リアは夜空を覆い隠すほど巨大なラミリステラの顔を見ていた。エクスプロージョンの銃口を構えて、獲物を見つけた猛獣のような表情を浮かべている。敵意を前面に押し出しており、近くに立っているだけで背筋が凍りそうだ。
「ここからは真面目に行かせてもらうのだよ! 私はラミリステラの相手をする。シンヤは私のサポートに入ってくれたまえ」
「分かった」
――天能リアは天才だが、それは数学的な考え方ではなく文学的な考え方に重きを置いていた。向こうの世界でリアの力を【森根サチ】は『ラプラスの悪魔』と呼んでいたが、それはサチの小さな皮肉を意味する。
何故なら、それはすでに否定された仮説だからだ。
ラプラスの悪魔――ある時点において作用する全ての『力学的』・『物理的』な状態を完全に『把握』・『分析』する能力を持っていれば、未来を含む宇宙の全運動までも確定的に知ることが出来る。つまり未来を全て把握することが出来るということだ。
しかしピエール=シモン・ラプラスの死後――二十世紀初頭に復興した『量子力学』により、原子の『位置』と『運動量』を同時に知ることは『原理的に不可能』であること明らかになってしまい、この仮説は矛盾している。
全てを完全に把握して未来を予測するなんて不可能だ。それは言ってしまえば『神』なのだから、その領域に人間が踏み入ることを『禁忌』だとリアは考えた。
故にシンヤの力は不完全であり、リアの力もまた不完全である。
完全なんて存在しない。
それは可能性を潰す言葉だ。人類の進化が不完全であるから、今後さらに進化を重ねる可能性を秘めている。それは人類だけでなく文明に対しても言えることだ。
完全の先には何も存在しないのだから。
それは『無』と同じだ。
リアは蔓に吊るされたゾンビ達をエクスプロージョンで打ち抜くと同時に、大爆発を起こしてドーム状に囲われている包囲網に大穴を空けた。そして背後に銃口を向けて大爆発を起こすと、爆風を利用して大穴から森の奥へと飛んで行ってしまう。
流れるような動作で背後にいるゾンビを吹き飛ばしながら森の奥へと消えていくリアは、人間と言うよりは野性的な動物に見える。
「――っえ……俺は?」
そしてゾンビ達の包囲網に取り残されたシンヤは、徐々に接近してくるゾンビによって噛み殺される未来が見えていた。その未来にたどり着く前に行動を開始する。
「サポートしろ。って言ったくせに俺を置いていきやがった!? ――こんなことなら恥を捨てて手を繋いでおくべきだった。俺が死んだらリアを一生呪ってやるからなぁあ!!」
シンヤはコルトガバメントの銃口を正面に向けて走り出す。ゾンビの肉体が爆散していく光景に苦い表情を浮かべながら、ガードレールまで突っ切った。そして近くに居るゾンビに腕や足を噛まれながら、ガードレールを越えて森の奥へと転がり落ちる。
「っく!? ――うぉぉぉおお!」
草が皮膚を切り裂き、枝が脇腹にグッサリと刺さる。そして両足に纏わりつくゾンビを殴りながら木の幹に背中を強打した。
「ガハッ!? ――ッ……」
体中の酸素が一気に抜けて、過呼吸を繰り返しながら脇腹に刺さった枝木を勢いよく抜き捨てる。そして痛みは徐々に治まり、呼吸が安定していくのが分かった。腕や足に出来たゾンビ達の噛み跡も皮膚の沸騰と共に再生を始める。
「はぁはぁ、俺の体はどうなっちまったんだ」
ゆっくりと立ち上がり、両足に纏わりついていたゾンビに銃口を向ける。そして引き金を引くと頭部が爆散した。
軽く辺りを見渡し、ため息をこぼす。
暗くて何も見えない。
「さて、これからどうする……? とりあえず顔に向かうか」
これからの予定を全く決めていないシンヤは、夜空を覆い隠すほど巨大なラミリステラがいる方へと足を進める。近くに行けばリアと合流できると思ったからだ。
そのまま暗闇に包まれている山を登って行った。
そしてガードレールが遠目で確認できる辺りで、『一人の少女』と出会う。
