「ポルコーグス!」
突如、ソォールの足元が地割れし、炎に覆われた灼熱の軍馬が飛び出してきた。
その軍馬は、ソォールにしがみつくコマを、その熱突風で弾き飛ばすと、ソォールを背に乗せて、嘶きながら天上へと駆けていった。
「思い出したかぁ!! ゾル・アトワン! ヒャハハハハハ!!」
それを見たポックスは、狂ったように嬌声を上げた。
そして、ポックスの身体が……いや、それ以外のイルやコマ、カーズ、プレイグ達の身体も、どんどんと変形していった。
其々《それぞれ》、形は違えど、それまで1m程であった背丈は、成長し、筋肉は盛り上がる。
とても、矮小で力の弱いインプという姿ではない。
ポックスは人身羊頭に蝙蝠の羽を背中に生やした。
コマは新しく4本の手足を生やし、蜘蛛の様な姿になった。
プレイグの身体はグズグズと溶け出し、不定の粘体質の姿になった。
カーズの身体は、それ以外と比べても大きく強靭に成長し、体長はすでに10mを超えている。
角が生え、隆々とした硬質な筋肉がその身体を支える、一角の黒曜巨人へと姿を変えた。
他4人が、正しく異形であるのに対して、イルのみは美しい天使の姿へと、その身を変貌させていた。
しかし、ネルフィリアや、アモルとは違う、肌は浅黒く、瞳と翼は、血の様に赤く染まった天使の形をした何かである。
各々の変形が落ち着いた頃、天から蒼の炎槍が、ポックスの身体へと真っすぐ飛来した。
ポックスはそれをひらりと避けると、羊頭《ひつじあたま》を歪《いびつ》にゆがめ、にたりと嗤った。
------~♪~♪
歌が降ってくる。
それは、勇壮でありながら、どこか怒りや、悲しみを感じる歌。
天から軍馬が下りて来た。
そこに跨っているのはソォールではない。
黒鉄の全身鎧に身を包み、顔は見えない。
左手には軍馬を操る手綱を持ち、右手には、その全身を蒼い炎が踊る槍を掲げている。
その者は、その掲げた槍を振り下ろす。
すると、槍の先端より、先ほどと同じ炎槍が出現し、再びポックスへと襲い掛かった。
だがポックスは、今度は、それを避けない。
何やらボソリと呟いたかと思えば、炎槍はポックスに当たる直前で、何かに阻まれ、その力を消失させた。
「行くぶりになるか……。」
鎧の中から声がする。
低く重たい声。
「さてな~……? つまらん話よ」
答えるポックスの声は、内容に反して喜色が滲んでいた。
その姿を茫洋と見ている様に見えたイル。
彼女の手に、いつの間にか黒檀の弓が握られていた。
イルは、その弓をするりとポックスへと向けると、未だ矢のつがえられていない弓を引き絞り、放った。
------ヒュワン!
独特な音と共に、凄まじい力を感じる黒紅色の光が、弓より発せられた。
そしてそれは、凄まじい速度で飛んでいき、ポックスを貫こうとした。
ただし、これもポックスが何事か呟くだけで、霧消してしまう。
ポックスは相変わらず、ニヤニヤと嗤いながらイルへと首を向ける。
「イルザーブ。それでは、届かないよ。」
まるで幼子を宥め聞かせるように言った。
イルはポックスに冷たい視線を送ると、「お父様……。」と呟いた。
「ゲハハハ」
「んーーー!!」
今度はプレイグ、そして、コマがソォールに向かって、何かをしようと動いた。
しかし、その間にカーズが、巨大な身体で割込み、視線を塞いでしまった。
「ギェギャハハハ! カーゼィ=アンカ! お前は今回もそっち側か!」
プレイグは激笑する。
そして、プレイグの前面に魔法陣が現れ、紫の突風がカーズに襲い掛かった。
それは不浄の風、突風が通った後は、大地が腐敗し溶けて膿んだ。
「んーーー!!邪魔!」
コマは不満そうに呻くと、蜘蛛の半身から糸を生成すると、それを巨大な杭に仕立て上げ、射出する。
しかし、カーズの頑強な身体は、疫風や糸杭にもビクともせず、全てを跳ね除けた。
「おおおおう!! プレヴィオーグ! 無論よ! コマシネオロス、貴様の思い人は俺を倒した先におるぞ! さあ、闘争を始めるよう! んなははははは!!!」
そう言うと、カーズは地面を殴る。
すると、地面が地割れしプレイグ達を飲み込もうとし、二人は飛びのいて避けた。
また、天高くから、低く荘厳な歌が響き渡る。
アエテルヌムの地で神話の戦いが始まった。
ソォールが、炎槍を空に投げると、槍は空中で分裂を繰り返し、ポックス目掛けて雨の様に降り注いだ。
