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小欅 サムエ
小欅 サムエ

5-9

公開日時: 2021年10月16日(土) 21:39
文字数:4,291

 その後、戻って来た西野にしのからコウリュウレモンの缶を受け取り、乾いた喉へと流し込んだ。炭酸が喉を伝い、体中が爽快な刺激に満たされてゆく。そんな中、西野は飲みかけのコーヒーの缶を机に置き、梅雨の空を背に口を開く。

 

「状況を整理する前に、一つだけ良いかしら」

 

 突然の問いかけに、僕は口へ運びかけていた缶をゆっくりと下ろす。

 

「なんだよいきなり。何か気になることでもあるのか?」

「ええ。とても単純だけれど、すごく大事な話。時間が無いことは分かっているけれど、これだけはどうしても先に確認しておきたいの」

「大事な……? 分かった。でも、手短にな」

「もちろん。というよりも、ほんの一言だけ聞かせてくれればいいだけだから安心して」

 

 そう言うと、西野は僕たちの顔をぐるりと眺め、神妙な面持ちで話し始める。

 

「『新人類計画』は、国が先導した極秘の研究。それも生命倫理を完全に無視した、最低最悪の人体実験。今回の一連の事件は、その研究に関するものかも知れない、ということは理解しているのよね?」

「え? ああ、そりゃあな。まだ確定した訳じゃないけど、被害者の特徴を考えると、そうとしか思えないし。でも被験者まで襲われてるから、動機についてはまだはっきりしてないんだけどな」

「そうね。でも、そうだとすれば犯人の目的は、『新人類計画』の存在を白日の下に晒すことなのではないかしら。単に研究者への怨恨えんこんではなくて、研究そのものを糾弾きゅうだんしたいのだと考えれば、矛盾しないと思うの」

「研究の存在を……?」

「そうか、そういうことか!」

 

 唖然とする僕とは対照的に、金子かねこは納得したように声のボリュームを上げて西野へと聞き返す。

 

「標的は加害者でも被害者でも、どっちでもいいんだ。危険な研究のことが知られれば、少なくともマスコミが黙っちゃいない。それに、反政府系の人間にとっては最高のエサになる。そういうことだよな、会長」

「……金子くん、言い方が悪いわ。でもまあ、実際その通りだけれどね。それに『新人類計画』は国際的な倫理規定に明らかに反する実験だから、政府どころか国全体が非難の的になるわ。つまり、この件は国内外問わず、絶対に知られてはいけないの」

「ってことは、この事件に関わるってことは……」

「そう。ようやく気が付いたようね」

 

 ハッと顔を上げた僕に対し、西野は少しだけ呆れ気味に、しかしはっきりと告げる。

 

「この事件を追うと、確実に国の監視対象になる。これがどういう意味を持つのか、さすがに理解しているわよね?」

「……そういう、ことか」

 

 国に目をつけられるということは、すなわち半永久的に拘束されることを意味する。僕は『新人類計画』の被験者ではあるが、事件に首を突っ込んだのは僕自身の意志である。これでは、無関係だと言い逃れすることは出来ない。

 

 箱崎はこざきそそのかされたのだと言い訳しても、結局は違法捜査に参加したことがバレてしまう。僕が罪に問われる可能性は低いとはいえ、残りの高校生活はもちろんのこと、今後の人生に大きく影響することは確かだ。

 

 それにもう一つ。死んだ真中まなか 優佳ゆうかは公安部に出入りをしていた、と箱崎から聞いている。所属していたとは言っていなかったが、無関係の人間が立ち入るような機関ではない。そんな彼女が被害に遭った事件なのだ、公安警察も犯人探しに躍起になっているだろう。

 

 つまり、これ以上箱崎たちの捜査に協力すると、僕の人生は破綻する。最悪の場合、存在を抹消されてしまう可能性もあるのだ。

 

 恐らく西野は、今後の人生をすべて棒に振る覚悟が僕にあるのか、確認したかったのだろう。何度も裏切っているのに僕の身を案じてくれて、正直なところ非常に心が痛い。

 

 しかし、僕の答えは決まっている。西野には申し訳ないが、もう立ち止まることなど考えていない。

 

「悪いけど、僕はもう決めたんだ。たとえ暗い未来しか待っていないとしても、僕は僕自身の過去を取り戻す。それにもう、僕一人だけの問題じゃないって知ったから。だから……」

「そう、分かったわ。それがあなたの選択なのね」

 

 僕の決意を、驚くほどあっさりと受け入れた西野は、無表情のまま立ち上がった。そして軽く溜息を吐くと、手近にあった白紙へと手を伸ばす。

 

「それじゃあ、みんなが持っている情報をまとめましょうか。といっても、ほとんど出尽くしているような気もするけれどね」

「ちょっと待ってくれ。本当に良いのか? 僕が、その……」

「ええ、もちろん。あれだけ言っても聞かないんだもの、止めるだけ無駄じゃない。それに、これからは私も協力するから、もういいの。そうだ、箱崎さんにもそう伝えてくれる?」

「は?」

 

 突拍子もない発言を受け、完全に硬直する僕を見て西野はクスリと笑う。

 

「ふふ、そんなに驚くようなことかしら。さっきも言った通り、『新人類計画』に関与した人物が標的となっているのなら私も、もちろん金子くんや出水でみずさんだって無関係じゃないわ。それなら、みんなで一緒に考えた方が良いでしょう?」

「そ、それはそうかも知れないけど……」

「それとも、今さら私があなたを見捨てるとでも思っているの? もういい加減、人を頼ることを覚えなさい。人は、どうやったって一人では生きていけないのだから」

「……分かった。それが西野の選択なら、僕も止めやしない。でも、危ないと感じたらすぐに身を引いてくれ。約束だ」

「それ、あなたが言えたことじゃないと思うのだけれど……いいわ、約束する。それじゃあ改めて、と」

 

