今、アニムは遊園会の最中、中庭を一望できるテラスに立って、その作庭を眺めていた。
中庭の広さは、流石に野球場程とまでは行かないが、それに比類するだけの広大な大きさがある広場である。
それを見下ろせるという訳だから、アニムの居るテラスは、相当高い所に作られた物であるという事であった。
当初はアニムも下に居て、他の者達と共に花見をする予定であった。
しかし、広大な庭に、アニムとその供回りだけが、ちょこんと行うのも物侘しい。
また、花妖精の名誉挽回の意味合いとも合致しないとの声もあって、政府関係者や軍と、その家族と言った一般参加まで認めたのである。
すると、あっという間に募集定員は埋まり、遊園会は非常に賑やかに行われる事が予想された。
そこまでは、非常にいい事である。
ただ、問題はそんなにヒトで賑わっている所へ、アニムを混ぜ込むのはどうなんだ、という事であった。
当然、軍からは防犯上、近侍からは格式上、流石に相応しくないと”待った”がかかった。
ゆえに、アニムは、この様な高い所に隔離されている訳である。
アニムの役割は、初めに、挨拶と花妖精への感謝を述べただけであった。
(まあ……全体像は良く見えるけどな……。)
仲間外れにされたようで面白くないアニムは、心の中でそう嘯いていた。
アニムの見下ろす眼下には、沢山の人々がいて、咲き乱れる花々を大いに楽しんで観賞していた。
今、此処に居るのはアニムとネルフィリアだけである。
「陛下、如何でしょうか?」
ネルフィリアがアニムに声を掛けた。
アニムとしては、感想を聞かれる事は、事前に予想出来てはいた。
ただ、正直、庭に対して”ああ”だ、”こう”だと、論ずるだけの教養をアニムは持っていなかったのだ。
かと言って、ただ思った通りに、「うん。綺麗である。」と告げるのでは、気の無い返答と取られて、ベスティアの二の前である。
(花一つ一つならともかく、ぶっちゃけ、西洋庭園は良く分からん……。実際にモノを見れば、なんか言葉が出てくるかと思ったんだけどなー。……まったく。)
アニムは、お世辞の一つもひねり出せないのかと、自らを罵りながら、あれやこれと言葉を捏ね繰りますが、イマイチ気の利いた言葉が出てこなかった。
そしていると、いい加減訝しんだネルフィリアが、アニムの顔を覗き込んできた。
時間切れである。
アニムはネルフィリアの方へ身体ごと向いた。
「もっと近くで見たかった。」
困らせる事が解っていながら出て来たのは、色々な意味で、最も正直な言葉であった。
ネルフィリアは、主の不満をひきつった笑みで受け流した。
そして、流石というべきか、その二秒後には、
「この庭は陛下の為に捧げられた景色で御座います。会が終われば、陛下の御心次第で幾らでもご覧になる事が出来ます。今、この一時だけ、皆々にお与えください。」
言って、ネルフィリアは、今度は自然な形で微笑んだ。
「……。」
アニムは冷たい視線で、ネルフィリアをねめつけた。
しかし、ネルフィリアは微笑んだ表情を張り付けたままである。
(何時俺が、この庭を独り占めしたいと言った!? ああ、いや、解っているさ。こいつは解ったうえで言っているのだろう!)
