無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったのですが*

ゲームから始まるゾンビ世界 ホラー部門カクヨム最高2位
夢乃
夢乃

第82話【旧約聖書と新約聖書】

公開日時: 2021年1月31日(日) 11:03
文字数:2,492

「何故、それを君が知りたい?」


「そりゃ、リアっちが天使の羽について何か隠しているからでしょ」


 リアはため息交じりに作業を中断して、ボードが並べられているサチの正面に座った。サチは不敵な笑みを浮かべながら、服のポケットから『ふたつの天使の羽』を見せつける。


「シンヤっちと随分前にデートしたらしいじゃん。ショッピングモールで! その時シンヤっちに試作品の天使の羽を見せたらしいね? 本人から聞いたよ」


「はぁ、シンヤの奴……なるほど。サチが聞きたいことは理解できたのだよ」


「察しが付くのが早いね」


「医療用に開発された天使の羽は以前から出来ていたのに、私が『完成』と認めない理由が知りたいのだね? そして今行っている研究に納得がいかない、何か私が隠しているんじゃないかと疑っている訳だ」


「そう、今作ってる天使の羽って何なのよ? これって、ウイルスを抑制するための物だよね。これから病でも流行するわけ?」


「いや、そういった予定は無いのだよ」


「話してくれないのかな?」


 サチは、両手に握られた『赤色の天使の羽』と『青色の天使の羽』を優しく左右に振りながら、不規則に動く液体を好奇な目で見ていた。その液体はまるで『蛇』のようだ。


 そしてどこから語るべきか、どこまで語るべきかをリアは考えて、サチの行動力に少なからず賞賛してしまう。気付いた時には拍手をしていた。


 ――パチパチパチパチ。


 不快なものを見せられた様にサチの瞳が細くなる。


「何のつもりかなぁ?」


「いや、愚痴を聞いてくれる友人を見つけた気分さ。どこまでもどうでもいい、そして意味のない話を聞いて欲しいのだよ」


「いいよぉ。暇だからね」


「ありがとう。――……旧約聖書2章8節に記載されている理想郷『エデンの園』はこの世に存在するのだよ。数学的に整えられた綺麗な世界と文学的で不規則な世界。『神である主は東の方のエデンに園を設け、形づくった人をそこに置かれた』と記載された一文には、注目すべき点がひとつ存在するのだよ。それは東の方とは、東方の土地である『日本』を舞台にするべきだという『G5』の考え方。生命の樹と知恵の樹を再現するために血塗られた歴史に更なる血を塗り、物語と言うひとつの語りで完結させる」


「ちょっと待ってくれないかなぁ、リアっち!」


 言っていることをほとんど理解できていないサチは頭を抱えて、自分の耳が壊れたかを確認した。そして宗教関連の書物を読んだ事が無いサチは、聞いたことを損したような表情を浮かべながら「教える気ある?」と口にした。


「何を言っているのだい? 計画の核心に触れているのだよ」


「そうなの……ね」

(いや、全然意味が分からないんだけどぉ!? 私が馬鹿なだけなの? いや、これは絶対にリアっちが可笑しいよね!)


「まぁ簡単に言ってしまえば、そんな下らない計画のために皆が働く必要は無いと言う話なのだよ。アイリス先輩も含めて、結局は誰も理解できていない。正しい世界を綺麗な形で継続させるなど、矛盾した考え方を実現させるような物だ。彼らの言葉を借りるなら、私は『新約聖書――終わりのない物語』を作りたいだけなのだよ」


「リアっちの言っている意味が理解できる日は来る?」


「サチがかい? そうだね、シンヤが選択を変えれば分かるかもしれないね。そんな奇跡が起こったら、私は感動のあまりシンヤに処女を捧げてもいいのだよ」


「リアっちも冗談を言うんだね」

(え、リアっちって処女なの?)


「冗談では無いよ。サチは知恵の実と言えば何を想像する?」


「林檎かな」


「なら、生命の実は?」


「それ自体、知らないんだけど」


「そうなのかい? アダムとイブが食べた知恵の実の隣にはもうひとつ樹が植えられていたのだよ。赤色の蛇が育てている生命の実、それは『葡萄』なのだよ」


 リアが何を言っているのか私は分からなかった。いや、分かろうとしなかったのだ。いつもの冗談だと思い、目の前にいる少女がどれだけ悲しい表情を浮かべていたのかにも気づかなかった。もしもこの話をシンヤっちが聞いていれば、リアっちの変化に気付けたかもしれない。


 シンヤっちは、リアっちの嘘を見抜くのが上手い。あれだけ完璧なポーカーフェイスをどうやって見抜くのか、コツを教えて欲しい物だ。


 将棋で引き分けたからかな、ここまでのヒントはもう出ないかもしれない。


■□■□


【4月6日(火曜日)/20時00分】


 正面に映る月は綺麗だが『赤色』だ。


 サチはゆっくりと起き上がり、辺りを見渡すと瓦礫の山で寝ていた。


 手には雷切が握られており、自らの額に刀身を押し当てたような体勢を取っている。記憶に靄がかかったように何も思いだせず、ゆっくりと冷たい体を起こした。


「い、たい。私は誰?」

(分からない、分からない)


 右肩に違和感を抱く、痛みに近い。


 それは化け物から逃げる最中にガラスの破片で負ってしまった傷だ。赤の色彩が強まった視界で右肩に視線を向けると、膨れ上がったように肉片が沸騰しており、皮膚が溶けたように醜い素肌が映り込む。


「気持ち、悪い?」

(なに、これ、どういう、こと?)


 だが、そんな曖昧な記憶の中で理解できることもあった。


 正面にいる化け物が自分の『敵』だということ。そして体中が熱を帯びたように熱くなり、(この化け物を殺せ)と細胞が肉体を動かそうとする。


 サチは雷切の刀身を化け物へと向けた。


 しかし、刀を向けられた化け物は疑問顔を浮かべて「アァナタワ、ドォウゾクナンスカ?」と口にした。目の前に立っているサチが自分に敵意を向けている事が理解できず、同族であるのに自分に危害を加えるメリットについて考えている。


 サチの正面で浮いている【クリムゾニック】は混乱していた。


 それは住宅に押しつぶされた化け物であり、球体から脱皮した姿だ。胸に両手を当てて、座禅した体勢で空を飛んでいる。背中に生えた羽は黒く染まっており、頭に付いていた大量の目は、細胞を切り離したようにクリムゾニックの周りを動き回っている。


 その姿は『神々しい』の一言に尽きるだろう。


 そして辺りを徘徊しているゾンビ達も、サチを襲うような真似はしない。そんな異質な空気の中で、サチは一歩を踏み出した。


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