シンヤは身動きを止めた。これほどの衝撃は何年ぶりだろうか? 生まれて初めてテレビゲームをやらせてもらった時に、匹敵するんじゃないだろうか? そう思えるほどの驚愕が全身を包み込んだ。
巨大すぎる頭部に、これまで以上に目を見開く。
「なっ!? ――こんなのどうしろってんだよ」
全身が震えて、抵抗する気にもなれない。今まで『戦う前から勝敗は決まっている』なんて言葉を本気で信じてはいなかったが、今ならその言葉の意味をしっかりと理解できる。
これは無理だ。
「慌てるな、シンヤ! これがラミリステラだ。人間の形を模した化け物の中で上位に位置する固体だが、それは戦闘力では無く別の意味で……「勝てるわけないだろ!?」」
「しっかりしたまえ! 天使の羽を体内に摂取しているのだろう。――今すぐプロビデンスの目を使いたまえ、少なくとも即死することは無い」
「なんだよ、それ……?」
「ッ! ――時間が無い。強制的に引き出すのだよ!」
リアはシンヤに近づき、左手で頬を軽く抑えた。
「――え?」
「我慢したまえ」
次の瞬間――シンヤの柔らかな眼球をリアの指先が貫く。
大量の血が眼球から噴き出してリアの指先が真っ赤に染まる。激痛が全身に駆け抜けていき、その場でしゃがみ込んで両目を覆い隠した。
そして反響するほどの叫び声が森中にとどろく。
「ぎゃぁぁっぁぁっぁぁああああああ!?」
いきなり眼球を潰されたことにパニック状態になってしまったシンヤは、その場に倒れ込んでジタバタと地面を叩きつけながら悶絶している。そしてその怒りが内心で大爆発を起こしていた。
痛い痛い痛い痛い痛い……クソが!?
なにしやがる! あり得ないだろ!?
クソクソクソクソクソクソクソクソ!
殺してやる! 俺の目が、俺の目が。
目がぁ目がぁ目がぁ目がぁ目ぇ目が!
ぁぁああっぁぁああっぁぁああっぁ!
なにこれ、何だよ!? 何なんだよ!
リアの野郎……ふざけんなよぉぉ!?
そんな光景をリアは真顔で見ていた。自分がしたことに一切の罪悪感を抱いていない。常人なら躊躇ってしまう場面で何の躊躇いも無く、簡単に他者の眼球を潰せてしまう。それが最も効率のいい手段だと判断したからだ。
そこがリアの怖い部分でもある。
そして潰された眼球に力が入り、焼けるような熱さが全身を包み込んだ。このまま(死んでしまうんじゃないか?)と思えるほどの激痛に襲われ、全身が力なく震える。自分が今、どんな体勢で倒れ込んでいるのか? どこにいるのか? そんなことも分からなくなっていた。
それほどまでの痛み。
叫び声は止まらない……痛い、痛い、痛い。
しかし、しばらくするとその痛みが引いていくのを感じる。
ゆっくりと立ち上がったシンヤの瞳は『淡い赤色の光』を放っていた。その光は、風で流されるようにゆらゆらと不規則な『一本の線』を生み出している。
そして瞳をピクッと動かし、リアを睨みつけた。
素早い速度で胸倉を掴み、空中へと持ち上げる。
「何を考えてやがる! てめぇ、ここで俺を殺す気か!?」
「いや、見えているだろう? 未来が」
「――はぁ? ……ぁ!」
小首を傾げたシンヤはこの感覚に見覚えがある。全身から痛みが引いて、何でもできそうなほど体が軽い。そして世界がスローモーションになったように映し出されている。持ち上げていたリアをゆっくりと下ろして、周囲を確認しながら再度リアを見つめた。
不満は溜まっている。
だが、それ以上にリアが何のためにシンヤの眼球を潰したのか理解出来てしまった。この状態に自分を持っていくためだろう。
そしてリアが次に話す内容がすでに見ている。
ショッピングモールリオンでアグレストと戦った時と同じだ。
〔――言わなくても理解できるだろう? これがプロビデンスの目さ。しかしシンヤが見ている未来は『確定した未来』じゃない。シンヤの行動一つで、未来は大きく変わる〕
バチッ! ――未来がいきなり変わった。
リアの話す内容に『変化』が起きる。
〔――言わなくても理解できるだろう? これがプロビデンスの目さ。どうだい、未来が変わったかな? 君の表情から即座に話す内容を変えてみたのだが〕
バチッ! ――さらに未来が変わる。
しかしその未来を見る前に、現実のリアが喋りだした。
「言わなくても分かると思うが、これがプロビデンスの目さ。未来を二回ほど変えたつもりだが、この未来は見えていたかな?」
詳しい説明は一切されていない。しかし実体験したためか、説明以上にリアの言いたいことが理解できた。自分の行動を少し変えただけで、確定していた未来に変化が起きる。
この未来を見る目は『絶対じゃない』と言いたいのだろう。
「なる……ほど。未来が分岐して、リアが喋る内容が変わった」
〔そこまで理解していれば十分なのだよ〕
「そこまで理解していれば十分なのだよ」
「そのまま喋ってくれ、コロコロ未来が変わると気持ち悪い」
「分かった。それと目玉を潰して悪かったのだよ」
「ふざけんな……一生許さねーから。どれだけ痛かったか!」
「悪かったよ。それと、再生能力もその状態でなければ発動しない。瞳が赤色の光を帯びている間でなければ、シンヤは化け物じみた力を発揮することは出来ないのだよ。だから早めに制御できるようになっておいた方がいい」
「発動条件が目玉を潰すとか嫌なんだけど」
「そんな必要は無いのだよ。痛みが最も効率が良かっただけさ……戦闘中に未来が変わることもある。その目に頼りすぎないことをおすすめするのだよ。あくまでそれは、化け物との遭遇を回避するための物なのだから」
「――分かった」
そしてシンヤとリアが会話を終えると、周囲には数十体を越えるゾンビが立ち塞がっていた。道路を綺麗に塞がれてしまい、森中の木々がゾンビを吊したままシンヤ達に近づく。
地上も上空もドーム状に囲われてしまい……逃げ場がない。
「お互い死なないように頑張ろうか」
「危なくなったらリアを見捨てて逃げるから大丈夫だ」
「シンヤは逃げないよ。私は知っている」
「――……」
リアは自らの瞳に力を入れる。
そして瞳が『淡い青色の光』に包まれた。
金髪とゴシック系統の衣服が瞳の光とあいまって、人形のような美しさに磨きがかかっている。エクスプロージョンを構えて、瞳の光がさらに強さを増していく。その鋭い目つきは人間の物とは思えなかった。
そんなリアを、シンヤはまじまじと見つめる。
ショッピングモールでも思ったけど、目が光るって絶対可笑しいだろ!? なんかスポーツ漫画でゾーンに入った時みたくなっちゃってるけど!? めちゃくちゃかっこいいじゃんか。
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