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小欅 サムエ
小欅 サムエ

5-3

公開日時: 2021年6月27日(日) 18:53
文字数:5,514

「そんな、まさか……」

 

 あの西野にしのまで『新人類計画』の被害者であったとは、とても信じがたい。昔から付き合いはあったが、特殊な才能に目覚めていたような兆候は無かった。むしろ、彼女は努力でし上がったタイプである。僕のように与えられた能力に溺れることは、あの性格からして有り得ない。

 

 逆に、西野の名前がこのリストに記載されていたことで、これが『新人類計画』の被害者リストである、という線は薄くなったようにも思える。金子かねこの言う通り、西光せいこう学園に関係する人物の名簿だと考えた方が無難だ。

 

 もちろん、可能性がゼロとなった訳ではない。西野に直接、この件について聞いてみればすぐに解決できるだろう。とはいえ、彼女は高校三年生であり受験に向けて忙しいはずだ。学校が再開した折にでも、それとなく聞いてみるだけで良い。

 

 しばらく頭を悩ませてしまい、無言の時間が続く。それに耐えかねた様子の金子はしびれを切らしたらしく、少し苛立った様子で問いかける。

 

「おい、どうせ後でまた部室で話し合うんだろ? だったらもう切って良いか?」

「え? あ、ああ……」

「でも言っとくが、塾の時間もあるから四時前には消えるからな」

「わ、分かった」

「おいおい、頼むぜ? じゃあまたな」

 

 それだけ告げると、金子は一方的に通話を切った。事情を全く把握していない彼からすれば、この木村きむらが残した動画の意味よりも、将来に直結する勉強を優先して然るべきだ。冷たい対応されてしまっても納得できる。

 

 しかし、だ。状況的には、彼にも『新人類計画』に関する話をせざるを得ない。そうなった場合、心の優しい金子は平常心を保てるのだろうか。勉強に集中できなくなってしまったら、僕としても不本意だ。

 

「あのさ、出水でみず……金子に話していいと思うか?」

「『新人類計画』のこと、ですか? えっと……難しい、です。でも、仲間外れって知ったら、先輩悲しむと思う、です」

「それもそう、なんだよな……」

 

 仲間である以上、この話は打ち明けておくべきなのだろう。だが現時点では、今回の事件で何か金子に被害が及ぶ可能性は限りなく低い。少なくとも彼は被験者ではないし、研究者側の人間でもない。両親がどうかは知らないが、彼自身には何も関係のない話なのだ。

 

 無暗に怖がらせても何のメリットもないし、もし今後も事件が続くようであれば、箱崎はこざきたちを介して伝えることも検討するか。今はとりあえず、そうするしか手はない。

 

「今日のところは、一応この件と高城たかしろの状態について話そうか。そうだ、高城は元気そうなのか?」

「えっと、昨日のことで退院、延びたみたいです。やっぱり、みおちゃんに刺されたの、ショックだったんじゃないかな……」

「そうなのか。だったら、今日も面会に行った方が良いよな。心配だし」

「いえ、その……他の人との接触が原因で悪化したので、今日は完全に面会謝絶みたい、です。チャットでは平気だって言ってたから、多分大丈夫だと思うけど、なんか……」

「なんだよそれ、状態の安定してない高城に映像を見せたのは警察なのに。本当、ロクなことしないよな、あいつら……」

 

 折り返しの電話も寄越さず、高城の容態を悪化させて……これは本気で箱崎に抗議を入れた方が良さそうだ。犯人が知り合いだったことを知らなかったとしても、彼らの行為は迂闊すぎる。

 

 まあ、箱崎自身は本来、通り魔の件について捜査する立場ではないと言っていた。それに加え、水島みずしま 龍太郎りゅうたろうの事件も追いつつ、例の写真に写る人物まで捜索しているのだから、精神的にも肉体的にも余裕がないことは確かである。しかしそれでも、許容できないものはある。

 

 仕方がない。これ以上待っているのも苦痛だし、再度箱崎に電話をしてみよう。これで出なければ、もう彼らに対し協力できることはない。出たとしても、もし反省する素振りを見せなければ、違法捜査をしていることについてマスコミ辺りへ情報を流してやる。

 

「ふぅ……悪い、出水。今から電話するけど、ちょっと言葉が荒れるかもしれないから、もし聞こえても聞き流してくれよ?」

「え? あの、どういうこと、ですか?」

「箱崎さん……あの警察の人に電話するんだ。それで直接、昨日の件とかの文句を言うつもりだよ。だから、な」

「そ、そうですか……頑張ってください」

「いや、応援されても困るんだけど。ま、ありがとうな」

 

