そして山全体が蛇のように曲がりくねって、幻想的ともいえる光景にリアは警戒心を高めた。一方、シンヤは激しく両目を抑えながらジタバタと転がり回っている。そして再生した瞳でリアを睨みつけ、背後から尻を蹴り上げようとした。
淡い赤色の光と共に、未来を見通す。
「死ねぇヤァ!!」
「下らない」
「あッ!」
空を切る音と共にシンヤの両足が宙に浮く。リアに蹴りを避けられた挙句、軸足のバランスを崩されて尻もちを付いた。どうやら基本的な戦闘力ではリアに勝てないようだ。
少なくとも戦闘力5のゴミってことは無いだろう。未来が見通せるんだから15ぐらいはあって欲しい。でもあのおっさん……ライフル持ってたよな。ってことは俺より強い? 戦闘民族強すぎんだろ!?
この時点でシンヤは自らの未来を悟った。リアに攻撃仕掛けると同時に未来が無数に分岐する。あまりの分岐量に脳の処理が追い付かず、どう頑張ってもリアに勝てる未来にたどり着けない。この力についてリアがどれほど詳しいかが理解できた。
そして山全体が曲がりくねっていたため、尻もちと一緒に頭部を強打する。
「イッてぇ~」
「なにを馬鹿しているんだい? ラミリステラがこっちに来るのだよ」
「リア! 寝る時は覚悟しろよ」
「ほぅ、性的なアプローチを私にするとはいい度胸だ。しかし、時と場所を考えてほしいのだよ。いくら私が魅力的でも、寝ているレディーに夜這いをかけるのはどうかと思うよ」
「そういう意味じゃねーよ」
誰が好き好んで小学生体型のロリ野郎なんか襲うか! カオリみたいな……そのぉ、あれだと――俺も少しは考えるけどさ。
そんなことを考えているとリアの表情が冷たくなった。
「冗談なのだよ」
「は?」
(なに怒ってんだ?)
「冗談も通じないのかい?」
「ッ! 最高につまらない冗談だな。お前は鬼か悪魔か? 普通、人の目玉を潰したりしないだろうが! こんなことならカオリ達と一緒に待っていれば良かった」
「それはダメなのだよ。私にも時間がある……ここである程度の戦闘経験と化け物の殺し方は覚えてもらう。それにラミリステラが今後、面倒な存在になるからね」
「ショッピングモールで言ってたやつか」
「そうとも、安心したまえ。――私はそこそこ強い」
「本当か……――『!?』――……よ」
「――……ふぅ……――」
そんな台詞を口にすると、リアの雰囲気が一気に変わった。全身を刃物で包み込んだような鋭い殺気が、不思議と肌で感じられる。そしてリアの瞳がこれまで以上に光り輝き、バチッバチッ! っと電気のように弾けていた。
リアは体中の力を抜いて、猫背になりながら体を小さくする。
周囲が軽く揺れ始めたことに気付き、そっと……リアに声をかけた。
「おい、大丈夫かよ?」
「慌てるな、攻撃が来る――」
いつもと少しだけ口調が変わり、若干の恐怖を感じてしまう。そしてリアの『攻撃が来る』と言う台詞の意味がよく分からない。少しだけ森全体が不可思議なことになっているが、自分たちに攻撃を仕掛けてくる様子もないし、周囲にゾンビの姿も見当たらない。
シンヤは今の状況が危険だとは思えなかった。
しかし辺りが妙に静かなことに気付き、地鳴りが徐々に大きくなっていく。リアの表情を片目にシンヤも警戒心を引き上げる。そして次の瞬間――正面から木々を八倒しながら飛んでくる巨大な拳がこちらへやって来た。
「うっそだろ……」
ラミリステラを遠目でしか見たことが無いシンヤは、ビル五階建てほどある巨大な拳に引きつった苦笑いを浮かべる。現実味の無い攻撃で、接近してくる巨大な拳が夢か何かだと錯覚しそうだ。
