ミコ・サルウェ

(ノベリズム版)
皆月夕祈
皆月夕祈

ゼイリア1

公開日時: 2022年10月13日(木) 16:15
文字数:4,423

 スカリオン、ミーミル大聖堂の地下施設にある監房にて、自分以外の気配を感じて、ゼイリアは目を覚ました。

「……しくしく……」

 

 看守らしき者はいるが、常に扉の外に張り付いて居るわけではなかった。

 しかし、真っ暗な牢の中に、誰か、もう一人いるのを感じた。

 いつ入って来たのか、連日の拷問によって、心身共に疲れ果て、泥の様に寝込んでいたゼイリアは気付かなかった。

 

 良くない事だ。

 そう、頭の何処かで警鐘をならす自分がいた。

 

(自分の身を守れるのは自分だけ……その為にはもっと気を張っていなくては……でなければ、もう……。)

 ゼイリアは涙をこぼした。

 

 ゼイリアは、スカリオンの西部、ホーダンの生まれだ。

 スカリオンの西部は、染料の一大産地。

 数ある染料、その中でもホハナと呼ばれる一年草は、夏には美しい黄色の花を咲かせた後、秋には枯れて、その根が紫の染料となるのだ。

 

 ゼイリアは、その染料農家の大地主の娘として生まれた。

 

 非常に裕福な生まれである為に、家はカテドラル派かと思いきや、地方と言うのはインデシネス派の力が強く、また、中央に染料を下ろすには、カテドラル派との付き合いも必要。

 

 故に、父はカテドラル派であり、その妻はインデシネス派、ゼイリアの兄と妹はカテドラル派、弟とゼイリア自身はインデシネス派と、家庭内は、少し歪な宗教環境であった。

 

 そして、15の時に嫁に出るも、2年後には旦那に不幸ごとが起こり、寡婦となる。

 その後、実家に戻される様な話も出たが、ゼイリアはそれを断り、夫の家からも出ると、実家より、多額の融資を貰った。

 そうして得た金子を元手に、自らと同じ寡婦を受け入れながら、孤児院を経営し始めた。

 

 それから10年。

 孤児院は、相当に大きな規模感にまで成長していた。

 ホハナとは違う、エレオという赤い染花を育てる事で金銭も潤い、それがまた、多くの人を救うという好循環を生み出していた。

 

 しかし、ゼイリアは知っていた。

 どれほどの財を成そうとも、人の生など病一つで、容易く絶えてしまう事を。

 

 故に、子、無き親は、親無き子を育てよう。

 

 裕福でありながらも、派手な生活もせず、清貧を尊ぶその姿勢から、最近ではゼイリアは西の聖女と呼ばれる様になっていた。 


 

 そんなある時、ゼイリアに手紙が届いた。

 首都のとある名家。

 そこに嫁がれた奥様が、この度、寡婦になられた。

 

 子も独り立ちして家を継ぎ、亭主もいない。

 そんな家はもう、寒々しいばかりで居たくないと言う。

 しかし、ご実家はすでに存在せず、行き場所に困っていた。

 

 そんな折に、西の聖女の孤児院の話を、その方が聞きつけて興味を持たれている。

 故に、オベリオンまで、出向いてほしい。

 一度、話がしたいと。

 

 

 しかし、それは嘘であった様だ。


 納得など出来ない。


 しかし、どうせでっち上げの罪。

 捕縛の理由など、なんでも良かったのか、わざわざゼイリアに教えてはくれなかった。

 そして、彼女は拘束され、罪人として、今はこの地下牢獄に囚われていた。


 同時期に虜囚の身になった者は、既に皆、息絶え、どういう訳か、ゼイリアのみが命を長らえていた。

 

 

 ダメだと思い、涙を拭おうとする。

 利き腕である、左の方を上げようとして思い出した。

 

 ゼイリアの左腕は、肩より下は無くなっていた。

 昨日の実験で、左肩より先が壊死し、切り落とされたのだ。

 

(ああ~……。)

 眩暈がした。

「もう……いや……早く殺して……。」

 

 ゼイリアはついに発狂した。

 彼女は頭を、固い石造りの床に打ち付けた。

 何度も。何度も。

 

------ゴチャ------ゴチャ

 

 何故か笑いが込み上げてくる。

 

