ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

神判1

公開日時: 2022年10月8日(土) 16:15
文字数:3,447

 「ポルコーグス!」

 

 突如、ソォールの足元が地割れし、炎に覆われた灼熱の軍馬が飛び出してきた。


 その軍馬は、ソォールにしがみつくコマを、その熱突風で弾き飛ばすと、ソォールを背に乗せて、嘶きながら天上へと駆けていった。

 

「思い出したかぁ!! ゾル・アトワン! ヒャハハハハハ!!」

 

 それを見たポックスは、狂ったように嬌声を上げた。

 そして、ポックスの身体が……いや、それ以外のイルやコマ、カーズ、プレイグ達の身体も、どんどんと変形していった。

 

 其々《それぞれ》、形は違えど、それまで1m程であった背丈は、成長し、筋肉は盛り上がる。

 とても、矮小で力の弱いインプという姿ではない。

 

 ポックスは人身羊頭じんしんようとうに蝙蝠の羽を背中に生やした。


 コマは新しく4本の手足を生やし、蜘蛛の様な姿になった。


 プレイグの身体はグズグズと溶け出し、不定の粘体質の姿になった。

 

 カーズの身体は、それ以外と比べても大きく強靭に成長し、体長はすでに10mを超えている。

 角が生え、隆々とした硬質な筋肉がその身体を支える、一角の黒曜巨人へと姿を変えた。

 

 他4人が、正しく異形であるのに対して、イルのみは美しい天使の姿へと、その身を変貌させていた。

 しかし、ネルフィリアや、アモルとは違う、肌は浅黒く、瞳と翼は、血の様に赤く染まった天使の形をした何かである。

 

 

 各々の変形が落ち着いた頃、天から蒼の炎槍が、ポックスの身体へと真っすぐ飛来した。

 ポックスはそれをひらりと避けると、羊頭《ひつじあたま》を歪《いびつ》にゆがめ、にたりと嗤った。

 

------~♪~♪

 歌が降ってくる。

 それは、勇壮でありながら、どこか怒りや、悲しみを感じる歌。

 

 天から軍馬が下りて来た。

 そこに跨っているのはソォールではない。


 黒鉄の全身鎧に身を包み、顔は見えない。

 左手には軍馬を操る手綱を持ち、右手には、その全身を蒼い炎が踊る槍を掲げている。

 

 その者は、その掲げた槍を振り下ろす。

 すると、槍の先端より、先ほどと同じ炎槍が出現し、再びポックスへと襲い掛かった。

 

 だがポックスは、今度は、それを避けない。

 何やらボソリと呟いたかと思えば、炎槍はポックスに当たる直前で、何かに阻まれ、その力を消失させた。

 

「行くぶりになるか……。」

 鎧の中から声がする。

 低く重たい声。


 

「さてな~……? つまらん話よ」

 答えるポックスの声は、内容に反して喜色が滲んでいた。


 その姿を茫洋と見ている様に見えたイル。

 彼女の手に、いつの間にか黒檀の弓が握られていた。

 

 イルは、その弓をするりとポックスへと向けると、未だ矢のつがえられていない弓を引き絞り、放った。

 

------ヒュワン!

 

 独特な音と共に、凄まじい力を感じる黒紅色の光が、弓より発せられた。

 そしてそれは、凄まじい速度で飛んでいき、ポックスを貫こうとした。

 

 ただし、これもポックスが何事か呟くだけで、霧消してしまう。

 

 ポックスは相変わらず、ニヤニヤと嗤いながらイルへと首を向ける。

「イルザーブ。それでは、届かないよ。」

 まるで幼子を宥め聞かせるように言った。

 

 イルはポックスに冷たい視線を送ると、「お父様……。」と呟いた。

 

「ゲハハハ」

「んーーー!!」


 今度はプレイグ、そして、コマがソォールに向かって、何かをしようと動いた。


 しかし、その間にカーズが、巨大な身体で割込み、視線を塞いでしまった。

 

「ギェギャハハハ! カーゼィ=アンカ! お前は今回もそっち側か!」

 プレイグは激笑する。

 そして、プレイグの前面に魔法陣が現れ、紫の突風がカーズに襲い掛かった。

 

 それは不浄の風、突風が通った後は、大地が腐敗し溶けて膿んだ。


「んーーー!!邪魔!」


 コマは不満そうに呻くと、蜘蛛の半身から糸を生成すると、それを巨大な杭に仕立て上げ、射出する。


 しかし、カーズの頑強な身体は、疫風や糸杭にもビクともせず、全てを跳ね除けた。


「おおおおう!! プレヴィオーグ! 無論よ! コマシネオロス、貴様の思い人は俺を倒した先におるぞ! さあ、闘争を始めるよう! んなははははは!!!」

 

 そう言うと、カーズは地面を殴る。

 すると、地面が地割れしプレイグ達を飲み込もうとし、二人は飛びのいて避けた。

 

 

 また、天高くから、低く荘厳な歌が響き渡る。

 



