無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったのですが*

ゲームから始まるゾンビ世界 ホラー部門カクヨム最高2位
夢乃
夢乃

第34話【化け物と天才と英雄】

公開日時: 2020年9月25日(金) 13:05
更新日時: 2021年1月31日(日) 08:10
文字数:3,754

 アグレストから噴き出す血液が雨のように降り注ぎ、シンヤの淡い赤色の瞳がリアとカオリに向けられる。少し困った表情を浮かべながら、不器用な笑みを向けた。


 そしてシンヤの着ている制服は穴だらけになっており、その隙間から見せる肌には負傷したはずの傷が無い。折れていた両足や背骨も元通りに再生されていく。


 リアがシンヤの表情を見た瞬間――背筋が凍り付くほどの恐怖に包まれた。


 生きているはずが無い少年から向けられる笑みほど気持ち悪い物は無い。一瞬の油断が生死を分ける分岐点に見えていた。例えるならそれは人類が初めて宇宙人とコンタクトを取る瞬間に似ているのかもしれない。


 リアはエクスプロージョンを握りしめる。


 そして細かい呼吸を繰り返しながら、言葉を選んで口を開いた。


「シンヤ、今の君は人間かい?」


「どういうことだよ?」


「質問を質問で返さないでほしいのだよ。君の動きは人間を越えていた。あの化け物達と今の君は同じに見えるのだよ」


 エクスプロージョンの銃口をシンヤの額へと向ける。シンヤはリアに対して苦笑いを浮かべながら、どうしたものかと現状を説明する言い訳を探していた。しかし都合よく信頼されるような言葉が見つかる訳もなく、曖昧な回答がリアの逆鱗に触れる結果となってしまった。


「分からない。気付いたら、こうなってたんだよ」


「そうかい。今は無事でも、今後どうなるか分からないからね」


「そ、そうだな」


「申し訳ないが、殺すよ」


 瞬間、エクスプロージョンの銃口から点滅する銃弾がシンヤの額に向かって発砲される。その光景をプロビデンスの目で2秒前に見ていたシンヤは首を少し曲げて銃弾を避けた。表情一つ変えないシンヤに警戒心を更に高めて、リアは距離を詰める。


「待て待て! 俺は本当に何も知らないんだって!」


「分かっている。武器を置いて立ち去るか、ここで死ね」


 リアの鋭い回し蹴りがシンヤの顎を1秒後に砕く光景が見えた。


 シンヤは体勢を後ろに倒してその蹴りをかわす。そしてリアの蹴りはシンヤの前髪をかすめて、そのまま綺麗に一回転しながら遠心力を利用してシンヤの両足を引っ掛けようとした。しかしそれを軽くジャンプして避けると、シンヤはリアの手首を掴んで体ごと持ち上げる。


 小柄な体型で素早く動く姿は見惚れてしまうほど綺麗だが、全身の体重を余すことなく使った蹴りはえげつない。そしてリアの金髪が遠心力で円を描くように広がる姿は花のようだ。


「って、見惚れてる場合か。聞けよ! ロリガキ」


「ロリ? ガキ……? そこを動くなよ、シンヤ!」


 リアは持ち上げられた体勢で、片手に持っているエクスプロージョンの銃口をシンヤの額に押し当てた。獣のような形相をしており、鋭い目付きで睨みつけられたシンヤは視線を逸らしながらため息をこぼす。


「この距離でも今の俺には当たらないと思うぞ?」

(この力についてはあまり理解していないが、体が軽い。それにこいつがいつ引き金を引くかが手に取るように分かる)


「いいや、君が人間ならこの銃弾は当たる様になっている」


「どういう事だよ?」


「撃ってみれば分かる」


 リアは躊躇うこと無く、その引き金を引いた。そしてリアが言っている意味を理解したのは、引き金が引かれた後のことだ。


 カオリの肩に、リアが発砲した銃弾が当たる未来。


「っ!」


 そして避けることなく、その銃弾はシンヤの額に撃ち込まれる。リアが銃口を向けた先にはカオリが立っており、その銃弾を避けた瞬間にカオリに当たる様になっていた。手動で爆発する銃弾だと理解していないシンヤは、カオリが燃え上がる状況を想像してしまう。


 額から血が滴り、シンヤの表情がこれまでにないほど歪んでいた。そして握っているリアの手首に力を入れて、嫌な音と感触がリアの表情を曇らせる。


「カオリを殺す気か? 流石に冗談になってねぇぞ」


「安心したまえ、この銃は手動でしか爆発しない。カオリに当たったとしても皮膚を少し切られる程度で致命傷にはならない。それにシンヤがカオリのためにここまで出来るのであれば、少なくとも今は争う必要は無さそうだね? 危険を感じれば殺すが」


 嘘は言っていない。シンヤは未来の光景を見たが、額についている点滅した銃弾が爆発する未来は見えていない。握りしめていたリアの手首をゆっくりと緩めて、そのまま降ろした。


