ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

破滅と自由

公開日時: 2022年11月10日(木) 16:15
文字数:2,681

 邪悪と言うものと、どう付き合っていくのか。

 普通、突然、こんな事を人に問えば、こいつは、何かおかしな物にでも感化されたのかと思われるか。

 はたまた、ここが現代日本であれば、そういう事を考えるのは中学二年生《こどものうち》に済ませておけと、呆れた反応が返ってくるのかも知れない。

 しかし、今のアニムにとって、この問題は、自分にしか解決できない恐れのある非常に重大な問題となっていたのだ。



 それは、彼の言う通り、身から出た錆。

 敢えて、端的に説明すれば、アニムはその邪悪な存在を、すでに召喚してしまっていたのである。

 



 アニムが召喚に使用しているEOEのカードは、多重世界ファンタジーをモチーフとしたカードゲームである。

 そして、ファンタジー物語の常として、魔王や邪神など、世界の破壊を目論む様な存在がいる世界観であったし、それらもカードとして普通に存在していた。

 

 勿論、何で、そんな者を召喚するのか。

 どれだけ愚かならば、そうなるのかと、人は思うかもしれない。

 ただ、アニムがこの世界で意識を得た時には、既に悪霊やら、怪物やら、そういった通常であれば悪しき存在が、いくらでも召喚されていたのだ。

 それどころか、その後もエクスタビの様な、本来国一つを食欲に任せて滅ぼす様な存在を召喚し、それが暴走するという事も無かったし、そもそも、そんなことを言えば、闇属性のユニットは大抵召喚できない事になってしまう。

 

 彼等は、多少好き勝手に見えても、アニムを慕い、彼の言う事にはよく従っていた。

 ただ、それが、勘違いの原因となってしまった。

 

 なにかゲーム的な力が働いて、少なくともアニムに対しては忠誠を誓う。

 そんなシステムが、この召喚にはあるのだろうと、アニムは考えてしまったのだ。

 

 実際、いまだに、アニムは知らぬ事であるが、完全に間違っている訳でもない。

 そこまでの拘束力はないが、彼等は生まれてくるに際して、アニムによる彼らを求めているという思いと、『神々』の祝福を受けとって生まれてくるのだ。

 

 強制ではない。

 彼等の忠誠は、愛されて育った子が、親に向ける愛情に近しいものであった。


 

 故に、アニムも次第に気付いていく事になった。

 その程度の拘束力では、抑え留める事が出来ない邪悪がいる。

 そして、アニムが、いや、ほとんどの者が理解できないであろう存在。

 アニムを敬い、愛しながらもアニムの命を奪おうとする者や、ただ無軌道に全ての破滅を望む、世界の災厄と呼べる様な存在が、世界にはあるのだ。



 幸い彼らのほとんどは、好き勝手悪事を働き、アニムや軍の治安部隊によって滅ぼされていった。


 しかし、厄介な物で、力の在る物程、同時に頭の方も回る様なのである。


 EOEでもっとも邪悪な存在、それが今、ミコ・サルウェの中に居た。

 これといった悪事も働かずに、毎日を過ごしているのだ。

 

 正直、何時悪性に変異するか解らない癌である。

 ただし国は、悪事を働かぬものを罰する事は出来ない。

 勿論、だからと言って、それを知っているアニムとしては、信用する事も出来ない。


 結局、ここの所アニムは、寝ても覚めても、それを視界の隅において監視し続けていたのである。


(動くのか?)


 まだ、「悪しき」が”それ”と決まったわけではない。

 しかし、ネルフィリアが言うように、何か有事があって”それ”が動くというのであれば、それはきっと忌まわしい事が起こるとアニムは考えていた。



 だと言うのであれば、”あの時”の様に自らの手を汚して事を収めるか。

 そんな考えも頭をよぎる。

 それは、今だけでは無い、ずっと頭の中で戦わせ続けて居た事であった。

 

 (まだ)罪もない民に死を宣告する。

 疑わしいから殺す。

 自らが生み出した生命を弄ぶように消し去る。

 

 やろうと思えば、簡単な事である。

 

 しかし、しない。

 その様な事をしては、”それ”の思うつぼなのでは無いかとアニムは考えるのだ。

 

 

 政治を配下に任せる時、好き勝手やられても困る為、アニムは王として、ミコ・サルウェという国を何処へ導くのかを示さねばならなかった。

 だが、アニムは思想家でも、稀代の哲学者でもない為、非常に迷った。


 ゆえに、彼が思いつく事は、既に過去、誰かが思いついたことであるし、それにしたって、アニムが知っている”国”の形は決して多くは無かった。 


 その中で彼が考えたことは、この国に生まれた以上、皆、意志があって、彼等が其々、自らを主人公とした物語を歩める様になってほしい、それを叶えられる国を作ってほしいという事であった。

 勿論、それだって好き勝手しても良いという意味ではない。

 守らねばならない枠組みという物は必ずあるが、それが、アニムが知っている自由主義という世界の在り方であった。


 だから、アニムがここで、生命を弄んでしまっては、アニムの目指すといった国が嘘である事の証明となってしまう。

 これは、アニムが遊んでいる国造りごっこで、ユニットはその人形劇に登場するキャストであると認めてしまう様な物なのだ。

 それはミコ・サルウェという国の崩壊、破滅である。

 

 ”それ”の目的は世界を滅ぼす事、国を亡ぼす事、全てを己の愉悦に任せて破滅させる事である。

 ゆえに、けしてアニムの方から、”それ”に手を出すことは出来なかった。

 

 負けてはいけない。

 かつての過ちを決して繰り返してはいけない。

 ”それ”を排除しただけでは、アニムは勝者になったとは言えないのだ。

 

 




 真っすぐな視線を投げかけるアニムに対して、ネルフィリアは小さく考えた。

 そして、彼女もアニムを真っすぐに見返して、粛々と答えた。


「私にとって、邪悪とは、神が御創りになったものであり、神の試練であります。必ず打ち破らねばならない物です。」

 

 凛とハッキリした口調である。


「もし、例えばそれが邪悪とわかっていて、ただし悪しき事をしていなかったとしたらどうする?」


 ネルフィリアは本当に小さく、解らない程度に眉をあげた。

「打倒します。それが邪悪である限りは、それすらも試練と考えます。」


 その答えを聞いたアニムは、一度ゆっくりと瞬きをした後、顎に手を当てて、ネルフィリアから背を向けた。

 

「そうか。」


 そして、ネルフィリアから見えぬ視界で悲し気に笑い、彼女はアニムの声に反応して、頭を下げた。


 暫く、何か色々と考えていたアニムが、不意にネルフィリアに声を掛けた。

「なあ、ネル。」


「はい。」


 アニムは再び振り返ると、笑顔で言った。


「この庭にあるものは、どれも素晴らしいが、一番大きく描かれている竜よりも、俺は小さくても、狼と隼の方が好きだなあ。……やはり、近くで見てみたい。皆が帰った後、もう一度付き合ってくれるか?」


 ネルフィリアも笑顔で頷いた。




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