 アエテルヌムの地で神話の戦いが始まった。

 

 ソォールが、炎槍を空に投げると、槍は空中で分裂を繰り返し、ポックス目掛けて雨の様に降り注いだ。

 ポックスは、それを地中に潜って回避する。

 炎槍の雨を受けた地表は、余りの高温にガラス結晶化した。

 

 その地面から、硬質な魔力の槍が現れてソォールに襲い掛かる。

 ソォールは、軍馬を天空で巧みに操り、それを回避するが、突如地面からポックスが現れて、軍馬の足を捕えた。

 そこへ殺到する魔力の槍。

 

 しかし、すかさずイルの弓がポックスを襲う。

 イルの射撃は、質量を伴う熱線。

 

 ポックスは軍馬を離し、避ける。

 

 熱線が中空を通過し、上空の雲に、大きな風穴を開けた。


 

 プレイグの起こす疫風は、辺りで盛んに燃える炎さえも病に侵し、病毒の焔《ほむら》となってカーズに殺到する。

 しかし、カーズは大きく息をすうと、それを一喝。

 病毒の焔は掻き消え、それにより起きた突風は、地面を大きく抉り、プレイグに襲い掛かった。

 

 

 

 ヒューリは、今わの際とも呼べる状況で、正気を取り戻していた。

 

(天使様……。サルタン……。)


 戦争ですらない。

 

 ヒューリにとって、ほとんど狩りか、害獣駆除をするような感覚で獣人、小悪魔、それに組する人間を殺していった。


(獣人などハナから悪徳の存在、ましてや悪魔など……ああ! それと親し気に暮らしている人間のおぞましさよ!)


 ヒューリの心の中に、正気と、己が信仰によって憤する鬼が帰ってくる。


(だというのに……俺はあの時、ついに天使様を見つけたんだ……。そして、天使様を俺を……!!)


「……!」

 

 ヒューリは叫び声を上げたかった。

 しかし、喉から声は出て来ない。

 

(ああ……何故ですか天使様!? ……何故私をその様な目で見るのですか!?)


「……カッ……。」


 声の出ぬ代わりに出る。

 咳のような物と共に、自らの口から赤緑色の、鉛臭い液体が吐き出された。


「……ゼヒュー……。ゼヒュー……。」

 

 誰かに首を絞められているわけでもないのに、のどが絞まって、呼吸が苦しい。

 

 体が動かない。

 まるで、筋肉が萎《しぼ》んでしまったように、力が入らなかった。 

 ヒューリだけではない。

 

 

 ヒューリの隣に居たアドレーは、倒れこむ様に膝をつくと、自らの着込む、鎧の重さに耐えきれず、押しつぶされて、窒息した。

 まだ、若い騎士だった。

 正義感が強く、一部からは、煙たがられていながらも、直向きに職務を熟す若者であったと、ヒューリは記憶している。


(……何が?……何が?……。)

 吸い込める空気が足りていないのか、頭が回らず、所々うわ言の様に、同じ思考が繰り返された。



------バキ。ポキポキパキン。


 体の中から、骨の折れる音が聞こえた。



------ドサり。

 

 何かが倒れる音。


(……ああ、そうか。ベリドゥウ。)

 

 もう一人の、同僚の騎士が倒れる音であった。

 戦いの中で、留め金が壊れていたのか、倒れた拍子に、兜が転がり、顔が覗けるようになった。

 精悍であった男の顔は、今は紫の斑点に侵され、薄ぼんやりとした目は、朦朧として、締まりのない様子であった。


(毒か?)


 ヒューリ自らも、鉛臭い、おかしな血痰を吐き出している。

 身体の内側からおかしくなっている事は確実であった。

 

 プレイグの起こした疫病風の影響である。

 しかし、ヒューリにその事は解らない。


 ヒューリは、もう、遠く離れて行ってしまった悪魔達へと視線を移す。


 あの時、これが最後の悪魔かと、そう考えていた。

 この悪魔を倒せば、天使様も、おかしな洗脳から解き放たれて、真の意味で彼女を御救い出来る、と。

 

 だが、しかし、突如、悪魔達は姿を変えたのだ。

 ヒューリは悪魔達が追い詰められ、ついには本気を出したのだと思った。


------だというのに。

 悪魔達はヒューリ達に、少しも興味を示さず、各々で仲間割れを始めたのだ。


 凄まじい戦い。


------あんなものに初めから、参戦など出来まいよ。


 しかし、身体の動かぬヒューリは、逃げるでもなく、それを見ている事しか出来なかった。



(嗚呼……嗚呼……。サルタン……すまない……。逃げてくれ……。)

 

 

 先程の鉛臭い液体が、目や鼻、体のあらゆるから流れ出した。

 苦しい。

 しかし、動かない身体は悶える事すらも許さない。

 

 体中を病毒に侵され、彼はこの後、苦しみに苦しみ抜いて絶命する事になる。


 最期に彼の脳裏に浮かんだものは、友人への謝罪と、その安否であった。





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