アニムは、彼女が立場を考えろと、それを口にせずにアニムを一蹴し、アニムがこのまま黙っていれば、「陛下は殊の外、お庭を気に入ったご様子で、叶うならば、この景色を独り占めしてしまいたいと仰っておりました。」等と吹聴して回る気なのだろうと勘ぐっていた。
それで、花妖精の面目は保たれる。
これはアニム想像であって、事実はどうか解らない。
しかし、想像すれば、ますます在りそうに思える。
そして、半ば確信を持ったアニムは「ふん。」と鼻を鳴らした。
自分の意志を却下された上で、自分の知らぬ所で、物事が丸く収められたのが面白くなかった。
アニムとネルフィリア。
彼等が主従となって、3年以上の歳月が流れていた。
初めの一年以上はお互いの事も良く分からず、気を使い合うような固い関係であった。
しかし、今はどうか。
アニムと言う青年は、本人は気付いていないが、気を許した相手には、存外子供じみた振る舞いをする男であった。
「? ……陛下? 何か御座いましたでしょうか?」
白々しいネルフィリアに、アニムは口を尖らせて、また、中庭へと向き直ってしまった。
4拍、5拍ほど時間をおいて、不貞腐れた声がネルフィリアの耳に届いた。
「あれらがどの様な花なのか、細かい所まで見えんのだ。どういった庭なのか、誰が説明してくれるんだ?」
ネルフィリアは口元に手を当て、笑みを深めた。
「私が存じ上げております。」
ネルフィリアの声が、不自然な所で弾むが、アニムは気付かないふりをした。
「そうか。」
アニムは庭の方を向いたままである。
しかし、それでもアニムが、しっかりと聞く体制になったのを、ネルフィリアは感じ取って説明を始めた。
「今回の作庭に使われた花は、20種類ほど、ムラサキヒザイヤ、アカプルカ等が使われております。」
最近、少しわかる様になってきた。
しかし、未だ異世界の花の名前など言われても、殆どさっぱりなアニムは、適当に相槌を打って、解る所だけを理解しようとした。
「ハシミナツの仙者様から助言をいただきまして……。」
仙者とは、卜占などの占いや、予言などを行う者の総称であり、ハシミナツは花をつける樹木である。
恐らく、ハシミナツの樹霊か妖精の占いを、助言として取り入れたという事であろうと、アニムは理解した。
「仙者様曰く、今年の夏は、『南より、竜降りて、狼と隼の使者、しんこうよりあらわる。あしきははれて、果てはながき旧友と再会するであろう』との事でして。」
(……は?)
「作庭にはドラゴンと狼、隼を主軸にそれを飾るような形にさせていただきました。」
言われて見下ろしてみれば、確かに花で形作られている竜と狼と鳥がいた。
(……。)
アニムは、それを時間をかけて、ゆっくりと眺める。
しかし、そこから読み取れるものは無かった。
今回の占い。
占いとはそういう物なのかも知れないが、イマイチハッキリしない物である。
アニムは、自身に対する占い等、特に信じるでもない性質である。
しかし、国という物においては、物事の機運、時の巡り合わせという物が大事にされることは、良く分かっていた。
アニムが気にしている事は、占いの中に会った『あしき』という単語である。
これは、国としても、アニム個人としても重要な単語であった。
「その占いは、何が起こると言っているんだ?」
アニムの問いに、ネルフィリアは困ったように答えた。
「占いは解釈と結果論の世界ですので……正直な所、仙者様も、それは解らないとおっしゃられます。」
「んっ……ん……そうか。」
なんだそれは、と言いかけて、アニムはそれを口の中に封じ込めた。
言っても詮無いことである。
(神がいる世界であっても、占いの立ち位置とはそんなものなのか……。いや、そういえば、EOEの物語の中でも、占いを行って、その結果によって決起を起こすシナリオがあったはずだ。あの時は誰が、占い師にお告げを与えたんだ? 精霊か? )
暫くあれやこれと物思いにふけっていた。
ただ、ネルフィリアはその沈黙に気まずさを覚えたのか、
「悪しきはれてと有りますし、何か有事が控えているのかも知れませんが、恐らくそれを越えて、良き方に向かう……というのが仙者様や私たちの解釈で御座います。」
と推測を口にした。
しかし、それはアニムが聴きたかった言葉でもあった。
アニムの顔から表情の一切が抜け落ちる。
それから、大きく目を見開いて、ネルフィリアの方を凝視した。
「あしきは、悪しき、悪い物という解釈で良いのだな?」
「は、はい。皆、その様な考えで一致しております。」
アニムの突然の変化に、ネルフィリアは驚き、しかし、それを肯定した。
「そうか。」
アニムはふっ、と小さくため息をついて、安堵の表情した。
そして、すぐに首を振ると、苦みのある表情を浮かべた。
「驚かせて、すまない。」
「いえ……どうかなされました?」
常日頃から、アニムを見ているネルフィリアから見ても、アニムの反応は平時に見られる物とは大きく異なっていたし、国の吉兆だけを案じている様にも見えなかった。
「いや、身から出た錆なのだ。」
「?」
アニムは自嘲の笑みを浮かべる。
それから、ネルフィリアの目を見た。
「なあ、ネルであれば、邪悪と言うものと、どう付き合っていく?」
ネルフィリアは眉を上げた。
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