その銃弾はラミリステラの核に命中して「パキッ!」と言うガラス細工が壊れるような音と共に真っ二つに割れる。そして核が月明かりに反射して一瞬だけ幻想的な光景を見せると、ラミリステラは灰となって消え始めた。
しかしシンヤは、プロビデンスの目でその後の未来をすでに見ている。そして今まで以上に警戒心を高めた。
灰となった核の中から、赤黒く光り輝いた『小さな核』が出現する。そして辺りにある全ての物を吸い込み始めた。まるでブラックホールのように無差別な吸収を繰り返しており、そのサイズは徐々に大きさを増していく。
少しでも油断すればシンヤも小さな核に吸い込まれてしまいそうだ。それほどの吸引力が小さな核を中心に集まり、木々は根っこから抜け落ちて地盤が崩れ始める。
シンヤは限界まで右腕を地面に突き刺して体を固定させており、リアは距離を取りながら遠目でシンヤの安否を確認していた。
そして一区切り付いたためか、とても気分が落ち着く。
瞳は元の輝きに戻っており、シンヤ自身も普通に喋れるようになっていた。一体どういう原理なのかは分からないがシンヤは自分自身が暴走していたことを理解していない。
「思った以上にやばいな……これ。暴走って奴か!?」
そんなことをリアに向かって大声で話すが、リアは「どちらかと言えば暴走していたのはシンヤではないか?」などと訳の分からない事を言いだす。
俺が暴走? 真面目に戦ったのに失礼な奴だな。
そして木々や瓦礫が一通りラミリステラの小さな核に集まると、上空に巨大な多角形の『惑星』が出来ていた。サイズだけで言えば『山』ぐらい。そしてシンヤとリアが立っている場所が『平坦な更地』になっている。
――木々も、草木も、なにもかも消えて。
シンヤは脳天に一撃食らったような衝撃を受けており、そこが先ほどまで立っていた山奥だとは思えなかった。リアも周囲を見渡しており、広々とした広場のような光景に冷や汗を流している。
――広大な更地の戦場が完成していた。
「さすがにこの巨大な瓦礫が落ちてきたら埋もれて死ぬぞ?」
そんなシンヤの言葉に近くまでやって来たリアは、否定の言葉を口にする。しかしリアの表情は『それならどれほど楽か……』っと言いたげだ。シンヤにもこの後の展開は理解できており、互いに諦め半分の表情を浮かべていた。
確定した未来を変えることは出来ないからだ。
「それは無いのだよ。自身の核も傷ついてしまうからね……自爆をするほど馬鹿じゃないだろうさ。シンヤも分かっているだろう?」
「分かってるよ。冗談のつもりだ」
「笑えない冗談だね」
「うるせぇ!」
『いつもの軽い口喧嘩』――そのつもりだった。
しかしシンヤはその言葉を述べると同時に、リアに殴りかかったのだ。その拳をリアは紙一重で避ける。流れるような動作で回し蹴りをした後、左腕をリア目掛けて振り下ろす。
――俺は今何をしてるんだ?
シンヤの回し蹴りをリアはブリッジして避ける。そして振り下ろされた左腕は、そのままバク転で回避した。懐に一瞬で移動して、飽きれた表情を浮かべながらエクスプロージョンの銃口をシンヤの口の中へと押し込んだ。
「まだ『後遺症』が残っているね」
「ま、まへ! なにはのまひがいだ(ま、待て! 何かの間違いだ)」
口の中にエクスプロージョンを押し込まれながらも、シンヤは慌てて誤解を解こうとする。攻撃するつもりなんて無かったが、勝手に体が動いた。自分自身も訳が分からない状況に青白い表情を浮かべて両手を上げる。
そして口に押し込まれたエクスプロージョンがゆっくりと出ていく。
シンヤは自分自身を抱きしめながら膝を付いた。もしかすると目の前にいる化け物のようになってしまうんじゃないかと恐怖に駆られたからだ。そして知らず知らずのうちに誰かを殺してしまう? そう考えると気が狂いそうになる。
「あぁ、悪かったね。先ほどまで怒りに任せてラミリステラと戦っていたから私の言動に抱いた、小さな『文句』がトリガーになってしまったようだ」
「どういう事だ。俺はどうしちまった?」
シンヤはリアの落ち着いた表情を見ると、少しだけ冷静になった。リアが取り乱していないということは、この状況は改善できる可能性が高いということだ。
そんな勝手な信頼を置いている訳だが、こういう時の心強さは本当に助かる。
「安心していい、それは一時的な物だ。しかし今の状況でシンヤに攻撃されると厄介だね。――仕方がない、私への怒りを無くとしよう」
「一時的? ――良かった。ゾンビにだけはなりたくないって」
シンヤが安堵の表情を浮かべながら胸を撫で下ろす気分になっていると、リアがいきなり体を密着させてきた。とても小さな体付きをしているが、素肌の温かみを感じる。それに細身の体型をしているのに意外と柔らかな感触が腹部の辺りに接触して、とても緊張した。
そしてリアが絶対に取らないであろう行動に表情が強張る。
あまりにも無防備すぎるだろ!?
