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小欅 サムエ
小欅 サムエ

5-2

公開日時: 2021年6月20日(日) 21:29
更新日時: 2021年6月27日(日) 18:05
文字数:5,468

 おかしい。『赤い部屋』の被害者リストの中に、なぜ僕の名前があるのだ。僕は一度このFlashを閲覧しているが、その時にはここに僕の名前なんて無かったはずだ。記憶違いかと考え、何度かその場面を思い返してみるものの、やはりそこに僕の名前は無い。

 

 それだけではない。僕だけではなく、他の人間の名前も大きく改変されていた。そして驚くことに、それらのほとんどは知った名前であった。

 

高城たかしろ 美琉加みるか出水でみず 由惟ゆい灰谷はいたに みお! こ、これ、もしかして『新人類計画』の被害にあった人たちの名簿なんじゃないか!?」

はるかくんの名前もある、から……そう考えた方が、自然かも。でも、どうしてこれを、先生が……?」

「分からない。分からないけど……とりあえず、この動画は保存しておいた方が良いな。ダウンロードできそうか?」

「う、うん。やってみる」

「頼む。なんか、すごく嫌な予感がするからな……」

 

 ウイルスが紛れている可能性は否定できないものの、開示期限のある動画であった場合、箱崎はこざきたちに提出できなくなってしまう。念のため、リストに記載された名前をすべてこの目に映し、いつでも思い出せるようにはしたが……物的証拠が残るか残らないかでは、その真偽について大きく左右されるのだ。むしろ、バックアップも作成しておくべきレベルだろう。

 

 今のところ、このリストが存在したところで何の役に立つのかは分からない。ここまでして保管する必要は無いかも知れない。だが、このようにカモフラージュする必要性があるほど、重要なものであるのは事実だ。

 

 冷静に考えれば、このリストに載っている人間は僕のような特殊能力に目覚めている可能性が高い。僕の場合は人に危害を与えるような能力ではないが、場合によっては肉体活性などの異常な力を得ている人間もいるだろう。犯罪を未然に防ぐ目的でも、このリストは重要だ。

 

 しかし、だとしても何故これを木村きむらが所持していたのだろうか。そして、これを僕たちに見せて何のメリットがあるというのか。考えれば考えるほど、木村の言動は謎に包まれていく。

 

「うーん、どうして残したんだろうな。しかも、カフェのマスターに伝言を頼むだなんて、さすがに適当にもほどがあるし……」

「そうですよね。私たちが偶然、あのカフェに行かなかったら、まだ気付いてなかった、かも」

「まあ、金子かねこがコメントをチェックしてくれたらそれで気付けただろうから、予防線みたいなものだったのかもな。『エンプーサ』の絵みたく自分が殺されることを察して、色んな人にこれを託していった、とかな。どっちにしろ、意味が分かんないけど」

 

 そうやって何気なく会話する中、ふと出水は作業の手を止め、僕の顔を怪訝けげんそうに見つめる。

 

「あの、『エンプーサ』って何ですか? 先輩、あの絵のこと、知ってるの?」

「え? あ、そうだ。忘れてた……」

 

 しまった、うっかりしていた。木村の死についての詳細を、活動メンバーに話し忘れていたのだった。本来なら三日前、『カフェテラス・ボム』で集まった際に話してしまう予定だったが、あの日は金子が塾の時間となってしまい、話せなかった。

 

 そして今に至るまで、そんな物騒な話題を口にすることすらできていなかった。それ故、出水は知らないのだ。木村は単純な転落事故で死んだのではなく、確実に殺されたのだ、ということを。

 

 ここまで口にしてしまった以上は仕方がない、この状況ではどうやっても隠し通せないだろう。不用意に彼女たちを怖がらせたくはないのだが、大事な話だ。箱崎と話したことをすべて打ち明けよう。

 

「……悪い。最初は警察から口止めされてて言えなかったんだけど、木村先生は屋上から転落して死んだ訳じゃないんだ」

「あ、あの。それ、どういう意味、ですか?」

「落ち着いて聞いてくれ。先生は、屋上から落ちる前に、全身の血液を抜かれていたみたいなんだ。そして先生の胸ポケットには、西蓮寺さいれんじ先生の『エンプーサ』の描かれたポストカードが入っていたらしい」

「そ、それって……」

「ああ。木村先生は、一連の事件に巻き込まれて死んだんだ。原因はまだ分からないけど、少なくとも転落死じゃない。それだけは確かだ」

「……」

 

 僕の話を受けて取り乱してしまうかと思いきや、出水は少しだけ悩むような素振りを見せると、険しい表情で不自然な言葉を呟いた。

 

やっぱり、ですか」

「は? や、やっぱり?」

「はい」

 

 まるで木村の死を予見していたかのような発言に、思わず聞き返した僕へ、出水は淡々とした口調で語り始める。

 

