そして『中央通り一階』に到着したシンヤ達は、建物全体が緩やかなカーブを描くように建造されているショッピングモールリオンを見渡していた。壁際に並んでいる店舗は、何となくではあるが女性用の衣服が多く取り揃えられているような気がする。
そのほかにも飲食店、雑貨屋、楽器店、電化製品店、装飾品店などがそれぞれ専門店として個別に店舗を構えており、どんなお客様にも対応できるようになっていた。しかし、ショッピングモールリオン全体が停電しており、ガラスで出来た天井の日差しのみが照らしている状況だ。
そして所々からゾンビの乾いた声が聞こえてくる。
「かなりいるな。リア、カオリを頼む」
「分かったのだよ。カオリ、抱き付くのを止めて近くにいたまえ」
「う、うん!」
辺りを軽く見渡した程度だが、数十体を軽く超えるゾンビ達がそれぞれの階層を徘徊しており、その姿が遠目で視認出来た。そして目的も無く動き回っている屍の姿にシンヤとリアは苦い表情を浮かべている。
カオリはリアの裾をつまんで指示された通り、近くに立っていた。
「とりあえず服を回収して食料が欲しいな。後はこの血だらけの体を何とかしたい。映画の大量殺人犯より酷いからな」
「そうだね! リアちゃん、私も服が欲しいな」
「あぁ、すまないがシンヤ。二階にカオリと行っても良いだろうか?」
「あ? 今は別行動するべきじゃないだろ?」
「分かってはいるのだが、ここら辺に置いてある服はだね……」
「何だよ?」
「サイズが合わないのだよ。気が使えない男性はモテないよ?」
シンヤは一階に並んでいる店舗を眺めた。どうやら高級なブランド品が多く取り揃えられており、サイズがどれも外人女性や女優に合わせてあるようだ。そしてリアの子供体型に合った衣服が置かれていないことに言われて気付いた。
「悪かった。じゃぁ俺も、いや、行ってきてくれ」
「シンヤ君はついて来てくれないの?」
「一階に軽い用事があるんだ」
「そう、なの? 気負つけてね」
「あぁ、カオリも気負つけてくれ。ついでにリアもな」
「任せたまえ」
本来ならシンヤも二人に同伴するべきだが、白い空間で未来のシンヤが頼んできた内容を思い返して、リアのために『ゴシック服』を取りに行くことにした。理由は分からないが、未来の自分自身の助言なのだから言われた通りに行動するべきだろう。
リアとカオリはそのまま二階へと向かって行く。
そして一階に残ったシンヤは小言を口にした。
「確か未来の俺は……」
(いいか、俺は天能リアとショッピングモールへ行く約束をした。ずっと昔に、悪いが俺の代わりにデートをしてくれ。一階に置いてある趣味の悪い服が並んでいる店だ。そこにガラスケースに入ったゴシック服が置いてある。それを渡せ! 『ラーメンのお返しだ』って言ってな。――あいつならそれで真相まで辿り着く)
「そう、言っていた」
頭の中で未来の自分自身が言っていたことを反復する。
(ずっと昔の約束、それにラーメンってなんだよ? リアのキャラじゃないだろう。あいつならフォークやナイフを使うような小綺麗な店を好みそうだ。それにデートとかあり得ないだろ?)
