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小欅 サムエ
小欅 サムエ

5-10

公開日時: 2021年11月3日(水) 14:43
文字数:5,616

 そんなことは有り得ない、馬鹿げている。以前の僕ならば、そう言って一蹴しただろう。だが、今となっては金子かねこの話を真実だとして受け止めるしかない。それだけの体験を、僕は嫌というほど味わって来ていたのだから。

 

 『新人類計画』に参加した子どもたちは、もれなく精神異常を来す。それ故に、危険な能力を有するかどうかに関わらず、僕たちは監視対象となった。そして、西光せいこう学園という檻の中へと収容されたのだ。

 

 しかし、それについては一つ大きな疑問が存在する。

 

「話は分かった。でも、そうだとしてもちょっとおかしいだろ」

「おかしい? 何がだ」

「この学校は私立だし、偏差値だって低くない。金銭的に余裕がない家もあるだろうし、学力が足りない人もいるだろ。それに、地方へ引っ越している人だっているはずだ。強制連行でもしない限り、全員を集めるなんて不可能だろ」

 

 そう。僕のようにこの学校を自ら選んで進学したならばともかく、西光学園への入学を希望しない、もしくは志望できない人間を集めるのは困難なのだ。どれほど違法な手段を用いても、本人の意思を無視して学校に入学させることなど、そう易々と行えるようなものではない。

 

 だが、僕の至極真っ当な意見に、金子ではなく出水でみずが答えた。

 

「あの、生徒を集めるの、可能だと思います」

「え?」

「私も、本当は受験するつもり、なかった。でも、お父さんたち、強く勧めてきた。それに、学校の先生、来て……私の能力、肯定してくれた。だから、私はここを選んだ。美琉加みるかも、きっと同じだと思う」

「……ああ、そういうことか」

 

 『新人類計画』に参加し、子どもに重い障害を負わせてしまったという親たちの自責。異常な能力を得たことで、周囲から浮いた存在となってしまった僕たちの心に寄り添う姿勢。それらを上手く利用し、この学校を志望させるよう仕向けたのだ。

 

 金銭的な不安や学力不足という問題については、学校側から来てもらうよう働きかけた生徒たちである。学費免除や合格ラインの引き下げなど、幾らでも手段を講じることは出来よう。彼らにとっては、受験さえしてもらえばそれでいいのだから。

 

「説得に応じなかった子どもは?」

「んなこと知るかよ。でも、生き残った被験者は五十人にも満たねぇし、多少強引に入学させても問題にはならねぇ。最悪、脅しちまえば良いだけなんだからな」

「まあ、そうなるだろうな……」

「そういうわけで、あの『赤い部屋』は、結果的にウチの生徒名簿みたいなもん、ってことだ。それ以外の人は基本的に死んじまってるか、死んでるのと変わらねぇ状況にあるか、だからな」

「お前、そんな言い方……」

「悪いな。だがよ、これは紛れもない事実だし、言い繕ったところで意味はねぇ。割り切るところは割り切らねぇと。これからお前が相手すんのは、そういう奴らなんだし」

「……」

 

 沸き上がる強い感情を抑え込むため、大きく息を吐く。ここで金子に怒りをぶつけたところで無意味であるし、むしろ彼は大事な情報を話してくれたのだ。今回はとりあえず、それでチャラということにしよう。

 

「さて、と。もう時間もないから、共有できることだけまとめておくか。まだ少し心の整理がついてないんだけど、話していくうちに落ち着くかもしれないし」

「そうね。それじゃあ、まずは……最初の事件って確か、夏企なつきたちが志摩丹しまたんで巻き込まれた、例の件だったかしら?」

「いや、正確にはその少し前、ノンフィクション作家の大島おおしま ひろしが殺害されたところから、だな。世間には自殺として公表されてるけど、事件の記事には明らかにおかしな点があったし、何より例の写真に大島がいた。これで無関係とは言えないよな」

 

 四月三十日、自宅の浴槽の中で死体となって発見された大島 浩。発端を辿るならば、恐らく彼の事件が始まりであると言える。ただ、彼の事件に関しては謎だらけである。

 

「大島、なぁ……あの人、自殺は無いと思うけど、他殺にしたって心当たりが多すぎるからな。ネットニュースの書き込み見ただろ? 本当にあの事件が最初なのかって考えると、ちょっと微妙な気もするな」

「だからこそ、かも知れないぞ? 大島が『新人類計画』に関わってるってことを知る人は少ないし、あの写真が無かったら僕たちだって気付けなかっただろうし」

「まぁな……」

 

 そもそも、あの写真が無ければ僕が事件に関わらなかっただろうし、『新人類計画』という研究についても知らないまま過ごしていたことだろう。

 

 もちろん、後悔などしていない。むしろ何も知らないままであった場合、両親が意味も分からないまま急に殺され、きっと今頃は酷く精神的に不安定な状態へと陥っていたことだろう。場合によっては、自宅で両親ともども殺されていたかも知れない。