「美琉加には黙ってたけど、木村先生……いえ、あの人は『新人類計画』に参加してました。もちろん、研究者側の立場で、です」

「な、なんだって!? それ、本当なのか?」

「うん。装置とか、私たちに触れることはほとんど無かった、けど……私は、はっきりと覚えてます。あの人は完全に、あっち側の人間。写真に写ってた間柴ましば先生も、澪ちゃんのお母さんも、みんなそうでした。他の人は、会ったことが無いから知らないけど、多分……」

「……あの写真に写った人物は全員、『新人類計画』に関与している人物だった?」

「そう、だと思う。だから、先生は殺されたのかな、って……」

「マジか……」

 

 あまりの衝撃に完全に沈黙してしまい、動画をダウンロード中のPCからの小さな音だけが部屋に響く。平日の午前中ということもあり、窓の外からは何も聞こえてこない。閉鎖された空間に閉じ込められた気分だ。

 

 確かに出水の話が真実であれば、その可能性は充分に考えられる。まるで接点がないと思われていた、木村や間柴たちとの間にそんな結びつきがあるなら、同じ写真に写っていても違和感はない。

 

 しかし、それが事実だとしても矛盾点は存在する。あの写真は『新人類計画』に加担した人物を写したものであるならば、どうして大島おおしま ひろし西蓮寺さいれんじ 真冬まふゆも写り込んでいるのか。

 

 西蓮寺については息子を実験に差し出しているため、最悪な結果を迎えるまでに撮られた一枚だとすれば理解できる。だが、大島の場合はそうではない。先ほどのリストを読み返してみても、『大島』という名字の人間はいないのだ。

 

 もちろん、離婚相手の子どもとか、そういう事情も考えられる。その可能性を含め、この被験者リストは箱崎へと渡すべきだ。そして、大島との関連性が見いだせれば、この問題は一応解決すると言えよう。

 

 しかし、もう一つの矛盾については全く解決できそうもない。この一連の事件が『新人類計画』に関与した人物を標的としたものであるのならば、第二の事件……真中まなか 優佳ゆうかが殺害される理由が全くないのだ。

 

 確かに、彼女の父親である真中 善久よしひさは例の写真に写っているのだが、その家族まで標的となるならば、例えば木村の妻だとか、僕もその一人となってしまう。そんな理由で殺されては到底納得できないし、それではもはや無差別殺人に近い。

 

 それにもう一つ、重要な事実がある。それはしくも、つい先ほどこの『赤い部屋』の中で見つけた情報であった。

 

「でも、真中 優佳さんも僕たちと同じ被害者の一人、なんだな。『新人類計画』に恨みを持つ人間による犯行なら、そんな人を殺す理由なんて無いはずだよな……」

「そう、ですね……」

 

 そう、どういう訳か真中 優佳もリストの中に入っていたのである。子どもを対象とした実験であるはずなのだが、僕たちよりも十以上も年の離れた彼女が被験者となっていたらしい。一方で、姉である弘佳ひろかの名前はリストに無く、双子のうち優佳だけが実験を受けたようだ。

 

 この事実に関しては、直接真中へと訊ねた方が早いとは思うが……相手はあの真中だ。正直に話してくれるとは思えない。しかも、こちらには黒いカードを隠していたという負い目もある。機嫌のよい機会を窺う方が良いだろうが、そんな場面に出会ったことが無い以上、困難と言えよう。

 

 いずれにせよ、この件も含めて一切合切を箱崎へ報告する以外にない。さすがに上司からの話であれば真中も応じるだろうし、冷静に対応してくれるだろう。そう思える根拠は全くないが。

 

「仕方ない。全部、箱崎さんに聞くしかないか。それにしても、全然折り返しの電話が来ないな……」

「あの、もう一度かけてみたら?」

「うーん、それもそうだけどな……二回目でもダメだったら、ちょっと辛いかも、って思ってさ」

「それはそう、かも。だけど、待ってるだけなの、辛い」

「そうだよな。気は進まないけど、それが無難か————おわっ!?」

 

 箱崎へ電話するため、重い腕をポケットへと伸ばしスマートフォンに触れた時であった。急にスマートフォンは鳴動を始めてしまい、その振動に驚いた僕はスマートフォンを床に落としてしまった。

 

「な、なんだよ急に……」

「せ、先輩! 画面見て! 着信です!」

「え? あ、本当だ! もしかして!」

 

 出水に急かされ、スマートフォンを拾い上げた僕は、登録にない番号からの着信であったことに気付かず即座に受け、興奮気味に口走る。

 

「もしもし、箱崎さんですか!? すみません、昨日は急に電話をしてしまって!」

 