 平和的に物事が運べば、それに越したことはない。僕だって出来れば口喧嘩なんかしたくもないし、箱崎たちに協力しないということは、もうこれ以上事件を追えなくなる、ということに繋がるのだ。ここまでの間、色々な事実が明かされてきたのに急にお終い、なんて耐えられる気がしない。

 

 ともかく、全ては箱崎の対応にかかっている。大きく息を吐き、意を決して昨日電話をかけた番号をタップした。

 

「……」

 

 重い静寂と共に、僕の耳には呼出音が伝わる。昨日とは異なり、すぐに機械音声が流れることは無かった。そして数回ほど呼出音が流れた後、一瞬だけ無音となり、疲れ切ったような声がその後に続いてきた。

 

「……もしもし」

「もしもし、箱崎さんですか?」

「ああ、そうですけど……?」

 

 ようやく箱崎へ電話が繋がった。だが、つい先ほどまで仮眠でも取っていたのだろうか、僕からの着信であると気付いていない様子の箱崎は、やたらと聞き取りにくい声を発している。彼の様子に戸惑いつつも、気を取り直してはっきりと名前を告げる。

 

「箱崎さん、水島です。水島 夏企なつきです。もしかして寝ていたんですか?」

「ん? 水島……あ、ああ! すまん、いつの間にか寝落ちしてたみたいだな……ああ、クソ。コーヒーが零れてやがる」

 

 予想通り、彼は寝起きだったようである。この時間までずっと寝ていたのか、それともようやく眠りかけていたのか、それは定かではないが……彼の反応からして、恐らく後者であろう。そしてコーヒーが零れたまま放置していたということは、真中まなかは不在だともいえる。

 

 真中にも聞きたいことはあったが、まずは昨日の件を問い質さねば気が済まない。バタバタと動き回っている様子の箱崎に届くよう、少し大きめの声で怒りの言葉を口にする。

 

「昨日は忙しかったんですか? 電話をかけたのに、何の反応も無かったんですが」

「ん? ああそれか、悪かったな。いつの間にか電池が無くなっていたみたいでよぉ、気付いたのが十二時とかだったもんで、迷惑かと思ってさ。すぐに折り返した方が良かったか?」

「へ?」

 

 まさか、そんな都合のいい言い訳が通じると思っているのだろうか。いやしかし、それにしてはスラスラと言葉が紡がれている。それに、申し訳なさそうな雰囲気であることは充分に伝わってきている。どうやら彼は、僕をないがしろにしていた訳ではないようだ。

 

 少しだけホッとしつつ、改めて昨日告げる予定だった内容について話す。

 

「あ、いえ……気遣ってくれてありがとうございます。ただ、どうしても直接伝えないといけないことがあるんですけど、大丈夫ですか?」

「それは今日か? 今日は……悪い、キミの父親の件がかなり面倒なことになっててな。電話じゃ無理か?」

「あ、えっと……難しいと思います。志摩丹しまたんの事件現場に落ちていた、遺留品を渡そうと思ってたので」

「遺留品だぁ? なんだってそんなもん、今さら……」

「すみません、僕の不注意で持ち帰ってしまっていたみたいなんです。それを急に思い出したので、それで電話をしました。本当にすみません」

「先輩……」

 

 出水は何か言いたげに口をモゴモゴと動かしているが、そんな彼女を目で制しつつ叱責の言葉を待つ。しかし、意外なことに箱崎は特に気にする素振りは見せず、未だに何か作業しながら淡々と語る。

 

「そうか、正直に話してくれてありがとうな。次会った時でいいから、そいつを渡してくれ」

「え? その……怒ってないんですか?」

「怒っちゃいるが、反省してるヤツを叱ったところで意味ねぇだろ。それに、真中には物凄く叱られると思うからよ、俺が追い打ちをかける意味なんかねぇさ」

「あ……そ、そういうこと、ですか……」

 

 なるほど、道理で寛容すぎると思った。確かに、この情報を聞いた真中がどれほど怒り狂うかについては、想像に難くない。というか、想像もしたくない。さすがに手は出さないとは思うが、それ以上の罵声を浴びせてくるだろう。

 

 やはり、この黒いカードの件は黙っていた方が良かったかも知れない。何の変哲もない、凹凸すらもないカードの存在など、忘れてしまえば良かった。

 

「はぁ……今から気が重いですよ……」

「はは、そりゃ自業自得、ってもんだ。んで、その遺留品ってのはどんなヤツだ? 凶器とかじゃねぇだろうな?」

「まさか。えっと、黒いカードみたいなものです。何の特徴もない、不思議な四角いカードですね」

「カードぉ? なんだそりゃ、トイレの備品とかじゃねぇのか?」

「いえ、そういう感じではないんですけど……とりあえず、これを昨日お伝えしたかったんです。本当にすみませんでした」

 

