今まで、毎日、ゼイリアの身体に得体の知れぬ薬を打ち込んでは、何やらブツブツと呟いて、彼女の苦しむ姿を記録していた男たち。
彼らはこの日、姿を現さなかった。
この牢は地下にあり、朝なのか夜なのか、視覚からの情報では、何も得る事が出来なかった。
ただ、牢を閉じる扉に空いた小さな窓、そこから差し入れられる”一人分”の食事の回数から、恐らく夜であるとゼイリアは推測した。
無論、実際の所は解ろうはずもなく、解ったところで何かを得られる訳でもない。
一人分の食事は本来であれば、ゼイリアは我慢し、アモルに全て差し出す所。
しかし、それを許すアモルではなかった。
食事はゼイリアとアモル、二人で分け合って食べた。
そうして、暫くするとアモルが眠気を言い出して……。
牢の中は陽の光が差し込まぬせいか、少々冷える。
せめてもと、ゼイリアはアモルの頭の下に、自らの残された右腕を差し入れ、抱きしめる様に腕を巻き付けた。
アモルは、それを嬉しそうにすると、泣き疲れもあったのだろう。
すぐに、眠ってしまった。
すーっ、すーっと小さく可愛らしい寝息が聞こえる。
ゼイリアは、アモルを腕に抱きながら、
10年前、結ばれてたった2年でこの世を去った夫との間。
子供を作れていれば、これくらいか、もう少し小さい位の娘か、息子がいたかも知れない。
そんな事を考えた。
そして、そう思うとゼイリアにとって、アモルは崇拝すべき対象でありながらも、愛おしさを覚え、同時に自分の事などは兎も角、アモルに対する無礼で恥を知らない首都のカテドラル派による行いが、情けなく、再びの怒りを燻《くゆ》らせる事となった。
ただ、今はゼイリアの腕の中にはアモルがいる。
下手に、身体に力を入れるわけにもいかなかった。
ゼイリアは落ち着くために深呼吸を、静かにひとつ。
アモルの身体から香る、太陽の香りに心を落ち着かせた。
そうして、暫くすると、ゼイリアも眠くなり始める。
うつら、うつら、意識が落ち着こうとした時。
ゼイリアは異変に気付いた。
アモルの呼吸が止まった。
(?)
つい、今し方まで、アモルの鼓動はとくん、とくんと規則正しく、ゼイリアの胸を可愛く叩いていた。
しかし、今は何も感じる事が出来ない。
ゼイリアは不思議に思った。
しかし、そんなゼイリアの事はお構いなしで、異変は進む。
今度は、どんどんとアモルの身体が、冷たくなっていくのだ。
ポカポカと暖かかったアモル、それが、湿り気を帯びた布の様に、冷たく感じられた。
ゼイリアの気は焦り、しかし、ゆっくりと身体を起こし、アモルの様子を覗き込んだ。
そこに、ゼイリアは見た。
牢の中は、アモルの設置した魔法の力によって、明るいままを保っていた。
アモルの美しかった銀の髪は、黒々とした色へと変わり、血色の良い肌は、血の通わない青へと変わっていた。
そして、感情を映さない瞳を大きく開き、ゼイリアの事をじーっと見つめている。
「ひっ!?」
ゼイリアは突然の事に驚いた。
「……だれ?」
アモル?が口を開いた。
そして、その拍子に、その歯ぐきから、つつつと血が流れた。
それはまるで、人を食らう人食いの口の様である。
(アンデット!?)
咄嗟にゼイリアは、それ程広くもない牢の中で、飛びのいた。
------ガツ。
飛びのいた影響で、アモル?は牢の床に、音を立てて頭を打ち付けた。
ゼイリアはいけない、と、思いつつも、如何したら良いのか解らず、飛び引いて以降、身体が動かなくなっていた。
「……痛い……。」
アモル?は頭をダランと下げながら、起き上がってきた。
床にピチャリと、血の雫が垂れ落ちた。
非常に近い距離。
ここが牢の中でなくとも、この近さで襲われてしまえば、非力なゼイリアに然したる抵抗は難しい。
どうして、こうなってしまったのか。
ゼイリアは頭を下げて、本来、両の手を組むところ、残された右手のみを胸の前に握り、必死に祈った。
「ああ、何故ですか?アモル様。私が一体何をしたと言うのでしょうか……?」
この期に及んでも、ゼイリアが祈る相手はアモルであった。
ゆらり、ゆらりとアモル?が近づいてくる。
「ひっ……ひっ……ひっ……。」
-----生きながら食われるのか。恐ろしい。
ゼイリアは恐怖で呼吸が荒く、短くなる。
アモル?が顔を上げ、なにやら口の中を、もちゃもちゃと動かす。
そして、渇きにやられた喉で、
「血、とかない? 最悪、小水でも良い。」
「え?」
ゼイリアは固まった。
「お腹減った。栄養不足で歯ぐきから自分の血が出た。」
そういう、右の手で、彼女は自らの頬をくいっと持ち上げる。
確かに彼女の言うように、歯と、歯ぐきの間を薄っすらと血が滲んでいた。
先程、流れていた血はこれだ。
「え?」
未だ、現実に帰って来れていないゼイリア。
その様子を見たアモル?は呆れ果てた様に唇を尖らせて、鼻からふんっと、強く息を吐いた。
「もういい。勝手に貰う。」
先程までの緩慢な動きではない。
すっと、ゼイリアの顔に自らの顔を近づけた。
