アグレストは右腕を素早く振り下ろし、コンクリート地面に亀裂を入れた。その亀裂は瞬く間にクレーターへと変わり、激しい衝撃と共に周りの空気を切り裂きながら飛び上がる。リアは上空に飛び上がったアグレストを見ながらシンヤに質問を投げかけていた。
そんな光景をカオリは固唾を呑んで見守っている。
「所で君は、この化け物の殺し方を知っているのかい?」
リアの問いかけにシンヤは苦い表情を浮かべながら視線を迷わせ、考えても思いつか付かないのでリアに「分からない。何度もこの武器で化け物を殺そうとしてるんだが、殺せない」っと、素直に話した。
そして、リアの視線がシンヤの持っているコルトガバメントに向く。
それはリアが持っているエクスプロージョンとは明らかに違い、最新技術を余すことなく使ったデザインをしている訳でも無ければ、優れた特徴があるようにも見えない。
(本当にただの銃なのだよ)
しかし、シンヤが空中にいるアグレストに向かって銃弾を射出した瞬間、リアは驚愕する。
(白い球体、BB弾かい? ――っ!?)
何故ならBB弾の弾がアグレストの腹部に風穴を空けて、そこから大量の血が吹き出したからだ。アグレストは巨大な鉄球をぶつけられたように体をくの字に曲げて、そのまま空中を不規則に動き回りながら地面に叩き落された。
「これは? BB弾が化け物の皮膚を貫通させているでは無いか? ――威力がある様には見えなかった。随分と興味深い物を持っているようだ」
「いや、見てみろよ」
地面に叩き落されたアグレストの腹部は肉片が粘土のように重なり合い、そのまま元の体へと再生していく。シンヤは舌打ち交じりにアグレストを睨みつけており、カオリはそんなアグレストの姿を見ながらリアの袖を握っていた。
「クソ! 駄目だ。この武器じゃ化け物に傷をつける事も出来ない。何が『ゾンビを殺せる武器です』だよ!? 嘘にも限度があるぞ」
シンヤはコルトガバメントを強く握りしめながら、思い通りにならない現実に怒りを抱いているが、リアはシンヤが持っている武器に興味を持っていた。そして、それがどれほどの価値がある物かを理解している。
(その武器の価値を理解していないとは、本当に情けないのだよ)
このゾンビがあふれている世界で玩具と誤認される兵器。それは『生きている人間に襲われる可能性が極めて低い』ことを意味していた。近い未来、ゾンビと生存者が自分たちの敵になる事を視野に入れて行動しているリアにとって、シンヤの武器は理想的だ。
「落ち着きたまえ。どうやら、武器の性能と言うよりは化け物の能力が異常なだけのようだ。これだけの力を持っているのだから、代償……いや、弱点ぐらいあるだろう?」
「理解できない化け物だぞ? 弱点なんてあんのかよ」
「あれは少なくとも生物なのだよ。生物なら殺す事は可能だ。それは神が決めた世界の理なのだから」
「宗教を現代日本に持ち込むなよ」
「逆なのだよ、日本人は宗教への理解が乏しすぎる。葬式で死者に対して大爆笑する人間などいないだろう? しかし、理解できていない人間は平気でそういった行動を取る。宗教が根強い国に日本人が行けば、無知が理由で殺される事もある」
「今の状況に関係あるのか?」
「ある。知識とは武器で、無知とはそれだけで罪になりえるのだよ」
「ふん、あんたってそういうタイプの人間かよ。言っている事は多分正しいと思うけど、俺は正論ばっかり述べてる奴って気に入らない」
シンヤがそう口にした瞬間、リアはシンヤの前に立って鋭い視線で目を合わる。カオリからリアの裾は離れていき、向かい合う二人がとても羨ましく見えてしまった。
「君の名前を聞いていなかったのだよ」
「今はそんな状況じゃないが? ――まぁ、信条シンヤ」
「私は、皆音カオリです」
「そうか、覚えたのだよ。君達は知っていると思うが、天能リアと言う。シンヤ、どうやら私は君の事が嫌いらしい」
「お互い様だ」
そして再び、アグレストの右腕が巨大化して地面に叩きつけると同時に空中へと飛び上がった。シンヤは空中にいるアグレストに銃口を向けて視線を合わせるが、リアはその場で黙り込んで固まってしまう。
リアの冷たい視線がアグレストの巨大化している右腕に集中した。
(どうやらあの化け物は巨大化した右腕で私達を攻撃しているようだね。なら、あの右腕を吹き飛ばしたらどうなる? やはり、すぐに再生してしまうのだろうか? ひとつずつ可能性を潰していくとしようか。まずは右腕を飛ばしてみるか)
