それは砂嵐のようにザラザラとした背景を映り出して、複数の『未来』を同時進行で処理し続ける感覚だ。視線を右往左往させながら、その不確定な未来に嫌な予感だけが残っていた。
――ラミリステラが殺される未来。
――ラミリステラが覚醒する未来。
――ラミリステラが逃亡する未来。
――ラミリステラが分裂する未来。
リアはエクスプロージョンを連射しており、左肩を負傷しながらも不敵な笑みを浮かべている。大爆発によって上空で釘付けにされたラミリステラから断末魔の声が聞こえなくなったからだ。
死を覚悟したのだろう。
「終わりのようだね、ラミリステラ」
しかし、そんなリアに慌てて声をかけた。
「リア! 油断するな!!」
シンヤの焦った様子を片目に不機嫌な表情を浮かべながら「ちっ」と、舌打ちが漏れてしまう。シンヤが焦っていたということは『未来で不都合が起きる』ということだ。確定した未来なのか、不確定な未来なのかは知らないが、それはシンヤの行動でしか変えることが出来ない。
未来を見て行動できるのはシンヤだけだからだ。
そしてシンヤが取った行動は、リアに状況を伝える。
その瞬間――見えていた複数の未来がたった一つの絶望に確定してしまう。ラミリステラが覚醒する未来だ。シンヤはプロビデンスの目についての理解が追い付いていない。
不確定な未来は、小さな行動一つで決定してしまう。リアであればその中から最善の選択をすることが出来るのだが、シンヤはそこまで頭の回転が速くない。リアに話をかけた結果が、ラミリステラが覚醒する未来に繋がったと言うだけだ。
「え、なんで?」
どうやら不確定な未来に干渉したようだね……シンヤ。ここから先は絶望する可能性が高い。少しだけ怖いのだよ、きっと私は一人だ。
リアはそんなことを考えながら、シンヤに怒鳴り声を上げる。
「馬鹿か!? 不確定な未来に干渉するなら、私に声をかけることが悪手だとなぜ理解できない? 周囲を警戒して、脅威になりそうな物に注意を払っていればいいのだよ!」
言葉の意味が全く理解できず、両手の力を一瞬だけ緩めてしまった。その両手には『黒刀』と『小刀』を握りしめたラミリステラの手首が収まっている。
そしてその瞬間に手首がいきなり暴れ出した。
「しま……っ!」
シンヤの手から脱出して『小刀』がリアに向かって振り下ろされる。地面から鋭利な枝木が飛び出し、その胸を貫いた。リアはエクスプロージョンを落してしまい、シンヤは目を見開いて青白い表情を浮かべる。
そして燃え上がりながらラミリステラ本体が地面に落下した。激しい土煙と周囲の夜風がラミリステラの中心に集まるのを感じる。
そして干乾びた弱々しい声をポツリと零した。
「――ア、カシ……ック! レコード――」
その言葉を最後にラミリステラの肉体が綺麗な状態に戻っていく。それは再生とかでは無く、気付いた時には元に戻っていた。まるで時間を遡ったように、そこには完全回復を果たしたラミリステラが立っている。
動揺するシンヤ。
「――へ?」
忌々しい表情を浮かべるリア。
「最悪なのだよ」
歓喜の声を上げるラミリステラ。
「奇跡が起きました! 神に感謝を。――死にますよ、確定です」
そして両手を叩くと更地が無数の蔓で覆われた。そしてドーム状に巨大な『檻』が完成する。檻の中に閉じ込められたシンヤとリアはすでに満身創痍で、瞳から漏れ出す淡い光はとても弱々しくなっていた。
第二ラウンドを始めるにはあまりにも絶望的な状況。
そして地面に落ちた『黒刀』と『小刀』が空中を回転しながらラミリステラの手元に戻る。一瞬の隙を付かれただけでここまで状況が逆転するものなのかと、シンヤは乾いた笑い声を上げてしまう。
「ふふ、ははは……これは無理ゲーだわ。一瞬で完全回復とかチートだろ? 俺もリアも、もう戦えるような状態じゃない。――死ぬかもしれないな」
そんなシンヤの言葉とは裏腹に、リアは小首をかしげている。
「随分と諦めが早いではないか?」
「早い? ふざけんなよ!? こんな絶望を見てまだそんな余裕な態度を取るか。どうやって逃げるか、案でもあるのかよ。ラミリステラが辺りを囲っちまった。逃げ場もない檻の中で奇跡でも見せてくれるのか?」
「逃げる? そんな必要ないではないか。――この程度で」
「は? お前壊れちまったか」
リアの体中を見渡す。所々に出来た切り傷は完治しておらず、左肩は先程の戦闘で使い物にならない状態だ。リアはいつ倒れても可笑しくない。
そしてシンヤは、もう未来が見えなくなっている。体中に溢れ出した力も全く感じていない。今の自分ではラミリステラの斬撃を避けることは出来ないだろう。
天使の羽を使った最強モードの戦闘は終わり。
ここからはただの人間として目の前に立っているラミリステラと戦わなければならない。一撃でも食らえば即死は確定、それに目で追えないほど素早い動きをする。地面から無数の木々を生やすことが出来て、どこから攻撃が来るのかも分からない。
