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小欅 サムエ
小欅 サムエ

4-3

公開日時: 2021年4月17日(土) 18:55
文字数:4,647

 彼女の様相に、僕と箱崎はこざきは思わず顔を見合わせる。真中まなか 優佳ゆうかが亡くなってから、もう一週間は経過しようとしている。その間、彼女は一切感情に変化をもたらさず、仕事だけに注力していたのだ。今更、妹の名前を目にしたところで精神面に異常を来すとは思い難い。

 

 それにも拘わらず、真中 弘佳ひろかは僕の見せたメールの文面を見て硬直している。まさか、真中 優佳の死には何か隠された真実でもあるのだろうか。それとも……。

 

「真中」

「……」

「おい、真中!」

「っ! は、はい。何でしょうか」

 

 完全に呆けていた真中は、やや強めの語気で名前を呼ばれ、ようやく我に返ったようである。無論、今更なにを取り繕っても遅い。平然とした表情を浮かべているものの、本心はまるで別のところにあると、分からない方がおかしいくらいだ。

 

「どうしちまったんだよ、急に。死人からメールが届いたことに驚いた、なんとことは無いよな。あれだけ悲惨な遺体を見た後だったら、屁でも無いだろうに」

「いえ、その……思いがけず、妹の名を見つけてしまったもので。しかし、先輩こそ失言ですよ」

「なに?」

悲惨な遺体を見た後、なんて言ってしまったら、彼の父親がどのようにして殺害されたのか。予想がついてしまうじゃありませんか」

「……」

 

 その言葉に、箱崎はチラッと僕を一瞥する。何気ない会話として聞いていた僕であったが、彼女の言う通り、箱崎の話ぶりから察するに、水島みずしま 龍太郎りゅうたろうは随分と無残な形で殺されたということは理解できた。

 

 だが、改めて言及されなければ気づかなかっただろう。むしろ、真中の言葉が決め手となったくらいである。そういう意味では、失言したのは彼女の方だ、ともいえよう。

 

 僕の反応を横目にしつつ、箱崎は大きく溜息をくと真中へ観念したように声を出す。

 

「はぁ……わかったよ、これに関しては俺のミスだ。つっても夏企なつきくんよ、ここで話せるようなもんじゃねぇからな。今聞きたいって言われても答えられないから、そこは理解してくれ」

「え、ええ。別に、どういう状態だったのかについては興味なんかありませんけど……でも、異常な様子だってことだけは分かりました」

「そうか。それを聞いて安心、とも言い難いがな。一応、同じ息子を持つ者としては心苦しくはある。……さて、それはともかく」

 

 一通り、僕の伝えた件を手帳にメモし終えた箱崎は、気まずそうに話題を別のものへと変える。

 

「お前、誰か親しい親族はいるか?」

「親族ですか? ……あ、そうか。未成年だから後見人が必要なんでしたっけ。えっと……すみません、祖父母は共に他界していることは聞いてましたけど、それ以外の親族については……」

「そうか。まあ、細かいことに関しては役所の人間とかに聞くと良い。事件性が高いから、検視には時間がかかりそうだし、その間に勉強しておけ。それと申し訳ないが、今日は少なくとも自宅には帰れないと思ってくれ」

「それは……そうですよね。事件性があるのなら、不用意に人を入れたらダメですし」

 

 法的な問題はともかく、死体が見つかったばかりの家に泊まるのは精神的に躊躇ためらわれる。たとえその遺体が嫌っていた父親のものであっても、気分的にまったく休まりはしない。むしろ、小さな物音にすら敏感となり、余計に眠れなさそうだ。

 

 そうなると、今夜は未成年でも宿泊できる施設を探すしかあるまい。警察署に泊まるなど絶対に嫌だし、高城たかしろ出水でみず金子かねこの家に泊まるのも悪い気がする。西野にしのに関しては、彼女の両親が許しはしないだろう。

 

 しかし、殺したいほど憎んでいた相手であったが、いざ本当に死んでしまうと、こうも面倒なことになるなんて。遺族は哀しむ暇すらない、という話はよく聞いていたが……ざまぁみろ、とあざける余裕すらもないとは思わなかった。

 

