ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

薄暮の悪魔

公開日時: 2022年11月5日(土) 16:15
文字数:1,404

 修道女のイルマは、朝から忙しく走り回っていた。

 

 修道女といっても、実のところ、正式な物ではない。

 もともと彼女は、ここより西の国の出であった。

 あまり、人には言えぬ諸事情で、その地に居られなくなり、父と二人、この地の廃教会に流れてきた放浪者であった。

 不誠実な二人、当然ろくに神など信じてはいない。

 

 

 大陸でもっとも豊かなこの国には、様々な種族や人々が訪れ暮らしていた。

 聖職者としてのボロが出ても、真面目な振りをしながら、私はどこどこの出身なので……そこでは、こうなんですよ。

 それならば、後学の為、貴方の国の作法を教えていただいてもよろしいでしょうか。

 そう言えば、訝しみながらも、そうなのか? と少なくとも、今までは誤魔化せてきた。

 

 

 現在、イルマはインチキ神父をやっている父に言われ、教会の掃除をしていた。

 今日はこれから、遊牧民の結婚式をするのだという。

 

 料理や進行などはこっちでやるから、場所だけを貸してほしいという事らしい。

 

 イルマとしては、楽でオイシイ話である。

 

 遊牧民って野原で結婚じゃないの? というのはイルマの勝手な偏見である。

 しかし、彼らも婚姻の際には、自らの神を前に婚姻の宣誓をするのだ。

 

 ただ、他とは少し形が違っており、それを彼ら自身が深く理解している。

 

 場所だけ貸してほしいというのは、そういう事だ。

 

 粗方掃除を終えた頃、外がざわざわと騒がしくなってきた。

 

 

 何とか間に合った。イルマはそう、安堵する。

 

 

「イルマ」

 イルマを遠くで父が呼ぶ。

 

 ------大事な、大事な結婚式だ。汚い所でお招き出来ないだろう? だから掃除をしておくれよ。


 そう言って、イルマに掃除を命じた後、自分は何をしていたのやら。

 

 

 我が父ながら、まるで結婚式が失敗してほしいとでも思っていそうな、シニカルでいやらしい笑みが不快であった。

 

(そんなんだからママに逃げられるのよ……。)

 イルマは、もはや顔も覚えていない母に共感を覚えた。

 

 

 

 父、ポルスに言われてイルマは厩へと行った。

 この辺りの周辺国では、婚姻も葬儀も大勢で行い、喜びと悲しみを共有する。

 故に教会は大人数で利用されることを、予め想定され、かなりの大きな厩が併設されていた。

 

 父曰く、そこへ行って挨拶をして来いというのだ。

(なにそれ……。)

 

 どういう風の吹き回しか。

 場所だけ貸してくれと言うのだから、掃除だけして綺麗にした後は、空気の様に徹していれば良いではないか。

 

 イルマは内心でそんな事を、ぶつくさと言いながら厩へと入っていった。

 

 

 沢山の人々がいる。

 厩で荷を下ろし。彼らの正装だろうか、その場で着替えようとしている者もいた。

 教会には着替えのための部屋も用意してある。

 

 そういう者たちに、すっと近づくと、「本日はおめでとうございます。」と朗らかに挨拶し、控室の場所を案内して回った。

 

 

 そうしているうちに、今日の主役なのだろうか。

 イルマは、ひと際立派な衣装に身を包んだ青年と出会った。

 

 赤く日焼けした肌に、短く刈り込んだ髪と、堀の深い精悍な顔に少し濃い目の眉からは、真面目さと意志の強さを感じられた。 

 

 

 何故だろうか。

 イルマは、一目見て、彼から目を離せなくなった。

 

「あ……あの、えと。……私、この教会の修道女、イルマと申します。ほ、本日はおめでとうございます。」

 

 心なしか、言葉がすんなり出て来ない。

 

 それに対して、青年はイルマを真っすぐ見据え、静かに答えた。

 

「ありがとう。……ソル。……ソル・アーガストだ。」


 

            薄暮の悪魔、産声の愛娘 了

                  

 

 

 

 

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