今まで戦ってこれたのは、プロビデンスの目と最強の肉体を持っていたからだ。
しかしリアの表情に諦めの色は見えない。
「勘違いしないでほしいのだよ。私の知っているシンヤはこういう時に冗談を言える馬鹿で、私はそんな無鉄砲な君の後ろに立つことが多かった」
「――別の世界の話かよ。俺には関係ない」
「そんなこと無い。全人類を含めて、私の前に立つことが許される人間は二人だけなのだよ。きっとその二人より優れた人間は腐るほどいるだろう。――でも、私はそれを望む。全ては私が決めたわがままなのだよ」
「だから……何だってんだよ?」
「今までの恩返しをする為に、今回だけは私が前に出よう」
リアはシンヤの前に立つ。そしてゴシック服の焼けた布を千切り、金髪に括り付け始めた。二本にまとめられた『ツインテール』が完成するが、あまり似合っているようには見えない。
そしてエクスプロージョンをラミリステラに向ける。
シンヤは何もすることが出来ず、その惨劇を見続けていた。死への恐怖が、化け物になって人間を襲う拒絶感が、その足を前に出させない。自分が『強くなった』と勘違いしていた。悪い言い方をすれば『調子に乗っていた』
最強で無双できると勘違いしていたんだ。
与えられただけの力で、それが終われば恐ろしいほど何も出来ない。
無力な自分と、それに抗い続けるリアとの差に下を向く。
リアは先程と違ってエクスプロージョンの爆風を使った高速移動も跳躍もしていない。あれは天使の羽を使っている間しか出来ない芸当なのだろう。遠距離から何度も銃弾を撃ち込み、爆発させながら逃げ続けている。
地面から飛び出した鋭利な枝木は『音』を頼りに何とか避けていた。
いつ負けても可笑しくない。ラミリステラがその気になればすぐに殺される。先ほどの屈辱を晴らす為に、遊んでいるようにしか見えなかった。
「何でだ? ――意味わかんねーよ。諦めなければ何とかなるとか、本気で思ってんのか? 相手は蹴り一発で俺らを殺せるんだぞ?」
「はぁあああああ!!」
しかしその瞳の色は死んでおらず、今まで以上に強い闘志を感じられた。強く刻み込まれたリアの戦いに、シンヤは血が滲むほど歯を食いしばる。
――だからだろうか? ――
リアを助けられるなら何でもする。
悪魔に魂を売ってもいい。
死んだって構わない。
永遠の絶望に取り残されてもいい。
――リアを助けたいと願っていた――
そこからの記憶はない。激しい『ノイズ音』に包まれて、気付いた時には朝方の5時を過ぎていた。何が起きてたのか分からず、正面で子供のように泣いているリアの姿だけが印象に残っている。
リアは最後に言った「約束は守れなかった」っと。
ラミリステラはその場から消えており、あの後なにがあったのか分からない。謎に包まれた空白の時間である。
■□■□
後日談――とは少し違うのかもしれない。
これはどうでもいい独り言、世界を救う方法は二つある。
前者は――アイリスを殺す。
これは死んだ人間が元に戻る訳じゃない。親玉であるアイリスが死ねばゾンビ達は動きを止めて、新たな命令を待つ『待機モード』に切り替わるからだ。そして近い未来で天能リアと言う天才が『アカシックレコード』を発見して、世界線を切り替えるために動き出す。
後者は――もう一人のアイリスに会わせること。
同一の存在を観測した時点で、世界は矛盾を修正するために片方の存在を消す。ミヌティックドックウイルスやアカシックレコードはこの世界ではアイリスが発見したことになっている。それらの存在も一緒に消えた世界線に切り替わるということだ。
しかし後者はシンヤ達にも言えた。
互いの存在を観測した時点で片方が消える。つまりシンヤの深層意識に潜り込んでいた別世界のシンヤも同様だ。もし『白い空間』でお互いに出会うようなことがあれば――その存在は消える。
そしてシンヤは、未来のシンヤとすでに出会っている。
消えたはずの存在が、もしも消えなかったとしたら『奇跡』以外に考えられない。だからラミリステラと戦っている最中なのにも関わらず、それを無視して抱き着いてしまった。あまりにも衝撃が大きすぎて子供のように大粒の涙を流している。
数秒後には消えてしまうかもしれない。そう考えるだけで、その両手に包み込んだ『大切な存在』だけは失いたくないと、思考を頓珍漢にフル回転させていた。
「シンヤ……シンヤ……シンヤなのかい!?」
いきなりリアに抱きしめられたシンヤは、動揺しながらも現状把握に努めていた。そして一通り理解できたため、リアに向き直って馬鹿みたいに驚いてやる。
「ちょ!? 離れろ、というか泣くな!!」
消えたはずの存在が目の前に立っている。リアはその可能性を考えてもいなかった。それは世界のルールから逸脱したあり得ない出来事だと理解していたからだ。
もう二度と会えないと思っていた。
でも我慢できなくて、別世界のシンヤに甘えた。
それが意味の無いことだと分かってる。
