後方のマイクがセットされている部分に後頭部を強く打ち付け、木村先生はジタバタと悶絶している。
「イデェぇぇえ!!」
顔をけられたため鼻から血が出ており、綺麗にセットされた七三分けの髪は枝分かれしていた。
なぜ自分がいきなり先生の顔面に蹴りを入れたのか分からない、何となくイライラしてやってしまった。しかし生徒に手を出そうとしたんだ……これは先生が悪いはず。
「何で……こんな事……」
「ふざけんなよテメェ……、何教師に手をあげてんだァ!!」
木村先生はゆっくりと立ち上がり、放送室に置いてある椅子を持ち上げ、机に叩き付ける。木と木が強くぶつかった音がして、その場が静寂に包まれる。
ヤバい……めちゃくちゃ怒ってるぞ! 当たり前か、どうする? 喧嘩何てやったことないぞ?
過去に空手をやっていた事もあるシンヤだが、所詮は趣味程度でやっていた事、黒帯何て言うカッコいい過去を持っているわけでもない。
ただ、取り合えず構えてみる。
木村先生は机を横に大きく振り回し、資料が入っている学校棚とぶつかる。ガラス張りになっている部分が割れ、中に入っている資料が潰れた。
冷や汗を流すシンヤ、構えるのをやめた。机を振り回した高さがちょうどシンヤの顔辺りだ。完璧に殺しに来ている。
あぁ、これは無理……武器はずるいだろ……この先生殺す気満々かよ……
落ち着かせるためにコミュニケーションを取ることにした。
「先生、いきなり顔を蹴ってしまった事は謝りますが、あなたも生徒に酷いことをしていた……痛み分けでどうでしょうか?」
木村先生が椅子を持ったままその場に立ち止まり、言葉を返した。
「お前には関係ないだろ? なんでお前に蹴られなくちゃならん?」
感情的に襲てこないことに安堵するシンヤ。ちゃんと話を聞いてくれる辺りが、教師らしいとも言える。
「皆音さんは抵抗できるような状況じゃなかった……それにこの状況ですることじゃない……」
シンヤはゆっくりと後ろに下がり、教室と廊下の間ぐらいの距離まで下がる。カオリも身だしなみを整え、シンヤの横に立っている。
「だから何だ? どれもお前には関係ない部外者だろ?」
「関係あります、同じクラスの生徒なんですから、困ってたら助けますよ」
先生の視線を確認しながら、シンヤから視線が離れたと同時に廊下を軽く確認する。先生の怒鳴り声と椅子を振り回した音で、2階にゾンビが集まっていた。
逃げるタイミングがあるとすれば、ゾンビが放送室付近に近づいたと同時に逃げる……
シンヤ達が逃げれば、木村先生は必ず追いかけてくるだろう。カオリを連れている状況で逃げ切れるとは限らない。だがゾンビ達が入り口付近にいれば、先生は立ち止まり、シンヤ達だけがそのまま走って逃げることが出来る。
ラッキーな事に、左右に続く廊下の片方はゾンビが来ていない。
ギリギリまで会話を続ける……先生のことを刺激しないように、近づかせないように。
「——っ、そこの女は俺の行為に抵抗しなかった、合意の上だろ?違うか?」
「俺はしっかり見ていませんので分かりませんが、だとしたらカオリさんも少しは悪いかもしれません……」
クズ教師が……だが
反抗はしない、無理に反抗して逆上させたら取っ組み合いが始まる。そのままゾンビに囲まれたら俺たちは終わりだ。
「グラウンドにいる生徒たちはどういうことですか?放送かけたのは先生でしょ?」
「はぁ……、あいつらは餌だ……どうせ外に出てもみんな化け物になっちまってる!!」
「確かにここら辺一帯はゾンビみたいになってますが、どのぐらいの規模か分からない……少し離れれば安全な可能性だって……」
「あるわけねぇぇぇええええだろ!! ゾンビ映画ぐらい知ってんだろ!? 今はそういう状況なんだよ……、本気で生きたい奴らは先生の指示何て従わない……あそこにいる奴らは自殺志願者だ!!」
「——ッ!!」
その瞬間――シンヤはカオリを連れて逃げた。廊下を出てすぐ右に曲がり、全力で走る。
シンヤが逃げ出したのを見て、追いかけようとするが、木村先生は足を止めた。放送室の出入り口左側から、複数のゾンビになった教師たちが現れたからだ。
そしてぞろぞろとゾンビ達が放送室の中へとなだれ込む。
「ぁの野郎……俺をハメやがった……? ——っ!! クッソがガがっがガっ!!」
血管が浮かび上がるほど怒りの表情を表に出し、片手に持った椅子を振り回すが、足にしがみつかれて体勢を崩し、そのままゾンビの海に沈むことになる。
「ぎゃぁっぁぁっぁぁっぁっぁぁあぁ!!」
□■□■
シンヤとカオリは走り出し、突き当りの階段を降りる。
1階に降りた先は、正面が校長室になっており、そのすぐ左が、学校の受付所となっている。そのまま受付所の出入り口から上履きのまま外へ出た。
少し先に正門とグラウンドが存在する。
「正門から外へ逃げる……」
「待ってシンヤ君!! グラウンドにいる人たちは?」
「——……難しい」
「でも伝えることぐらいは出来るでしょ!?」
「まぁ……」
カオリの意見に苦い顔をし、確かにカオリだけ助けて他は見捨てるって言うのも、現金な人間だなと思う。シンヤとカオリは、騙されていることを生徒たちに伝えようとグラウンドへ向かった。
しかし――その光景は地獄絵図そのものだ。
北校舎を破壊した右腕が巨大化する化け物が6体生徒達を囲んでおり、その上空には、肉と血と骨で出来た気持ち悪い翼を羽ばたかせたゾンビが12体、綺麗な円を描くように飛んでいた。
なんだよ……これ、もう無理だろ?
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