これは、ヘリクレイドの森の話だ。
ヘリクレイドの森は、森とは名ばかりの大樹海で、小さきは凶悪な毒を持った軍隊アリから、大きは果てまで届く地竜まで、人の絶望なら何でも存在する、深淵に最も近い森であった。
これは、ほんの数年前、そこには、大狼がいた。
体長20mを超える母狼だ。
この狼の銀毛は、彼女に対する全ての悪意を退け、その牙はどんな物でも貫く。
その爪は世界を切り裂き、強靭な足はひとっ跳びで大海を越える。
彼女は、そんな伝説をもっていた。
母狼は、5匹の子供を産み落とした。
5匹のうち、4匹は母と同じ、狼の体毛に強い爪、牙を授かった。
ただし、残りの一匹は残念な事に、母の姿には似ても似つかない。
体毛は中途半端に頭の一部にだけ、爪は丸く、歯も平かった。
だというのに、せめてもの、逃げるための足も遅いのだ。
故に母狼は、彼を諦めた。
この地は過酷なヘリクレイド、身を守る事の出来ぬ者は、次の瞬間には、他の者の糧になる定めの地。
母狼は、出来損ないの彼を、自らの巣穴より放り出した。
哀れな出来損ない。
しかし、母が諦めても、彼を見捨てない者達が居た。
彼の同胞《はらから》達だ。
弟の肌が柔いのならば、俺が弟の体毛となろう。
この子の爪が丸いなら、私が彼の爪となります。
兄の牙が平たいなら、代わりに僕が噛み穿とう。
兄さんの足が弱いなら、代わりにアタシが乗せて走ればいいわ。
彼の傍には常に、4匹が寄り添った。
5匹は母の元を離れ、森の中で懸命に生きていくのだ。
後に、一人の傭兵が、この森を訪れる。
そして、彼等はその傭兵について、この森から旅立っていったという。
吟遊詩人カッツェの歌曲より
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