 

 軽く寒気を覚え小さく身を震わせていると、天井を仰いでいた金子がポツリと呟く。

 

「それにしても、大島って研究者でもないのに、なんで写真に写ってたんだろうな」

「え? 研究の取材とかだろ、多分」

「それは無いわ。あの研究は広報されてはいけないでしょうし、あの人がまともな記事を書くとは思えない。可能性があるとすれば、大島さんの子どもも研究に参加していた、とかでしょうね」

「大島の子どもが、ねぇ……大島、大島か……」

 

 西野にしのの言葉を受け、『赤い部屋』に記載されていた氏名を一人ずつ思い出してみる。だが、その中に大島という名字の子どもはいなかった。

 

「少なくとも、大島って名字の子どもはいないな。隠し子がいたなら別だろうけどさ、それなら猶更、研究に関わろうなんて思わないだろ。自分が記事にされちゃうし」

「それもそうね。とりあえず、この件に関しては保留にしておきましょうか」

「ああ。そんじゃ、次は……志摩丹の事件だな」

「……」

 

 そう言うと、金子と西野は心配そうに僕と出水の顔を見つめる。さすがに、事件現場を目の当たりにした僕らに遠慮しているのだろう。

 

 ただ、遺体の状況などを事細かに話す必要はない。今必要なのは、事件の概要と僕が箱崎はこざきから得た情報の整理である。あの遺体のことは考えないよう、必死に箱崎の顔を思い描きつつ口を開く。

 

「えっと、そうだな……被害者は知ってると思うけど、あの真中まなかさんの双子の妹、真中 優佳ゆうか。確か、警察の公安部に出入りがあったっていう話だけど、バイト暮らしをしていたらしい」

「公安? そりゃまた、話が大きくなりそうな……でも、出入りって何だよ。アレか、自販機の商品入れ替えとかか?」

「いや、それは分からない。ただ、はっきりしているのは彼女の父親が例の写真に写っていたということと、真中 優佳って名前が『新人類計画』の被験者リストに載っていたこと。あとは……ああ、そうだ」

 

 そういえば、警察署近くのムーンバックスカフェで、箱崎が言っていた。真中 優佳と大島に大きな関係があることを示す、重要な話を。

 

「大島の事件現場に、真中さんが現れたらしいんだ。それも、自殺として片付けるように現場の刑事に指示したんだって」

「は?」

「それ、本当なの?」

「え……?」

 

 僕の話に、三人は揃ってポカンと口を開け、首を傾げる。ただ僕自身も、未だにそれがどういった状況だったのか分かっていないため、それ以上のことは言えない。そういう事実があったらしい、という程度だ。

 

「うん、まぁ……そうなるよな。この件については一応、箱崎さんから秘密にしておいてくれ、って言われてるんだけど……個人的には警察内部での揉め事か何かかな、って思ってる。なんで一般人が現場に入れるのかは分かんないけど」

「いや、マジで訳分かんねぇよ。水島みずしまみたいに、偶然事件に遭遇したってんなら分かるけどよ。しかも、現場を指揮したってのか? 有り得ねぇだろ」

「どう考えても異常ね。木村きむら先生のメールにあった通り、今回の事件の鍵を握っているのは、真中さんなのかも知れないわ。ただ、この件に関しても箱崎さんに任せた方が賢明でしょう。警察内部のことなんて、私たちがどうこう出来ることではないわ」

「そうだな。今のところ、優佳さんの事件も手掛かりが一切ないみたいだし……」

 

 それよりも、あまりこの件に首を突っ込み過ぎると、逆上した真中 弘佳ひろかに殺されてしまいそうで恐ろしい。遺体が移動していたことも含めて、箱崎と内密に情報を交換するだけに止めておくべきだろう。

 

「あとは木村先生の転落死と、高城の通り魔事件。そして僕の両親の事件、か。両親の件はさっき話した通りだし、高城のことは……」

「……」

 

 チラ、と横目で出水の表情を確認するも、やはり彼女はまだ気持ちの整理がついていないようだ。高城の件については、高城自身が日常生活に戻って来られた時にでも、改めて確認することとしよう。それに、まだこの件に灰谷はいたに みおが関与していると確定した訳ではない。無用な不安を与えて、精神に異常を来してしまっては問題だ。

 

「ゴホン。えっと、それじゃあ木村先生の事件について、軽く確認しよう。他の二件は不確定要素が多すぎるし」

「そうだな。つっても、先生が屋上から落っこちた時って、会長と水島、それと……高城だったか? 三人とも、全部見てるんだよな。今さら話すことなんかあるか?」

「それがあるんだよ。あれは、単なる転落事故じゃない。先生は転落する前に、血液を全部抜き取られていたらしいんだ。その証拠に、空き教室に多量の血が入ったバケツがあったんだってさ。それに、胸ポケットには西蓮寺さいれんじの絵、『エンプーサ』の描かれたポストカードが入っていたって、確か真中さんだったかな。そう言ってたよ」

