アーシャの盾は、ひしゃげて使い物にならない状態となっており、その場に捨て置かれた。
跳ね飛ばされたアーシャの身体は、すぐに飛び出したオニツカによって回収され、前線から引きはがされた。
ハイエンは、それを追いかけ、打ち付けようとするも、グラドロモニカが割って入る事で、それを防いだ。
ハイエンに対峙するグラドロモニカは、もし、彼が人の形をしていたのならば、他でもない、自分自身に対する自嘲の笑みを浮かべていただろう。
(情けない……何という出来損ないか……まるで、人間の様では無いか。)
グラドロモニカは、いったんはそう思った。
しかし、自らの国を滅ぼしたのも、直接的には神の力を借りた人間であったことを思い出し、自嘲の気配を強めた。
EOEには、ピリオニクシアという地がある。
それは、そのまま地方の名前であり、同時に国の名前でもあった。
王の名はグラドロモニカ。
彼は数多の国民を侍らし、妻と共に国を守る魔王であった。
だがしかし、魔に属する者の存在を許さない者、国がすぐそばにあった。
それは神、ロイエンターレが治めるシュペルヘイブンという国だ。
ロイエンターレは次々と、天使や英雄、勇者たちに祝福を与え、ピリオニクシアを滅ぼそうと送り出した。
いかにグラドロモニカの力が強大と言えども、所詮、魔王は一人。
力を得た、数多き人の子、その全てにまでは、手が回らなかった。
妻も、国民達も正義の名のもとに殺され、最後にグラドロモニカ一人が残った。
グラドロモニカ一人では、もはや国とは呼べない。
そして、守るもの無き王は、最期の際、力が欲しいと願ってしまった。
それが、彼にとってのトドメとなる。
魔王にとっては、それは愚かな思いであった。
魔王の帝王学とは、常に驕り、自惚れの中にある。
EOEの世界観に置いて、神とは、ヒトと交わらない存在ではなかった。
そんな世界で、魔の者を守るというのは、それだけの絶対的な力が必要なのだ。
守る国もなく、自らの魔王としての誇りすら守れなかったグラドロモニカは、深い絶望の中で消滅した。
ここまでが、グラドロモニカという存在の物語。
本来であれば、それで終わりである。
しかし、終わらない。
アニムの召喚によって、彼は再び目を覚ました。
グラドロモニカはアニムの前に立つと、胸が焼け付くほど熱くなり、思わず呻きそうになった。
アニムに従うのは良い。
アニムからは常に、凄まじい程の力を感じた。
まして、グラドロモニカは、既に誇り無き存在。
自らの造物主に対して、どんな否があろうか。
しかし、不可解が一つあった。
アニムという主が、その力を誇示しない事である。
アニムは力を誇示して、皆を自分が導いてやろう。
そんな事はさらさら考えていない。
常に自らが、孤独に国を率いて生きたグラドロモニカは、魔王としての価値観しか持ち合わせなかった。
故に理解できなかった。
それどころか、アニムは何時も配下をほめる。
至らない私を助けてくれ。
お前を頼りにしている。
いつもそう言って、優しく微笑むのだ。
ヒトを頼れぬ魔王の傲《ごう》と、全てを任せる、もはや勇気と呼べるほどのアニムの豪《ごう》。
そうして、すでにミコ・サルウェはピリオニクシアの数倍の発展を遂げていた。
グラドロモニカには理解できない。
彼はアニムに対して委縮した。
------我は貴方様とは違うのだ。国を滅ぼした凡愚では、貴方様を助ける事など出来ない
。……だから、そんな目で見ないでくれ。
グラドロモニカは、いっそのこと、この胸に宿る熱い物に、自らの全てを焼き滅ぼされてしまいたかった。
そんな折り、ミコ・サルウェが敵に侵略を受けたと聞いた。
グラドロモニカは複雑な思いに困惑した。
------あの方の国も侵略を受けるのか?