「おい! ――リア、逃げないのかよ!?」
「黙れ、集中力が抜けるだろうが」
リアは壊れた人形のように動かなくなり、両腕をだらりと地面に垂らしながら視線だけをラミリステラに向けていた。瞳から漏れ出す淡い光は、勢い余って目からビームでも放ちそうな勢いである。
「どうなっても知らねーぞ? 死ぬ気かよ」
正面から飛んでくる巨大な拳は、言ってしまえば瓦礫の塊だ。速度は徐々に上がっていき、近づけば近づくほど大きく見える。そしてリアの目と鼻の先まで接近した。
シンヤは全く動こうとしないリアを片目に、ラミリステラの攻撃射線上から避難する。しかしリアを見捨てることがどうしても出来ず、悩んだ挙句に足を止めて大声を出す。
「おい! ――本当に死んじまうぞ!? 逃げろ、リア!!」
次の瞬間――銃声のような爆音が森中に響き渡り、勢いよく土煙が舞った。シンヤはその衝撃で吹き飛ばされてしまい、土煙が酷くてリアを認識できない。そして地面を転がり、波のように押し寄せてくる土に埋もれた。
モグラのように土を掻き分けながら脱出すると、その光景に目を見開く。
「えぇぇっえぇぇっええぇっえぇっぇぇ!?」
ラミリステラの巨大な拳が、粉々となって瓦礫の雨を降らせている。
そしてリアは巨大な拳を蹴り上げた体勢を取っており、片足が綺麗に夜空へ向かって伸ばされていた。
そのまま力なく座り込んでしまい、瓦礫の雨の中で夜空を眺めている。
けして綺麗とは言い難いゴシック服に、月明かりに照らされた濁りのある金髪。肉体の一部には血が滲んでおり、その表情も疲れが溜まったサラリーマンのような表情を浮かべている。弱々しい瞳の光は、先程までと違って儚げだ。
雨が降り注ぐ幻想的な背景とは比べるべくもない、瓦礫の雨。
そんなリアを『美しい』と思ってしまった。
安い言葉や屁理屈な表現はこの光景を言い表すのに不適切だ。ならばこの光景は『白紙の紙』に似ている。美術家・漫画家・小説家・書道家などが、様々な願いを込めて白紙の中で新たな世界を生み出すように、シンヤの中でこの光景が原点となった。
「騒がしいね。シンヤはプロビデンスの目で見えていただろう?」
驚愕で口を大きく開けている今の自分は、とても滑稽なことになっているだろう。リアがこちらを向きながら、強いまなざしで見ていることに気付いた。視界が悪くてどんな表情を浮かべているのか分からない。しかし、そのぐらいは理解できる――リアとはそういう人間なのだから。
――しまった。そう言えばその手があったな……
「あり得ないだろ? 何だよ……今の力。答えろよ」
「いちいち大声を出さないでくれたまえ」
「!?」
気付いた瞬間――遠くにいたはずのリアが目の前に立っている。ゴシック服をなびかせながら、水の上を歩けそうな軽い足取り。
そしてリアはあれだけ巨大な拳を蹴り上げたにも関わらず、その両足に大怪我を追っていない。
「こんな隠し玉があるなんて聞いてないぞ」
「これは隠し玉じゃないのだよ。シンヤも持っている力さ」
「俺が同じようなことをすれば両足が折れてる。なんでリアの骨は折れてないんだよ? 知らず知らずのうちに化け物を越えるような覚醒したのか? 種族かわってんぞ」
「シンヤが私の尻を蹴り飛ばそうとしたことに対して謝罪するなら教えてあげてもいいのだよ。ついでに『リアは魅力的な女性です』も追加で頼むよ」
男の尊厳を潰す気ですか? ここにいる悪魔様は?