「……マジか」

 

 途端に顔色を真っ青に染め上げ、口元に手を移した金子を目にし、僕は大きな間違いをしてしまったことに気付く。

 

「あ、ごめん。金子、グロ系苦手だったんだっけ」

 

 最初に本人から受けていた警告を、僕はすっかり忘れてしまっていた。金子は、生物の教科書すらも恐々とページを捲るほどグロに弱く、流血した話を聞くだけでも総毛だってしまうレベルなのだ。

 

 そんな彼に、僕は木村の死因を事細かに説明してしまった。これではもう、取り返しがつかない。

 

「お前……マジ、恨むぞ」

「いや、本当にごめん。トイレ行くか?」

「……ああ」

 

 そう言うと、金子は足早に部屋の外へと立ち去った。この部室からトイレまでは遠くないが、あの様子だとそう長くは無いだろう。何とか間に合って欲しいものだ。

 

「……どうしようか」

「どうしよう、じゃないわよ。まったく……後でちゃんと謝っておきなさいね。それはそうと」

 

 気を取り直すように軽く溜息を吐いた西野は、話をメモしていた紙を僕へと手渡し、立ち上がった。

 

「簡潔に、今回の事件を時系列ごとにまとめておいたわ。高城さんが来たら、それを見せればきっと分かりやすいと思う。必要なことがあれば、随時書き足していくと良いわ」

「おお、スゲェな……ありがとう。でも、どこか行くのか? まだ全部話し終わった訳じゃないけど」

「生徒会の仕事。金子くんがあの様子じゃ、これ以上何を話しても進まないと思うから。出水さんも疲れてるみたいだし、もう今日は解散した方が良いわ。それに、夏企はまだ何か隠しているでしょう?」

「……さすが、鋭いな」

「伊達に、何年もあなたの世話をしていませんから。今すべて話せないなら無理に聞く必要はないし、中途半端に聞く方がストレスになるもの。またいつか、考えがまとまった時に話してくれたら、それでいいわ」

「そうか」

 

 言われてみれば、憶測ばかりで何も進展していない。もちろん、西野のお陰で情報がまとまった紙を作製することは出来たが、『新人類計画』についてや、木村のメールに関することなどについては、結局のところ情報共有するだけに止まってしまった。

 

「それじゃ、金子が戻って来たら僕たちも帰ることにするよ。出水も、それでいいか?」

「う、うん。でも先輩、大丈夫、ですか?」

「ん?」

「あの、お家……どうなってるか、分からないと思う。一人で、平気?」

「あのな。両親がいようといまいと、ずっと一人で暮らしていたようなものだから大丈夫だ」

「でも、食事とか……キッチン、きっと使えない。遺体があったの、確かリビングダイニング、ですよね?」

「あ、そうだっけ」

 

 確かに、リビングダイニングが封鎖されているとなると、二階の自室に一人でいることになる。二階にトイレはあるが、当然キッチンなどは無い。電気ケトルはダイニングにあるので、カップラーメンを作ることすら出来ないだろう。

 

 まあ、別に普段から夕食はカロリーブロックなどで済ませているのだ。今日も適当に食べて、後は寝てしまえばいい。

 

 そう思い、出水へ返そうとした矢先、部室から出ようとしていた西野は僕の方へと振り返り、笑顔で言い放った。

 

「大丈夫よ。今晩は私が夕食を作って、持って行ってあげるから」

「は?」

「夏企、放っておくと食事を適当に済ませようとするんだもの。良い生活は、良い食事から、よ」

「おい、ちょっと待て。さっきも言っただろ、僕の家では殺人事件があって、一般の人は立ち入りが————」

「そんなもの関係ないわ。あなたが栄養失調になってしまう方が、よっぽど大問題よ。それに、あなたが家に入れるのなら、私が持ってきた食事を渡すことだってできるでしょう? それすらも出来ないって言われたら、私は厳重に抗議するわ。相手が警察だろうと誰だろうと、そんなことは許されないもの」

「……」

 

 ああ、これはダメだ。こうなった西野は止めても聞かないし、むしろヒートアップさせるだけだろう。ここは大人しく、彼女の想いを尊重するしかあるまい。

 

「わ、分かった。家に着いたら、それが出来るかどうか確認してみる。確認が取れたら連絡するよ。それでいいか?」

「ええ、なるべく早く頼むわね。それじゃあ、また夜に」

「あ、ああ……」

 

 そして、僕の返答に満足した様子の西野は、上機嫌に部室を去って行った。あれだけ重い話をした後だというのに、まるで彼女の頭の中には僕しかいないようで、少しだけ気味が悪くも思えた。

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