 そう言うと、どこからともなく取り出したペンを片手に、西野は金子へ問いかける。

 

「金子くん。もう隠していられる状況じゃないと思うから、あのことを話してあげて」

「あのこと? それって……おいおい、まさか!」

 

 顔色を変えて飛び上がった金子を、西野はじっと見つめて続ける。

 

「ええ。あなたはきっと責められるでしょうけれど……でも、どうせ辿り着くことになると思うわ。だったら、ここで説明してあげた方が良いと思うの。もちろん金子くんにとっても、ね」

「まぁ、確かにそうなるだろうけど……はぁー、なんつーか、親の尻拭いをさせられてる感じっつーの? ホント、イヤになるよ。あー、もういいや! 仕方ねぇ!」

 

 西野に促され、苦虫を噛み潰すどころか、噛み潰した虫の死骸が歯の間に詰まったくらい心底嫌そうな表情を浮かべる金子であったが、大きく一息ついた後、窓の外を見ながら淡々と口を開く。

 

「今朝だったよな。『赤い部屋』に書いてあった名前、大半がウチの生徒だって言っただろ? 覚えて……るよな、お前なら」

「あ、ああ。でも、それがどうした?」

「落ち着いて聞いてくれ。この学校は、お前らのために創られたんだ」

「はぁ?」

「へ?」

 

 この学校は、『僕たち』のために創られた?

 

 意味不明な発言に、僕と出水は思わず顔を見合わせて首を傾げる。冗談を言うような雰囲気ではないのだが、それにしては現実味のない告白である。

 

 しかし、金子は僕たちの反応に気付きつつも、いつもの彼らしくない低いトーンで語り続ける。

 

「そりゃ受け入れられやしないだろうが、これはマジなんだ。西光せいこう学園は、『新人類計画』の被験者たち……特に、水島みずしまみたいな異常な能力者を監視するために創られたんだよ」

「監視って……いやいや、なに言ってんだよ。僕たちを監視するためだけの目的で、こんな規模の学校を創るなんておかしいだろ」

「本当にそう思うか? 水島の『瞬間記憶能力』や高城たかしろの『未来予知能力』、出水は……まぁ水島の劣化版みたいなモンだけど、それでも一般人の俺からすれば異常な能力だ。そんなお前らを、『新人類計画』なんて計画した奴らが野放しにするハズねぇだろ」

「それは……」

 

 確かに金子の言う通り、僕たちの能力は今すぐにでも活かせる場が多く存在するだろう。そもそも『新人類計画』の研究者たちは、そういう目的で僕らに異常な能力を与えたのだ。たった一時でも目を離すなど考えにくい。

 

 しかし、それにしては妙だ。

 

「だったら、どうして僕たちを拘束したり、強制的に労働させたりしないんだよ。監視するだけなんて、どう考えても不自然だろ」

 

 そう、国際的な倫理規定に背く実験をしておきながら、僕たちを監視するだけに止めているのはおかしいのだ。わざわざ高い費用を投じ、学校という檻を創ってまで、観測したい何かがあるとでも言うのだろうか。

 

 すると、金子は髪をガシガシと搔き乱し、大きく溜息を吐いて言い放った。

 

「よく聞けよ。研究に参加した子どものうち、自我を保つことが出来たのは半数程度。その生き残った子どものうち、七割くらいは自殺したんだ」

「自殺、だって?」

「そうだ。小学校低学年くらいの子どもが、次々と自ら死んだんだよ。包丁で自分の喉を裂いたり、遮断機の下りた踏切の上に寝転んだりして、な。実際に見た訳じゃねぇけど、俺の家には当時の資料が残ってる。だから多分、間違いはないぜ」

「それは、いくらなんでも……」

「ああ、異常だよ。だから、監視することに決めたんだ。異常な行動を起こさないよう慎重にな」

 

 あまりにも残酷な事実に、僕は閉口してしまう。小学校低学年という死ぬ方法すらもまともに考えられない年代の子どもが、次々と自殺した。それは異常という以外に表現し難いだろう。

 

 特殊な能力を与えることには成功したとしても、その後に死んでしまっては意味がない。だからこそ、僕たちの行動を監視する必要があったのだ。貴重な被験者を、むざむざと死なせないために。

 

「偶然、じゃないんだよな」

「ああ。それどころか、研究に参加した子どもは全員、数年以内に精神発作を起こしてる。その中でも、何人かは殺人事件を起こして少年院に送られてる。そっちはオヤジがモニタリングしてるみたいだが、まぁ……こう言っちゃ悪いが、更生できるものじゃないな。出所したところで、再犯を繰り返すだろ。そのうちの一人に会ったことはあるけど、アレはもう人じゃない。人の形をした何かだよ」

 

 そう言って、金子はブルっと小さく身震いをした。グロ系に弱い金子とはいえ、思い出すだけでこの反応を示すということは、何を見たのかは想像に難くない。そもそも想像したくもない。

 

 しかし、それが事実だとすれば、だ。

 

「金子。被験者は全員、精神発作を起こしたって言ったな。それはつまり、僕も、か?」

「あ? そりゃあ目の前を見たら分かるだろ。数年前、お前が西野 心深ここみに何をしたのか考えてみろ」

「……ああ」

 

 そうか、そういうことか。僕が両親のスパルタ教育に反発したのは、そして大事な幼馴染である西野を傷つけてしまったのは、思春期の自尊心に起因するものでは無かった。

 

 僕の罪は、すべて与えられたものだったのだ。

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