ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

晩春遊園会2

公開日時: 2022年11月9日(水) 16:15
文字数:3,415

 今、アニムは遊園会の最中、中庭を一望できるテラスに立って、その作庭を眺めていた。

 

 中庭の広さは、流石に野球場程とまでは行かないが、それに比類するだけの広大な大きさがある広場である。

 それを見下ろせるという訳だから、アニムの居るテラスは、相当高い所に作られた物であるという事であった。


 当初はアニムも下に居て、他の者達と共に花見をする予定であった。

 しかし、広大な庭に、アニムとその供回りだけが、ちょこんと行うのも物侘しい。


 また、花妖精の名誉挽回の意味合いとも合致しないとの声もあって、政府関係者や軍と、その家族と言った一般参加まで認めたのである。

 すると、あっという間に募集定員は埋まり、遊園会は非常に賑やかに行われる事が予想された。

 そこまでは、非常にいい事である。

 

 ただ、問題はそんなにヒトで賑わっている所へ、アニムを混ぜ込むのはどうなんだ、という事であった。

 当然、軍からは防犯上、近侍からは格式上、流石に相応しくないと”待った”がかかった。

 

 ゆえに、アニムは、この様な高い所に隔離されている訳である。


 アニムの役割は、初めに、挨拶と花妖精への感謝を述べただけであった。


(まあ……全体像は良く見えるけどな……。)

 仲間外れにされたようで面白くないアニムは、心の中でそう嘯いていた。


 アニムの見下ろす眼下には、沢山の人々がいて、咲き乱れる花々を大いに楽しんで観賞していた。

 今、此処に居るのはアニムとネルフィリアだけである。



「陛下、如何でしょうか?」

 ネルフィリアがアニムに声を掛けた。


 アニムとしては、感想を聞かれる事は、事前に予想出来てはいた。

 ただ、正直、庭に対して”ああ”だ、”こう”だと、論ずるだけの教養をアニムは持っていなかったのだ。

 かと言って、ただ思った通りに、「うん。綺麗である。」と告げるのでは、気の無い返答と取られて、ベスティアの二の前である。


(花一つ一つならともかく、ぶっちゃけ、西洋庭園は良く分からん……。実際にモノを見れば、なんか言葉が出てくるかと思ったんだけどなー。……まったく。)

 

 アニムは、お世辞の一つもひねり出せないのかと、自らを罵りながら、あれやこれと言葉を捏ね繰りますが、イマイチ気の利いた言葉が出てこなかった。

 そしていると、いい加減訝しんだネルフィリアが、アニムの顔を覗き込んできた。

 

 時間切れである。

 

 アニムはネルフィリアの方へ身体ごと向いた。


「もっと近くで見たかった。」


 困らせる事が解っていながら出て来たのは、色々な意味で、最も正直な言葉であった。


 ネルフィリアは、主の不満をひきつった笑みで受け流した。

 そして、流石というべきか、その二秒後には、

「この庭は陛下の為に捧げられた景色で御座います。会が終われば、陛下の御心次第で幾らでもご覧になる事が出来ます。今、この一時だけ、皆々にお与えください。」

 言って、ネルフィリアは、今度は自然な形で微笑んだ。

 

「……。」

 アニムは冷たい視線で、ネルフィリアをねめつけた。

 しかし、ネルフィリアは微笑んだ表情を張り付けたままである。



(何時俺が、この庭を独り占めしたいと言った!? ああ、いや、解っているさ。こいつは解ったうえで言っているのだろう!)


 アニムは、彼女が立場を考えろと、それを口にせずにアニムを一蹴し、アニムがこのまま黙っていれば、「陛下は殊の外、お庭を気に入ったご様子で、叶うならば、この景色を独り占めしてしまいたいと仰っておりました。」等と吹聴して回る気なのだろうと勘ぐっていた。

 

 それで、花妖精の面目は保たれる。

 

 これはアニム想像であって、事実はどうか解らない。

 しかし、想像すれば、ますます在りそうに思える。

 そして、半ば確信を持ったアニムは「ふん。」と鼻を鳴らした。

 

 自分の意志を却下された上で、自分の知らぬ所で、物事が丸く収められたのが面白くなかった。

 

 アニムとネルフィリア。

 彼等が主従となって、3年以上の歳月が流れていた。

 初めの一年以上はお互いの事も良く分からず、気を使い合うような固い関係であった。

 しかし、今はどうか。

 アニムと言う青年は、本人は気付いていないが、気を許した相手には、存外子供じみた振る舞いをする男であった。

 



