ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

御前会議1

公開日時: 2022年10月11日(火) 16:15
文字数:4,545

 翌日、まだ日も登りきらぬ薄明時。

 ソール・オムナス城の一室にて、御前会議が開かれた。

 

 平時であれば、会議は臣のみで別段行い、それをアニムが承認する事で国が動いていた。

 

 しかし、今会《こんかい》はアニムの前で直接会議を行う為に、普段とは少々趣《おもむき》を異にしていた。

 

 部屋の中央には、大きく立派な円卓があり、その一角には上品で雅な腰かけがある。

 無論、誰が見ても、誰の席かは、一目でわかった。

 

 会議に参加する者は皆、部屋に入室する際、アニムの席に向かって、用意された”米”を一つまみ、額ほどの高さまで掲げ、それから服に振りかけた。

 

 この行い。

 

 米は、ミコ・サルウェにおいて、縁起の良い作物として認知されていた。

 今回の会議、決して良い物ではない。

 本来、臣下のみで片を付けて、陛下には心穏やかに居ていただく。

 それが、臣たるものの役目であった。

 

 にも拘らず、わざわざ陛下にお出まし頂くような事になってしまった。

 そのこと自体が、不吉である。

 

 そんな考えから、誰が言い始めたのか、厄払いの作法として行われたものであった。

 

 

 皆の表情は固い。

 侵略に対して、警戒を怠っていたのは、何もアニムだけではないのだ。

 国境の防衛などは、軍から政府、ないし政府から軍へ、相互に要請できる仕組みは、すでに法体に存在していた。

 だというのに、闇燦も赤武も、国内の治安にばかり目を向け、そちらが落ち着いていれば良し、と考えていたし、争い事を嫌う政司は、それが行き過ぎて、そもそも防衛から、無意識に目を背けていた節もあった。


 

 室内に、アニムが三舌と呼ぶ、文官衆の筆頭、法司、プロセン、政司、ユリン、外務司、インペル。

 そして、五色と言われる武官から、闇燦師団のアーシャ、天白師団のゼラス、蒼海師団のアリアナ、赤武師団のアーレス、群緑師団のベスティアが揃った……と言いたい所。

 なぜか、蒼海師団は師団長のアリアナではなく、副師団長のリムリエルが。

 赤武も同じく副師団長であるロレーヌ、そして彼女の付き人シアンが出席していた。

 なお、群緑のベスティアは今朝方、未明の帰還であったために、アニムの意向で、「追って連絡する故、休養を取る様に」と言い含められていた。


 他よりも1分ほど遅れて、アニムが入室した。

 アニムは、足元の米を訝しそうに眺めた。

 しかし、それには触れず、自らの席へと進み、泰然と椅子に座った。

 

 アニムは普段から、比較的に簡素な服装を好んでいた。

 その日のアニムは、襟長《えりなが》でカチッとした黒一色の服を着込んでいた。

 

 これが、アニムなりの喪服であり、軍装服のつもりでもある。

 

 その場にいる者、全員が座上のまま、アニムに向かって一礼した。

 式や、祭典の類ではない為の簡素であった。

 

 皆が、顔を上げた。

 アニムはリムリエル、そしてロレーヌへと、感情の見えぬ表情で数拍ずつ見つめた。

 当然、穏やかな空気など流れるはずもなく、緊迫した空気が室内に流れた。

 

「アリアナ……、それから、アーレスは居ないのか?」

 アニムのさほど大きくもない声が、質量以上の重さに感じて、室内に響いた。

 

 リムリエルが起立する。

 アニムは別に、責めているわけではない。

 しかし、リムリエルは、少しどもり、目を白黒させながら弁解した。

「こ、今回の闇燦の初動の遅れは、自らに責があり、犠牲者に対して申し訳ないと、また、陛下に対して合わせる顔がないと、師団長は自主謹慎をしておりまして……。」

 

 国の大事に、軍団の代表者がひきこもるなど、何を考えているのか。

 後ろめたい事があるのならば、尚更、謀反を疑われかねない行動であった。

 