リアは両手で『ギュッ』とシンヤを抱きしめており、チョップや頭突きをすれば確実に当てられる体勢だ。そんな無防備な体勢を自分に取ること自体、根底からリアという人物像を壊された気分になる。
なんだ、これ? というか可愛い――じゃねーよ!! は? え? どうする。俺も抱きしめた方がいいのか? いやいやハードルが高すぎんだろ、ライオンとキスする方が何千倍も楽だぞ。だって、俺とリアはそういう関係じゃないだろ?
じゃあ、俺とリアの関係ってなんだ?
状況が全く呑み込めず、頬を真っ赤に染め上げながら首をカクカクとさせていた。リアの潤んだ瞳が淡い青色の光と相まって、とても可愛らしい整った顔立ちをしている。もう少し体型や身長に恵まれていれば、確実にストライクゾーンだ。
いやいやいや馬鹿か!? リアに惚れる……Why? そんなの血のつながった姉妹と付き合うよりハードルが高いっての。水と油が混ざり合ってアダムとイブになれるか? 自分で何言ってんのか分かんなくなってきた。とにかくこの状況をどうにか――
貴重品に触れるように優しく両肩に手を乗せる。そして徐々に力を入れながら自分から距離を取ろうとするが、抱き付いたリアの両腕が外れない。
とても失礼な表現になるが、リアを押した瞬間のイメージが『機関車トー〇ス』の外壁だ。あまりに強者すぎて範馬さんみたいなことになっている。てか、なんでリアのイメージがそんな日本最高のキャラなんだよ。
「リ……リア。何の真似だ……冗談になってねーぞ?」
「シンヤ、キスをしたことはあるかい?」
なんでこのタイミングでそんなこと聞くるぅぅうう!?
「いや、無いけど……それより離れない?」
「ということは向こうの世界のシンヤも……ふふ」
小悪魔的な笑みが余計な思考を吹き飛ばす。
「――ッ!(意外と可愛い)」
シンヤは目をガッチリと閉じて、もう覚悟を決めた。これ以上は男として恥になってしまうと思ったからだ。真剣な表情を浮かべながら、これまで以上にリアルフェイスになっていたことは言うまでもない。ファーストキスをリアとする――というのはどうかと言う気持ちもあるが、リアは命の恩人だ。
俺は覚悟を決めたぞ!! かかってこいやぁぁアアああ!!
「っと、時間切れのようだね。私に対する怒りも多少は収まっただろう? これならラミリステラと戦っている最中もシンヤに攻撃されることは無いだろう」
「え?」
リアはシンヤから距離を取り、腹部に当たっていた柔らかな温かみが消える。リアルフェイスのまま固まってしまい、混乱を重ねた乱世の将軍のような急展開に目を回す。
そして上空に浮かんでいる巨大な多角形の『惑星』が圧縮されるように小さくなり、そこから人間の形を模した化け物が生まれる。
ラミリステラ最終形態――デッサン人形のように表情が無く、土で出来た長い布のような物を全身に巻き付けている。見た目はガリガリの体型をした弱そうな印象を持たせるが、その存在感は常軌を逸していた。
リアは人間を凍り付かせるほど冷たい殺気をラミリステラに向けており、シンヤはぽっかりと空いた口が塞がらない。フリーズを起こしたゲームキャラのように、コロコロと変わる展開に付いていけなかった。
「殺してほしいですか? 死にますか? いや、殺しますよ?」
それは優雅さを感じさせる男性の声だ。流暢な日本語を喋っており、先ほどまでの覚束ない口調とは打って変わって聞き取りやすい。
「いいや、死ぬのは君さ……こちらには私とシンヤがいるからね」
リアは片目でシンヤに視線を向ける。そこには燃え尽きてガックリと肩を落としたシンヤの姿があった。呆れを通り越して舌打ちをしてしまう。
「――……『ポカーン』……――」
「訂正なのだよ。死ぬのは君さ……こちらには私と言う天才がいるからね」
リアはシンヤの脇腹を肘で思いっきり殴った。
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