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小欅 サムエ
小欅 サムエ

5-4

公開日時: 2021年7月17日(土) 21:26
文字数:4,079

 思いがけない情報に、僕はただ呆然とする。咄嗟とっさに質問を返そうとしたものの、一度冷静になるため大きく深呼吸をし、選びぬいた言葉を箱崎はこざきへと投げかける。

 

「えっと……それはつまり、他人の遺体があっただけ、ということですか?」

「まあ、まだ確定してないけど、その可能性が高いと個人的には思ってるよ。しかし、キミの家にあった歯ブラシなどから採取したDNAと、遺体のDNAは一致したそうだ。そういうわけで、キミの家で生活していた夫婦と、二つの遺体は間違いなく同一人物だと言っていいだろう」

「は、はい?」

 

 言っている意味が分からない。つまり彼は、両親のDNAと一致した遺体が発見されたのに、二人は死んでいないと言い張っているのだ。気が触れてしまったか、嘘の情報を流しているとしか思いようがない。

 

「あの、箱崎さん。ちょっといいですか?」

「ん?」

 

 このまま通話を切ってしまいたい衝動に駆られつつも、どうにか平静を装い率直な質問を箱崎にぶつける。

 

「まったく意味が分かりません。DNAが一緒なら確定じゃないですか。それに、遺体の顔は見たんですよね? だったら猶更なおさら、疑う余地なんかどこにも無いと思うんですけど」

「ま、普通に考えたらそうだろう。だが、俺には自信がある。あの遺体は水島みずしま夫妻のものじゃないと言い切れる自信が、な」

「そ、それはどうしてですか?」

「それは……うーん、説明するにはちょいと時間が足りないな。明日、そのことも含めて説明することにしよう。とりあえずそういう事でいいか?」

「え? あ、はぁ……」

 

 時間が無いと言われてしまったら、もはやこちらには打つ手がない。いつも飄々としているものの、箱崎もいち警察官である。つまり彼の時間を割くということは、それだけ他の事件にも影響を与えてしまうという意味を孕む。これ以上、警察に借りを作るのは御免だ。

 

「仕方ないですね。じゃあ、とりあえず明日の朝にお待ちしています。……あの、ちなみにその時は真中まなかさんもいらっしゃるんですよね?」

「ん? まあ、それはそうだろうな。……ああ、そうか。なるべく感情的にならないよう話を付けとくが、あまり期待はするなよ?」

「そうですよね……はぁ、今から気が重いです。すみません、出来る限り穏便にお願いしますね」

「善処するよ。そんじゃ、貴重な情報ありがとうな」

 

 そう言い残し、箱崎はすぐに通話を切った。それだけ、今日の予定が目いっぱいに詰まっているのだろう。こうして会話が出来ただけでも幸運だったのかも知れない。

 

「ふぅ……」

 

 緊張感から解き放たれ、一気に肩の力が抜けて自然と溜息が漏れる。彼との電話は、僕の思っていた以上に大きなストレスであったようだ。

 

 しかし、家にあった遺体は水島 龍太郎りゅうたろうのものではなかったかも知れない、とは……何とも奇妙なことを言うものだ。DNA鑑定技術が進んだこの時代において、間違う可能性などそう高くはない。むしろ警察が採取したという、歯ブラシなどから得たDNAの方こそフェイクであった、と考える方が自然だろう。

 

 用意周到な犯人ならば、そのくらいの工作は出来て当然である。まあ、それだと遺体を現場に残した時点で行動に矛盾が生じるので、何かしらの理由が潜んでいると考えるべきか。

 

 ただ、箱崎があまりにも軽く流したために反応しそびれてしまったが、母である東子はるこも死んでいることが確定してしまったのも事実だ。それというのも彼は、二つの遺体は夫婦である、と断言したのだ。彼の予測はともかくとして、水島 龍太郎、東子夫妻は殺されたとみて良い。

 

 もちろん、これについては予測出来ていたため、正直言ってそこまでの驚きはない。やはりそうだったか、という程度だ。何せ、昨日の時点で箱崎から散々と匂わせられていたのだ。むしろ心構え出来ていない方が、おかしいくらいである。

 

 まあ、少し前から僕は一人で生きてきたようなものなのだ。今さら両親がいなくなったところで、生活に何の支障もない。金銭的な問題も、学校に行かず動画制作やバイトに励めば、最低水準の生活は望めるだろう。とっくに人生が崩壊させられた僕にとっては、それで充分である。

 

 あとは、両親の死が公表されるのを待つのみだが……それが最大の問題だ。正式に両親の死が確定しない限り、相続どころか葬儀の話すら進まない。あまり先延ばしにされてしまえば授業も再開するため、学校を休む必要性が生じてくる。

 

 学業に未練などないが、残り僅かな学生生活で金子かねこたちと行動を共に出来る時間が減るのは勘弁だ。早くこの問題が解決することを願うほかにあるまい。しかし、DNA鑑定の結果すらも信じないとは、箱崎は一体何を考えているのだろう。

 

「うーん、分からないな……やっぱり、明日ちゃんと聞かないと、だな」

「あの、先輩。ちょっといいですか?」

「え? あ、ああ……そうか、いたのか」

「う、うん。ずっと」

 