 生々しい音が、監房の中に響いた。


「……しくしく……?」

 

 ゼイリアと、もう一人いる、この牢の泣き声の主が、異変に気が付いた。

 

「……!? だめよ!? 何しているの!?」

 

 暗闇の中で、ゼイリアは突然、何者かに抱きしめられた。

 久しく感じられなかった温もり、そして、御日様の匂いがゼイリアの鼻腔を撫でた。

 

「へへへ、ふふふへ……へ?」

 何者かは幼子をあやす様に、背中を撫でた。

 突然の安心感に、ゼイリアは正気を取り戻した。

 

「どうしたの? ……何があったの?」

 高い、澄んだ声。

 暗闇に、自分を抱きしめる感触から、まだ、大人になりきれない少女の気配を感じた。

  

 そして、自らの状況を暗闇の中で想像する。 


「ご、ごめんなさい……。」

 気恥ずかしくなり、ゼイリアは謝った。

 

「落ち着いた? 大丈夫?」

 少女は暗闇の中で、ほっとした様に、ため息を吐いた。

 

「ちょっと待ってね。今、明かりをつけるわ。」

 

 この牢には、明かりのつくような物はない。

 何を言っているのか、ゼイリアは不思議に思うが、そう言うのであれば、何か持っているのだろうか。

「……。」

 口の中で、何かを唱える気配を感じた。

(魔法?)

 ゼイリアには、魔法の才は無かったが、そのくらいの理解はある。

 しかし、理解して間もなく、強い光が辺りを照らした。

 それを、ゼイリアは間近で直視してしまう。

 激しい頭痛、反射的に顔を逸らし、眉を顰めた。


「あ、ごめんなさい! 私、光とか火の魔法を使うと、加減が上手く利かなくて……。今、弱めるから……。」

 

 ズキリズキリと痛む頭。

 少女の声が、実際の距離よりも、遠くに聞こえた。

 

 ゼイリアは右手で目を隠し、光を遮った。

 薄目を開けて、ゆっくりと目を慣らす……つもりであった。


「!?」

(そんなバカな……!?)

 

 余りの事に、ゼイリアは目の慣らしも中途半端に、思わず瞳を大きく見開いた。

 また、いっそう激しい頭痛が襲い来た。

 しかし、そのような事すらも、今は気にならない。

 

 ゼイリアの前には、先ほどまで泣いていた、その名残か。

 目の下を赤く腫らした、美しく可憐な少女がおり、その背には輝く純白の翼を生やしていた。

 

 その姿は、聖堂などに描かれている天使の姿と、相当に近い。

 

「……天使様?」

 事情を知らぬ少女は、ゼイリアの驚愕する表情をみて、不思議そうに首を傾げた。








「私はアモルよ。確かに私は天使族だけど、なんで様をつけるの?。アモルって呼んで。」

 アモルの言葉に、ゼイリアは慌てて首を振った。

 

「い、いいえ、いけません。そんな天使様を呼び捨てなんて……。」

 それを聞いて、アモルは不満と不思議、それを同時に合わせた様な顔で唇を尖らせた。


 そして、何かを言おうとするも、ある事に気付き、それを止めた。

「そんな事より……ちょっと良いかしら……。」

 

 ゼイリアの額、そして左肩を、アモルは痛まし気に見つめた。

 

「肩は……ごめんなさい。治癒の魔法はお姉ちゃんの方が得意なの……。でも額なら、少し、熱くなるかもしれないけれど……。」

 そう言って、アモルはゼイリアの額へと、右手を添えた。

 未だ、痛めた額は、乾くことなく血でグズグズとしていた。

 

 額はすぐにじんわりと熱を持つ。

 そして、ゼイリアの意識はぼんやりとしてきた。

 

 ゼイリアの体の力が抜けた。 

 ここは牢の中だというのに、涼し気な森の中に一筋、降り注ぐ木漏れ日に当たるような、心地よく穏やかで暖かな感覚に、ゼイリアは微睡んだ。


「……あっ」

 急に、炎を押し当てられたような熱い痛みを感じ、反射的に身体を仰け反らせた。

 

 アモルの指の平に小さく、光源があるのが見えた。

 

 ゼイリアは急に我に返り、自らの余りに無防備な有様を、急に恥ずかしく感じた。

 先程から無防備な姿ばかり見せてしまって要る気がした。 

 

