無理ゲークリアしたらゾンビ世界になってしまったのですが*

ゲームから始まるゾンビ世界 ホラー部門カクヨム最高2位
夢乃
夢乃

第88話【桜井ナナとトオルちゃん】

公開日時: 2021年3月29日(月) 03:05
文字数:2,912

 それから数時間ほど試行錯誤を繰り返すが、メリケンサックが手から外れることはなかった。徐々にどうでも良くなり、ため息交じりにベッドへと身を預ける。


 そして気付いた時には瞼を閉じて、意識を落していた。


 目を覚ましたのは、それから数時間ほど経った夜中である。部屋中に鳴り響く着信音に、眉間にしわを寄せながら音の鳴るほうへと腕を伸ばした。そしてスマートフォンの画面を見ながら、親友である【トオル】からの連絡に出ようとする。


 しかし……。


「ん? あれ、電話に出れねぇ」


 指先を画面に押し当ててスライドさせるが、画面が反応しない。そして徐々に目を見開き、飛び起きた。自分の手に身に付けられた手袋型のメリケンサックを見ながら舌打ちする。


「おい……スマートフォンが使えねぇよ」


 そのまま着信音が切れてしまい、トオルからの電話に出る事が出来なかった。要件は言われなくても理解できるのだが、今から一人で『溜まり場』に向かうのはどうかと思う。トウヤがいなければ、あの廃工場へ向かったところで【ダイキ先輩】達と上手くやれる自信がない。


「はぁ、ハサミで切っちまうか」


 机の引き出しからハサミを取り出し、指先が覆われている皮で出来た布を切り落とそうとしたが、結果は失敗に終わる。それから朝方まで再びメリケンサックとの死闘を繰り広げたが、手から外れることはなかった。


 もう、どうにでもなれだ。


 どれだけ布にハサミを通しても切り傷すら付かない。


 気付いた時には窓から日の光が顔を出しており、絶望した表情のまま高校の制服に裾を通していた。この、どうでもいいことに費やした時間がどれだけ無駄な事だったのか考えながら、運命と呼べる『4月6日(火曜日)』と言う日が訪れる。


「帰ったらこの手袋を外すために病院に行くか……」


■□■□


【4月5日(月曜日)/22時00分】


 ダイキ先輩と共に廃工場に集まっていたトオルは、リョウへ連絡を取ってみたが、その連絡に出てはくれなかった。そこにはダイキ先輩が連れてきた可愛い女子高校生がたくさん集まっているというのに、勿体ない奴だ。


 と言っても、今回は適度に話しつつ、手を出すつもりは無い。そういった感じの流れでは無かったからだ。言ってしまえば、これは軽い合コンのような物。


 トウヤはその中で最も奥ゆかしさを感じられる美少女に声をかけた。


「どーも! 随分と可愛いね。こんな夜中に出歩くようには見えないけど?」


「そう、ですかね? 高校生なら普通だと思いますけど」


「それ、男ならって話じゃない?」


「そうかもしれないですね」


「今日は何? 友達に誘われてきた感じ? それとも俺に会いに来てくれた?」


「残念だけど、あなたの名前も知らないですね」


「トオルでいいよ。敬語もいらない」


「そう、なの。――トオル……?」


 美少女は綺麗な黒髪を指先でクルクルといじりながら、少し考える素振りを見せた後、緊張を滲ませた声で「実は探している人がいるんです」と口にした。


「へぇ、こんな場所に来るような人なの?」


「分かりません。顔を見れば分かると思ったんですけど」


「その人が好きなんだね。こんな場所まで追いかけるほど」


「ち、違います!」


 頬を赤らめながら、明らかに動揺している。トオルは不敵な笑みを浮かべながら「初々しいねぇ」などとちょっかいを出しつつ、周りの先輩方から「俺にも惚れられるテクニック教えてくれよぉ」「なかなか可愛い子を落したじゃねぇ―か」などとからかわれていた。