 長いこと一人で考え込んでしまい、すっかり出水でみずの存在を忘れていた。そのため、不意に声を掛けられ戸惑いつつも冷静さをつくろいつつ返す。

 

「それで、なんだ? ああ、もしかしてあの黒いカードの件か? あれについてのことなら、もうお前は気にしなくても良いぞ。僕一人でどうにかするからさ」

「ううん、そうじゃない。先輩、何か隠してます、よね」

「は? 隠してる、って?」

「はい。昨日病院で、親と喧嘩して家に帰れなくなった、って言ってましたけど……あれ、ですよね。さっきの話、聞こえてた。ご両親、亡くなったって。でも、別人かも知れないって」

「あ……」

 

 やってしまった。出水が隣にいるにも拘わらず、僕は何も考えず家にあった遺体の件について箱崎と話してしまったのだ。僕自身は情報を漏らさなかったものの、箱崎は堂々と『遺体』、それに『水島夫妻』と口走っていたのである。僕の傍で聞き耳を立てていた出水ならば、彼の話も聞こえてしまって当然だ。

 

 ましてや、この狭く静かな部屋の中にいるのだ。この状況で、箱崎の豪快な話し声を聞き漏らす人間がいるはずもない。これは場所を移さなかった僕の、完全な失策である。

 

 もう、今さら後に引くことなど出来そうもない。どのみち、学校側からバラされてしまう話でもある。ここは下手に隠さず、素直に話してしまう方が得策だろう。

 

 ただ、両親の死は確定した訳ではないし、僕自身も遺体どころか現場すら見ていない。僕の口から語れるものは、はっきり言って憶測以外の何物でもない。曖昧な状況であるということは理解させておこう。

 

「えっと、だな。僕自身も昨日、家で何があったのかはよく知らないんだ。出水の言う通り、家には二人の遺体があったらしいんだけど……どういう状況だったのか、それと本当に両親だったのか。それは僕も見てないから、今は答えられないな」

「え? ええ? ど、どういうこと、ですか?」

「だから、分かんないんだよ。ずっと黙ってて悪かったけど、不確かな情報で怖がらせたくなかったんだ。それに、こんな話を聞いてもあまり良い気はしないだろ?」

「う、うん。ごめんなさい、変なこと、聞いちゃって」

「……」

 

 出水は僕を怒らせたと勘違いしているのか、そのまま俯いてしまった。別に怒った訳ではないが、はっきりしない状況に僕も焦っていることは確かだ。一度冷静になるため、情報を整理してみるのも良い。

 

 せっかくだ、この後部室で会う予定の金子も交えて、現状の情報共有をしておこう。木村きむらの遺言ともいえる、この『赤い部屋』。それに、高城たかしろの受けた通り魔事件。これらに関しては、金子も全く無関係であるとは言えない。今後も一緒に活動していく以上、話しておくべきだろう。

 

 ただし、それには出水の許可が必要だ。僕とは異なり、彼女や高城は『新人類計画』の被験者であると打ち明けていない。いや、そもそも金子は『新人類計画』そのものを知らない。僕や出水たちの置かれた立場というものを理解してもらうためには、どうしても彼女たちの能力についても話さねばならない。

 

 とはいえ、全てを打ち明けることは危険だ。今回被害に遭った大島おおしま、真中、木村、高城、そして僕の両親に共通することと言えば、『新人類計画』に関与していた、ということである。僕たちの話を聞いただけで、今回の事件のターゲットとなる可能性すらあるだろう。前もって、金子自身にその覚悟を訊ねる必要がある。

 

 そうとなれば、まずは出水に『新人類計画』について暴露しても良いか確認しよう。それが先決だ。

 

「出水、ちょっといいか。今日の午後、部室で金子に会う約束しただろ? そこで僕は、『新人類計画』の話をしようと思うんだ」

「え? な、なんで、今それを……」

「アイツには何も知らないで貰いたかったけど、もうそういう状況じゃない。高城が刺されて、僕の両親は……多分死んだ。そうなると、僕や出水だって事件に巻き込まれる可能性はゼロじゃない。『新人類計画』に関係する人間を狙ってるなら、最悪の場合、僕らは金子の目の前で殺されるかも知れないんだ。そんな大事な情報を報せないで一緒にいてもらうのは、おかしいだろ?」

「そ、それはそうかも、だけど……」

 

 押しに弱い出水とはいえ、さすがに即答とはいかないようだ。特殊な能力を持っていることが知られれば、僕と同じように奇異な目で見られる日々が続いてしまう。出水がそういうものに弱いことは、とっくに知っている。

 

 だが、これは必要なことなのだ。仲間の安全を保障するのに、躊躇っている場合ではない。

 

「頼む。高城には後で確認するけど、とにかく大事なことなんだ。金子のことが信用ならないっていうなら別だけど、もしそうじゃないなら————」

「ち、違う!」

 

 説得し続ける僕の声をかき消すように、出水は柄にもなく大きな声を出す。そして、唖然とする僕へ出水は怪訝な顔で問いかけた。

 

「違う、です。今さら許可なんて必要、ないですよね? だって金子先輩、知ってるから」

「は? なん、だって……?」

 

 出水の大声よりも驚くべき話に、僕は思わず聞き返す。

 

「どういうことだ? 知ってる、っていうのは……」

「はい。金子先輩は、『新人類計画のことを知ってます。それも、私が入学する時より前から、です」

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