を使い、彼女は最期に、英傑アーシャの望む姿へと変じたのだ。

 


 英傑アーシャでは、彼女《アーシャ》を救えなかった。

 

 しかし、それは、あくまでもEOEの世界での話。

 新たな祝福を受け、すでに、英傑アーシャは存在しない。

 

 アーシャ=クライスピアーも終生、人の災厄となることは無い。

 

 もう、悲劇は必要ない。


 彼女が、そう、決めたのだから。

 



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