嘘つきな僕ら

最高の傷と、最低な恋。
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13話「恋人の名前」

公開日時: 2022年3月2日(水) 15:15
文字数:1,553

君の名前を呼んでから。





僕は、彼が泣き止んでから湿布を貼り直して包帯を替え、消毒をしてガーゼの貼り替えをした。


彼の手を取って、湿布が剥がれないように包帯を巻きつけている時、握った彼の手がとても温かいことに気づいた。


「わあ、古月の手、あったかいね」


「そうか?」


「うん」


ほんのちょっと手を触れ合わせただけなのに、なぜかとても緊張して、名残惜しかったけど彼の手を放した。







「ねえ、古月」


僕が名前を呼んでも彼は答えなかった。僕たちは黙って壁にもたれて、肩を並べて床に座り込んでいた。


彼は不満そうに唇を突き出して、うつむいている。どうしたの、と聞こうとした時、古月は口を開いた。


「…雄一」


そう言った時、古月は真っ赤になっていた。ガーゼ絆創膏の隙間の頬が、赤い。


僕がそれを見て胸をときめかせている間に、古月がまた繰り返す。


「雄一だよ、俺の名前」


“そっか。僕たち、苗字で呼び合ってたんだっけ”


下の名前で、彼を呼ぶ。それだけのことがなんだか恥ずかしくてたまらない。


「そう呼んで、いいの?」


「いつまでも苗字のままの方が、変だろ」


「うん…雄一」


“雄一”


その名前は魔法の言葉のように、僕の心臓を急かして体を熱くした。


「稔」


びくりと僕の体が震えた。


“距離が、近くなる”


怖いはずなんてないのに、ほんの少しだけ怖くて、でもそれは嬉しすぎるからだった。


「なに?」


「なんでもねえよ」


ぶっきらぼうに返事をしても、雄一の頬は赤いままだ。


“顔が真っ赤だよ。全部わかっちゃう”


そう言って彼をからかったらどんな顔をするかなと思って、僕は笑いたくなるのを抑えた。


彼はしばらくうつむいていたけど、ふと顔を上げて僕を見る。


「お前ってさ、無防備だよな」


「え?そっかな?」


「俺が今何考えてると思う?」


「んー、なんだろ?」


僕が考えようと下を向こうとすると、その顎に、雄一の指が絡んできた。


僕は彼を見上げるように上を向かされて、でもその実待っていたかのように、僕は逃げなかった。


「…こうすること」



昨日より雄一の唇は素直で、その分少し乱暴なくらいに僕をこじ開けて、僕に触れた。


唇をなぞられて思わず息を漏らした時に、彼は僕の中に侵入して、唾液を奪っていった。


舌が溶け合いそうな中で、雄一の煙草の味がして、僕はまた初めてだった体験に追いつけないまま、キスは終わった。



解放されて息を整えていると、雄一が僕の手を引いて立ち上がる。


「…布団、行こうぜ」


「えっ…」


“もしかして、それって…”


僕は怖くなったけど、雄一は「何もしやしねえよ」と言った。







僕たちは布団に寝転んで、抱き合っていた。


ふかふかした布団の上で、雄一が体で僕を抱きしめて包み、熱が伝わる。


“嬉しい。好き”


その二つがどんどん高まっていく。


手を握るだけでも苦しかったのに、体をぴっとりとくっつけ合っていると、鼓動の速さが彼に伝わってしまうから、もっと苦しい。それなのに、嬉しいからやめたくない。


僕はぎゅっと腕に力を込めて、彼に抱きついた。じんわり温かい。


「やっぱり雄一、あったかい…」


「お前は、冷えてるな」


そう言って雄一は僕の背中をちょっとさする。


「あー…あんまり運動とかしないから、かな?」


「俺も運動なんてしねえぜ」


「そっか…」


「まあいい。あたたまるまで、いろよ」




布団に入って15分くらいで、雄一は眠ってしまった。


「寝ちゃった…」


雄一の寝顔はちょっとしかめっ面で、でも普段は見せない幼さがあって、とても可愛かった。


申し訳ないけど、スマートフォンで撮影させてもらったあと、またじっくりと眺める。


“寝顔が可愛かったよって言ったら、また怒るんだろうな”


そんなふうに思って、僕は嬉しかった。





僕たちはこの時、まだ何も知らなかった。自分たちがこれからどれだけ追い詰められるのかも、深く入り組んだ道の先にあるのが袋小路でしかないことも。





Continue.

ありがとうございました!


今回くらいの短さの方が、毎日更新はしやすいかもしれませんね〜( ̄▽ ̄;)

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