 しかし、アモルはそんなゼイリアの様子には気付かず、自らの服袖を器用に、帯状になる様に破った。

 そして、その布切れに対して、また手をかざし、光を当てた。

 

 それが終わると、ゼイリアの頭にその布を巻き付け、落ちず、締まり過ぎない適度に縛る。


「もう大丈夫。」

 

 ゼイリアに向けて、アモルは微笑んだ。

 その純真な笑顔に、ゼイリアは、天使となるに相応しい人物像を認識した。

 

 しかし、同時になぜ、この御方がこの様なところに居て、泣き腫らしていたのか?

 これまでの拷問を受ける日々の中で、ゼイリアは、この施設、研究が、天使を人工的に作り出そうという物、ないし、それに近しい物であろう事は推測出来ていた。

 自分は、その被検体なのであろう。


 ゼイリアは、首を傾げた

 

 であれば、その実験はついに成功したのか?

 そこまで、考えてゼイリアは己の考えを否定した。

 

 その様なはずはなかった。

 アルカンジュ教にとって、天使とは崇高な存在。

 例え、人工的に作られた存在であったとしても、この様な場所に置いて良い方ではない筈だ。

 

 考えたゼイリアは、最も手っ取り早い選択を取った。

「アモル様。」

「何?」

 

 アモルが首を傾げた。

 

 仕草の一々に幼さ、可愛らしさ、美しさを感じ、ゼイリアは眩しく思った。

 

「その……どうして、アモル様はこのような場所に居るのでしょうか?」

 

 それに、対してアモルは表情を曇らせた。

 ゼイリアは良くない事を聞いたと自覚するが、これは聞かねばならぬ事。

 アモルが話し出すのを待った。

 

 少し整理する様に、暫くアモルは考え、これまでの事をゼイリアに話して聞かせた。

 友人の元へ畑作業を手伝いにいった事。

 手伝いに行くと、見たことの無い人間が現れた事。

 彼らは畑を焼き、ヒトを殺し、アモルのみが捕えられた事。

 怖かった。

 

 そこまで、語るとアモルは近づき、ゼイリアを抱きしめた。

「貴女が、どういう人なのか解らないけれど……。ゼイリアがいてくれて良かったわ。」

 

 思い出した事で、辛くなったのであろう。

 アモルの頬を、再び雫が零れた。

 

 ゼイリアはアモルの話を聞き、衝撃を受けた。

 頭でも、突然殴られたような眩暈にクラクラする。

 ゼイリア自身の処遇を考えれば、カテドラル派の連中が腐っている事など、解っていた事であった。

 

 しかし、しかしと。

 そこまでか?と

 ゼイリアは、彼女の中にいる憤怒の鬼が、ゼイリアの中心に存在する太い柱を、ガツガツと殴る音を聞いた。


 伝承に生きる、力強い神の使途としての天使とは、少し違うアモル。

 ゼイリアにはその時、何が出来るか解らない。

 しかし、未だ繋がっているこの右腕にかけて、何があっても、このか弱き天使を守る事を固く誓い。

 アモルを抱きしめ返した。

 

 

 それから暫くした後。

「ねえ、ゼイリアにも兄弟っているの?」

 唐突にアモルが、ゼイリアに問うた。

「え?……はい。兄と弟、妹がいます。」

 

 そう答える。

 するとアモルは少し物憂い表情をした。

「いっぱいいるのね? じゃあ、解るかな? 私ね、会った事は無いんだけど。お姉ちゃんがいるの。いつも私が寝ちゃった後に帰ってきて、私が起きる頃には、何処かに行っちゃうの……。頑張って起きてようと思っても、私、眠いの我慢できなくて……。お姉ちゃん、心配してるかな?」

 

「ええ、きっと心配してると思いますよ。」

 ゼイリヤは優しく答える。

「そうだよね。」 

 アモルは、何か納得したように微笑んだ。

 

 その後は、料理が得意で、夜のうちに作っていてくれるとか、治癒の魔法が得意で、アモルが怪我をしても、アモルが寝ている間に直してくれる。

 

 そんな話をアモルはした。

 ゼイリアはそれを、少し不思議に思いながら、幼子を相手する親の様に聞き相槌をうっていた。




 

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