服を雑に脱ぎ捨てたシンヤはシャワーを浴びながら、今後についての不安と人を殺してしまった事への罪悪感に襲われる。
あんなに軽い気持ちで部屋の外にいたゾンビを殺すつもりは無かった。元は人間……普通の人間なんだ。ウイルスか何かで操られてるだけの可能性だってある……いつか助けられるかもしれない。
「はは、また逃げてるよ俺は……。あれは人なんかじゃない……ゾンビだ」
頭では分かっている。本当は怖くてたまらない――学校で女子生徒の首の骨を折った時から気付いてた。学校では、頭が無くなってる生徒も襲ってきた。もう助からない……あれは死んだ人間だ。
こんな弱い気持ちで生きていけるわけが無い――そろそろ覚悟を決めなくてはならない。分かっていても行動に移そうとしない自分自身が嫌いだ。だってこれはただの偽善なのだから……。
「まさか本当にBB弾でゾンビが爆散するなんて思わないだろ?」
あの武器は何だ?
誰が作った?
なんであんな兵器が俺の元に届いた?
分からないことだらけの現状に、その場で膝を付いた。肩に当たるシャワーの粒がチクチクとシンヤの皮膚の感覚を狂わせる。そしてゆっくりと息を吸い……一つ一つに折り合いを付けていく。歯を食いしばりながら、シンヤの瞳は殺意が滲み出るように深さを増していく。
――あれは人間か?
「違う……あれはゾンビだ、化け物だ……。――人間じゃない」
――お前はどうしたい?
「生きていたい……死にたくない……」
――どうすれば生きられる?
「分からない……でもゾンビを殺すための武器は持ってる……」
――元は普通の人間だ、お前に殺せるのか?
「殺したくない……でも」
――でも?
「生きるためなら――殺してやる……っく!!」
自問自答を繰り返しながら、自分の感情を無理やりコントロールする。自分自身に催眠をかけるように、壊れそうな――いや、すでに壊れている精神状態に整理を付ける。
上を向き、顔に当たるシャワーが痛い。目を大きく見開き、水の粒が瞳に当たるが、目を閉じることが無い。それほどまでに集中し、自分の中の枷を外していく。
生きるために人を殺す……あれは死者だ……大丈夫……どんなことをしてでも生きてやる……死にたくない……俺に、これから殺されるゾンビだって……分かってくれる……天国にも……地獄にも……行きたくない……ここに居たいよ。
極限状態の人間の行動など、外から見ている人間には理解されない。普通の一般人が犯罪者の気持ちを理解できないのと同じことだ。
正面の鏡は湯気で曇っており、手のひらでその湯気を拭き取り、正面に映る自分の姿を見る。そこにいるのは、自分でもビックリするほど別人。
人を殺せる人間の目……シンヤは笑みを作る。
「大丈夫だよ」
パチ……ノイズ音
(俺と同じことをしたか……、でもそれは……幸せから最も遠いんだぜ?シュン――)
■□■□
【4月6日(火曜日)】
人が死んだ……人が死ぬ……人が殺される……人が……
「カツン!!」
いきなり目の前に現れた化け物【カブリコ】は、膝のあたりまでボサついた、長い髪を垂らしており顔が見えない。両腕は骨で出来た鋭利な刀のようになっており、目の前にいる私の友達を真っ二つにして殺した。
天能リアはこの時、何かが壊れた。友人と呼べる人間の亡骸を見て、本気で叫んだ。――喉がかれる程……、そして涙を流しながら正面にいるカブリコと目を合わせる。
カブリコの顔が一瞬だけ視界に入り、小さな恐怖がリアを襲う。
口裂け女のように頬の辺りまで開いた口……真っ白な肌と歪んだ瞳。その化け物は、笑顔でこちらを見ていた。
また何かが壊れた……人として大切な何かだ。恐怖が消え、震えが止まる。
天能リアは廊下の天井にエクスプロージョンを使い、廊下を崩落させた。そこからの記憶が無い……気付いた時には、見知らぬ家で寝ていた。
しかし天能リアが自らの手で、廊下を崩落させた時――、彼女もまた笑っていた。
それは獣と呼ぶべき化け物を殺すための笑みと、流れだす涙、知的とは正反対の感情的な人間の暴走。昔の人間はそれを【化け物や獣】と呼んだ。
人間とは真逆……しかしそれこそが天能リア――誰も知らないもう一つの顔だ。
【天能リア/見知らぬ人の家】
エクスプロージョンから表示される地図を眺めながら、ボロボロになった血だらけの制服を脱ぎ、綺麗に畳んで、隣に置いてある洗濯機の上に乗せる。
赤く染まった髪をゆっくりと流していき、そこから綺麗な金髪が姿を現す。自分の小柄な体を流すのに、時間はかからない。
でも――血の匂いが鼻から抜けない。
「次は殺す……あの化け物」
パッチリとした可愛らしい瞳は鋭さを増していき、鏡に映る自分の姿に笑みが漏れる。
「はは……、誰だい? これは」
睨め付けるように自分自身を見ながら、鏡を本気で殴る。拳から血が流れ――割れた鏡に分割された自分の姿……、真顔で対応する。
――今の私なら、学校の友達を救えたかい?
「当り前だね……」
――同じ失敗を私は繰り返すかい?
「ありえないよ」
――私は生きたいかい?
「それは確定事項だよ……考える必要も無い」
――ならどうする?
「こんな出来事を起こした張本人を探して殺す……当り前だよ」
リアはその後、風呂場から素っ裸のままエクスプロージョンを片手に、リビングへ移動する。そしてリビングのテレビ横に置いてある写真に視線を向けた。
微笑ましい家族の写真――一人の娘、父親と母親。真ん中にはケーキがおいてあり、蝋燭が14本……誕生日の写真だと推理する。
写真の左下には去年の5月02日の日付が記載されている。蝋燭の数が年の数と同じなら、あと少しで高校生になれたかもしれない。
「もう少しで受験だったようだね……、もしかしたら私の後輩になっていたかもしれない」
何気ない普通の生活が続いたら、そんな可能性も合ったかもしれない。すでに失った日常を思い出しながら、天能リアは覚悟を決める。
「君の服を借りるよ……代わりに君が生きていたら、私は命を懸けて君を助けよう」
その可愛らしい少女の顔を、天能リアは忘れない。
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