 思わず溜息を吐く僕に、箱崎は苦々しく口を開く。

 

「ま、いろいろと不安に思うだろうが……とりあえずまた、何か変化があったら知らせるな。できれば、こういう事態になる前にケリをつけたかったんだが……すまない」

「いえ、その……僕自身も、まだ何も実感が出来てなくて。あの、このあと僕は事情聴取されるんですか?」

「いや、とりあえず今日は良いだろう。はっきりとしたことが何も無い以上、こっちとしても聞くこともねぇし。それじゃ、俺たちはこれで帰るが……くれぐれも大人しくしていろよ?」

「ええ、分かってます」

「そうか。じゃあな」

 

 そして、二人は足早に僕の元を立ち去って行った。箱崎はその去り際、少しだけ心配そうな視線を向けていたが、一方の真中は意識が別の方向に向いているのか、いつもよりも硬い表情にも見えた。あのメールの文面が、まだ彼女の心に刺さっているらしい。

 

「はぁ……」

 

 二人の姿が完全に消え去った後、僕は思い切り大きく息を吐く。多少、現状の把握は出来たものの、逆に考えなければならない案件が増えてしまい、精神的なストレスは最高潮を迎えていた。

 

 死亡届も提出しなければならないだろうし、葬儀や相続の問題も一挙に押し寄せてくるだろう。先々のことを考えると、憂鬱を通り越してもはや笑えてくる。

 

「仕方ない、か」

 

 もう、ここまで来たら一つ一つの問題を片付けるしかあるまい。とりあえず、今日の宿泊先だけは決めておこう。ゆっくりと横になれば、少しくらいは気持ちにも整理がつくだろう。

 

 しかし……よく考えれば、高城が通り魔に刺されていなければ、僕は自宅で父親の遺体を目撃することになっていたのだろうか。もしくは、父親を殺した犯人と相対していた可能性もある。そう思うと、ある意味で幸運だったのかも知れない。

 

 そういえば、高城といえば……。

 

「っ!」

 

 僕はふと、少し前に箱崎から告げられていた言葉を思い出し、慌てて重い足を前に動かす。すっかり失念していたが、防犯カメラの映像を観た高城はフラッシュバックを起こし、過呼吸となってしまったらしい。

 

 看護師たちの落ち着いた動きを見れば、少なくともこのフロアに命に係わるような状態に陥っている患者はいないようだ。しかし出水一人では、きっと対応に苦慮していることだろう。彼女も一緒になってパニックに陥っている可能性も否めない。

 

 急いで高城の病室へと辿り着いた僕は、締め切られたドアを軽くノックする。

 

「僕だ、入っても大丈夫か!?」

 

 一瞬、シンとした静寂が周囲を包み込む。その空気に耐え兼ね、ヒヤリとした汗が額を伝い始めたころ、ようやく部屋の中から言葉が返ってきた。

 

「……せ、先輩? は、はい。大丈夫です」

 

 この声は、出水だ。彼女がこうして落ち着いて返答が出来ているということは、もう高城の状態は安定したのだろう。ほっと一息吐きつつ、ゆっくりとドアを開ける。

 

「入るぞ。高城は大丈夫そうか?」

「先輩、遅いです。でも、今はもう平気そう、です」

「そうか……悪かったな」

 

 少しむくれる出水に謝りつつ、高城へと視線を向ける。鎮静剤か何かを投与された後なのだろうか、やや虚ろな瞳で眠そうな表情であるが、高城はこちらに気づき弱々しく微笑む。

 

「先輩……すみません。心配かけちゃって。だいじょぶだって、言ったばかりだったのに」

「良いんだよ。怖い思いしたのに、平然としてる方がおかしいだろ。でも、やっぱりあと二、三日は入院してた方が良いだろうな。しっかり治してくれた方が、僕たちも安心だし。な?」

 

 僕の問いに、出水は全力で頷く。しかし、僕らの話に対し高城は笑みを消してポツリと呟く。

 

違うんです」

「違う……って、何が?」

 

 思わぬ返答に、僕は目を丸くして聞き返す。それに対し高城は口籠りながらも、顔を上げて僕たちへ目を向ける。

 

