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小欅 サムエ
小欅 サムエ

2-12

公開日時: 2020年11月22日(日) 22:22
更新日時: 2020年12月25日(金) 10:57
文字数:2,551

 『赤い部屋』————


 ネット上には、ポップアップ広告というものがある。サイトを開こうとした際に、画面の下部や端に表示される、非常にわずらわしいものだ。その中には青少年にとって有害となるような広告や、詐欺サイトへと誘導するようなものまで存在する。


 頻回に表示されるため、頻繁にインターネットを利用する人間にとっては厄介でしかないものであるが、多くの場合、閉じることで一時的に表示を消すことが可能である。


 しかし、そのポップアップ広告の中に、絶対に消してはならない、というものが存在する。


 真っ赤な背景に、黒字で『あなたは|好きですか?』という表記のされた、とても気味の悪いポップアップ広告。その広告を閉じてしまうと、その人間は死んでしまうのだという。


 同じ高校の、ネットオタクである友人よりその話を聞いた少年は、興味本位でインターネットを用い、例のポップアップの出現を半信半疑のまま待ち続ける。


 すぐに見つかるだろうと高を括っていた少年であったが、例の広告は一向に現れる気配を見せない。幾つかのサイトを巡った少年は、やがて本来の目的を忘れ、ネットサーフィンを始めてしまう。


 そして、いつの間にか時刻は午前一時を過ぎようとしていた。夢中で画面へと視線を送っていた少年は、現在時刻に気づき慌ててブラウザを閉じようとする。


 だが、そこで彼は気付いてしまった。当初の目的であった、『あなたは|好きですか?』という気味の悪い広告が、ひっそりとサイトの下部に示されていることを。


 一度は消えかけていた少年の好奇心という灯火は再び点り、ゆっくりとマウスポインタをその広告へと近づける。時間が経過しても、表示自体には全く変化が認められないことを確かめた少年は、目を瞑って勇気を振り絞り、閉じるボタンをクリックする。


 だが、しっかりとクリックして閉じたはずのポップアップ広告は、未だに表示されていた。焦ってしまい手元が狂ったのだろう、と少年は考え、今度は冷静に、しっかりと広告を閉じる。


 その瞬間、消したはずの広告は再度表示された。それを見た少年は、気の抜けたように笑い始める。


 その広告を消してしまうと死んでしまう、のではなく、決して消えないが故に、死ぬまで消えないのだろう、と考えたのだ。そう思えば、これほど下らないものはない。少年は、この情報を与えた友人への恨みを募らせつつ、依然として表示され続ける広告を消してゆく。


 数回、その押し問答が続いた時であった。少年はふと、あることに気付いた。


 『あなたは|好きですか?』という文言であったはずの広告が、いつの間にか『あなたは赤|好きですか?』と、変化していたのである。


 そこで少年は広告をよく見直してみると、『あなたは』、と『好きですか?』の間には、紙を裂いたように不自然な亀裂が入っていることに気付く。そして、新たに表示された文字は、その意図的に裂かれていた部分の続きである、ということが判明した。


 少年は逸る気持ちを抑えつつ、同じように数回、表示を消してみる。すると、先ほどまでは『あなたは赤|好きですか?』であった文字列は、『あなたは赤い|好きですか?』と、徐々に表示される言葉が増えてきたのである。


 やはり、この広告を閉じることで隠れていた文字列が表示されていくのだ。そして、それこそが死へと繋がる原因なのである、と彼は直感した。


 無論、まだ悪戯である可能性も捨てきれない。だが、この先に表示されていく文字列が、例えば組織的犯罪と何らかの関与を示すものであったのならば。そして、それを見た人間はその組織に抹殺されたのならば。


 強い恐怖心を覚えた少年は、万が一、噂が本当であってはたまらないと考え、インターネットの回線ごと切断しようと試みる。サイトが閉じられると同時に、いつものデスクトップ画面が表示される。


 しかし、奇妙なことに例のポップアップ広告だけは消えることなく、デスクトップの中央に表示されていた。本来ならば、このようなことが起こるはずはない。恐怖により手を震わせつつも、少年はいっそのこと、PCごと電源を切ってしまおう、と考え、細かく振動するマウスポインタを制御しつつ、どうにかシャットダウンへとこぎ着ける。


 シャットダウンされてゆく画面を見て、少年はようやく安堵する。次にこのPCを開く際にはどうしようか、などと考え始めていた、その時。彼は、おぞましい光景を目の当たりにする。


 真っ黒い画面の中央に、あの広告が未だに存在し続けていたのである。それも、『あなたは赤い部|好きですか?』と、さらに文言が変わっていたのだ。


 焦った少年は、どうにかその広告を消そうとキーボード上のあらゆるキーを押し始める。しかし、当然のことながら広告は消えないばかりか、徐々に隠れていた文字列を表示してゆく。


 そしてついに、赤い広告は隠れていた文字列すべてを開示した。


 『あなたは赤い部屋が好きですか?


 それが示されると同時に、シャットダウンしていたはずの真っ黒い画面は血に染まったかのように赤く染まる。暗い部屋の中、突如として赤い光に照らされた少年の部屋は、まるで赤い部屋のようであった。


 加えて、ただ茫然と画面を眺め続ける彼の目に、多量の文字が飛び込んできた。赤地に黒であり、おどろおどろしいフォントが使用されていたため、とても読みにくいが、どうやらそれらは、『人の名前』であるようだ。


 ざっと数えただけでも、百人近くの人物の名前がそこに刻まれている。そして、呆気にとられたままの彼が目にしたのは、二つの名前であった。


 そう、それは……この広告のことを教えた友人の名。それと、少年の名であった。


 同時に、彼は妙な気配を察し、背後へと振り返った。そして————


 翌日、彼のクラスは悲しみに包まれていた。それというのも早朝、クラスの担任により、ある訃報が告げられていたからである。


 亡くなったのは、ネットオタクであった少年の友人と、そして当の少年であった。


 彼らは、『赤い部屋』に導かれてしまったのだ。忠告を聞き入れず、興味本位で『赤い部屋』へと踏み入れてしまった代償は、計り知れないものであった。


 あなたも、もしポップアップの中に、『あなたは|好きですか?』という広告を見つけても、絶対に閉じてはいけない。彼らと同じようになりたくなければ。


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