時は戻り、夜、スカリオン軍、本営。
神殿騎士による侵攻以降の一連の流れ。
そのほとんどの情報は、元老、それも、カテドラル派の者のみが握っており、他には流れないようになっていた。
だから、今回参戦している将達は、東を勝手に占拠している蛮族達が邪法により悪魔の力を宿した。
そして、それらは獣人を使役し、天使様はそこに囚われているのだ。
その様な形でしか、情報が与えられていなかった。
スカリオンには中央国軍と、地方を守る国軍、それとは別に神殿騎士や暗浪騎士(インデジネス派の私設騎士団)がいた。
その中で今回の出陣は、中央の命令ですぐに動ける、中央国軍だけで編成されていた。
普通であれば、各将である者は、中央の有力者であり、それぞれに配下がいて独自に情報を集めていた事であろう。
ただ今回は、教皇を中心に兎角急ぎ、時間が無かった。
また、教皇自らが出陣している事もあってか、捨て駒にされる様なおかしな出陣にはなるまい……と、それ程、突っ込んだ話にはならなかったのだ。
そして、それが大きな災いを呼ぶことになった。
そもそも、教皇ハイネンは国軍が消耗された所で、何とも思ってはいない。
それどころか、その方が天使昇華の価値が上がるとすら、考えているくらいであった。
結果、ろくに情報も無いまま、闇燦師団の、種族的な統一感も無い、一筋縄ではいかない異業種たちを相手に肉体的にも、精神的にも大きく疲弊、消耗する事になってしまった。
出した被害も、ミコ・サルウェ軍の4倍以上だ。
それは将たちにとって、大きな不満となった。
「教皇猊下。先には、あなた方、カテドラルの神殿騎士が先遣を務めたと聞いている。であるならば、もう少し情報をお持ちであったのではないか?」
ひょろりとした背格好の中年男が、ハイネンに対して、詰問を投げかけた。
彼等は其々、神、そして、その僕である天使に仕えている。
故に教皇が国のトップであるとは言え、国の性質上、忠誠心などと言う物はなく、その目には、明らかな不審の色が浮かんでいた。
(本当の事を教えたとして、お前たちが付いてくるモノかね?)
「申し訳ない。私の所へ入った情報も、人間と獣人達が主であるという話で合ったのだが……。」
ハイネンは、内心では男を馬鹿にしつつも、しおらしく情報の錯誤を詫びて見せた。
そして、
「しかし、卿らよ。ただの人間や獣《けだもの》に天使様が囚われる訳もない。恐らく、それは如何《どう》やら、悪魔達の隠れ蓑であったのであろう。その証拠に、我らにその所業を暴かれて、姿を現したでは無いか。奴らは焦っている! であれば、我らのすることは変わるだろうか!? いや、今こそ団結し、我らの力で天使様を解放しようではないか!?」
初戦を大敗で飾りながらも、ハイネンは開き直って、その様に演説して見せた。
「そういう問題ではありますまい。」
しかし、男は誤魔化されなかった。
男の名はトルニス。
トルニスの中には、恐怖があった。
日中の戦いで、彼は腹心をなくしている。
腹心は非常に優秀な男で、長く、そして良く仕え、トルニスも彼を信頼していた。
しかし、その腹心は彼の目の前で、頭を弾けさせ絶命したのだ。
遺体を持ち帰り、弔う事、それ自体は出来る。
ただし、頭が無くなってしまった以上、本人かどうか……彼の家族は納得するだろうか。
(納得など出来るものか!)
何より、トルニスが納得できなかった。
本当は何処かで生きているのではないか、そうであるなら、そうあってほしい。
如何したら、この様な死に方が出来るのか?
嫌だった。
同じ”死”に向かうにしても、この様な惨《むご》い死に方はしたくない。
トルニスがその衝動に突き動かされ、ハイネンに詰め寄ろうとした。
しかし、トルニスとハイエンの間に、一人の老人が割って入った。
「アドミラル殿……。」
トルニスは白髪長身の老人、アドミラルの顔を見て、はっと我に返った。
数秒、トルニスは悲し気にアドミラルを見つめる。
そして、自らを恥じる様に下を向き、俯《うつむ》いた。
それでも、アドミラルはトルニスの顔をじっと見る。
けして、その表情は険しくない。
何処か、痛ましげですらあった。
「トルニス殿……。落ち着かれましたかな?」
アドミラルの低く、落ち着いた声が周囲に響いた。
「教皇猊下の言われる事。もっともである。我々の生活している、そのすぐそばで、悪魔が巣くっていた……。この脅威だけでも、決して放置は出来ますまいよ?」
「む……。」
アドミラル=メッサーノーツ。
彼はカテドラル派の名家に生まれた。
今は丸くなったが、昔は性格の強《こわ》い男であり、家からは出奔し、飛び込む様に軍へ入った。
そして、彼は自らの腕っぷしのみで伸し上がり、将軍職まで上り詰めるのだ。
誰に蔑まれても、アドミラルにだけは失望されたくないと言わしめる国軍の英雄。
そして、出奔したとはいえ、産まれの事実は変えられず、結果、その家を無視できないカテドラル派からも、インデシネス派からも一目以上を置かれる。
インデシネス派の古き戦人であった。
トルニスや、不満を持つ他の将達も、アドミラルにそう言われては黙るほかはなかった。
アドミラルは周囲を見渡した。
「お歴々方、動揺してはなりませんぞ。すでに戦は始まっているのです。今は明日。どのように勝つか。そのことを話し合わねばなりません……。今日は想定よりも遥かに多い被害を出してしまいました。その”つけ”のことは、終わった後に考えれば良いのです。」
言い終わると、アドミラルは教皇をじっと睨みつけ、視線を離した。
ハイエンは、戦後責任など、天使として覚醒してしまえば”どう”とでもなる、そう考える。
しかし、アドミラルの視線を真っ向から受け止めた彼の背中は、じっとりと汗で湿っていた。
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