ポックスは、それを地中に潜って回避する。
炎槍の雨を受けた地表は、余りの高温にガラス結晶化した。
その地面から、硬質な魔力の槍が現れてソォールに襲い掛かる。
ソォールは、軍馬を天空で巧みに操り、それを回避するが、突如地面からポックスが現れて、軍馬の足を捕えた。
そこへ殺到する魔力の槍。
しかし、すかさずイルの弓がポックスを襲う。
イルの射撃は、質量を伴う熱線。
ポックスは軍馬を離し、避ける。
熱線が中空を通過し、上空の雲に、大きな風穴を開けた。
プレイグの起こす疫風は、辺りで盛んに燃える炎さえも病に侵し、病毒の焔《ほむら》となってカーズに殺到する。
しかし、カーズは大きく息をすうと、それを一喝。
病毒の焔は掻き消え、それにより起きた突風は、地面を大きく抉り、プレイグに襲い掛かった。
ヒューリは、今わの際とも呼べる状況で、正気を取り戻していた。
(天使様……。サルタン……。)
戦争ですらない。
ヒューリにとって、ほとんど狩りか、害獣駆除をするような感覚で獣人、小悪魔、それに組する人間を殺していった。
(獣人などハナから悪徳の存在、ましてや悪魔など……ああ! それと親し気に暮らしている人間のおぞましさよ!)
ヒューリの心の中に、正気と、己が信仰によって憤する鬼が帰ってくる。
(だというのに……俺はあの時、ついに天使様を見つけたんだ……。そして、天使様を俺を……!!)
「……!」
ヒューリは叫び声を上げたかった。
しかし、喉から声は出て来ない。
(ああ……何故ですか天使様!? ……何故私をその様な目で見るのですか!?)
「……カッ……。」
声の出ぬ代わりに出る。
咳のような物と共に、自らの口から赤緑色の、鉛臭い液体が吐き出された。
「……ゼヒュー……。ゼヒュー……。」
誰かに首を絞められているわけでもないのに、のどが絞まって、呼吸が苦しい。
体が動かない。
まるで、筋肉が萎《しぼ》んでしまったように、力が入らなかった。
ヒューリだけではない。
ヒューリの隣に居たアドレーは、倒れこむ様に膝をつくと、自らの着込む、鎧の重さに耐えきれず、押しつぶされて、窒息した。
まだ、若い騎士だった。
正義感が強く、一部からは、煙たがられていながらも、直向きに職務を熟す若者であったと、ヒューリは記憶している。
(……何が?……何が?……。)
吸い込める空気が足りていないのか、頭が回らず、所々うわ言の様に、同じ思考が繰り返された。
------バキ。ポキポキパキン。
体の中から、骨の折れる音が聞こえた。
------ドサり。
何かが倒れる音。
(……ああ、そうか。ベリドゥウ。)
もう一人の、同僚の騎士が倒れる音であった。
戦いの中で、留め金が壊れていたのか、倒れた拍子に、兜が転がり、顔が覗けるようになった。
精悍であった男の顔は、今は紫の斑点に侵され、薄ぼんやりとした目は、朦朧として、締まりのない様子であった。
(毒か?)
ヒューリ自らも、鉛臭い、おかしな血痰を吐き出している。
身体の内側からおかしくなっている事は確実であった。
プレイグの起こした疫病風の影響である。
しかし、ヒューリにその事は解らない。
ヒューリは、もう、遠く離れて行ってしまった悪魔達へと視線を移す。
あの時、これが最後の悪魔かと、そう考えていた。
この悪魔を倒せば、天使様も、おかしな洗脳から解き放たれて、真の意味で彼女を御救い出来る、と。
だが、しかし、突如、悪魔達は姿を変えたのだ。
ヒューリは悪魔達が追い詰められ、ついには本気を出したのだと思った。
------だというのに。
悪魔達はヒューリ達に、少しも興味を示さず、各々で仲間割れを始めたのだ。
凄まじい戦い。
------あんなものに初めから、参戦など出来まいよ。
しかし、身体の動かぬヒューリは、逃げるでもなく、それを見ている事しか出来なかった。
(嗚呼……嗚呼……。サルタン……すまない……。逃げてくれ……。)
先程の鉛臭い液体が、目や鼻、体のあらゆるから流れ出した。
苦しい。
しかし、動かない身体は悶える事すらも許さない。
体中を病毒に侵され、彼はこの後、苦しみに苦しみ抜いて絶命する事になる。
最期に彼の脳裏に浮かんだものは、友人への謝罪と、その安否であった。
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