■□■□
大量の枝木がリアを捕まえようと不規則に動き回る。しかし『天使の羽』を体内に摂取しているため、人間離れした肉体を持っているリアを捕まえることが出ないようだ。
ラミリステラは森を一直線に駆け抜けてこちらへと向かってくるリアを捉えることが出来ず、瞳から漏れ出す淡い青色の光が『雷光』のように残像を残していた。
「まずはこちらの核を破壊する」
リアはエクスプロージョンの爆風を利用しながら枝木と枝木の間を忍者のようにすり抜けている。そして正面を木々で塞がれた場合、上下にエクスプロージョンの銃弾を撃ち込んで『急上昇・急降下』を繰り返しながらラミリステラに近づいた。
「問題はもう一つの核なのだよ」
ポツリと独り言が漏れる。
ラミリステラの射程圏内に入ったリアはエクスプロージョンの赤色に点滅する銃弾を巨大な顔に撃ち込んだ。銃弾は頬に当たり、そのままマガジンリリースを押す。
大爆発が森中に響き渡り、鳥の鳴き声が辺りから離れていくのを感じた。
そして頬の表面が少しだけ削れると同時に、大量の瓦礫が雨のように降り注ぐ。森全体が揺れ動き、ラミリステラの表情が『真顔』から『驚愕』に一瞬で切り替わった。
驚愕した巨大な顔がリアのことを覗き込む。
そして「痛い、何するやがるんですかあなた。死にますか?」っと喋りだした。
土や岩や木々が形を変えながらラミリステラの巨大な口をパクパクと動かしている。その姿はとても不快な気分になり、男性の重たい声が森中にとどろいた。
「君がね」
「――そうですか。死んでくださいやがれます? 死にますか?」
ラミリステラの巨大な顔が徐々に小さくなっていく。それと同時に五階建てビルと同等のサイズをした『片手』が生み出される。そして、その片手がリアの真上から素早く振り下ろされた。
「ッ!?」
■□■□
両肘を吊り上げて『操り人形』のようなポーズを取った少女がシンヤの前に現れる。その少女は首を左右にガクガクと動かしながら喋りだした。
リアとよく似た衣服を着用しており、雰囲気が全くつかめない。
「おに、おに、おに、おにいちゃん……だだ、だだだ、だれ? ――信条シンヤ? 信条シンヤ――遊ぼ? 遊ぼ遊ぼ遊ぼ遊ぼ――ぼぼぼぼぼぼぼ、死ぬ死ぬ死ぬねね――ねね死ぬ?」
女性ロボットのような声だ。
そして左右にガクガクと動かしていた首が「バキッ!」と折れる。そのまま頭部が一回転したにも関わらず、さらに激しく左右に首を動かし始めた。皮膚の皮一枚でギリギリ頭部を支えており、すぐにでも落ちてしまいそうだ。
そしてへし折れた首から大量の血が噴き出す。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」
ホラーが苦手なシンヤは少女から慌てて逃げ出した。ラミリステラの元へ向かっている道中に生存者らしき少女を見つけたと思ったらこれだ。そしてシンヤの中でこの少女はゾンビや化け物よりも苦手な部類に入っていた。
これは戦って勝つとか、そういう相手じゃない。
不良やヤクザでは無く、殺人鬼や変質者を相手にするようなもの。
マジでいた!? 見ちまった……幽霊だ! 呪われる!?
そして走り出した瞬間――シンヤの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「待って、シンヤ」
「――え?」
逃げ出そうとしたシンヤは、その声に目を見開いて足を止める。
それはずっと忘れられずにいた『大切な人』
数年前まで『毎日』聞いていた日常を思い出させる声色。
(――嘘だろ?)
慌てて振り向いた先に『母親』が立っていた。
そこにホラー少女は立っていない。
「母さん。――どうして、ここに……?」
「久しぶり、シンヤ。大きくなったわね!」
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