だからこの状況が嬉しくてしょうがない。
色々と言ってやりたいことがあったはずなのに、なにも思いつかない。これでもなかなかピンチな状況なのだよ? なんでタイミングよくシンヤが現れるんだい。ヒーローや英雄にでもなったつもりなのかい? ここはガツン! と言ってやる。大体、年上相手にシンヤはいつも失礼なのだよ……少しは私の気持ちも……馬鹿なのだから理解したまえ。
「なんで……シンヤが、君がここに……いるんだい?」
そんなリアに、困った表情を浮かべる。
(このままだと世界が滅亡するまで離れなさそうだな)っと、シンヤは真面目な話題に切り替えることにした。正面に立っているラミリステラにため息を漏らしながら、リアに冗談を言ってしまう。
本当は言ってやりたいことが山のようにある。
今すぐにでも溜め込んでた気持ちを爆発させたい。でもそれはカイトに申し訳なくて、どうしても罪悪感で言葉に詰まってしまう。だからシンヤは苦笑いを浮かべながら誤魔化した。
――でも、心の準備だけはしておこう。
「知らねーっての、それより随分とピンチみたいだな。手伝ってほしいか? まぁ、ダメって言われても俺がやるけど。――久しぶりだな、リーダー」
リアの頭部に『ポン!』っと手をのせると「サチが居てくれると心強いのだよ」などと、とんでもない最終兵器少女の名前を出しやがった。シンヤはメンタルショックを受けながらも、サチと比べられては文句も言えない。
「バッカ!? あんな変態がこんな山奥にいたら速攻で犯されんぞ? あいつはあれで、同姓でもワンチャンス狙ってるんだから!!」
「っふふ、あっはっは! ――今回だけシンヤに任せようではないか。ない物ねだりをしても仕方がない。しかし先ほどまでラミリステラと戦っていたから、天使の羽には期待できないのだよ」
「え、マジ?」
「あぁ、頑張りたまえ」
「はぁ……それにラミリステラの最終形態かよ。ゲームでも討伐に苦労したよな? 確か地面からしか枝木とか生やせないんだよ」
「そうだね」
「そう言えばこいつには、現実でしか使えない裏技があったわ」
「それは初耳なのだよ」
「リアが死んだ後に見つかったからな」
「話は以上ですか? ――殺しますよ? 死にますよ?」
会話を打ち切るように静かな声が森中に響き渡る。シンヤは今まで待っていてくれたラミリステラに感謝しながらも、余裕たっぷりの態度に釈然としない気分になっていた。
「いいよ。さっさと来いよ」
シンヤは地面に生える鋭利な枝木を足でへし折り、それを持ってラミリステラに近づいた。その光景をリアは固唾を呑んで見守っている。そして正面から消えるような速度で突っ込んでくるラミリステラは――素早く『黒刀』を振り下ろした。
「やっぱりワンパターンな攻撃だな」
倒れ込むように斬撃を回避すると、シンヤは手に持っていた鋭利な枝木がラミリステラの袋萩に突き刺す。シンヤは力を一切加えていない。ラミリステラの素早い速度を利用したため、鋭利な枝木は滑り込むように突き刺さった。
それと同時に『赤黒い小さな核』が割れる音。
「「!?」」
ラミリステラが動揺しており、リアも驚きを隠せない。
「――嘘だろう……終わったのかい?」
そして叫び声を上げることなく、ラミリステラは灰となって消える。
「ん? あぁ終わったよ。死体が残らないってことはもう片方の核は死んでるな。――あっちは倒すのが面倒だから助かったけど」
一撃だ――あれだけ苦労したラミリステラが一瞬で殺された。リアが知る限り、同じような芸当が出来るのは【森根サチ】か【皆音カオリ】ぐらいしか知らない。シンヤも実戦で弱くは無かったが、リョウと同じぐらいだと思っていた。
「シンヤ、君はどれほどの地獄を見てきたんだい?」
「はい? えっと、カオリが死んで……リアが死んで……リョウもサチもカイトも死んだ。リアに頼まれた最後の仕事を終えた後、アイリスも姿を消したな。そっからは日本にいる全ての化け物を殺し続けたぜ? そのあとの記憶は無いな……更新してなかったってことか。少なくとも今ならサチやカオリともいい勝負が出来ると思うよ」
「っ! ――辛くはなかったかい?」
「辛くなかったって言ったら嘘になるな。結構苦労したし……自殺も考えたよ。リアは最後の最後まで嘘を付くから、偽物の俺はここまで来るのに苦労した」
「嘘なんてついてないのだよ」
「リアは嘘が下手だな。ずっと黙ってたけど」
「やっぱりそうなのかい?」
「あぁ、分かりやすすぎ。それに再開出来た奇跡にこんな会話は似合わん! 俺はカイトを裏切って、どうしてもリアに伝えたいことがあったんだって!!」
「なんだい? ……それは」
「俺の好きな人の話だ。聞きたいか?」
「それは……とても魅力的な内容だね」
「代わりにリアの隠していた秘密も俺に話してくれ」
「なるほど交換条件か。――その話、乗ったのだよ」
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