 それを冗談めいた表情を浮かべながら受け流す。


「そう言えば、君の名前を聞いてなかったね?」


「あぁ、そうですね」


 そして黒髪の可愛らしい美少女は、少しだけ間を開けた後に一言口にした。


「――桜井ナナって言います」


「ナナちゃんね。どう、君が探している思い人はいた?」


「別に思い人って訳じゃありませんからね! それにここにはいないみたい。いると思ったんだけどな……」


「そりゃ残念だ。実は俺もリョウって親友に連絡を取ったんだけどね、残念ながら連絡は返って来なかったよ。君みたいな美少女がいるなら、無理にでも連れてくれば良かったかな?」


「リョウ……さん? リョウ?」


「どうしたの? ナナちゃん」


「あの。今度でいいから、そのリョウって人に合わせてほしい」


「――マジ?」

(え、なに? 会った事も無い少女を落すとか、どれだけ天才なんだよ?)


 ナナの表情が今まで見ないほど恥ずかしさを前面に押し出しており、それは目が合った男どもの心を撃ち抜く女神に見えなくもない。トオルに注がれる先輩達の「俺と変われ……」と言いたげな視線が突き刺さる。


「アハハ、ナナちゃんに言えることが一つあるよ」


「何ですか?」


「絶対にナナちゃんが探している人がリョウってパターンは無い。あいつはめちゃくちゃいい奴だけど、あれほど異性と交流が無さそうな人間を見た事ないからね」


「そう、ですか。――じゃぁ、見てから決めますね!」


「よし、リョウを殺そう」

(なに、リョウって名前を出しただけでモテホルモンが滲み出ちゃうの? 俺、改名しちゃうよ? とりあえず、こんな純粋無垢な美少女を、あんな頭空っぽの赤髪ヤンキーに渡すわけにはいかん!!)


「なんで!?」


 そんな話をしながら盛り上がりが頂点を突き抜ける瞬間。


 世界の時間が停止する。


 それにトオルとナナが気付いたのは、先輩たちの声が静かに止んだ後になってからだ。周りの動きが止まり、自分が動けることに目を見開いた。何が起きたのか分からず、背筋が凍り付くほどの光景を目の当たりにする。


 その正面に立っていたのは、白髪の髪に真っ白な肌をした『神様』だ。


「ハロハロ~、だーよっね! 本当はもっと早く桜井ナナちゃんの肉体を見つけてあげたかったんだよぉ? でもさぁ、この世界のナナちゃんは死んじゃうわけよぉ。最後の最後の最後まで、限界の少し手前までこの世界で楽しむ時間をあげた私を、慈悲深い神様と呼んでくれてもいいんだよ? それに、トオルちゃんまでいるじゃん? ――ここに熱意リョウはいないか……さすがに。まぁ、分かってたけど、リアちゃんのせいで世界線が0.8%ほどずれたから、確定した未来にどれだけ影響が出るか分からない。下手な行動で世界線を大きく変えれば、確定していた未来に影響が出る」


「なんだよ、これ!? ダイキ先輩! ――マジで石みたいに動かねぇぞ。まさか、あんたがこんな訳の分からない手品をしたとか言わないよな!?」


「え、え、なんでみんな動かないんですか?」


 しかし、トオルやナナの言葉を遮るように、自分自身の世界に入り込んだ白髪の少女は言葉を続ける。ハイヒールの音が廃工場に響き渡り、その足は、全く状況を理解していないトオルとナナの元まで踏み出された。


「うるさい。私が、私のために、私の貴重な時間を使って、私の話をしているのに、あなたたちの私情でそれらを潰すんじゃない。これから桜井ナナの肉体を回収する、――トオルちゃん? 君との契約も果たしてあげる。私が出向くことは決められた最適を歩むうえで必要。そしてリアちゃんが余計なことをしなければ、ここに熱意リョウがいるはずだったんだけど、全く――面倒なんだよ」


 アイリス・時雨は不敵な笑みを浮かべた後、静かな瞳で指先を動かした。


読んでいただき、ありがとうございます!!

第1.1章【天能リア編――β世界線】

第3.5章【ニューゲーム/ショッピングモール編②】

第4章【ステージ1.2/シンヤ&リア】の部分を一から書き直しました。

以前よりは読みやすくなっていると思います。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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