折れた骨は強制的に元の形へと曲がり、裂けた皮膚はマグマのように沸騰しながら再生を始める。それと同時に痛みが引いていく感覚……いや、すでに痛覚が機能してるようには思えない。心拍数が跳ね上がり、体中が武者震いで震えた。
――俺は人間?
再生が始まる前は覚束ない足取りでラミリステラに近づき、肉体が再生するごとにダーウィンの進化論のように上体を起こしていく。そしてシンヤは、ただただ自分の姿を悔いていた。
――俺は玩具みたいに吹き飛ばされるために生まれたわけじゃない。
両足の繊維が前に進むごとに「ブチッ! ブチッ!」っと悲鳴を上げる。バランスが崩れてしまい、地面に倒れ込んだ。するとシンヤは、ゾンビのように両手と顎を使いながら自分自身を運ぶ。重傷のためか、再生がなかなか完了しない。
――ムカつきすぎて、脳内でオーケストラが流れ始めやがったよ。絶対にあの化け物だけは殺してやる。馬鹿にしやがって、油断した油断した。
そして脳内で不必要な感情や情報が遮断されていき、闘争心が高まる。
『交響曲第9番ホ短調作品95【新世界より】第4楽章』――ベートーヴェン『運命』/シューベルト『未完成』/ドヴォルザーク『新世界より』と、これらの交響曲を『三大交響曲』なんて呼んだりするらしい。そしてわずかにアメリカ風である。自由と武力を感じさせる力強さが、今のシンヤとマッチしているのだろう。
何故なら、感情を最も効率よく動かす方法は『音』なのだから。
脳内で『新世界より』が鳴り響く。リズムに合わせるように、化け物じみた叫び声を森中に響かせる。そして四足歩行でリアとラミリステラを視線で捉えた。
「ウゥッゥッァッァアアァァアウゥアア!!!!!!」
――頭が焼けるように痛い。体が自分の物じゃ無い感覚……リアはこんな状態でラミリステラと戦ったのか? 無理だろ――死ぬほど苦しい。
限界を超えたシンヤの喉が爆散する。それほど人間離れした叫び声を出し続けていた。そしてゾンビよりも乾いた声で、自らの首元を抑えながらラミリステラに近づく。一見するとシンヤは天使の羽を制御しきれず、暴走していた。
ラミリステラの表情が『嘆き』から『不安』に切り替わり、それと同時に警戒していたリアから視線を外す。ラミリステラの中で優先順位がリアからシンヤに切り替わった。
「あぁ、完全に飛んでいるではないか? ――天使の羽の濃度を落しすぎなのだよ。しかし、なかなかいい音色を奏でているね。これは『新世界より』かな?」
シンヤは脳内で流れているリズムに合わせて動いていた。リアはその小さな動きから楽譜を脳内で生み出し、さらにその曲を言い当てる。他人が見ればゆっくりこちらへ向かって来る化け物にしか見えないだろうが、リアにはしっかりと見えていた。
そしてシンヤの肉体が完全に再生する。
『その御心のままにあなたと言う一人の信者を救いましょう。そして、背中に映るその両翼をはばたかせて、いずれあなたはその先の未来を理解することになる。――世界は繋がって、時間も等しく終息していく――繰り返される歴史の中で、どんな選択をしますか?』
四足歩行でゆっくりと近づくシンヤは、片手で地面を叩きつけると、その衝撃で空中を何回転もしながらラミリステラに急接近した。そして淡い赤色の光が『線』となり、シンヤの軌道をなぞるように残像を残す。
そして空中に出来る赤色の円形。
「なんなんでやがるますか? 死にますか?」
ラミリステラは無数の枝木を操り、周囲に転がり落ちている瓦礫を『グー・チョキ・パー』の形に形成してシンヤへと飛ばす。しかし空中を回転しているシンヤはその回転力を活かして、素早く飛んでくる瓦礫を全て叩き割った。そして地面にクレーターが出来るほどの威力で殴りつけると同時に、夜空を跳躍する。
それはショッピングモールリオンの駐車場でアグレストが行っていた跳躍方法と全く同じだ。
「コロ……殺して……コロっす! 巨大なオブジェに……してしてやる」
暴走状態のシンヤは自分が曖昧な日本語を喋っていることに気付いていない。それはまるで化け物と同じような口調だ。ラミリステラも一瞬だけ同胞と勘違いして攻撃を止めようとしたが、殺気がすでに『異端者』の者と同類である。
「同胞でやがますか? ――殺す? ――違いやがりそうでましたね」
無数の枝木がくねくねと曲がりながらシンヤを襲った。しかしその光景はすでにプロビデンスの目で見ている。飛んでくる枝木を移動する足場に変えて、滑り落ちるようにラミリステラの真上に落下した。
「殺す……コロ……ゴロズでやる!!」
「異端者でいやがましたか。 ――死にますか? 殺しますよ? さようなら」
「てめ……ぇが……ナ」
シンヤは倒立の体勢で頭部に着地して、そのままブランコのように遠心力を使って膝蹴りをお見舞いする。そして身動きが取れないほどの速度でラミリステラは後方へと飛んでいった。
そんなラミリステラをシンヤは走って追いかける。
斜めにジャンプしながら不規則に動き回り、そのままラミリステラの頭部に両足をガッチリと挟んで捕まえた。流れるような動作で額にコルトガバメントを向ける。
そして躊躇うことなく引き金を引くが、BB弾が瓦礫に当たって弾かれた。いつものように爆散しないことに一瞬だけ動揺の色を見せたが、すぐに謎が解ける。戦闘中または暴走中のためか、脳の回転がいつもより早い。
――瓦礫はラミリステラが操っているだけで本体とは無関係のただの物質。これはゾンビしか殺せない武器だから、遮蔽物には効果が無い。
コルトガバメントをハンマー代わりに何度もラミリステラの頭部を殴りつけた。そして外壁となっている瓦礫を破壊していく。するとラミリステラが今の状況を覆すため、木々を操り……吹き飛ばされながら木々に衝突してその勢いを崩していく。
激しい衝撃に襲われ、シンヤはラミリステラから距離を取る。
そして最初に登場したときに比べて、ラミリステラの顔はシンヤと変わらないサイズになっていた。コルトガバメントで殴られすぎて、表情を読み取れないほどボロボロになっている。そしてシンヤは不敵な笑みを浮かべた。
暗闇に包まれる山奥で両目を輝かせたシンヤは『死神』のようだ。
どちらが化け物なのかすでに分からないほどアクロバティックに戦闘をこなしている。重力や角度を超越した、動きが全く読めない獣のような戦い方だ。
そしてゆっくりとラミリステラに近づく。それと同時に無数の木々や瓦礫がシンヤに飛んでく行くが、それらすべてを綺麗に避けた。銃弾と同等の速度なのだが、シンヤからしてみれば遅すぎる。
そのままシンヤの鋭い蹴りが顔面に突き刺さった。
すると中に、綺麗な宝石のような物が埋もれているのに気付く。
――これはショッピングモールで戦った時の化け物『アグレスト』と同じだ。これがラミリステラの心臓ってことか。
シンヤは銃口をラミリステラの核に向けて、躊躇なくその引き金を引いた。
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