ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

御前会議2

公開日時: 2022年10月12日(水) 00:00
文字数:4,324

 しばし、その場を沈黙が支配した。

 

 そして、その沈黙は、赤武のロレーヌによって破られた。

 

「赤武はアーシャを支持するわ。」

 

 プロセンは、深い皴を眉間に刻み付け、ユリンは、眉を上げて驚いたような表情をした。

 

「プロセン。相手は突然現れて此方を虐殺するような奴らよ? 勝てるとか、勝てないとか、そんな事は問題じゃないわ。」

 

 一瞬、あっけにとられていたユリンであったが、慌てて反論した。

「ですが、何か行き違いが合ったかもしれませんし……。」


 しかし、ロレーヌは冷ややかな空気をその身に纏い、ユリンを見えぬ目で見つめた。


「貴女、陛下の話を聞いてたの? 話し合いって……無辜の民が何十人死んだと思っているの? どんな落とし所なら、国民が納得するの? どうなの?」


 責める様に言い放つ。

 そして、予想外にも、インペルがそれに追随した。

 

「まあ……無理、でしょうな。」

「え?」

 

「今回の戦いだけで、全人口の2%が犠牲になったそうです。土地も焼け、被害は甚大です。プロセンや、ユリンの言っている事も……理解はします。……が、」

 そこまで言うと、アーシャをチラリと見やるインペル。

 

 「血の気の多い者が多い我が国で、もはや一戦も鉾を交えずに済ます、その理由を、私では用意できません。」

 

 そういって、インペルは掌を上に向け、首を振った。

 

 再びの長い沈黙が産まれた。


 ユリンは、その大きな体を小さく縮め、悲しそうに顔を伏せていた。

 性格もある、しかし、損な役回りである。

 

 平時には類まれなる知識と、バランス感覚で非常に有能な活躍を見せ、国民からの人気も高いユリン。

 

 しかし、それを、愉悦とする様では困るが、いざと言う時、戦えなくては、国民は守れない。

 人は人が思っているより、残酷であった。


 戦災の有事に話が及ぶと、頼りなさが、どうしても際立ってしまった。

 

 

「……そうか……。では、具体的な布陣の話へと移ろうかと思う。私や、ユリンの他、兄《けい》らの中に反対の物はいるか?」


 プロセンが口火を切った。

 恐らく、彼の中では和平から、戦争へと頭を切り替え始めている。

 

 ユリンは伏したまま、何も言わない。

 また、他のモノも同様に。

 

「いないようだな。」

 

 プロセンは念押しする様に、周囲を見渡す。

 プロセンは己の意見を主張し、戦った。

 しかし、そこに固執することは無かった。

 

 プロセンは、アニムへと身体を向け、起立する。

 

 そして、静かに頭を下げた。

 

「陛下。我らの結論はこのように成りました。兵士もまた、国民。より多くを救う為、また、陛下の民。その命が失われる事、どうかお許しください。」

 

 アニムは、静かにプロセン、そして、皆の顔を見据え、目を瞑る。

 ふっ、と一つ息を吐いた。


 この時、真実そのままを述べれば、アニムは嬉しかった。

 内心は、確かにアニムの心は戦争へと向いている。

 しかし、国民や兵たちが死ぬ事を、心痛めずにいる訳ではないのだ。

 そのことが、彼等に伝わっているのだな。と

 

 アニムは、彼等に決断を委ねた事を安堵した。

 

 最終的に、全ての決定はアニムの責。

 故に国民を殺すも、生かすも、アニムの決定。

(ならば、是非も無しとは言うまい。私は、私の出来る事をしよう。)

 

 

 アニムは再び目を開けると、ただ、

「相分かった。」

 

 それだけ力強く答え、余計な事は何一つ口にしなかった。


 

 プロセンが顔をあげ、また、正面へと向き直った。

「では、現状の戦力を整理いたす。」

 

 


「ああ……。」

 しかし、ここで、ゼラスが言いずらそうに声を上げた。

 