 だが、そう言葉にしてから少しの間が空いた後、スピーカーから聞こえてきた声に、僕は思わず脱力してしまった。何故ならば、その声の主は箱崎では無く、非常に聞き馴染みのある人間のものだったのである。

 

「ああん? 誰だよ箱崎って。俺だよ、俺。金子だよ」

 

 そう、発信してきたのは金子であった。いつもは無料チャットアプリを介した通話しかしないため、完全に虚を突かれてしまった。

 

「あ? 金子、だって?」

「そーだよ。チャットアプリがメンテ入っちまったからよ、直電したんだが……なんだ、間が悪かったか?」

「……ああ、ホント最高に悪かった。目の前にお前がいたら、きっと殴ってたくらいだ」

「はは、そうか、それは悪かったな。でも、早いとこ伝えようと思ってさ。なんつったって木村先生の伝言って話だからな、もういい、って言われたって調べねぇ訳にはいかねぇだろ?」

「そ、そうか……」

 

 どうやら、金子は僕から断りの連絡を受けたにも拘わらず、木村からのコメントを見てしまったようだ。まあ、昨日出水がどんな内容のメールを送ったのか定かではないにせよ、死んだ恩師からの伝言ともなれば、さすがに誰だって興味を持つものだ。断りを入れたところで、金子の衝動を抑え込むには至らなかったのだろう。

 

 見られてしまったものは仕方がない。面倒ではあるが、彼にも事の経緯を説明せねば。しかし、電話口で、というのは少々厄介だ。どうせならば、どこか全員が集まれるような場所を選び、そこに来てもらう方が良いだろう。

 

「金子、ちょっといいか?」

「ん? なんだよ」

「電話で、っていうのも悪いし、高城の様子についても話しておきたい。だから、そうだな……部室に集合しないか? それなら話しやすいだろうし」

「あん? なんでそんな七面倒臭ぇこと……いやでも、図書館にも行っておきたいな。水島みずしま、お前の話はどんくらいで終わる?」

「それは……どうかな。お前次第かも知れないな」

「なんだそりゃ。まあいいや、分かった。それじゃ、昼過ぎに部室に集合ってことで」

「昼過ぎか。ってことは、午後二時くらいだな。了解」

 

 それだけ時間があれば、ここで箱崎からの折り返しを待っていても問題ないだろう。万が一、箱崎から今すぐに会いたいと言われても、新宿警察署から学校までは大した距離ではない。最悪でも、金子に遅れるという連絡を入れておけば済むし、何なら箱崎にも部室に来てもらえばいい。

 

 こっちには、いろいろと武器があるのだ。幾ら箱崎とはいえ、僕の頼みをそう簡単に断ることは無いだろう。

 

「急な話で悪いな。勉強で忙しいだろうに」

「そりゃそうだけどさ……ま、乗り掛かった舟だしな。でもよ、この動画は何なんだ? 『赤い部屋』に似せた、先生の悪趣味な全校生徒の名簿か? あの人、こんな趣味だったのかな……」

「いや、知らねぇけど……それも含めて話し合おうと思ってさ。……全校生徒の名簿?」

 

 そのまま話を流して通話を切ろうとした時、ふと彼の話に違和感を覚え、指を止めて金子へと問いただす。

 

「……金子、全校生徒の名簿ってどういうことだ? そりゃあ、僕や出水とかの名前が載ってたらそう思うのかも知れないけど、全校っていうほどの数じゃねぇだろ」

「あん? まあ、確かに全校生徒ってのは言い過ぎかも知れねぇけどさ。それにしたって、そうだな……この中の八割くらいが西光学園ウチの生徒の名前だぜ? それに先生の残したものだしな、そう考えちまうだろ」

「八割、だって?」

「ああ」

 

 思わず言葉を失う僕に、金子は冷笑気味に返す。

 

「お前とは違って、俺はクラスメイトとか先輩、後輩とか、結構交流があるからな。瞬間記憶能力なんかなくったって、これくらいは覚えられるんだぜ? ま、お前には敵わねぇけどさ」

「そ、それはともかく……本当なのか? その、大部分が西光学園ウチの生徒だっていうのは」

「ああ、そりゃあな。っていうか木村先生のコメントだし? ついでにこの中に会長の名前もあるんだからよ、真っ先に生徒名簿を疑うだろ。何をどうして欲しいのか、さっぱり分かんねぇけどな」

「会長、だって!?」

 

 金子の言葉に、僕はまた手から落としそうになったスマートフォンを握り直しつつ、記憶の中にある『赤い部屋』のリストを呼び起こす。すると彼の言う通り、その名がしっかりと刻んであった。見間違えようのない、特徴的な名前である。

 

西野にしの……!」

 

 そう、西野にしの 心深ここみという名が、読み飛ばしてしまっていたリストのちょうど中腹くらいに存在していたのである。つまり、彼女も僕と同じく『新人類計画の被害者だったのだ。

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