「刺された時のこと、思い出して取り乱した訳じゃないんです。ただ私は、犯人の顔を見て驚いただけ」

「犯人の顔を見て……? そ、それってつまり、顔見知りの犯行だったってことか!?」

 

 僕の問いに、高城は黙って小さく頷く。その瞳からは、またカメラの映像を観た時の記憶が戻ってきたのか、涙が滲み始めていた。これ以上質問を続けてしまえば、また発作を引き起こしてしまうだろうということは、さすがの僕でもすぐに理解できた。

 

 完全に戸惑い、閉口したまま出水へと視線を移す。出水の方も、その情報は初耳だったようで何度も瞬きをし、ぽかんと口を開けたまま動かない。

 

 顔見知りによる犯行であれば、僕でも確実に取り乱すだろう。いや、余程肝の据わった人間でない限り、落ち着いていられることは不可能だといえる。恨みを抱かせていると知っていた相手ならば、刺されても不思議ではないと開き直れるだろうが……彼女の様子を見る限り、そういう手合いでは無さそうだ。

 

 そもそも、高城は学校では僕と同じく浮いた存在であった。それ故に、学内で誰かと交流し、その結果として恨みを買うような事態になることは有り得ない。ということは学外、もしくは以前から付き合いのある人間による犯行だったのだろう。そう考えた方が自然だ。

 

 ただし、ここで一つの疑問が浮かび上がる。彼女の顔見知りによる犯行であったことは確実だとして、それならば何故、西蓮寺さいれんじの描いた絵のポストカードを持っていたのか。そしてどうしてそれを、わざと現場に置いていったのか。

 

 どう考えても不可解だ。一連の事件に西蓮寺の絵が関わっているという情報は、僕ら活動メンバーなど一部の人間しか知らないものである。それにも拘わらず、高城の顔見知りだというその犯人はポストカードを置いていったのだ。

 

 これでは、その犯人が一連の事件を引き起こした、もしくは関与しているのだと言っているも同然である。でも、木村きむらたちとは異なり高城は殺さなかった。その違いは、一体なんだというのか。

 

「……」

 

 非常に重苦しい空気に耐え切れず、僕はスマートフォンを取り出した。くだんのカメラの映像を持ち込んだ箱崎へ、誰が映っていたのか確認するためだ。彼女に聞くよりも、こうした方が良いだろう。

 

 しかし、そんな時。今にも精神発作を引き起こしそうであった高城が、意を決したように重い唇を開く。

 

先輩センパイ由惟ユイ。私の話、聞いてくれる?」

「む、無理はするな。また呼吸が……」

「だいじょぶです。私はもう、事実を受け入れたので。それに今は、由惟や先輩がいる。だから、だいじょぶ」

 

 そして、大きく息を吐いた高城は、ある人物の名を口にした。

 

「映ってたのは、ミオちゃんだったんです」

「澪、ちゃん……?」

「っ!」

 

 僕には聞いたことのない名であったが、その言葉を聞いた瞬間、出水は椅子から跳ね上がりベッド上の高城へと詰め寄る。

 

「澪、ちゃんって……ほ、本当なの、美琉加みるか!?」

「うん。顔は半分くらい隠れてたけど、あれは絶対に澪ちゃんだった。間違いないよ」

「嘘、そんなの、嘘……」

「私も、最初はそう思ったよ。でも、確かに澪ちゃんだと思う。そうじゃなきゃ、説明がつかないもん」

「ちょ、ちょっと待ってくれ二人とも! 僕にも分かるように話してくれると、ありがたいんだけど」

 

 どんどん僕の知らない話が展開され、焦った僕は二人の会話を止めて説明を促す。すると、一瞬だけきょとんとした高城は、ああ、と思い出したように小さく零すと、改めて僕へと向き直りしっかりとした口ぶりで話し始める。

 

「そうでしたね、先輩は覚えていないんですもんね。澪ちゃん……いえ、灰谷ハイタニ ミオは、『新人類計画』の被験者の一人で、私の大親友だった子です」

「灰谷って、もしかして灰谷はいたに れいの……?」

「ああ、それは覚えてるんですね。ええ、そうです。澪ちゃんは灰谷 玲さんの一人娘で、あの実験によって帰らぬ人となったはずの、とても可哀そうな子ですよ」

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