ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

ハイエン

公開日時: 2022年10月14日(金) 16:15
文字数:1,632

 ハイエンは、夢なのか現実なのか解らない、少し火照った心地で、兵たちが戦の準備をするのを眺めていた。

 天使を救出するためと、ハイエンだけでなく、今回は元老達も”その気”であった。

 御蔭で兵たちは、いつも以上に急かされて、相当に慌ただしい。

 そして、ハイエン達にとっては隠したいこともあり、その方が都合が良かった。

 

 たとえ、そこを突っ込まれても、忙しくしていれば、有耶無耶にする事も出来ようという思惑であり、それはカテドラル派内で一致していた。

 

 神殿騎士による侵攻の結果は、それ自体だけで言えば、充分に成功したと言える成果を上げる事が出来たと、ハイエンは考えていた。

 

 実際には、隊は限りなく全滅に近しい状況である。

 戦いには戦術と戦略がある。

 全滅は戦術、しかし、天使を手に入れるという戦略目標は達していた。

 神殿騎士はアレが全てではない……それどころか、一部、地方都市に分散する全てを集めれば、あの5倍は未だに健在。

 そして、国としての戦争へと発展した今、戦うのは国軍の兵士であり、神殿騎士ではなかった。

 無論、要請があれば、神殿騎士の出番もあろう。

 しかし、それでは国軍の面子が保てない。

 ハイエンは、要請があったとしても、それは限定的な物になると予想していた。

 

 国政の長であると同時に、カテドラル派の長であるハイエンとしては、自派勢力の消耗を必要最小に抑え、天使を手に入れる。

 そして、勝手に東を占拠している蛮族から、天使を解放するという大義名分を手に入れる事が出来た。

 

 そこまでは、非常に良いとハイエンも眦を下げた。

 

 ただし、唯一、看過できない問題としては、連れ帰った天使が、オベリオンへの移送のさなかに、まるで天に召される様に、唐突に息を引き取ったという事であろう。

 

 天使の遺骸はハイエンも、カテドラル派の元老と共に確認していた。

 もともとの輝くような銀髪と聞いていた髪は、黒く変色し、血色の抜け落ちた肌は、人間の死体、それよりも青みを持っていた。

 

 無論、この様な事を公には発表できない。

 民衆、そして、つついてきそうなインデシネス派の元老にも、当然隠した。

 

 天使様は蛮族共によって与えられた心労が、殊の外重く、衰弱なさっておられる。

 故に、今は人前にお出ましになられるような状態ではない。

 体長が快癒されてから……と嘘で隠し、遺骸はハイエンがミーミルの地下牢に隠した。

 

 ハイエンは、懐から結晶を取り出した。

  

(あの少年の口ぶりでは、天使様は一人ではないようであったが……。)

 

 この戦争の終結と同時期に、結局、天使様は快癒に向かわず、そのまま身罷られた、と発表する事になっていた。

 

 ハイエンだけでなく、カテドラル派の人間としては、あの天使の身体をバラし、じっくり調べたいという思いがあった。

 しかし、科学的知見よりも、精神的な価値を優先するインデジネス派が、それを許しはしない事は予想に難しくない。

 

 故に、その時、目くらましとなる天使が欲しい。

 そう考えた。

 

 ハイエンはその時、ふっと小さく鼻で笑った。

(まあ、それは飽く迄も、保険の話。)

 


 ハイエンが手に持っている結晶。

 それは、人を天使へと昇華すると言われているもの。

 勿論、それが正しい保証など有りはしない。

 ましてや、一度しか使えない物として聞いている故、気軽に試して見るわけにもいかなかった。

 

 しかし、少年の言うように、東には確かに天使は居たのだ。

 ハイネン他、スカリオンが、アルカンジュ教が、皆が求め続けていた天使が。 


 信じるに値する。

 そうハイネンは考えていた。

 

 ハイエンは今回の戦。

 これを、自らに使うと決めていた。

 ハイエンが天使として、覚醒し敵を薙ぎ払えば、この戦いは聖戦として語り継がれる事になるだろう。

 

(天使として覚醒すれば、そのような事、造作もないはず……。蛮族共にはそのための生贄になってもらわねばな……、さすれば死んだ天使の事など、どうとでもなろう。)


 ハイエンは元老の祖たる八聖に次ぐ、新たな9人目の聖人となり、教皇としての務めを果たした初の存在になろうとしていた。


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