「決して、反意があっての事ではありません! 蒼海師団としては、汚名を濯ぐべく、荒事になれば、全力で協力するつもりで御座います。」

 

 不信げな表情が3割。

 アリアナの身勝手はいつもの事と、呆れ果てた表情が6割と言ったところ。

 ただ、アニム一人が、無表情でリムリエルを見つめていた。

 

 次いで、すらりと手足の長い女、赤武の副師団長ロレーヌ。


「団長は避難民の対応に行かせました。」

 ロレーヌは、リムリエルとは対照的に、さも当然という風に、堂々と言ってのけた。


「お前の判断でか?」

 訝し気にプロセンが問う。

 

「そう。あれで国民には人気があるから。ここにいるよりも、そちらの方が役に立つわ。……逆に、私では役に立てないしね。」 

 言葉の余韻には、ほんのりと寂し気な声色が混ざった。

 

 ロレーヌはプロセンに対して、目を見開いて、応えている。

 しかし、ロレーヌは幼少期に呪いを受けた。

 その呪いはロレーヌの目を白く焼き、彼女の目はまったく見えていない。

  

 今も、音を頼りにプロセンの方を向いているが、少しズレた中空に視線が向いていた。

 盲目の軍師、ロレーヌ=バーンヤード。

 隣にいる少女、シアンは、彼女の生活全般を補助する付き人であった。

 

 その話を聞いても、プロセンは訝しげな表情を崩さなかった。

 理由は通っているが、何かが引っかかる。

 顎を掴む彼の仕草は、そう物語っていた。

 

 そこへ、アニムが口を挟む。

「お前たちがそう言うのならば、そうなのだろう……。私はお前たちを信じよう。」

 

 アニムとしては、蒼海、赤武がスカリオンと繋がりを持っている等と言うことは、無いと”知っている”。

 また、アニムは、彼らが望む故に、王をやっているのだ。

 王などいらんと、謀反を起こし、アニムを捨てるというのであれば、それはそれで、構わないつもりであった。

 

 無論、国の有事に乗じて、と言うのであれば、相応の切り札を切らせてもらう考えはある。

 

(……嫌な感情だ……。)

 ”つもり”は、飽く迄も”つもり”でしかない。

 可愛い、我が子に等しい者たちが、自らを欺いている等と、思いたくはなかった。

 

 かつて存在した数多の王たちは、親子兄弟で殺し合い、これよりも更に薄ら寒い感情の中で、己の権力を維持してきたのか。

 

 そう、思うと自らは、まだ恵まれているのかと思う感情と、それよりも更に強い、知ったことか、と反発する思い。

 その両方が、アニムの中に存在した。

 

「プロセン、話を進めてくれ。」

 会議の際は、法司が進めるのが、慣例としていた。

 それに従いアニムは、進行をプロセンに促す。

 

 リムリエルは冷汗をかきながら、ロレーヌはたんたんと、アニムに対して頭を下げた。

 2人が元に直るのを待って、プロセンが話し出した。

 

「まずは、状況の確認から済ませようかと思います。」

 そういって、チラリとアニムに視線を移し、アニムもそれに頷いた。

 

「昨日の夕刻、我らミコ・サルウェは、西方の国より侵略を受けた。結果はイロンナが人的被害を含め42%の被害、アエテルヌムに至っては、100%……。壊滅状態である。そして、陛下によると1名の国民が現在、拉致されているとの事である。この認識に異議ある者はいるか?」

 

 そう言って、プロセンは周囲を見渡した。

「無いようだな……。では、今後の対応について、議題を移したいと思う。」

 

 まず、意見を出したのユリンだ。

「ひとまずは、使者を送っては如何でしょうか? どうして攻めて来たのか。話し合いで解決できるなら、それに越したことはありません。」

 

 半竜ユリン=シェヘラザードは、EOEの世界では、戦いが嫌いすぎて、巨大な力を持ちながらも、大書庫の奥に引きこもっていた。

 魔物や、人間にしても、好戦的な者が多く住むミコ・サルウェ。

 故にユリンは、前のめりな政策に傾倒しないようにと、アニムによって、そのバランサーとしての役目を持たされていた。

 

 当然、彼女の意見はこういう結論になった。

 