 一先ず、これで黒いカードの件は片付いた。あとは木村からの動画について確認したかったのだが、これこそ直接見てもらわないことには始まらない。幸いにも動画のダウンロードは終わったので、USBに落とすか、もしくは箱崎のPCに転送すれば良いだろう。

 

 問題は、それが可能かどうか、だ。

 

「あの、もう一件だけ良いですか? 死んだはずの木村先生から、奇妙な動画のURLがコメント欄に貼られていたので、そのデータを転送したいんですけど……」

「動画のデータ? また妙なもんを……でも、それは無理だな。連絡はともかく、データの送受信はセキュリティの問題で絶対にダメだ」

「こっちでウイルスとかのチェックをした後でも、ですか?」

「当たり前だ。そればっかりは出来ねぇな」

「そうですか……」

 

 やはり、そう簡単に警察のPCやスマートフォンへデータを送ることは出来ないらしい。むしろ、これが可能だと言われてしまったら、この国のサイバーセキュリティはどうなっているのか、と疑いたくなってしまうレベルだ。

 

 ただ、これに関しては黒いカードとは異なり、箱崎の興味をそそるものだと確信している。何せこれは、彼の追っている『新人類計画』に関係するかも知れない内容なのだ。

 

「では、動画の内容だけ伝えますね。……『赤い部屋』です」

「……今、なんて言った?」

 

 その単語を口にした途端、一瞬にして空気が変わった。さっきまで聞こえていた雑音は完全に消え去り、箱崎は全神経をこちらに注いでいるようである。それだけ、この動画に対する興味が強いと言えよう。

 

「Flash作品の『赤い部屋』のURLが貼られていたんです。この動画についてはご存じですか?」

「当たり前だ。あの言葉を見て、何度も確認したくらいだからな。それで?」

「この『赤い部屋』は、一般に広まっているものとは少し違います。動画の最後、人の名前が大量に出てくるシーンがありますよね。そこに、僕や真中 優佳ゆうかさんの名前があったんです」

「……それは本当か?」

「はい。今もまた再生してますが、間違いありません。それに、西蓮寺さいれんじ先生の息子さんや、西光学園の生徒の名前も多く見られます。これは何かの偶然だと思いますか?」

「……」

 

 ここまで伝えれば、勘の良い箱崎ならば察してくれるだろう。他の予定を繰り下げてでも、この動画のデータを受け取りに来るはずだ。そうすれば、このリストが意味するものについて明らかとなるだろう。

 

 木村がどういう意図でこの動画を送ったのかは未だに定かでないものの、これを僕たちに託した以上、何らかのメッセージが込められているに違いない。それを炙り出すためにも、早く箱崎に調査してもらいたい。

 

 僕の問いかけに数秒間だけ無言状態となっていた箱崎は、大きく溜息を吐くと、何か紙のようなものをパラパラとめくりつつ、こちらへと確認する。

 

「……明日の朝、七時くらいに会えそうか?」

「大丈夫です。場所はどこですか?」

「そうだな……ムーンバックスはまだ開いてないし……そうだ、キミの家にしよう。そのデータの入ったUSBを用意してくれると助かる。……ああ、遺留品もついでに預かるよ」

「分かりまし————え、僕の家ですか?」

 

 快諾しそうになったが、予期しない言葉に思わず聞き返す。僕の家はまだ封鎖されているはずであり、関係者と目されている僕が、おいそれと戻ることは許されないはずだ。しかも、その話は誰でもない、箱崎から聞いたものである。

 

「あの、家に戻っても良いんですか?」

「ん? ああそうか、すっかり伝え忘れていたよ。現場となった部屋に入らないでくれたら、特に問題は無い。そういう風に根回ししておいたからね」

「そ、そうなんですか。でも、リビングダイニングに入れないとなると、ちょっと問題があるんですが。ほら、その……書類のこととか」

 

 家に帰れるのは良かったが、父親の遺体があった部屋には実印や通帳などの重要なものが揃っている。それらが回収できない限り、家に戻ったところで何も出来やしない。葬儀の話もそうだし、一連の問題が解決できないのだ。

 

 だが、箱崎は緊迫した空気をまだ纏わせつつ、神妙な声色で答える。

 

「ああ、それは大丈夫……というのはおかしいかも知れないけど、今のところ、相続の問題について考える必要はないよ。葬儀の方についてもね」

「は、はい? 問題ないって、どういうことですか?」

「落ち着いて聞いてくれ。まあ、すぐには理解できないと思うけどね」

 

 そして彼はそのままの調子で、はっきりと言い切った。あまりにも受け入れがたい話を、まるで事も無げに。

 

「まだ確定はしてないんだが、キミの両親は死んでいない。キミの家にあった二つの死体は、どうやら別人のものみたいなんだ」

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