無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったのですが*

ゲームから始まるゾンビ世界 ホラー部門カクヨム最高2位
夢乃
夢乃

第56話【シンヤ&リアエピソード⑤】

公開日時: 2020年10月7日(水) 20:03
更新日時: 2021年3月20日(土) 10:47
文字数:2,669

 シンヤは落下するリアを受け止めた。


 そのまま抱きしめて後方へと転がり落ちていく。土煙と共に体中を痛めたが、それ以上にリアの傷が酷かった。どれだけ激しい戦闘を繰り広げたかは知らないが、腕の皮膚がめくれて額から血が流れている。この様子だと骨も何本か持ってかれているだろう。


 リアには眼球を潰されたりゾンビの包囲網に取り残されたりと、散々な目に合っている訳だが、そんな怒りを忘れるほどの重傷を負っていた。しかしその表情は少女のようなあどけない微笑を浮かべている。


「おい……大丈夫かよ!?」


 シンヤは気付いた時、リアに心配の言葉をかけていた。

 怒りと安堵が、色の違う絵の具のように混ざり合っている。


「あぁ問題ない。――軽く飛ばされただけなのだよ」


 軽く? ――空から降って来たよな。それに軽く飛ばされたってレベルの怪我じゃないぞ!? 病院に行ったら三ヶ月コースだっての。


「とてもそんな風には見えない」


「いいや、天使の羽のおかげで重傷はすでに問題では無くなっている。それよりシンヤ、なぜプロビデンスの目が消えている? ここは戦場なのだよ」


 大きな目が糸のように細くなり、じっとシンヤのことを見ている。淡い青色の光が瞳を包み込んで、暗闇の中に潜む狼のようだ。


 言い訳を並べるつもりは無いが、気付いた時には未来が見えなくなっていた。


「うっ……いや、なんていうか。よく分からない……気付いたら未来が見えなくなってた。これって時間制限とかあるのか?」


「特に無いのだよ。感情に左右されることはあるがね」


「感情……か」


 自分自身が何故、あのような喪失感を抱いていたのか分からない。酷く動揺して、気付いた時にはリアが夜空から降って来た。大切な物を失った気がするが、それが何かさえ思い出せない。


 まぁ、忘れるぐらいだから……どうでもいいことなんだろう。


「まさかとは思うが、ラミリステラの核に会ったのかい?」


 容量を得ない表情を浮かべていたためか、リアがそんなことを言い出した。詳しく聞いてみると、大切な『記憶』に入り込んでそれを栄養源にする化け物らしい。夜空を覆いつくすほど巨大なラミリステラは『武力』に秀でており、もう片方のラミリステラは『記憶破壊』に秀でている。


 そんな説明を簡単にし始めたリアに、文句を言ってやった。


「ふざけんな! こっちは命かけてんだ。俺の知らない事はしっかりと教えといてくれよ。いざって時に困るだろうが」


「別に出し惜しみしていた訳じゃ無いのだよ。説明しようと思ったら、シンヤが私の話を遮ったのだから。――しかし激しい喪失感を抱いたら私に教えてほしいのだよ」


 リアの言葉に動揺した。激しい喪失感に襲われて、自分自身が何をしていたのか覚えていないのだから。


「リア……俺はその核に会ったかもしれない」


「それは無いのだよ。こちらの世界と向こうの世界で、信条シンヤに大きな変化はないはずだ。となると、ラミリステラの核が記憶を奪い取りに来る可能性が高いのは私だ」


 しかしシンヤの言葉は華麗にスルーされてしまった。『喪失感を抱いたら私に教えてほしい』なんて言ったくせに、人の話を聞いてねーな……こいつ。


「どんな違いがあるんだよ?」


「一千万円を受け取った時期、それと私との出会い方が違う。まだ向こうの世界で私達は出会っていないからね。シンヤの内面や記憶に関してはパンデミックから大きな変化を迎えているが、今の所そこまでの違いは無い」


 リアが向こうの世界でシンヤに初めて会ったのは『5月5日(水曜日)』のゴールデンウィークである。この世界は現在『4月7日(水曜日)』――つまりパンデミックになった日々を差し引けば、シンヤに『ほとんど違いは無い』とリアは考えていた。


 シンヤの両親が離婚したことをリアは知らない。

 しかしリアの変化はシンヤ以上だ。


 それをシンヤに話すことは無いが、向こうの世界でリアは成人している。しかしこちらの世界でリアは高校生なのだ、そもそも年齢が違う。となると父親や母親の関係も違う訳で、同じリアでも大きな『バタフライ効果』が生まれている。


 今は理解する必要が無い話だ。


「理解が追い付かないのはいつものことだが、リアも分かりやすく説明する努力をした方がいいと思う」


「それは出来ないのだよ。この世界に干渉する情報には制限がある」


「何とかならないのか? 情報はチートだぞ」


「話すだけなら簡単だが、後悔するよ?」


「どんな?」


「説明が難しいのだよ。過去か未来でシンヤに大きな罰が下る」


「具体的な説明は無いのか」


「出来ないわけじゃない。――物事は必ず0で終息するように出来ているのだよ。それは『いいこと』や『悪いこと』と言った感情的な意味では無く、宇宙全体に与える影響が0と言う話だ。私の説明は1を生み出す可能性がある」


「それが罰? 1を生み出すなんて言い方だと、凄いことをするみたいに聞こえるんだけど。どっちかって言うと、偉人とか神になれちゃいそうな感じだ」


「死ぬより辛い地獄が永遠と続くのだよ」


「なら遠慮する」


「それがいい」


 長々と説明を終えたリアは立ち上がろうとするが、気付かぬうちにシンヤを座椅子がわりに座り込んでいた。リアの収まりがいいのか、シンヤはこの状況に何の感情も抱いていない。恥ずかしさを誤魔化すため、真顔でシンヤに言い放った。


「魅力的なレディーに座られて興奮しているのかい? 顔が真っ赤だよ」


「――いや全く」


 コンクリートで固めたような真顔で即答する。リアは少し考える素振りを取ったあと、とんでもない発言を言い出しやがった。


「プロビデンスの目が発動していなかったね? まだ自分自身で制御するのは難しいだろう。もう一度だけ、手伝ってあげるのだよ」


「――え?」


 リアがゆっくりと立ち上がり、シンヤは距離を取るために後退った。指先を伸ばすだけで全身が恐怖に包まれ、確実に自分が先端恐怖症になったことを悟る。淡い青色の光が瞳からゆらゆらと揺れて、まるで鬼が人間を襲うような光景だ。


「逃げること無いだろう?」


「嫌だ……目を潰すんだろ!? ――こっちに来るな! やめろ……指をこっちに向けるな! 待て……本当に! おいおい殺すぞ!」


「今のシンヤでは、私に傷をつけることも出来ないのだよ」


「やめ……やめてくれ! 謝るから!? ごめんなさい!!」


 森中にシンヤの断末魔が響き渡り、ラミリステラの視線が森の奥へと向けられる。そしてこの瞬間、シンヤはプロビデンスの目を自由に発動できるようになった。しかしそれに気づくのは、もうあとのお話。


 そして語られることは多分ない。


「誰か、生きてやがりてるんでますか? 死にますか?」


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