リアの背中を優しく両手で支える。
そしてお姫様抱っこ――なんていう誰も喜ばない状況にため息が漏れてしまった。いや、これは吐き気と言っていいレベルだ。
ショッピングモールリオンの駐車場でカオリの命を救ってくれたことに対して、シンヤはリアに感謝している。そして目の前に広がる大量のゾンビについても感謝していた。
その圧倒的な強さと自信に、自分がどれだけ救われたかを考える。
――これは嘘じゃない、本当に感謝している。
しかし、その感情とは正反対にシンヤはリアのことが好きじゃない。それは『本質的』な意味では無く『即物的』な意味になってしまうが、言動から見える本質を包み隠そうとする辺りが気に入らない。
多分、リアは人間が好きなのだろう。
しかし躊躇うことなく人を殺せる。
そして一人で傷つき、いずれは壊れてしまう脆さを持っていた。
――人間が愛おしいく、そして美しい存在だから。
まるで自分のことのように悲しみ、自らの人生にそれらを刻み込む。
シンヤは別に人間が好きじゃない。
しかし殺す瞬間、一瞬だけ躊躇う。
そして殺した後にあれこれ理由を付けて、いずれは記憶から消えていく。
――この人間にも様々な人生があったんだ。っと考えてしまうから。
しかしそれは他人事で、自分とは全く関係がない。
本質を理解できればリアが正しい。
即物を見ていればシンヤが正しい。
そして互いに間違っていた。
シンヤは本質を隠そうと八方美人になるが、リアは本質を隠そうと嫌われ役になろうとする。しかしリアは『優しさ』を隠しきれていない。互いに本質を理解し合えてるから、互いに自分の持っていない物を持っているから、それが羨ましくてしょうがない。
シンヤはリアの本質が『美しい』と思い、リアはシンヤの本質が『人間らしい強さ』だと思っている。そしてシンヤは自身の本質が『汚らわしい』と思い、リアは自身の本質が『弱さ』だと理解していた。
しかしそれはこの世界で過ごしてきた天能リアであり、今のリアじゃない。
――そしてリアは、シンヤが嫌いではなかった。
「はぁ、最悪な気分だ」
「私はとてもいい気分なのだよ。今の君では理解できないだろうけどね」
シンヤがリアにお姫様抱っこをしており、その背後でカオリがツキを背負っていた。不敵な笑みを浮かべながらカオリが楽しそうにこちらを見ているが、勘違いしないでほしい。
恋愛ごとに首を突っ込みたくなる女子の気持ちが全く分からん。
「全くだ。それで、どこに向かえばいいんだよ?」
「適当に店舗を回ってくれればいい。私は人生二度目のショッピングモールを勝手に楽しむだけさ。――無論、シンヤにエスコートしてもらうよ」
「必要なことか?」
「そうだね……ここでショッピングモールを回ることに意味は無いが、時間に余裕が出来たから付き合いたまえ」
「ここから脱出しないのかよ?」
「ゾンビは全て倒した。ここは安全なのだよ」
「まぁ、来た時の状況に戻っただけか」
人の気配を感じないショッピングモールリオンで(ここはテーマパークじゃないんだぞ?)っとツッコミを入れたくなるほど様々な店舗を周回した。服屋、スイーツ、ランジェリーショップ、水着店、楽器店、ペットショップ、電化製品店などなど。
ここまでショッピングモールを回ったのは初めてだ。
性格に似合わず、リアは買い物が好きなんだろう。と言っても眺めるだけで手に取ることは無かったから、そこまで時間はかけていない。
呆れた表情を浮かべていると、リアが思い出したように口を開く。
「私は一度だけ、シンヤとカイトにある質問をしたことがあるのだよ。と言っても、向こうの世界の話だが……」
カイトと言う名前に聞き覚えがあり、リアの話に耳を傾けた。
さっき話に出てた名前――道徳カイトだっけか? 一体何者だよ。
「どんな質問だよ?」
「もしも『私が君と付き合いたいと言い出したらどうする?』という質問さ。向こうで色々あってね、最終確認みたいなものだった。――私はどうしてもシンヤとカイトに聞いてみたかったんだよ」
なんだよ、それ? 別世界の俺って……リアとどんな関係だったんだよ。
まさか!? 俺がリアを好きだったなんて言い出さないよな?