 ゼラスは、鳥頭人身ちょうとうじんしんの鳥人《ネローズ》という種族。

 鳥人や天使は、背に翼を背負っている事から、雄体は上裸、雌体は上体の全面を隠した姿が一般的だ。

 

 ゼラスは雄体であった。

 神に仕える天使の方が、見た目には美しく見える事もある。

 そして、頭の形が鳥故に、彼等、鳥人の事を天使の成り損ない等と揶揄する愚か者もいた。

 

 しかし、それは、ハッキリと馬鹿である。

 実際の所は、彼等の身体は非常に筋肉質で、重く堅く、強靭であった。

 翼は空中機動時の補佐的な物であり、その身体を浮かせる魔力との親和性も高い。

 

 その鳥人の中でも、特に強力な存在。

 強大な魔法を放ちながら、高速で上空を飛び回る鉄壁《てつかべ》の様な男。

 それが、天白師団 師団長 上昇する光・ゼラスである。

 

 しかし、今、彼の喉は、非常に物憂い声音こわねを響かせていた。


「正直に言って、私の所の部隊は、方々に散っていて、帰還命令が全軍に届くまでに、恐らく……一週間はかかる。そこから、集結までには、また暫くかかるはずだ。……すまないが、出来る事は、限定的になる。」

 天白は航空師部隊であり、機動力は高い。

 それが、今回は災いした。

 

 他の師団よりも、広範囲に散っており、軍団規模まで集結するには時間がかかる。

 

 鳥頭故、年齢と言うのは解り難い。

 しかし、存外若い声が申し訳なさそうに発言し、アーシャにチラリと視線をやった。

 

「闇燦は一部を除き、即応態勢だ。その一部も、明後日には合流出来る。」

 聞かれてもいないのに、アーシャは憮然と、厳めしい表情で応えた。

 

 ゼラスは肩を落とした。

 

 その姿を哀れに思い、アニムが口を挟む。

「お前たちの有能さに甘え、補給もままならない中、無理をさせて来たのは私だ。あまり気に病むな。」


「申し訳ありません。」


「ん?待って。」

 慌てたようにロレーヌが言う。

「私の所だって、そんなに早くは無理よ? 今は殆どが、東部の演習に出ているし……そこから集めて、指揮系統を再編して……1週間という所かしら……?」

 

「な!? そんなに待てるか!?」

 アーシャが声を荒げるが、ロレーヌは眉を顰め、ため息を吐いた。

 

「はあ……。呆れた。相手の戦力が、解らない事に変わりは無いわ。なら、せめて念入りに準備するべきでしょう?」

 

 ロレーヌの言い分はもっとも。

 なれど、これに対して、インペルが応えた。

 

「いや、今回はそうとも限らない。」

 ロレーヌが、顰めた眉を持ち上げた。


「準備に時間を掛けたいのは山々……だけど、動ける奴から動いていかないと……敵国の攻撃が”アレ”で終わりとは限らない。拉致されている国民も、何時まで無事か解らないしね。」


「でも、それだと、蒼海は海軍だし、殆ど、闇燦と群緑だけで当たる事になるわよ?」


「今回、闇燦師団には、ほぼ、被害はない上で、相手には大きな打撃を与えている。闇燦師団が万全なら十分戦えるかも知れないよ? もしかしたら、準備に時間が必要なのは、向こうさんも同じかもしれないし。」


 そこで、蒼海のリムリエルが話す。

「東部であれば、アニス河があります。急流ですが、私たちには関係ありません。その流域まで来ていただければ、そこから、フェルム河へと乗り換えて、移動だけなら二日で運ぶことが出来ます。」

 

「最悪を想定しながらも、思っていたよりも良かった時の事も想定しておくが、過不足無い。……確か、そういっていたのはアーレスだったかな?ロレーヌ……君はどう見る?」


「ん……。」

 ロレーヌは鼻白んだ。

 そして、インペルを白眼で睨みつけると、何も言わず額に手を当てた。

 

 ロレーヌに限った話ではない。

 彼女の所属する赤武師団は、ユニットタイプ:兵士等、規律の取れた集団行動を得意とする、職業軍人を多く抱え、かつ、その軍団規模はもっとも大きい。

 