くりっとした大きな瞳に、すこし薄い唇。
ゼイリアが近づいてくる顔をよく見れば、それぞれのパーツは、アモルの”それ”と同じであるが、どこか大人びて見えた。
そして、それまでは半覚醒なうえに、元々の血色も悪いため、イマイチ映えなかった彼女の全身が、淡く発行している事に気付く。
(綺麗……。)
鼻と鼻が触れ合うほどに近くまで、彼女の顔が迫ってくる。
------チュ
「ん゛!?」
唇同士が合わさり、ゼイリアの口内に舌が入り込んで来た。
何処か、鉄臭い味のする舌。
なんとか抵抗しようとするも、思っていたよりも力が強いうえに、ゼイリアは片腕。
いいように蹂躙を許してしまった。
ゼイリアの主観で10数秒。
散々に舐りまわした後は、ゼイリアの唇にプツリと穴を開けると、そこから血を吸いだした。
痛みはない。
しかし、何処か背徳的なこの状況に、聖職者として、胸が痛んだ。
「……ありがとう。私とあの子は、身体を共有している様に見えて、そういう訳じゃない。」
満足したのか、ゼイリアから顔を離した。
しかし、ゼイリアは曖昧にうなずく事しか出来ない。
「私、ティ。貴方は?」
ティ。
それは、アモルがゼイリアに話していた、彼女の姉と同じ名前であった。
ゼイリアは、アモルが姉に会えないその訳を知った。
※UC日輪の天使アモル 光光① 天使
飛行
場に出たとき、あなたは3点ライフを得る。
ターン終了時に、墓地に月光の天使ティがある場合、日輪の天使アモルを生贄に捧げ、月光の天使ティを場に戻す。
3/3
※UC月光の天使ティ 闇闇① 天使・アンデット
飛行
場に出たとき、対象の対戦相手は3点のライフを失う。
ターン終了時に、墓地に日輪の天使アモルがある場合、月光の天使ティを生贄に捧げ、日輪の天使アモルを場に戻す。
3/3
「ゼイリアです……。」
ゼイリアが答えると、ティは女の身であっても見惚れてしまう様な、美しい笑顔を見せた。
「そう、本当はここに来た時も意識はあった。でも、2度寝した。前から数えて5日も食べてなかったから助かった。」
相変わらず、何を言っているのか解らない。
ただ、それは兎も角、少し落ち着きを取り戻したゼイリア。
すでに一度、結婚を経験した身であり、婚期の早いこの国で、自らを乙女と語る気はゼイリアには無い。
しかし、何故あの様な、ふしだらな行為に及んだのか、ゼイリアは少し叱責する様に問いただした。
それに対してティは、
「私の栄養。跡になるし、もったいない。」
と答えた。
「……。」
「……。」
終わりらしい。
「そうですか……。」
ゼイリアは彼女との意思疎通を諦めた。
敢えて、補足するのであれば、
------ティは体液に含まれる魔力を栄養としている。しかし、良くある吸血鬼の様に、肩や首は、歯を突き立てた際に痛みを伴い、跡に残ってしまう。また、誤って動脈を傷付けてしまった場合、血が噴き出てしまい、吸収しきれずもったいない。
となる。
ティの過程や説明をすっ飛ばした話し方は、ゼイリアをこの後々にまで、困惑させることになった。
ティは辺りをきょろきょろと見渡した。
「私、どうしてここにいるの? ゼイリアは犯罪?」
カードにはターン終了時とある。
しかし、どういう訳か、アモルとティは、日没と、そして夜明けに、入れ替わった。
そして、彼女が先ほど言ったように、身体を共有しているわけではなく、記憶や意識にも同じことが言えた。
なお、ティが回復魔法を得意としている、という事は無い。
場に戻る際に、身体がクリーンアップされている、というだけであった。
「ち、違います!」
ゼイリアは心外であると、これまでの己と、アモルの経緯をティに訴えた。
そして、話を聞いたティは、不愉快そうに眉を顰めた。
「理不尽。」
この時、ゼイリアは、自らの境遇について、言われたのかと考えた。
しかし、実際はアモルがやらかすと、自分も一緒に逮捕されてしまうことへの不満を言っただけである。
「あの子、日輪の天使アモル。私、月光の天使ティ。月が昇れば陽は沈む。陽が昇れば、月は沈む。」
「?」
唐突な話にゼイリアは再び困惑した。
「ただし、月と太陽が重なる、その日以外はね。」
「その……、重なると、どうなるのですか?」
ゼイリアは問う。
なお、この世界には未だ、日食と月食を含め、天体に関する知識はあまり普及していなかった。
ティはまた、ゼイリアにニコリと美しく微笑む。
そして、それには答えず、牢の扉を見つめた。
「このくらい愚妹でも。」
一転、そう忌々し気に言うと、彼女の指先が青く光り、その光は長い爪を形作った。
そして、ティが指をふる。
扉の蝶番が静かに切り裂かれた。
「私たちは犯罪者じゃない。どっか知らない?」
自分たちが犯罪者じゃないなら、ここから出て、何処かに隠れましょう? どこか知らない?
そういう意味である事を、今回、幸いにもゼイリアは理解する事が出来た。
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