シンヤがコルトガバメントで頭を吹き飛ばしたあと、リアはエクスプロージョンの銃弾を不規則に動き回っているアグレストの右腕に撃ち込んだ。そして、マガジンリリースボタンを押すと同時に巨大化したアグレストの右腕が爆発と一緒に吹き飛ぶ。
そのままアグレストは地面に叩きつけられた。
そして、シンヤとカオリは爆発の影響で頭を抑えながら体勢を低くしており、リアは体とは別方向に飛んでいったアグレストの右腕に視線を向けている。
「っく!? カオリ、大丈夫か?」
「うん」
(とんでもねぇ、威力だ。使い方を間違えたら自爆だぞ!? リアは何でポンポンと爆弾の引き金が引ける。爆発する武器……少なくとも俺の持っている武器よりは強い)
シンヤがそんなことを考えていると、地面に倒れているアグレストが今までにない叫びを上げた。それは複数の男性を集めて複合させたような声だ。
その場でうずくまりながら、失った右腕を激しく抑えて暴れ回っている。
「ァァァIrisぁぁぁGod’ grace aaa Human lifeァァァmissionあああFineアァアァアァeternal life aaa evolutionァァァThe beginningァァアアああ!!」
「「「!」」」――初めて叫び声を上げたアグレストの姿にシンヤとカオリは目を見開き、リアは不敵な笑みを浮かべながら大声でシンヤに指示を出す。
「シンヤ! あの右腕を狙いたまえ、本体と接触させるな!!」
それはリアにとって勘に近い物だ。しかし、勘とはその人間の人生経験の豊富さによって鍛えられる物である。思考によらない直感的な物事の心理をとらえる精神作用はリアの得意分野と言えた。
そしてシンヤは、銃口をアグレスト本体から右腕に変える。
アグレストの右腕は指先を不規則に激しく動かしながら、本体へと蜘蛛のように戻ろうとしていた。気持ちの悪い動きをした腕だが、シンヤの撃ち込んだ銃弾が徐々に右腕を消し飛ばしていく。すると、アグレストの右腕は時期に灰となって消えた。
シンヤは本体へと視線を向けてアグレストの右腕が再生していない事を確認すると、希望を見つけたように笑みを浮かべる。
「右腕が消えた。アグレストの右腕は再生してない、はは! なるほどな」
アグレストの倒し方を何となく理解したシンヤは、リアに片目を向けて「小学生とか馬鹿にして悪かったな。助かった」と小さな声でリアに感謝の言葉を伝える。
「己の愚かさぐらいは判断できる馬鹿で良かったのだよ」
「やっぱり、リア。お前の事が嫌いだ」
「同感なのだよ、シンヤ」
その会話でカオリだけが気付いた。知らず知らずのうちに互いが名前を呼び捨てで呼んでいる事に。シンヤもリアも気づいてはいないが、カオリから見ればその光景は素直になれない小学生同士の喧嘩を見ている様だった。
(えっとぉ、なんかフラグが立ってない? 気のせいかな、喧嘩してるし)
しかし、カオリの思考はアグレストの『発光』によって妨げられる。
シンヤとリアは警戒心を引き上げて、体中が強く輝いているアグレストの姿に目を細めた。次の瞬間――アグレストが光と共にその場から消える。
背筋が凍り付くほどの『嫌な予感』を全員が感じ取った。
「化け物が、消えた?」
リアはカオリの腕を掴み、動き出せる体勢で辺りを見渡している。そして、それはリアが見た事のある光景だ。カブリコが瞬間移動している場面が脳内でフラッシュバックしており、最も可能性が高く、そして最悪の状況が想像できてしまった。
しかし、気付いた時にはもう遅い。
「シンヤ、後ろだ!!」
「シンヤ、後ろに!!」
リアとカオリの声が重なり、シンヤは呆気にとられた表情を浮かべながら後ろを振り返る。そして新幹線の窓から外を眺めるように、景色が高速で流れるのを感じた。
「……え?」
気付いた時、シンヤの体がくの字に曲がる。
一瞬だけ見えたのは、アグレストの巨大化した左腕だ。
横に振り下ろされたアグレストの左腕は高速でシンヤを吹き飛ばし、残像が一瞬だけその場に残る。叫ぶことも出来ず、燃えている自動車に激突すると同時に空中へと飛び上がり、体中をあらぬ方向に曲げながらショッピングモールの店内へとガラスを突き破って侵入した。
そして、信条シンヤはこの瞬間――死んだ。
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