無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったのですが*

ゲームから始まるゾンビ世界 ホラー部門カクヨム最高2位
夢乃
夢乃

第70話【バッドエンドは受け入れる】

公開日時: 2020年11月8日(日) 00:03
文字数:3,977

【《約1年半前》9月5日(土曜日)/19時20分】


 医者の人や看護師のアヤセたちのおかげで両足に包帯を巻かれた状態ではあるが、ある程度の移動は松葉杖を起用に使いこなせば多少の移動なら出来るようになり始めていた頃の話だ。


 ナナが死んでしばらくは喋る気力すらわかないほど辛い日々が続いたが、ギリギリ持ち直した感じではある。少しだけ落ち着きというものを手に入れたらしく、相手の事を少しは考えるようになった気がする。


 そしてアヤセから渡されたナナのノートパソコンはどうやらかなり高性能な物らしく、20万を超える高価な機材だった。そのスペックをフルに活用するほどリョウはパソコンに詳しい訳では無いため、キーボードも人差し指を使ってゆっくりと書き込むことしか出来ず、小さい『っ』の出し方に10分ほど苦戦するレベルだ。


 検索履歴に『男性が好きな仕草』とか『男性を落す10の方法』何かがあったが、これは死者を冒涜したことになるだろうか? 俺は少なくとも嬉しいと感じているのでセーフだと嬉しいが、ナナの事だ……顔を真っ赤にしながら「な、何考えちゃってるんですかね!? 最低ですね。早く酢豚になって私に食べられてください」とか言い出しそうで怖い。


 そしてそれと同時に少しだけ寂しさを感じる。


「はぁ~……仕方ないか」


 しかしその中で未だに手を出していない物がある。それはノートパソコンの中に入っているとあるゲームだ。タイトルはオブ・ザ・デッド――見た感じだとホラーゲームで、とてもナナがやりそうな物とは思えないが日記のほとんどがこのゲームについて書かれていた。


 詳しい事は分からないが少しだけプレイしてみたいと思った。日記の中で書かれていた【リア】と言うプレイヤーと【サキ】と言う人物――多分、ナナの友人と言うべき人間のはずだ。もしかしたらこの気持ちを少しは共有できるんじゃないかと思い、ゲームの中でもいいからナナがどんなプレイヤーだったのかリアと言うプレイヤーから話を聞いてみたかった。


「やってみるか……」


 それは本当にただの試しみたいな、そんな軽い感覚でゲームを開いた。


 どんなゲームだか全く調べるような事も無く、無知なままで試しにプレイしてみよう見たいな、そんな曖昧な感じで起動してしまった。今思えば軽率だったと思う……少し調べればすぐに分かった事だ。


 大量に置かれた資料がそのゲームの難易度をどれだけ物語っていたのか、少し頭を使えば理解できたはずだったんだ。


 ――このゲームをどれだけ真剣にナナがプレイしていたか知っていたはずなのに。


 作られたキャラはとても可愛らしい小柄な女性だった。武器は銃や刀では無く【メリケンサック】の様な物を腕にはめ込んだだけの弱そうなキャラクター。


 ナナは俺よりゲームが上手かったが、見た目からして弱そうなキャラクターにナナのゲーマーとしてのレベルが素人でも理解できてしまえる。いかにも序盤で手に入れそうな武器に少しだけナナらしさを感じた。


 そのままロード画面が開き、ナナのキャラクターであるロノウェは電話ボックスの中からゲームがスタートした。いかにもヤバそうな場所にいるが、街並みからすぐに東京だと理解できる。その電話ボックスからキーボードを適当にいじりながらメニュー画面を探す。


「これだよな? ――ナナが日記にいつも書いてたゲーム。とりあえず、フレンドどこだ? ――多分そこから、会話できると思うんだけど」


 うろ覚えな知識を頼りにそれらしいキーを押しているのだが、全く画面が反応することは無い。キャラクターすら動かすことが出来ずにどうしたものかと頭を抱える。


 操作確認をしていると、電話ボックスにいるロノウェが『光に包まれている』事に気付いた。大量の光は電話ボックスを包み込んでおり、それを見ながら疑問顔でリョウはカチカチと適当にキーボードを押している。


「何だ、これ? バグったか?」


《チャット(リア):久しぶりですね。ゲームは出来ないんじゃなかったんですか? 分かりました。久々にやりたくなったのでしょう?》


 左下に現れたチャットの部分に視線が持っていかれ、その名前がリアと言うキャラクターネームだと気づいて目を見開くと同時に、慌ててカーソルをチャットの部分にあて、文字を入力しようとした。


「何て言えばいい、とりあえず俺がナナじゃない事を伝えるべきか?」


 次の瞬間――ターミナルと言う化け物のレーザーがロノウェを襲う。鋭いレーザーはパソコン画面を真っ白に染め上げると同時にロノウェを包み込んでレーザーを受けるが、ロノウェは攻撃を受けると同時に『自動』でアクションを起こし、そのレーザーを殴ると同時に射線を曲げた。