 故に我等こそ、ミコ・サルウェ軍の主力であり、最強であるという自負、誇りを持っており、その実力も確かだ。

 

 ロレーヌも内心では、全力ですらない闇燦に蹴散らされるような、凡百如き、いくら数が居ようが、負けは無いと考えている。

 後は、自分たちの初陣の価値をどう上げるか。

 

 その為に、政治の出来ぬ団長を差し置いて、この会議に参加したと言っても嘘にはならない。

 だというのに、まさか参戦できるかどうかすら怪しい事になるとは……。

 ロレーヌは白い頬を紅潮させ、己が無様を恥じた。 

 

 プロセン、ユリン、ゼラス、リムリエル、味方に使えそうな者はない。

 ロレーヌは、瞬時に頭を巡らせた。

 

 そして、再度、インペルの方を睨みつけた。

 しかし、その誇り故、この場で我を通すような無様を、彼女は重ねない。


 

「わかったわ。こうしましょう……。」

 そう言って、気を取り直すため、自らの頬を小さくパチリと叩いた。

 

「闇燦師団を正面にして、群緑は規模が小さいから……遊撃として、おかしな動きをしている敵を潰してもらいましょう。これを第一陣として、蒼海には悪いけど、急ぎ迎えにいって頂戴。……あと、考えたくないけど、闇燦がごっそり抜けて国内の治安が落ち込む可能性があるわ。広範囲になるけど、動ける天白には、そこを任せたい……これが、最良かしら?」 


 ベスティアがこの場に居れば、彼女はこの中で一番の被害者。

 小さいからなんだ、舐めるなよと、間違いなく人揉めあっただろう。

 しかし、3倍以上の人数を抱える闇燦師団を控えに、遊撃を得意とする200程度の規模しかない群緑を前線に立たせる選択は流石に無かった。


 ゼラスとリムリエルが快諾した。

 アーシャは自分たちだけでも、打倒《うちたお》す覚悟だと吼えた。

 

「赤武(うち)にも、意地があるの。2日で移動できるというのなら、3日で全力を出せる状態までもっていくわ。……だから、最悪の場合でも、何とか……それまで耐えて頂戴。」

 

 息まくアーシャの様子を、ロレーヌは何とも言えぬ顔で見つめ、そう、告げた。

 そして、決意を決めた様に、顔を再度引き締めた。

 

「ふん。」

 アーシャは余計なお世話とでもいうように、鼻を鳴らす。

 

 しかし、この女は、こういう女だと、皆が理解している。

 今更、それで、ロレーヌの嫌気を刺激することは無かった。

  

 

 ただし、一人。

 アニムが、すっと立ち上がると、アーシャへと近づいていった。

 

 此れには、流石のアーシャも泡を食った様に慌てた。

 椅子に座ったままで迎える訳にも行かず、すぐに立ち上がる。

 そして、床に片膝付いて、頭《こうべ》を垂れ、待ち構えた。

 

 アニムが、アーシャの目の前で立ち止まる。


「アーシャ」


 アーシャの頭上より、アニムの声が降って来た。


「は!」

 

 

------チャッ

 

 音がした。

 剣《つるぎ》を鳴らすような音。


 アーシャの背中に冷汗が一つ、流れた。


「顔を上げよ」

 

 アーシャが恐る恐る顔を上げる。

 

 アニムは一本の、妙に反りのある、少し変わった形をした剣をアーシャに向かって突き出していた。

 

 それは、炎鍛冶の剣。

 いずれは宝物庫へと送るつもりが、ついぞ、果たされる事の無かった”それ”。

 大会優勝者の造った剣、という以上に、アニムにとっての宝刀である。


 アーシャはそれを、押し頂くように受け取った。

 

 アニムは剣を渡すと、振り返り、椅子へと歩き戻って行った。

 

「そうだ、ゼラス。先の今で、人使いが荒くてすまないが、出来る範囲で良い。一度、西の空を飛んでくれ。」

 

 それだけ言うと、以降、アニムは何も言わなかった。




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