アルテラへと向かう途中、アーシャは視界の右隅に”何か”を感じ、足を止めた。
その”何か”は黒く、サブリミナルの様に、早いテンポでチカチカと、あったりなかったりを繰り返した。
アーシャは一瞬、目の異常かと思い、目をこすった。
しかし、治る事も無ければ、そこ以外を見ても異常はなかった。
酒の酔いが無いでもない。
しかし、あの程度の酒量、今となってはほろ酔いにも満たないはずであった。
アーシャは、その何かの方を見た。
(何もない……。)
右隅のちらつきも納まる。
再度、正面を向くと、また、ちらつきが始まった。
いったいこの黒い物は何なのか、忙しい中にも、アーシャはどうしても気になった。
正面を凝視しながら、視界の右に強く意識を集中させた。
(……ん)
少女だ。
歳は十くらいで、髪は長め、肩口の少し先まで、伸ばしている。
ぼんやりと映っていた。
これも、ハッキリとは解らない。
しかし、季節にはあわない、温かそうなコートを身にまとっている様に見えた。
また、アーシャは首ごと右を向く。
ちらつきは治まり、先ほどの少女はいなかった。
(……なんだ?)
また、視界を正面に戻した。
いる。
そして、視界の隅で、今度は動いている。
何をしているのは解らない。
しかし、確実に、この少女は存在していた。
なぜ、こんな現れ方なのか、そして、誰であるのか。
「ちっ……、魔法使い共の悪戯か?……いや、だが……。」
だとしたら最低のタイミングだ。
しかし、アーシャはそう考えながらも、悪戯の類とは思えなかった。
悪意を感じないのだ。
幾度も、戦場を経験したアーシャ。
悪意や殺意には、人一倍敏感であった。
アーシャは少女がいた位置まで歩いていく。
そこには誰もいなかった。
代わりにアーシャは、足先に何かが当たる事に気付いた。
人形だ。
アーシャは土埃にまみれた人形を手に取り、埃を払った。
それは、見覚えのある人形。
植物の幹をうまく編み込んで作られたそれは、EOEに登場する、とある国の装飾品だ。
冬、新月の夜に切られたチクリの幹は、一年でもっとも柔軟で、丈夫である。
そのもっとも良い幹を加工して、ひも状にした物。
それを使って作成された人形は、愛する我が子に送る、身代わりの人形であった。
何故、こんなところに、これがあるのか。
恐らく、子が何かの拍子に落としたのだろうか。
アーシャはそれを、複雑な表情で見つめた。
「団長」
急に、声が掛けられた。
驚いたアーシャは、ぴくりと肩を跳ね上げると、咄嗟に人形を懐にしまい込んでしまった。
(しまった!)
持ち主を探して、届けてやる時間の余裕もないし、このまま、ここに置いておけば、持ち主の方から探しに来るかもしれない。
しかし、一度しまい込んだ以上、人に見られたまま、またここに置くのもバツが悪い。
(何をやってるんだ……。)
アーシャは、自らに呆れるも、平静を装って、声のする方向へ向き直った。
先程、別れたばかりのオニツカ、リーフェがいた。
「どうか、されましたか?」
どこか不自然なアーシャの態度に二人は、訝し気な顔をした。
面倒な事になった。
アーシャは返答に迷った挙句、結局は答えないという選択をした。
「……いや、なんでもない……。それよりもモニカはどうした?」
オニツカは、ピクリと小さく眉を動かした。
「モニカがいるのは、ヒエメスの最下層です。今から迎えに行っても、戻ってくる頃には、次の日が昇ります。それに、陛下が連絡していないとも思えませんし。戻ってくるに任せて、今回は我々だけで対処する他ありません。」
それを聞いたアーシャは眉を顰め、少し考える様に数秒黙った。
「……ちっ。解った。いくぞ。」
そう言った。
舌打ちは、兎も角。
硬い表情で、悪態一つつかないアーシャの態度に、やはり不振を拭えず、再度、確認するオニツカ。
「……本当に何でもないんですか?」
しかし、アーシャは、オニツカをジロリと睨むのみで、何も言わず、走り去っていった。
オニツカは、その後ろ姿を暫く見つめた後、リーフェに促され、自らもアーシャを追いかけていった。
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