 何が起きたのか分からず、ただその光景を眺めているだけのリョウには、それがどれほどのチート武器なのかを理解していない。HPが半減すると同時に一定時間の攻撃無効化&自動戦闘モードに切り替える事が出来るオブ・ザ・デッドの中で確実に上位に位置する強い武器を持っているのだから。


 ――そして桜井ナナは今までHPを1度も半減させたことは無い。この武器本来の性能を今まで一度として使わずにこの東京と言うステージに立っていたのだから。


 そこから1分&天使の羽を使用した約2分間――アグレスト・ターミナル・ラミリステラを含めたゾンビ達を一掃していく光景が映し出されていたが、そちらに視線を向ける事は無く……リアと言う人間とチャットをする事に思考を費やした。


 ――しかしリアにチャットを送る寸前でロノウェはその場を動かなくなり、そのまま殺されてしまうと同時に起動されていたゲームがいきなり消えてしまい、パソコン起動時に出る青い画面に戻ってしまった。


「おい! ――マジかよ! あと少しだったのに。もう一回ゲーム起動させて……」


 しかし、それから何度試してもゲームは起動されるがログインができない。保存されたIDとパスワードは入力する必要が無いのだが、先程までのようにスルスルとゲームが始まらない事に違和感を抱く。


「おかしい、どういう事だよ?」


 少しだけ焦りが表情に現れ、ナナの大切な場所を土足で踏み入った事に対して何とも言えない罪悪感の様な物が浮かび上がる。リアと言うナナにとって大切な人間に迷惑をかけた事……そしてログインできない事に対しての焦りが、大きなストレスへと変わっていくのを嫌と言うほど分かる。


「待て……冗談にならないぞ、これ……どうなってんだよ」


 それから全てを知るのに、時間はかからなかった。自分の愚かな行為でナナの大切にしていたデータを消してしまい、リアと言うプレイヤーとの関係を切ってしまった事に対しての罪が、体中を凍り付かせるほどの震えに変わった。背筋が凍り付くと同時に、今ほど時間を巻き戻したいと思う瞬間は無いだろう。


「何だよ、これ……データが消える? ふざけんなよ……おい! 嘘だろ? ナナのデータが消えたのか? こんな簡単に」


 どうにかゲームの製作者と連絡を取ってでもデータを元に戻してもらおうとネット中をあさるが、連絡手段はおろか――どこの誰が作ったのかも分からない。震える手先でゆっくりとナナの書いていた日記に視線を向けると同時に、今までやって来たナナの苦労が嫌と言うほど想像できてしまい、嘔吐するほど気持ち悪くなる。


 ――やった……完全にやってしまった。


 後は笑うしかないじゃないか……枯れたように笑って、始めたこと全てがぐちゃぐちゃになって、死んだ人間の大切な物すら奪ってしまった自分自身が馬鹿に見えた。どうしようもない自分自身が醜くて、軽く自分の頬を殴る。


「はは」


 殴る。


「ハハ」


 もう少しだけ強く殴る。


「はは」


 さらに強く殴る。


「あぁぁっぁぁっぁっぁぁぁっぁああ!!」


 何度も、何度も何度も何度も、何度も自分を殴りながら……感情と行動に一貫性が無く、リョウは気付いた時には病院の窓を開けて飛び降りようとしていた。何となくすべてが嫌になって、ここから飛べばナナに謝れると思ったからだ。治りかけの傷は更に大きな傷となって、心を壊していく。


 不自然な叫び声に夜勤の担当をしていたアヤセがリョウの病室の扉をゆっくりと開けた瞬間、目の前に映るのはリョウが窓から笑いながら飛び降りようとしている光景。目を見開いて慌ててその腕を掴み取ろうとした。


「熱意さん!! ちょ!? ――何で!!」


 訳が分からないままアヤセはリョウの腕を掴んで、そのままリョウは背中から病室の床に背中を打ち付ける。そんな光景を見ながら、アヤセは嫌悪感を抱かずにはいられなかった。怒りの表情を向けると同時に、その冷たい視線がリョウを突き刺す。


 ――これじゃぁ、何のために私が頑張ったのか分からないじゃない?


 今までの綺麗な出来事を簡単にぶち壊そうとしたリョウをアヤセは許せなかった。まるで水の様に、大切にしたいと思う関係ほど指の隙間をすり抜けて落ちていく。その意味をしっかりと理解できない人間がこの世界には多すぎるのだから。


「最低ですよ……こんなの……」


「はは、ははは、ハハハハハ!!」


■□■□


 ロノウェが死んだ事は直ぐに分かった。天能リアはそのゲーム画面を眺めながらそうなってしまった理由を模索する。だが自分の中で何となく結論は出ており、ロノウェを操作していた人間が本人でない事もすぐに理解できた。


「残念なのだよ……理由は分からないが、何となく君とはもう二度と会えないような気がする。良い、友人となれると思ったのだがね。いや、君の代わりに誰かが……もしかすれば現れる事を私は期待するのだよ。お休み、ロノウェ」


 恋愛相談をロノウェから受けたことを思い出し、天能リアがそういった相談をされたのは初めての経験で、その日をきっかけにリアの口癖が一つだけ追加されていたりする。


『私は魅力的なレディーなのだよ』と言う単語であるが、それはまた別の機会に。


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