 そして、それに反発するのがアーシャ。


 会議は紛糾した。

 始めはユリンとアーシャによる言い合いである。

 しかし、そのうちプロセンが加わると、それは苛烈さを極めた。

 

「は? びびってんじゃねーぞ! 何のための兵だよ! やられたら、やり返さないと、調子にのらせるぞ!?」

「相手の戦力も解らず戦争をするなど、愚にもつかない事を、兵にさせるわけにはいかん。」

「オムナスに居たお前にわかるか!? 出ないと言うならば、闇燦は貴様を仇とするぞ!?」

「な!? 軍を私物化するつもりか!?」

「ウチらの総意だ!」

 

 普段、冷静冷徹に見えるプロセン。

 しかし、終いには、互いに胸倉でも掴みに行きそうに見えるほど、熱くなり、身体の大きなユリンとゼラスが間に入り、静止する場面にまで発展した。

 

 そんな中、今まで三舌の中で、一人黙していたインペルが動いた。

 

「陛下。陛下のお考えをお聞きしたいのだが、如何でしょうか?」

 

 アニムは一瞬、眉根を寄せた。

 唯一、アニムの考えを推測出来ている男だ。

 インペルはさっさと、話を進めてしまえ、とでも考えたのだろう。

 

 実際、それは決定的な意味を持つ。

 一つは、開戦権をアニムが保持しているという事。

 そして、もう一つは、それがこの国の在り方であるからである。

 この国の宗教観において、”常に王が見守っている”、それはアニムとのつながりと呼ばれている訳である。

 その思想は、宗教観にとどまらず、この国の政治の形態としては、正しくその通り体現されていた。 

  

 国民とは、王の愛し子であり、国民は政府に所属しているのではなく、王と繋がっている。

 故に、その国民を虐されて、その報復をアニムが命じたとして、王に任じられている政府が、それを政治で「否」と止めるのは、余程の理由が必要となるのだ。

 なければ、解任されてお終い。

 最悪、謀反とさえ見られる。



 数瞬まで、熱くなっていた者たちも、一気に沈静化しアニムへと視線を注いだ。

 

 アニムは静かに、3拍ほどおく。

 

「国家とは何か?」

 そして、話だした。


「国民はなぜ、国家の言うに従うのか? ……それは、国家の求むべき道が繁栄であり、国民の求むべき道もまた、繁栄であるからではないのか?」

 

 そういって、アニムは一度、面々を見渡した。 


 国家(政府)はアニムにより、国の繁栄を命じられ、国民は皆、繁栄を望む。

 国とは国民の集合体の事である。

 先の話と、なんの矛盾もない。

 

「であれば、外敵が現れた時、国民のために如何するべきなのか。国家として力を示し、このミコ・サルウェの傘の下であれば、安心して暮らしていける事を自覚してもらうには、どうしたら良いか? 皆には、今一度考え、その上で答えを出してもらいたい。」

 

 多少、示唆的な話のみで、アニムは戦争をするとも、しないとも、明言はしなかった。


 アニムとしては、宣戦に大きく意識を寄った考えを持っていた。

 

 しかし、プロセンの言うように、相手方の戦力は解らない。

 

 無警戒であったが故に、随分な被害を出してしまった今回。

 しかし、しっかりと防衛に意識をもってすれば、本来は、軽くあしらえる程度の小競り合いの筈であった。

 そして、まさか、アレがスカリオンの戦力、その全てとは、アニムは欠片も考えていなかった。

 

 ミコ・サルウェは孤立している。

 それは、今、初めて隣国と対峙しているのだから、当然である。

 

 ただし、相手がどうかは解らない。

 味方の敵は敵。

 一度戦争を始めたら、他に2国も3国も、自国に宣戦して来て、自国1に対して、敵4国でボロボロにされる。

 などという、あってはならない事も、充分に起こりうるのだ。

 

 この判断は、国の分水嶺になりえる。

 

 無論、最後はアニムだ。

 しかし、アニムの一声で全てを決定する。

 そんな軽々な意思決定を、これほど早くに、アニムは行うつもりは無かった。

 


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