グラドロモニカは信じる事が出来なかった。
そして、アニムに対して委縮した思いを持つのであれば、アニムの失敗を嘲笑うくらいの気持ちは浮かび上がるかとも思っていた。
しかし、実際浮かんできた思いは不信であり、そして、不愉快な感情ですらあった。
ミコ・サルウェはグラドロモニカの物ではない。
しかし、自らの宝を汚濁にまみれた手で握られたような虫唾が、彼の背から脳天にかけて走りぬけたのだ。
この戦場で闘う事で、この感情の意味を探せば、何か、自らの失ったもの、その一つでも取り戻せるか……。
そう、思って急ぎ戦場へ駆けつけた。
(だというのに……嫌気がさす。)
グラドロモニカの目の前にいる存在。
それは、全身を真っ白とし、二本の光の剣を持っていた。
一応、人型に分類出来る形をしていた。
首の後ろには、何やら半透明な結晶の様なものが生えており、そこを核として、鳥の羽の様な一対二翼が生えている。
また、結晶は顔の前面にも、マスクの様に伸び、その顔を覆っている為、表情を解らなくしていた。
これが、アモル(ティ)の姿を見た後でも、変わることの無かった、ハイエンの深層に想像される天使の姿である事は、グラドロモニカには解らない。
しかし、ハイエンから垂れ流される聖の魔力は、むしろ、禍々しい程であり、ただ対峙しているだけでも、グラドロモニカの竜の鱗を侵し、溶かしていった。
鱗とはドラゴンにとって力の象徴である。
魔王だけではない、ドラゴンとしての存在も穢されてゆく。
(ただ、敵の前に、健全に立つことすらできないのか。)
グラドロモニカは黒炎を吐き出し、ハイエンにぶつけた。
それは、当たれば確かに、怯みをもたらす事が出来た。
しかし、燃えた部分は一瞬、消失するも、すぐに新しく再生し、傷は塞がれてしまった。
逆にハイエンが、光の剣を振るうと、グラドロモニカの身体にしっかりと裂傷ができ、着実にダメージを与えた。
(やはり、我では貴方様の力にはなれぬのです。)
そう思った時。
ハイエンの攻撃、その余波が味方を襲い数人の被害が出た。
唐突、グラドロモニカの折れた心、その奥底にいた”王”が怒りの咆哮を上げた。
「gyuaaaaaa!!!」
グラドロモニカは、その巨体を捨て身に突撃させ、ハイエンは吹き飛ばした。
光の剣による一撃を、まともに受けてしまう。
そのような事、今のグラドロモニカにとっては、どうでもよい事であった。
勝てない事は理解している。
しかし、これで味方からは大きく引き離すことが出来た。
(あまりに無様ではないか!? なあ!? 我よ! 民を失い、国を失い、最期には誇りを失った。)
グラドロモニカは、黒炎を吐き、ハイエンの意識をひきつけると、味方から更に離れる様に動く。
ハイエンも彼に惹かれ、攻撃を繰り出した。
しかし、グラドロモニカは、回避を重視した動きを行い、その攻撃を次々と避けていく。
そして、また、ハイエンの意識が切れそうになると、一撃を与える。
魔王らしくない、囮の動き。
「無様には違いない……。だが、我が無力で無いというのならば……、死するその最期まで、あがき続ける根性があっても良かろう? 」
未だに理解には至っていなかった。
グラドロモニカ、彼は知らないのだ。
王の道には、覇道と王道がある事を、導く王もいれば、皆に支えられる王がいる事を。
彼は、”自らは誇りを失った”と言う。
確かに、魔王としては、落第なのかもしれない。
ただし、ヒトは”それ”を”誇り”と呼ぶのではないだろうか?
誇り無き者は、誰かを導こうと、義務を抱きはしない。
誇り無き者は、自身の無様を嗤い、理想の自身を求め、命をかけたりはしない。
誇り無き者は、味方を守る為、自らの誇りを投げ打つことは出来ない。
誰よりも誇り高き”王”、グラドロモニカ。
しかし、彼は魔王として生まれ、魔王として生きて来たのだ。
「我こそは、最後の魔王、グラドロモニカ! お前が何者かは知らぬ! だが、最期まで、付き合ってもらうぞ!」
彼は、己の望む存在を高らかに咆哮した。
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