「? ……陛下? 何か御座いましたでしょうか?」


 白々しいネルフィリアに、アニムは口を尖らせて、また、中庭へと向き直ってしまった。


 4拍、5拍ほど時間をおいて、不貞腐れた声がネルフィリアの耳に届いた。


「あれらがどの様な花なのか、細かい所まで見えんのだ。どういった庭なのか、誰が説明してくれるんだ?」


 ネルフィリアは口元に手を当て、笑みを深めた。

  

 


「私が存じ上げております。」

 ネルフィリアの声が、不自然な所で弾むが、アニムは気付かないふりをした。

「そうか。」


 アニムは庭の方を向いたままである。

 しかし、それでもアニムが、しっかりと聞く体制になったのを、ネルフィリアは感じ取って説明を始めた。



「今回の作庭に使われた花は、20種類ほど、ムラサキヒザイヤ、アカプルカ等が使われております。」

 

 最近、少しわかる様になってきた。

 しかし、未だ異世界の花の名前など言われても、殆どさっぱりなアニムは、適当に相槌を打って、解る所だけを理解しようとした。



「ハシミナツの仙者様から助言をいただきまして……。」


 仙者とは、卜占などの占いや、予言などを行う者の総称であり、ハシミナツは花をつける樹木である。

 恐らく、ハシミナツの樹霊か妖精の占いを、助言として取り入れたという事であろうと、アニムは理解した。


「仙者様曰く、今年の夏は、『南より、竜降りて、狼と隼の使者、しんこうよりあらわる。あしきははれて、果てはながき旧友と再会するであろう』との事でして。」


(……は?)


「作庭にはドラゴンと狼、隼を主軸にそれを飾るような形にさせていただきました。」


 言われて見下ろしてみれば、確かに花で形作られている竜と狼と鳥がいた。


(……。)

 アニムは、それを時間をかけて、ゆっくりと眺める。

 しかし、そこから読み取れるものは無かった。


 今回の占い。

 占いとはそういう物なのかも知れないが、イマイチハッキリしない物である。


 アニムは、自身に対する占い等、特に信じるでもない性質である。

 しかし、国という物においては、物事の機運、時の巡り合わせという物が大事にされることは、良く分かっていた。

 

 アニムが気にしている事は、占いの中に会った『あしき』という単語である。

 これは、国としても、アニム個人としても重要な単語であった。

 

「その占いは、何が起こると言っているんだ?」

 

 アニムの問いに、ネルフィリアは困ったように答えた。

「占いは解釈と結果論の世界ですので……正直な所、仙者様も、それは解らないとおっしゃられます。」

 

「んっ……ん……そうか。」


 なんだそれは、と言いかけて、アニムはそれを口の中に封じ込めた。

 言っても詮無いことである。

 

(神がいる世界であっても、占いの立ち位置とはそんなものなのか……。いや、そういえば、EOEの物語の中でも、占いを行って、その結果によって決起を起こすシナリオがあったはずだ。あの時は誰が、占い師にお告げを与えたんだ? 精霊か? )

 

 暫くあれやこれと物思いにふけっていた。

 ただ、ネルフィリアはその沈黙に気まずさを覚えたのか、


「悪しきはれてと有りますし、何か有事が控えているのかも知れませんが、恐らくそれを越えて、良き方に向かう……というのが仙者様や私たちの解釈で御座います。」

 と推測を口にした。


 しかし、それはアニムが聴きたかった言葉でもあった。

 アニムの顔から表情の一切が抜け落ちる。

 それから、大きく目を見開いて、ネルフィリアの方を凝視した。

 

「あしきは、悪しき、悪い物という解釈で良いのだな?」


「は、はい。皆、その様な考えで一致しております。」

 アニムの突然の変化に、ネルフィリアは驚き、しかし、それを肯定した。


「そうか。」

 アニムはふっ、と小さくため息をついて、安堵の表情した。

 そして、すぐに首を振ると、苦みのある表情を浮かべた。


「驚かせて、すまない。」


「いえ……どうかなされました?」

 常日頃から、アニムを見ているネルフィリアから見ても、アニムの反応は平時に見られる物とは大きく異なっていたし、国の吉兆だけを案じている様にも見えなかった。

 

「いや、身から出た錆なのだ。」

「?」


 アニムは自嘲の笑みを浮かべる。

 それから、ネルフィリアの目を見た。


「なあ、ネルであれば、邪悪と言うものと、どう付き合っていく?」


 ネルフィリアは眉を上げた。


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