とても今のリアからは想像が出来ない。そして二階へと上がって行く二人の後姿を遠目で見ながら『自分がもしも天能リアと付き合っていたら』と想像して、背筋が凍り付くのを感じた。
「いや、気持ち悪いって!」
■□■□
動かないエスカレーターを階段のように上がって行くリアとカオリは、ショッピングモールリオンが停電している事に愚痴をこぼしていた。そして今までの日常を思い返して、少しだけ悲しい表情を浮かべている。
「エスカレーターを階段みたいに歩くのって変な気分だね」
「確かにそうだね。こういった状況を体験すると、本当に世界の終焉なんだと再認識させられるのだよ」
「世界の終焉……ね。実感が沸かないよ」
「私もさ。昨日までは普通の生活を送っていたのだから」
「楽しかったなぁ、本当に」
「そうだね。私もそう思うのだよ」
二階へと上がったリアとカオリは、徘徊しているゾンビ達から距離を取りながら衣服や食料を集めるために行動を開始した。ゾンビを殺すのは簡単だがここは建物の中であり、リアのエクスプロージョンは建物を破壊する可能性があるので出来るだけ使用を避けたい。
そして並んでいる様々な店舗をカオリは興奮した表情を浮かべながら見ており、どれにしようかと悩んでいた。リアはシンプルな衣服に物足りなさを感じているようで、ため息交じりに自分の趣味に合う衣服を探している。
――トコトコトコトコ。
しかしその瞬間、足音がリアの耳に届いた。
「――? カオリ静かに」
そのままリアは鋭い目付きでエクスプロージョンを構える。しかし、それはゾンビのように一定のリズムで刻まれる足音では無く、生きている人間の物だと理解できた。そしてその足音は、近づくわけでも無ければ遠ざかる訳でも無い。
どうやら一定の距離を保って尾行されているようだ。
――コトコト。
「はぁはぁ……はぁ」
耳をすませば聞こえて来る足音と吐息。カオリはその音が鳴るほうへと足を進めた。そして、優しい声で口を開く。
「誰? 私達は化け物じゃないわ、出てきてくれない?」
「ぁ、その……」
リアとカオリがすでに通り過ぎた数店舗ほど手前の店から顔を半分だけ出してこちらの様子を窺っていた。酷くおびえた表情を浮かべており、カオリと目を合わせた瞬間にその場でヘタレ込んで泣き出してしまう。
「どうやら生存者のようだね。こんな状況で一人とは、可哀想に」
リアは構えた銃口をゆっくりと降ろす。そしてカオリはその少女の元まで向かった。優しく背中をさすりながら、落ち着かせるために口調を変える。
「大丈夫? 落ち着いて、ね? まぁこんな状況じゃ仕方ないようね」
「うぅぁぁぁあっあ! 助けて、助けて私の、私の友達が」
「落ち着いて。大丈夫だから」
泣きついている少女をカオリは抱きしめているが、リアは苦い表情を浮かべながら頭を抱えていた。ここで一人にさせておくほど腐った人間ではないリアだが、助けを求められて助けられるほどの余裕が無いのも確かだ。
(正直、助けてほしいのはこちらなのだよ)
「落ち着きたまえ。君の友人はどうなったんだい? まさかあの化け物のようになってしまったのかい?」
「うぅ……違い、ます。閉じ込められているんです」
「閉じ込められている? もう少し詳しく頼むのだよ」
「モ、モンスターみたいな化け物が、みんなを……っ! 私は【ミカ】と逃げました。そしたら、大人の人が助けてくれて……でもその人はミカを監禁して! 助けてほしかったら『食料を持って来い』って、私はここに一人」
「なるほど、まるで弱肉強食だ」
「私が、私が助けてあげるよ!」
「待ちたまえ、カオリ! いや、分かってはいるのだが、この子を助けられるほどの余裕がこちらには無いのだよ」
「――でも!」
「分かっているのだよ。しかし、シンヤがどうゆう状態なのか分からない今、カオリとこの子とその友人を救えるほどの余裕は無い。こちらも出来るだけのことはするつもりだが、カオリ……君が死ぬ可能性は確実に増えるのだよ?」
「っ! リアちゃん、どうしてそんな酷いことを」
リアの鋭い目付きがカオリを貫き、それ以上の言葉を許さない。
「分かるだろう? 人の命は平等じゃ無いのだよ。カオリ、君はシンヤの友人だから守る。私は英雄でも無ければ民を守る国王でも無い。守る必要のない人間しか守れる自信が無い弱い人間なのだよ」
「リアちゃんは強いのに、そんなのずるいよ」
「私は強くなどない。それに出来る限りの事はするつもりさ。私は女性が泣いている姿を見るのが嫌いだ。女性が弱い生き物だと思われるのは、許容できないからね」
自分自身を『弱い人間』と発言しながらも、その他の女性が弱いと思われることは許容できない。その発言は理解できる人間にしか理解されない。それはリアの小さな優しさだ。あまりにも遠回しな言い方で誰にも気づいてもらえないが、それを理解できる人間が隣に立つことで、初めて成立する関係もあると思う。
もしもシンヤが目の前にいたら、彼はなんて口にするんだろうか?
「手を取りたまえ、君の友人を助けに行こう」
リアは手を伸ばす。そして泣いている少女はカオリから離れて、リアに手を伸ばした。結局、カオリは何もできずにその光景を見ていることしか出来なかった。
(私にもっと力があれば、手を伸ばす先に私が立っていたの?)
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