いや、だったらリアがそんな質問しないか……逆パターン!?
――それは自意識過剰だな。リアが人に惚れるイメージが沸かない。
「それで?」
「ふふ、カイトは私に『もちろん、付き合ってリアさんを一生幸せにします』って言いきったのだよ。そのあとかっこいい台詞を並べながら愛の告白を迫られた。――私は魅力的だからね」
「自慢話かよ! ――で、俺はなんて答えたんだよ?」
「聞きたいのかい?」
「当たり前だ。別の世界で黒歴史を作ってないか確認したい」
「ほぅ。今のシンヤならなんて答えるんだい?」
「ロリコン認定されたくないので遠慮します。って答えるだろうな」
リアの肘がシンヤの腹部を殴りつけた。
体勢が前屈みになり、リアの体に顔がうずくまる。
そしてリアはシンヤの耳元に近づき一言「不正解」っと囁く。そして不敵な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「まぁ、しかし大体は合っているよ。私に失礼な言葉を並べまくった挙句、シンヤと私はそのまま取っ組み合いの喧嘩――無論、私が圧勝した」
――だから私は、君にこのような形でしか気持ちを伝えられなかった。
『死んでほしいから、私と付き合ってくれないか?』っと。
それに対して君は……
「嘘をつくな」
「――え?」
「絶対に俺が、取っ組み合いで圧勝したに決まってんだろ!」
リアは呆気にとられた表情を浮かべながら「プフッ!」っと噴き出した。
そして憂鬱になっていた自分自身が馬鹿らしくなり、内に隠していた言葉が漏れる。
「アッハッハ! ――私が負けるわけないだろう? それは天地がひっくり返るよりも難しい。そしてどうやら私は、シンヤと話すのが好きらしいね。私はシンヤから様々な『色』を見せてもらった。――色づく世界を私に与えてくれた」
それはとても綺麗で儚く、魅力的と言わざる負えない笑顔だった。その笑顔に隠された本当の気持ちを、今のシンヤが理解することは出来ない。――しかし今のシンヤだからこそ『色』という言葉に親近感を抱けた。
白黒の世界で色を見つける瞬間を思い出す。
そして頭を軽く左右に振りながら、自分の考えを否定した。
関係無いに決まってる。
だって、リアと俺は人間としての差があまりにも開いているんだから。
「――それは俺に言うことじゃないだろ? もう一人の馬鹿に伝えな」
「私がこんなことを彼に伝えるわけがないだろう? 今の君だからこそ言えることもあるのだよ。――ただし、これだけははっきりさせておこう」
「なんだよ?」
「私とシンヤの関係が進展することは絶対に無いのだよ。私とシンヤはとっても仲が悪い。――水と油さ。だからシンヤが心配するようなことは起きていない」
リアと目を合わせる。
体重がとても軽くて、衣服越しでも体温を感じ取れた。
そして、互いに笑みが漏れてしまう。
いい感じにシンヤのツボを刺激されてしまい、次から次へと笑いが止まらない。そんな笑い声に合わせるかのように、リアもまた笑いだす。
――なるほど、納得だ。
「それは最高にいいことを聞いた! ――清々するよ」
「喜んでもらえて良かったのだよ。私も清々していたところさ」
リアの左足はすでに再生している。もう運んであげる必要は無いのだが、カオリに言われるまで気付かないふりをしていた事は、誰にも言えないシンヤの秘密となった。
読んでいただきありがとうございます!!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!