「そうかよ、やっぱり俺はあんたが嫌いだ。人を何だと思ってる」


「同感だね。君がそれを私に言うのかい?」


 シンヤは額に張り付いた点滅する銃弾を皮膚ごと引き千切り、そのまま再生を始める。そして淡い赤色の光に包まれていたシンヤの瞳はその光を失い始めていた。


 そして始まるのは口喧嘩。


「っ! ――チビ。俺は化け物になったつもりは無いんだよ」


「これから成長するのだよ。その血だらけの服を何とかしたほうが良いのではないかい? とても臭うからね」


「うるせーな。化け物に怯えて何もできない、なんちゃって外国人よりはマシだ。これは男の勲章みたいなもんなんだよ」


「それはどうやら誤解を生んでいるようだね。私が瀕死まで追い込み、たまたま君がとどめを刺したにすぎないのだから。あまり調子に乗っていると滑稽な一人芝居を見ているようで悲しくなるのだよ」


「黙れ。その喋り方がイラつかせるな。探偵の真似事かよ」


「天才に許された美しい日本語なのだよ。その鶏レベルの頭では早すぎる世界かもしれないがね。勉学に勤しむタイプでも無いだろう?」


 二人の空気に上手く入り込めないカオリは(いや、どっちも凄すぎる)などと考えながら、その二人の姿にモヤモヤとした感情が残る。獣のような立ち回りでゾンビや化け物と対等に戦う少女も、殺人鬼のような冷たい表情で引き金を引く同級生だった少年も、今では見え方が全然違う。


 助けを求める事しか出来ないカオリはこの時、二人に小さな憧れを抱いていた。


 それがいつ役に立つかは分からない。それでもいつか、この二人のように誰かを助けられる人間になりたいと思う。この絶望だらけの世界で、カオリは『英雄』のような存在に憧れを抱いていた。


(大丈夫、まずはここから)

 その第一歩をカオリは踏み出す。


 卵のように覆いつくされた外壁が壊れる音。


 そして皆音カオリは、天使のような笑顔をリアとシンヤに向けた。


「ふぅ、よし! シンヤ君とリアちゃん。足手まといの私をここまで助けてくれて、ありがとうございます!」


「お、おぉ」

「そ、そうかい」


 不意を突かれたシンヤとリアは互いに目を合わせて呆気にとられたように黙り込んでしまった。先程から互いの外見や内面を言い合っていただけあって、カオリの綺麗な眼差しが内心に響く。そして気恥ずかしそうに視線を逸らした。


 それは普段、学校で友達と話しているような笑顔だ。


 この状況じゃ、ここまでの笑顔はもう二度と見られないかもしれない。


 その笑顔は二人の記憶に、深く刻み込まれた。


「それと、ショッピングモールに寄りたいな!」


■□■□


【??月??日(?曜日)/??時??分】


 それは少し未来の話。


 ゾンビや化け物によってパンデミックが引き起こされたことにより、世界中で大混乱が起きていた。そして日本では『SEED』と言う機関が誕生する。


 そこには軍服を着た兵士達が並んでおり、その周りには戦闘ヘリや戦車が置かれていた。そして運送トラックが施設内を動き回り、その正面に立つ英雄の姿に皆が賞賛の声を上げている。


 そしてこの施設は『鉄の外壁』で覆われていた。


 その外壁を越えるために、数十万を超えるゾンビや化け物が徒党を組んで毎日のようにやって来る。しかしその外壁は『3年間』突破されていない。時折入り込んでくる瞬間移動や飛行を行う化け物を殺していく毎日。その他にも地下施設にはたくさんの生存者が平和のために惜しげもなく働いていた。


 全ては英雄が思い描く理想郷を作るために。


 四重螺旋構造型タワーである【アヴァロン】とは真逆の場所に領土を構えており、皆はここを【円卓のマビノギオン】と呼んでいる。円形の鉄でできた外壁は要塞国家とでも言うべき強度を誇っており、世界に存在する避難場所の中でもトップクラスに安全と言えるだろう。そこに避難する人間の中には大富豪や政治家も見受けられる。


 そしてこの場所の生みの親である英雄は並んでいる兵士達の前に立ち、巨大な門を眺めていた。その背後から聞こえる尊敬や敬意や情愛や祈りを一身に受け止めて、少年の後姿を思い返す。


 そして英雄の姿は、今までの人生が一目で分かるほど異質だ。


 茶髪の足元まで伸びた、長いストレート髪には『六本の刀』が括り付けられている。そして白色の巫女服の上には黒色の軍服コートを羽織っており、両目には包帯が巻かれていた。


 その素顔を知る者は限られている。


 そして思え返すのは過去の光景。


 シンヤ君、リアちゃん。生きていますか?

 私は二人が戦わなくてもいい世界を少しだけ作ったよ?

 どこにいるの? ねぇ、シンヤ君。

 私は、あなたの事が好きです。


 英雄と呼ばれる【皆音カオリ】は、視力を失い、両腕を失い、それでもこの世界で最強に近い存在だと誰もが確信していた。


「それじゃぁ、行きましょうか! 最低最悪の戦に!!」


 鉄の門がゆっくりと開かれ、髪に括り付けられた六本の刀が引きずられる音と共に、カオリはその化け物達と対面する。


 これは少し未来の話。


■□■□


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