「当店ではそう言ったメニューをご用意できません」
「なら、この回答は別の店で頼もう」
「おまぇ! ――お待ちを!! ふぅ……ふぅ……先ほどはリアのお尻を蹴り飛ばそうとしてすいませんでした。――ふぅ、リアは魅力的な女性です」
どっかでリア馬鹿野郎を埋めなくては――って、ちょうどいいじゃん! ここは山奥!? 生き埋めなんて日本じゃ珍しくない。※シンヤの勝手な偏見です。
シンヤは、小学校の授業中に空気が読めない先生に指定されてしまい、嫌々自分で書いた作文をクラスメートの前で読むような気持ちを味わった。まぁ、そんな経験ないけど。
「冗談だったんだが、いいか」
「ちょっと待てや! リア」
しかしリアが説明を始めてしまい、舌打ち交じりに話を聞くことにした。
「一度しか説明しないよ? 天使の羽は感情に作用される。頭痛を患っている人間に頭痛薬と偽って別の薬を渡しても痛みが引くことがあるのだよ。それと同じさ……感情によって強くなることは可能だ。怒りだったり、悲しみだったり、使命感でもいいね」
「そんな適当な感じで強くなれんのかよ?」
「正確に言うと天使の羽がミヌティックドックウイルスの制御を緩めるのだよ。感情は、その分野において恐ろしいほど脳の回転率を良くする。喧嘩で怒りを抱けば痛みは徐々に感じなくなるし、涙を流せばより一層その感動に入り込める。余計な情報が切除されるからね」
「なるほど、没頭すると余計なこと考えなくなるからな」
「そういう事なのだよ。よく理解できたね!」
「えっと、馬鹿にしてる?」
「いいや、感動しているのだよ」
「俺がリアに勝てる部分が欲しくなるな」
「あるのだよ」
「マジか!?」
「――適合率」
リアが少しだけ悔しそうな表情を浮かべている。どうやら本当のことらしく、先程の説明以上に食いついてしまった。
「教えてくれ!!」
「まぁ、天使の羽の適合率と言えば雰囲気は伝わるだろう。私が先ほど蹴り上げたラミリステラの拳に対する攻撃にかかった時間は遅すぎるのだよ。サチなら常時発動できるだろうし、シンヤもあのぐらいならすぐに真似できる。肉体の再生率も早い……私には無かった才能? と言う奴だね」
「リアの左足がなかなか再生しなかったのはそれでか」
「そういう事さ」
「サチって誰だよ?」
「アイリス以上に私を頭脳で任そうとした天才。男性と男性をくっつけさせる変態。自分がピンチになればなるほど興奮する異常者。システム開発においてタイピング速度で私がギリギリ勝てないマッドサイエンティスト――正直、私はサチのテンションが苦手だ。好感が持てるのは否定しないがね」
「色々残念な奴だな。(頭が良くて、BLで、ドMで、それにタイピングの世界チャンピオン?)リアってタイピング遅いの?」
「いいや、サチが両足を使うから勝てないのだよ。私も真似しようと思えば出来るが、さすがに見栄えがよろしくないからね」
「そりゃ、ゲームで全てが決まる世界に転生させたい奴だな。もしかすると十六種族をまとめ上げて神様とチェスを白熱させる展開もあったかもしれない」
「それは無理だね。サチはチェスでグランドマスターほど強くない」
「まるで勝ったみたいな言い方だな」
「一度だけ勝ったよ」
「嘘だろ?」
「さて、どうだろうね」
リアとサチは仕事の合間に『将棋・チェス・リバーシ』を同時に並べて良く対局していた。しかしこれは、別の機会にゆっくり語るとしよう。
そして会話の区切りが付いたタイミングで、シンヤとリアの正面に出来た瓦礫の山が動き始める。そこから現れたのは先程より二回りは小さいラミリステラの顔だ。
「痛い思いをしてやがりました。死にますか?」
ラミリステラの表情が『納得』から『憤怒』に切り替わる。まるで鬼のような形相を浮かべており、ドスの効いた声がとどろく。パクパクとスムーズに口が動いており、CGを見ているような気分になったシンヤはあり得ない光景に大声を上げる。
「うぉい! 顔が喋るなよ、気持ち悪すぎるぞ!? いや……うっ!」
シンヤが喋り終える前に、真横から飛んできた瓦礫に吹き飛ばされる。一瞬でその場から姿を消してしまい、ラミリステラの表情が『憤怒』から『嘆き』に変わっていた。どうやらシンヤの言動に傷ついてしまったらしい。
電車に吹っ飛ばされたように夜空を不規則に回転したシンヤは、大量の血しぶきを撒き散らしながら数百メートルほど飛ばされて木の幹に衝突する。そしてぐったりと倒れ込みながら、己の無警戒な対応に反吐が出そうだ。
どんな場面であれ、ここは戦場なのだから。
リアとの会話で気が緩んでいた。未来を見通すこともせず、回避できた攻撃を食らってこのざまだ。リアはあれだけかっこよく、そして美しい光景を見せてくれたのに、化け物にツッコミを入れてぶっ飛ばされるとか恥ずかしすぎる。
「――殺してやるよ。あの野郎……」
ボロボロになった肉体を鞭打って立ち上がる。視線をラミリステラに向けて、殺人鬼を彷彿とさせる冷たい殺気が周囲を包み込んだ。リアとは違い、シンヤの瞳は緩やかな赤色の線を光で表現していた。
上空へと駆け上がる長い長い光の線だ。
遠目で確認出来てしまえるシンヤの鋭い殺気にリアは背筋を伸ばし、飛ばされた方向を見ながら不敵な笑みを浮かべた。それはまるで、デートに遅れて走ってくる彼氏を遠目で見つめる乙女のようだ……ったりして。
「はぁ、本気を出すのが遅いのだよ」
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